夜
弁天堂ダンジョンの宝箱があるところまでで、ちょうど魔力板の残り回数がゼロになった。魔力板の検証は充分だし、流石に疲れたので二階堂に相談すると、すんなり帰ることになった。
まだ夜というわけではないが、陽は落ち始めている。
二階堂は何も言わず自分の店へと帰っていく。一言ぐらいあってもいいのでは? なんて思うのは、俺が勝手に親近感を抱いているからだろう。二階堂はゾンビ。感情がないとは言わないが、薄いのは確かだ。生前の習慣に従うことを優先するのだ。
一人ぽつんと残された俺は会話を求めて上野の街を歩き回った。そして結局行き着いた先は、『おでんの村田』である。
「……い、いらっしゃい」
「どうだい? 調子は」
「……きょ、今日は暇」
うん。いつも暇そうだぞ。村田。そもそも人間の客なんて俺しかいないだろ?
「あっ、そうだ。俺、レベルが4になったんだよ」
「……お、おめでとう」
そう言って村田はカウンターの向こうにあるクーラーケースから日本酒の一升瓶を出してきた。
トンッ! と置かれたグラスに日本酒を注ごうとする。
「おい、村田! 俺はまだ未成年だぞ?」
「……あ、あぶね。罰金」
慌てて日本酒をしまう。こうして話していると、村田は二階堂よりも大分言葉が達者だ。これはレベルの差なのか? それともゾンビ度の差か?
「そうだ。これ、村田にやるよ。ダンジョンの宝箱から出てきたんだ」
ドンッ! と置いたのは立派な装飾のされた酒瓶だ。二階堂はいらないと言うのでもらってきたが、俺だって飲むわけではない。
「……う、ウィスキー?」
「さぁな? 村田は酒、好きだろ?」
「……ウィスキーならママに……」
ママ? 村田に母親がいるのか? いるとすれば相当な高齢だろう。
村田はカウンターから出てきてウィスキー? の酒瓶を右手に握って何処かへと歩き始める。
「おい、村田。何処へ行くんだよ?」
「……ママ。ママのとこ」
うわ言のように繰り返しながら、村田はどんどん進んでいく。一瞬ダンジョンか? とも思ったが方角が違う。
「待てよ! 俺も連れて行ってくれ」
まだまだ夜は長い。俺は村田の後を追った。
#
湯島駅へと降りる地下鉄の入り口を通り過ぎ、賑やかな看板がある方へと村田は歩いていく。スナックやガールズバー、風俗店等がある地域だ。
通りではセクシーな格好をしたゾンビが「うぅ」と涎を垂らしながら客引きをしている。残念ながら、話が通じる相手ではない。
村田が足を止めたのは、大通りから一本裏に入ったある店の前だった。店の名前は『スナック聖子』。村田は年季の入った重そうな木の扉を開けて入っていく。
「今晩は〜」
村田に続いて恐る恐る中に入ると、そこはカウンターしかないこじんまりとしたスナックだった。カウンターの奥には綺麗だが、少し年の言った女ゾンビが立っている。
「……い、いらっしゃい。そちらは……?」
女ゾンビが村田に俺のことを聞いている。
「……う、うちのお客」
「……あ、あら。嬉しい。おままえは?」
「健一です」
「……ケンイチ」
「……ケンイチ」
そういえば村田にも名乗ってなかったな。二階堂にもだ。
スツールに腰掛けた村田はカリカリとスキンヘッドを掻いたあと、酒瓶をカウンターに置いた。
「……ママ。ウィスキー」
「……あ、あら。嬉しい」
なんだか中年同士の恋愛を見ているようだ。少々居心地が悪い。
スナック聖子のママ──聖子──はショットグラスを三つ並べる。
「あっ! 俺は未成年なんで!」
「……あら。ごめんなさい」
ダンジョン産の酒瓶を開けると、甘いアルコールの香が漂った。聖子はその琥珀色の液体を丁寧にグラスに注ぐ。
「……ママ」
「……村ちゃん」
そう言いながら、中年ゾンビ共が軽く乾杯をして酒を飲み始めた。村田お前、村ちゃんて呼ばれているのか……。
「……ケンイチ、何か食べる?」
これがスナックママの気遣い……。手持ち無沙汰でスツールに座る俺に声を掛ける。しかし、食べ物か。一体、何があるというのか……?
「ミックスナッツとか?」
聖子はしゃがんでカウンターの下を漁る。いや、いいよ……。そんなに探さなくても……。あったとしても、賞味期限切れのカビだらけのミックスナッツだろ?
「……ない。ミックスナッツない」
「……ママ。探しに行こう」
やばい! この流れはやばい!! またダンジョンに連れて行かれる!!
ガシッと村田に肩を掴まれる。聖子は立派な酒瓶を両手に持ってカウンターから出て来た。
「……ケンイチ」
「……行こう」
俺は村田に引き摺られるようにして、また夜の湯島に繰り出した。




