表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お嬢さまは何としてでも日本でヘヴィーメタルを流行らせたい  作者: 微炭酸さいだー
第1章 いいからメタルを聴きなさいジャパニーズ
8/27

第7話 写真の人と違いすぎる

 とある週末の午後、休日の来客で賑わうファミレスの席に、ひとりの少女が座っていた。


「シンくんとお食事するなんて、久しぶりだね~」


「そうだね。お正月以来かな」


 信一の向かいに座っているのは、織田(おだ)律子(りつこ)。幼馴染でひとつ年下のいとこだ。

 地味ながらも明るく素直な性格。小学校高学年の頃から目立ち始めた発育の良い体が、密かに男子の視線を集めている。


 近所に住んでいることもあって仲は良いのだが、このところ疎遠になっていた。

 信一が音楽の道に進んでからは会う回数も減り、こうして共に休日を過ごすのは久々だ。


「ところで、りっちゃん。何か隠してることはない?」


「えっ? 何もないよ……別に……」


「SNS」


「うひぃっ!」


「写真」


「あややややわわわわわ!

 ちょ、ちょっと待って、私はほんとに何も――」


「じゃあ、これにも見覚えはないんだ?」


 言いながら、信一はスマホを使ってSNSの画面を見せた。

 それは自撮りの写真を公開している女性の投稿。どれも規約違反ギリギリの際どいアングルで、豊かに育った体を誇示している。


 白いTシャツが透けるほど水に濡らして着てみたり、自作のコスプレでポーズを取ったりと、あの手この手で男性の気を引く写真の数々。

 過激なものほど大勢の人に見られ、中には『いいね』が数万にのぼる投稿もあった。


「いや~、すごい写真だなぁ。誰かに似てる気がするけど、気のせいかなぁ」


「ぜ、全然違う人だって! ほら、顔は似てないでしょ?」


 そう反論する律子の顔を、写真でチラ見せしている女性の顔と見比べてみる。

 たしかにパッと見る限りは別人だ。念入りにメイクを(ほどこ)し、ウィッグなどで髪の長さまで変えているため、よほど彼女に詳しくなければ見破れない。


「本当にすごいよ。これがメイクの力なのかな?

 学校の男友達に写真を見せられたとき、すぐには気付かなかった。

 でも、思い当たる部分があってね――ほら、ここ。りっちゃんは胸に2つの”ほくろ”がある」


「ええええええええっ!?」


「シッ、店の迷惑になるから静かに。小さい頃、お風呂で見たから憶えてたんだ。

 あとは、この1枚と……これ。

 後ろに写ってるの、りっちゃんの家の中でしょ? 何度も行ったことがあるから、さすがに分かるよ」


「~~~~~~っ」


 追い詰められた律子の顔が、あっという間に青ざめていく。

 この手の写真は、身元を特定されると破滅につながる。特に彼女は未成年者だ。

 親に叱られるどころでは済まないし、学校に知られたら退学もありえる。


「あ……えっと……あの……やっぱり、その人は私じゃない……かも」


「じゃあ、叔父さんと叔母さんにも見てもらおうか」


「そ、それだけはダメぇ! なんで……どうして分かっちゃったの!?」


「どうして? それはこっちが聞きたいよ。

 僕が知る限り、りっちゃんはこんなことをする子じゃなかった。

 悪い人に騙されて、無理やり写真を撮らされてるなら警察に――」


「違う! そういうわけじゃないの!」


 ようやく観念して自分であることを認め始めた律子。

 信一はしばらく口を閉じ、彼女が言葉を続けるまで静かに待つ。


「SNSにね……最初は普通の写真を上げてたの。今日は天気がいいとか、可愛いネコがいたとか。

 でも、全然見てもらえなかった……『いいね』が付くことなんて、3日に1回あればいいほう。

 だんだん、投稿するのが(むな)しくなってきて。

 この世には何億人もいるのに、私のことなんて誰も見てくれない……そう思うと辛くて……寂しくて」


「それで、自分の写真を?」


「最初は、ほんのちょっと腕とか顔の一部を写す程度だったんだよ?

 そうしたら、急に反応がもらえるようになって、新しい写真を上げるたびに『いいね』が増えて。

 それまで1桁しかいなかったフォロワーが、あっという間に5桁になって。

 もっとすごい写真を撮りたい、どこまで数字を伸ばせるのか試したいって考えてたら……いつの間にか、他のことが見えなくなっちゃった」


「方法はともかく、5桁も集めたのはすごいよ。たくさんの人に見てほしいっていう気持ちも分かる。

 僕も以前、音楽を作ってネットに投稿したことがあるけど、聞いてもらえないからやめたんだ。

 頑張って一生懸命に作ったものが、世の中から否定されてるみたいで……辛かったな」


 信一は音楽学校へ通っていることもあり、DTMを使った作曲もできる。

 ただし、彼自身のメタル嗜好が全開になってしまうため、聴く人を選ぶ方向性にしか進めない。

 無名の彼がそんなことをすれば、頑張ったところで結果は散々たるものだった。


「とりあえず、りっちゃんのやりかたはダメだ。危険すぎる」


「うん……このままじゃまずいって、自分でも分かってたんだけどね」


「じゃあ、今すぐアカウントを削除しよう。

 まだ僕しか知らないから、全部なかったことにするんだ」


「………………」


 律子は涙目になりながら、スマホを取り出して操作した。

 彼女が自分の手でSNSの『退会』ボタンを押すところまで、信一はしっかりと見届ける。


 当然、心の葛藤もあるだろう。たとえ間違っていようと、彼女は数字を伸ばすために努力していたはずだ。

 フォロワーが5桁にのぼるまで育てた律子のアカウントは、操作ひとつで無へと(かえ)っていく。


「うん……消した……全部消えたよ」


「それでいい。あとは僕が黙っていれば、りっちゃんは元通りだ」


「ううっ……誰にも見てもらえない生活に逆戻りかぁ。

 もうSNSなんてやめる……どうせ私は地味な子で、何の取り柄もないんだし」


「いや、あるよ。変装の技術はすごいじゃないか。

 今日ここで問い詰めるまで、僕は何度も疑ったんだ。写ってるのは本当にりっちゃんなのかって」


「まあ……バレるとまずいからネットでメイクを勉強して、違う顔に見せてたんだよね。

 あとはコスプレもできるように服作りに挑戦して……ほら、そういう写真も受けがいいから」


「メイクとコスプレ。それこそ、他の子にはない才能だよ。

 実は――その腕を借りたいっていう人が、これからここに来るんだ」


 信一がスマホで連絡を取ると、待機していた人物がファミレスに入ってくる。

 食事を取っていた人々が呆気(あっけ)にとられ、店内で騒いでいた子供たちもピタリと止まるほどの存在。

 こんな大衆向けの場所では滅多に見ないような、ワンピース姿のご令嬢が優雅に歩いてきた。


「初めまして、りっちゃんさま。わたくしは水無月麗香。

 シンイチさまとバンドを組むことになった魂の伴侶(ソウルメイト)ですわ」


「え……えええええええ~~~~~~っ!?」


 相手が知らないところで何かをやっていたのは、律子だけではなかった。

 SNSでの際どい投稿をやめた直後、彼女を待っていたのは想像すらできない急展開。

 ひとりの少女、織田律子の運命が強制的にねじ曲がることは、ファミレスに来た時点で決まっていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