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ゾンビにあらず

 依頼主の正体は分からないものの、その資金力や提供される装備から日本の一流企業で間違いない。というのが私の考えだ。


 依頼の内容は単純明確。『上野不忍池の弁天堂にあるダンジョンからあらゆるモノを持ち帰れ』というもの。


 約二十年前に突然現れた弁天堂ダンジョン……。


 そこから漏れ出した瘴気と呼ばれる物質は人間を活性死者──ゾンビ──へと変えた。


 不忍池を中心とした台東区と文京区の大半は立ち入り禁止となり、分厚い壁で外界と隔てられている。


 世界で唯一のゾンビランドの出来上がり。


「人間として死ぬか、ゾンビになるか。……面白いわね」


 孤児院で育ち、身寄りのない私の人生観はとても薄っぺらくて軽い。あえて危険に飛込み、そこから帰還した瞬間にしか生を感じることは出来なくなっていた。


 そんな私にとって、ダンジョンに入った者に適用されるという『ステータス制』と『クエストシステム』はとても魅力的なものに思える。


 モンスターと戦って勝利したり、クエストをクリアすれば経験値がたまってレベルが上がる。レベルが上がれば様々な恩恵があるという。


 まさに死と隣り合わせのゲーム。想像しただけで身体の芯が熱くなる。


 しかしダンジョンには瘴気が満ちている。対策を講じなければ、ただ動く屍になって終わり。


「これを打てばゾンビにはならない……。本当かしら?」


 依頼主から提供された『抵抗剤』と呼ばれる液体。これを体内に注入すれば、少なくとも八時間はダンジョンの瘴気に耐え、ゾンビ化しないという。


「考えたって仕方ないわね。どうせ私はダンジョンに行くのだもの」


 空の注射器の針を抵抗剤の入ったパックに挿し込む。シリンジが緑色の毒々しい液体で満たされた。


「……うっ」


 左腕の血管に抵抗剤を押し込むと、感電したような痛みが全身を駆け巡る。


「……はぁはぁ」


 十五分程でようやく痺れがおさまり、行動出来るようになった。


「まさかゾンビになってないでしょうね?」


 洗面台に明かりをつけて、観察するけど大丈夫。肌の色は白く、顔は冷たく無表情。いつも通りの七倉舞だ。ゾンビになれば、少しは女性らしい愛嬌がでるかもしれない。


「さて、行くとしましょう」


 私はボディースーツに身を包んだ。



#



 二十メートルもの壁を乗り越えた先に広がるのは物静かな街だった。上野駅近くの繁華街には夜でも多くのゾンビが歩き回っているらしいが、日暮里方面には殆ど人影がない。


 ゾンビは人間だった頃の習慣に沿って行動する。住宅街のゾンビは当然、夜は家の中にいるのだ。


 窓から漏れる光が日常を思わせるが、家族団欒の声は聞こえてこない。「うぅ」という唸り声だけだ。


 やはりここはゾンビランドなのだ。



 二十分ほど歩くと上野公園に入る。噴水近くのベンチではカップルのゾンビが熱心に抱き合っていた。まだこちらに気が付いていないようだ。


「先制攻撃……」


 腰のガンホルスターから拳銃を抜き、素早くサプレッサーと照準器を取り付ける。


「いつまでいちゃついているのかしらねぇ」


 パシュ。という音と共に、一体のゾンビの頭が弾けた。もう一体がこちらに気付き、唸り声を上げて走ってくる。


「さよなら」


 もう一度、気の抜けた音が鳴り、ゾンビは崩れ落ちた。実に呆気ない。次の戦闘はもう少し刺激的だといいのだけれど……。



 上野公園の階段を降りると、いよいよ不忍池が見えてくる。


「あれね……」


 街灯の淡い光が暗闇の中にある弁天堂を薄らと浮かび上がらせていた。あの中にダンジョンが……。


 湧き出るアドレナリンに脳を痺れさせながら、慎重に近づく。いつモンスターが現れてもおかしくない。身を守るものは拳銃にダンジョン産の短剣のみ。


 夜に身を溶け込ませながらゆっくりと──。


 ──バン! と突然、弁天堂の扉が開く。


 慌てて近くの石碑に身を隠すが、少し音を立ててしまった。砂利道が憎らしい。


 弁天堂から出てきたゾンビが何やら宙に向かって指を動かしている。一体なに?


 それを合図にするように、鼠のゾンビがこちらに向かって走ってくる。鼠とはいえゾンビ。生者を襲う筈……。仕方ない。


 拳銃を構え、静かに打ち抜く。鼠は頭を飛ばして砂利道に転がった。一方、人間のゾンビは──。


 こちらを見ている。バレたようね。頭部に狙いを定めて引き金をひく。


 カンッ! と高い音がして弾丸が弾かれた。あのゾンビ、何かで守られている?


 急に走り出したゾンビに向けて追い討ちをかけるも、全て弾き返される。ゾンビが特殊能力?


「……面白いじゃない」


 繁華街の方へ駆けて行くゾンビの背後はやけに必死で、人間臭い。少しだけ追い掛けたところで本来の目的を思いだし、私は踵を返した。

 

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