第6話 そして日常が変化する
趣味を分かちあえる友人は貴重なものだ。
何も隠すことなく、ありのままを見てくれる仲間。そんな人物に出会えた学園生活は最高のものになるだろう。
今の2人が、まさにそれだった。
放課後になるまでが待ち遠しく、駅前で落ちあってはカラオケで歌いながらメタルについて語る。
信一がベースを弾く中で麗香は歌い、日を重ねるごとに理解と信頼を深めていった。
「はぁあ~、わたくしの目に狂いはなかったですわ。
スリーフィンガーの6弦ベースから繰り出される、絶え間ないゴリゴリの重低音!
もう、あれがないと満足できなくなってしまいそうです」
「あはは、大げさだな~。喜んでもらえるのはうれしいけど。
僕のほうは麗香さんのパワーについていくのが精一杯だよ」
「あら? でしたら、抑え気味に歌ったほうがよろしくて?」
「ううん、むしろ全力で歌ってもらうための調整だからね。
麗香さんの声はすごい力を持ってる。それを最大限に活かさなきゃ、もったいないよ」
ほんの1週間ほどで、信一は麗香にとって最高の理解者になっていた。
麗香が生きてきた16年の中で、彼女の才能を”本当の意味で”認めてくれた者はいない。
まだバンドとしての体は成しておらず、2人で理解を深めあっている状態だが、目標に向かって1歩前進したことは実感できる。
「ところで、今後の活動はどのようにいたしましょう?」
「さすがに2人だけだとキツいよね。ギターとドラムが1人ずつ欲しいかな」
「わたくしがギターを担当しながら歌うというのは?」
「え、弾けるの?」
「いいえ、これから練習することになります……」
「高校生からギターを始めるのは良いことだけど、ちゃんと弾ける人を探したほうがいいかも。
もちろん、麗香さんが挑戦したいなら、それはそれでありだと思うよ。
ツインギターのインストとか、できたらかっこいいだろうし」
「ツインギターのインスト! 憧れですわ~!」
インストとは『インストゥルメンタル』の略。ボーカルが歌わない演奏だけの曲を指す。
洋楽では超絶テクニックを誇るバンドが多いため、これでもかと演奏を聞かせるインストにも需要がある。
決して日本のバンドが海外に劣っているわけではないが、いまいち市場で求められていないせいか、この国ではあまり聞かない言葉だ。
「ちゃんとしたギタリストに教えてもらったほうが、練習もしやすいだろうね。
それにしても、麗香さんの歌に負けないようなギターとドラムかぁ……」
すさまじい音圧を誇る麗香の声は、半端な演奏など塗りつぶしてしまうだろう。
信一の6弦ベースですら、飲み込まれないように維持するのがやっとだ。他のメンバーを呼ぶにしても、相応の才能が要求される。
現状では思い当たる人物がいないため、まずはクラスメイトに相談してみようと考えた。
■ ■ ■
「おっす、ノブ。まだ麗香お嬢さまと付き合ってんのか?」
「誤解するような言いかたはしないでほしいな。僕はただ……」
「ジャズに興味を持ったお嬢さまに、ベーシストの視点からアドバイスをしてる。だろ?
どこまで本当なのかは知らねえが、そういうことにしといてやるよ」
今日も今日とてアロエみたいなツンツン頭の亮は、苦笑しながらそう答えた。
普通なら近付くことすら許されない麗香お嬢さまと話しているのは、信一がベースを得意としているため。
そのように2人で口裏を合わせておいたので、大騒ぎを巻き起こしたスキャンダルは時間と共に沈静化している。
「ところで、いい感じにギターとドラムができる人、いないかな?
できればHR/HM方面で」
「あのなぁ。いないから、お前はソロなんだろ?」
「ああ……うん……だよね」
「だいたい、お前が言う”いい感じ”ってのは、アマチュアのレベルじゃないよな?
