魔力板
店頭にいた二階堂は俺の足音に反応し、ぼんやりとした顔をこちらに向けた。ギリギリ、俺のことを憶えていそうだ。
「……いら、いら、いら」
「いらっしゃい?」
「……そう。いらっしゃい」
二階堂が「いらっしゃい」と言った瞬間、なんとも言えない感情に支配された。
それは庇護欲かもしれないし、他の何かかもしれない。詳しくは分からない。
「槍はある?」
当然、店内にもバックヤードにも槍はない。しかし、二階堂はいちいち探して回る。何故なら、ゾンビだから……。
「……ななな」
「無いでしょ。昨日もなかったし」
二階堂はコクリと頷き、首が取れそうな程に曲がる。何故ならゾンビだから……。
「ダンジョンに探しに行こうか?」
「……いく」
急にスイッチの入った二階堂は壁に掛けられた短剣を手に取る。そして側にやってきて俺の手首をぎゅっと握った。相変わらず冷たい手だ。
二階堂はこちらを顧みることなくグングン進み始めた。
#
ダンジョンは相変わらずぼんやりと明るい。その中をミニスカートの二階堂がズンズン進んでいく。うーん、やはりスタイルいいなぁ。
俺はステータスを開いたまま、その後に続く。昨日の経験からいうと、そろそろオークが一体現れる筈だ。
「ブモォォォ!」と雄叫びが響いた。
ダンジョンの先から姿を現したのは想定通り一体のオーク。
二階堂は短剣を構える。その背中に怯えはない。
「よし! 俺も」
ステータスの「魔力板:5回」の部分をタップする。俺の目の前にはアイロン台程の透明な板が顕在化した。
棍棒を振り上げ、オークは巨体を揺らしながら迫ってくる。あと数秒で二階堂とぶつかる──。
「いけ!」
ヒュン! と音を立てて魔力板が空間を滑り、オークの鼻頭にぶつかり──。
──バリンッ! と砕けちった。
不意打ちにオークは棍棒を取り落とし、顔を押さえている。
「死」
二階堂が身体ごとオークに飛び込むと、短剣が深々と腹部に刺さった。それに満足せず、二階堂はグリグリと短剣を捻る。
「ブヒィィィィ……!」
まさに断末魔の叫び。
オークは膝から崩れ落ち、程なく煙になってキラキラと光る石だけを残した。オーク飴だ。
二階堂はオーク飴を口に入れて嬉しそうにしている。一方の俺は少々複雑な気分だ。
「思ったより脆いな。魔力板」
「……も、もろ? いい?」
「そう。脆い。まさか一発で砕けてしまうとは」
不意打ちには使えるけれど、盾にはならない。魔法なんだから、イメージでなんとかならないものか……。
さくさく進んでいく二階堂のあとをアレコレ考えながら歩いていると、またオークに出会した。
ステータスの「魔力板:4回」の部分をタップする。しかし、ただタップするのではない。分厚く硬い魔力板をイメージしながらだ。すると──。
「出来た!」
さっきの倍ぐらいの厚みがある!
「ブモォォォ!」
棍棒を振り上げ、走り出すオーク。何度も見たお決まりの動作だ。棍棒が二階堂に向かって振り下ろされ──。
ガチン! と魔力板が弾き返す。大丈夫。今度は砕けない。
棍棒は何度も振り下ろされるが、魔力板を小刻みに動かして全て防ぐ。
「ブモォ、ブモォ、ブモォォォ!!」
怒り狂ったオークが両手で棍棒を握って、バットの様に振り回した。
「馬鹿だなぁ」
スッと魔力板を引くと、棍棒は空振りしてそのまま一回転。オークの体が流れたところを二階堂の短剣が狙う。
脇腹からに短剣の生えたオークは間もなく生き絶えた。
「……な、なに?」
戦闘のあと、二階堂が寄ってきて不思議そうな顔をしている。魔力板のことを聞いているのだろう。
「魔法。昨日、二階堂にもらった本を枕にして寝たら使えるようになったんだ」
「……ほ、本」
「そう。覚えてないかな? 二階堂のおかげだよ」
よく分からないという顔で、魔力板をつつく二階堂。少しだけ表情が豊かになった気がする。
「さあ、魔力板が消えない内にどんどん行こう!」
「……う、うん」
ダンジョン探索は続く。