第7話 写真の人と違いすぎる
とある週末の午後、休日の来客で賑わうファミレスの席に、ひとりの少女が座っていた。
「シンくんとお食事するなんて、久しぶりだね~」
「そうだね。お正月以来かな」
信一の向かいに座っているのは、織田律子。幼馴染でひとつ年下のいとこだ。
地味ながらも明るく素直な性格。小学校高学年の頃から目立ち始めた発育の良い体が、密かに男子の視線を集めている。
近所に住んでいることもあって仲は良いのだが、このところ疎遠になっていた。
信一が音楽の道に進んでからは会う回数も減り、こうして共に休日を過ごすのは久々だ。
「ところで、りっちゃん。何か隠してることはない?」
「えっ? 何もないよ……別に……」
「SNS」
「うひぃっ!」
「写真」
「あややややわわわわわ!
ちょ、ちょっと待って、私はほんとに何も――」
「じゃあ、これにも見覚えはないんだ?」
言いながら、信一はスマホを使ってSNSの画面を見せた。
それは自撮りの写真を公開している女性の投稿。どれも規約違反ギリギリの際どいアングルで、豊かに育った体を誇示している。
白いTシャツが透けるほど水に濡らして着てみたり、自作のコスプレでポーズを取ったりと、あの手この手で男性の気を引く写真の数々。
過激なものほど大勢の人に見られ、中には『いいね』が数万にのぼる投稿もあった。
「いや~、すごい写真だなぁ。誰かに似てる気がするけど、気のせいかなぁ」
「ぜ、全然違う人だって! ほら、顔は似てないでしょ?」
そう反論する律子の顔を、写真でチラ見せしている女性の顔と見比べてみる。
たしかにパッと見る限りは別人だ。念入りにメイクを施し、ウィッグなどで髪の長さまで変えているため、よほど彼女に詳しくなければ見破れない。
「本当にすごいよ。これがメイクの力なのかな?
学校の男友達に写真を見せられたとき、すぐには気付かなかった。
でも、思い当たる部分があってね――ほら、ここ。りっちゃんは胸に2つの”ほくろ”がある」
「ええええええええっ!?」
「シッ、店の迷惑になるから静かに。小さい頃、お風呂で見たから憶えてたんだ。
あとは、この1枚と……これ。
後ろに写ってるの、りっちゃんの家の中でしょ? 何度も行ったことがあるから、さすがに分かるよ」
「~~~~~~っ」
追い詰められた律子の顔が、あっという間に青ざめていく。
この手の写真は、身元を特定されると破滅につながる。特に彼女は未成年者だ。
親に叱られるどころでは済まないし、学校に知られたら退学もありえる。
「あ……えっと……あの……やっぱり、その人は私じゃない……かも」
「じゃあ、叔父さんと叔母さんにも見てもらおうか」
「そ、それだけはダメぇ! なんで……どうして分かっちゃったの!?」
「どうして? それはこっちが聞きたいよ。
僕が知る限り、りっちゃんはこんなことをする子じゃなかった。
悪い人に騙されて、無理やり写真を撮らされてるなら警察に――」
「違う! そういうわけじゃないの!」
ようやく観念して自分であることを認め始めた律子。
信一はしばらく口を閉じ、彼女が言葉を続けるまで静かに待つ。
「SNSにね……最初は普通の写真を上げてたの。今日は天気がいいとか、可愛いネコがいたとか。
でも、全然見てもらえなかった……『いいね』が付くことなんて、3日に1回あればいいほう。
だんだん、投稿するのが虚しくなってきて。
この世には何億人もいるのに、私のことなんて誰も見てくれない……そう思うと辛くて……寂しくて」
「それで、自分の写真を?」
「最初は、ほんのちょっと腕とか顔の一部を写す程度だったんだよ?
そうしたら、急に反応がもらえるようになって、新しい写真を上げるたびに『いいね』が増えて。
それまで1桁しかいなかったフォロワーが、あっという間に5桁になって。
もっとすごい写真を撮りたい、どこまで数字を伸ばせるのか試したいって考えてたら……いつの間にか、他のことが見えなくなっちゃった」
「方法はともかく、5桁も集めたのはすごいよ。たくさんの人に見てほしいっていう気持ちも分かる。
僕も以前、音楽を作ってネットに投稿したことがあるけど、聞いてもらえないからやめたんだ。
頑張って一生懸命に作ったものが、世の中から否定されてるみたいで……辛かったな」
信一は音楽学校へ通っていることもあり、DTMを使った作曲もできる。
ただし、彼自身のメタル嗜好が全開になってしまうため、聴く人を選ぶ方向性にしか進めない。
無名の彼がそんなことをすれば、頑張ったところで結果は散々たるものだった。
「とりあえず、りっちゃんのやりかたはダメだ。危険すぎる」
「うん……このままじゃまずいって、自分でも分かってたんだけどね」
「じゃあ、今すぐアカウントを削除しよう。
まだ僕しか知らないから、全部なかったことにするんだ」
「………………」
律子は涙目になりながら、スマホを取り出して操作した。
彼女が自分の手でSNSの『退会』ボタンを押すところまで、信一はしっかりと見届ける。
当然、心の葛藤もあるだろう。たとえ間違っていようと、彼女は数字を伸ばすために努力していたはずだ。
フォロワーが5桁にのぼるまで育てた律子のアカウントは、操作ひとつで無へと還っていく。
「うん……消した……全部消えたよ」
「それでいい。あとは僕が黙っていれば、りっちゃんは元通りだ」
「ううっ……誰にも見てもらえない生活に逆戻りかぁ。
もうSNSなんてやめる……どうせ私は地味な子で、何の取り柄もないんだし」
「いや、あるよ。変装の技術はすごいじゃないか。
今日ここで問い詰めるまで、僕は何度も疑ったんだ。写ってるのは本当にりっちゃんなのかって」
「まあ……バレるとまずいからネットでメイクを勉強して、違う顔に見せてたんだよね。
あとはコスプレもできるように服作りに挑戦して……ほら、そういう写真も受けがいいから」
「メイクとコスプレ。それこそ、他の子にはない才能だよ。
実は――その腕を借りたいっていう人が、これからここに来るんだ」
信一がスマホで連絡を取ると、待機していた人物がファミレスに入ってくる。
食事を取っていた人々が呆気にとられ、店内で騒いでいた子供たちもピタリと止まるほどの存在。
こんな大衆向けの場所では滅多に見ないような、ワンピース姿のご令嬢が優雅に歩いてきた。
「初めまして、りっちゃんさま。わたくしは水無月麗香。
シンイチさまとバンドを組むことになった魂の伴侶ですわ」
「え……えええええええ~~~~~~っ!?」
相手が知らないところで何かをやっていたのは、律子だけではなかった。
SNSでの際どい投稿をやめた直後、彼女を待っていたのは想像すらできない急展開。
ひとりの少女、織田律子の運命が強制的にねじ曲がることは、ファミレスに来た時点で決まっていたのだ。