ミザルナみたいな天才が、そのへんに転がってるわけねーだろ」
「ミザルナ?」
「なんだ、知らないのか? ネット動画で話題の女の子2人組。
パンクからメタルまで何でも弾けちまう、すごい子なんだよ」
■ ■ ■
「これが、そのミザルナ……ですの?」
「うん、ギターの子がミザリー、ドラムを叩いてるのがルナ。
僕らと同じくらいの歳だけど、これはたしかにすごい」
その日の放課後、いつものカラオケ店に来た信一と麗香はスマホで動画を見ていた。
どれも再生数が数十万に及ぶ人気作で、いずれも2人の少女が曲を演奏している。
顔が隠れるように変装しているため詳細は分からないが、ギター担当のミザリーはストレートロングの髪が似合う背が高めの少女。
そして、信一と同じくらい小柄なルナは、バスが2つあるドラムを軽快に叩いていた。
「こんな小柄な体でツーバスを!?」
「楽器に体の大きさは必要ないんだ。
小学生の女の子だって、チューバを抱えて吹けるでしょ?」
「そうですけど、この鼓膜にビシビシ響いてくる音……相当な力で叩いているはずですわ」
バスとは、ドラムセットの中でも一番大きな太鼓のこと。
足元にあるペダルを踏むと打ち鳴らされ、ドッ、ドッ、ドッと重い音がする。
通常はひとつしかないバスを増設することで、ドドドドドドドと途切れない低音を繰り出すことが可能だ。
ドラマーは両腕と両足、計4本を同時に使って音を作り出す。バスが増えれば当然ながら複雑化し、使いこなせる者は限られてくる。
「ドラムもすごいけど、やっぱりメインはギターだよ。
ほら、これなんか【密林へようこそ】を演奏してるんだけど」
「シルクハットにサングラス! わざわざミュージシャンのコスプレを!
カヴァー元への敬意とエンターテイメント性を感じますわ~」
2人の少女がネットに公開しているのは、いわゆる『弾いてみた』系の動画だ。
いずれも完成度が高く、ミザリーは数々の有名ギタリストのテクニックを再現している。
ライトハンド奏法を使った速弾きから、まったく異音の入らない精密機械のようなピック弾き。
そして、そんなレベルの演奏についてくるドラム。
動画を食い入るように見つめる信一と麗香は、いつの間にか真横で身を寄せあっていたが、それを気付かせないほどミザルナの演奏はすごい。
「ピストルズ、ガンズ、ヘイレン、メイデン……うわ、オルタトラズまで!」
「近年の邦楽バンドカヴァーもありますけど、再生数はメタルのほうが伸びてますわね」
「そりゃ、こんな技術を聞かされたらね。
2人とも楽しそうに演奏してるし、見てるだけで惹き込まれるよ。
この子たちと組めたら、最強のバンドになるのは間違いないと思うけど」
「向こうがそれを望むかどうかですわ。あちらは数十万再生の動画をいくつも並べている実力者。
今のわたくしたちは、同じ土俵にすら立っていない無名の2人です」
「(麗香お嬢さまでも、そんなことを言うんだ……)」
まさに井の中の蛙。学園では頂点を誇っている麗香だろうと、外へ出れば無名の女子高生。
それを理解しているからこそ、彼女は冷静に見極めている。
「シンイチさま、こちらもネットで活動しましょう。
ミザルナと並ぶことができれば、勧誘の話もしやすくなりますわ」
「そうだね。いきなりバンドに誘うよりは、そのほうがいいと思う。
今の僕たちには、ネットでの活動が手っ取り早いし」
令和の時代にはインターネットという手軽な活躍の場がある。
信一と頷きあった麗香は、さっそくデビューに向けて準備を始めたのだった。
本日の元ネタ。URLの動画は公式アーティストチャンネルが公開しているものです。
音量に注意しながら、作品の予備知識としてお楽しみください。
▼【密林へようこそ】
アメリカのロックバンド『Guns N’ Roses』の代表曲『Welcome To The Jungle』。
ギタリストのSlashは、いつもシルクハットとサングラスがトレードマーク。
https://www.youtube.com/watch?v=o1tj2zJ2Wvg