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2/12

大根

 村田はオークの膝下を持って自分の店へと戻っていく。その道中で何体ものゾンビが村田に襲い掛かってきたが、そこはレベル23だ。何なく撃退していた。


 弁天堂への往路ではゾンビに襲われることはなかった。しかし復路では襲われた。その違いは……? 思い当たるのは村田が左手に持つもの。まだ血が滴るオークの膝下だ。


 ゾンビはオークの肉を狙っている? ゾンビにとってはモンスターが食糧ってことなのか? そう考えると、『おでんの村田』で出されるおでんは全てモンスターの体なのかもしれない……。


 村田は大根──オークの膝下──のおでんを作り始める。驚いたことに、『おでんの村田』にはガスが通っているし、よく見ると電気もついている。水道だって健在で、俺は村田からもらったお冷を飲んでいる。


 この状況が意味するもの……。それはこの人間のゾンビ化が局所的な事象だということだ。範囲は分からないが、少なくとも上野駅周辺に対してライフラインを提供出来るぐらいには日本は保たれていることになる。


 日本は完全に壊れているわけではない。俺は誰かに助けを求めることが出来るかもしれない。ゾンビではない誰かに。


「まぁ、今はいいか」


 だってそうだろ? 目が覚めたら、辺りはゾンビだらけでおまけにダンジョンまである。クエストなんてふざけたシステムまで実装されていて、俺は経験値を1000手に入れたんだ。


「そうだ。ステータスオープン」


 俺は遂にその単語を口にした。少し恥ずかしくて躊躇っていたが、ここには村田しかいない。何を聞かれたっていいだろう。


 少し間があってから目の前の空間に文字が浮かんだ。まるでゲームのウィンドウのようだ。そこには──。


---------------------------

 名前 :三間健一

 レベル:1

 スキル:なし

---------------------------


 弱い。弱すぎる。ステータスの表記がシンプルな分、弱さがダイレクトに伝わってくる。村田のレベル23が憎い。


 何とかクエストをこなして経験値を稼がないといけない。レベルを上げてどうするの? なんて疑問は棚上げだ。レベルがあったら上げたくなるのが、生き物。それは本能に刻まれた習性。


「だ、大根。できらぁ!」


 急に村田が大声を上げた。どうやら大根のおでんが出来たらしい。カウンターから差し出された皿と箸受け取ると、なるほど形は輪切にされた大根に多少似ている。かなり細工はしているのだろうけど、大根だと強く言われればこちらとしては飲み込まざるを得ない。


「意外といい匂い」


 村田のおでん……。よい出汁の香がする。思わず腹が鳴った。


 カウンターの向こうから期待に満ちた視線を感じる。


「わかったよ! 食べればいいんだろ?」


 俺は覚悟を決めてオーク大根に箸をいれ、一口サイズに整形した。そして箸で摘んで口へ──。


「うまい! いや、なんで? うまいんだけど!!」


 俺の感想を聞いて満足したのか、止まっていた村田が動きだした。そして脳内に響くあの声。


『クエスト【ゾンビの手料理を食べる】をクリアしました!! 報酬として経験値2000獲得!!』


 このクエストシステム、ダンジョンの外でも機能するようだ。


 村田もなんらかのクエストをクリアしたようで、ステータスオープンをしてレベルを確認している。残念ながら上がっていなかったようだが……。俺も村田を真似てステータスオープンを唱える。


「よし! レベル2だ!」


 何が変わったのかは分からないがレベルが上がったのは素直に嬉しい。とても良い気分だ。


 調子にのった俺はその後、たまごとウィンナーも注文した。たまごの方はゼラチン質で濃厚。ウィンナーはちょっと臭みがきつかったが気合いで乗り切った。残念ながらクエスト達成はなかったが……。


「じゃぁ、村田。ありがとう」


 俺が立ち去ろうとすると、村田は慌てる。


「おっ、お客さん。おだ、おだ。お代……」


 えっ、お金払うの? ゾンビお金いる? いや、確かに無銭飲食は良くない。俺は祈るような気持ちでズボンのポケットを漁る。そして奇跡的に硬貨を探し当てた。


「ご馳走様」


 俺はカウンターに五百円をパチリと置いて、踵を返す。おでんの匂いに釣られたのか、ふらふらと三体のゾンビが寄ってきていた。


 このゾンビ達、お金払えるのかな? 払えないと村田のナタの餌食になるかもしれない。


 そんな事を考えながら、俺は『おでんの村田』を後にして上野の商店街の探索を開始した。

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