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お嬢さまは何としてでも日本でヘヴィーメタルを流行らせたい  作者: 微炭酸さいだー
第1章 いいからメタルを聴きなさいジャパニーズ
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第5話 もしかして、カラオケでメタル歌っちゃう系の人?

 高貴なご令嬢でもスマホやSNSを使うんだなと、信一は駅前で待ちながら考えていた。

 水無月麗香の連絡先を知っている生徒など、近代音楽科の中では彼しかいないだろう。


「お待たせしました、シンイチさま」


 やってきた麗香は学園の制服姿。その美しい姿にドキッとしながらも、信一は内心で胸をなで下ろす。

 まだ日中、しかも人通りの多い駅前で、昨夜のようなメタルTシャツを着ていたらどうしようと思っていたのだ。


「いや~、びっくりしまし……いや、したよ。

 昨日の今日で、こんなことになるなんて」


「わたくしの事情についてお聞かせするのは、早いほうが良いかと思いまして。

 とりあえず、行きつけのお店があるので向かいましょう」


 そう言われてついていくと、向かった先は駅前の商業ビル街。

 ファーストフードやドラッグストアなど、あまりお嬢様が行きそうもない店が並んでいる。


 そして、2人がやってきたのは全国チェーンのカラオケ店。

 一応、VIPルームという少し高級感のある部屋を取ってくれたのだが、どう見ても大衆向けの娯楽施設だ。


「麗香さんがカラオケに!?」


「ええ、ここなら気軽に練習できますし、ラインナップも豊富ですので。

 まずはシンイチさまに1曲聴いていただきたいと思います」


 もはや、訳が分からない。

 昨日の夜、怪しい少女を見かけてライブハウスに入った途端、信一の世界線は大きく変わってしまった。

 目の前では楽しそうな笑顔で、学園の頂点といわれる麗香お嬢様がカラオケの装置を操作している。


「さあ、曲が始まりますわ。お座りになって」


「ああ……うん」


 カラオケルームは席が近く、どうしても相手を意識してしまう。

 友人たちとカラオケに来る機会も多いが、さすがに女子と2人きりになるのは初めてだ。


 これが放課後デートなら、さぞかし良い思い出になっていただろう。

 しかし――


「それでは、歌わせていただきます! 【悪魔の生誕祭】!!」


「!?」


 曲が始まるなり、大音量で響いたギターの旋律。

 それを上から支配するかのような音圧を放ち、麗香はダークな歌詞を口ずさむ。


■   悪魔の生誕祭   ■


 (けが)れた聖女のはらわたを食い破り 次代の王が生まれ()ずる

 鮮血の産湯(うぶゆ)と断末魔の子守唄 我らが王子は無邪気に笑う


 ああ 待ち焦がれた暗黒時代 (うるわ)しき悪魔の生誕祭

 見よ 僧侶の目玉をえぐり出し 飴のようにしゃぶる姿を

 生贄が足りぬ 脳髄を搾って哺乳瓶に入れろ 聖なる教典で火を焚くのだ


■■■■■■■■■■■■■■


 ロック音楽に(うと)い人でも、これなら知っているであろう悪魔系メタルバンド。

 かの有名な”閣下”が率いる、日本で初めてヘヴィーメタルをブレイクさせた大御所だ。


 女子高生が歌うには、ちょっとどころではなく過激すぎるのだが――しかし、上手い。とんでもなく上手い。

 オペラ歌手の遺伝子を受け継ぐ麗香は、(りん)とした透明感のある声を持つ。

 それがメタル調に切り替わったことで、サディスティックなお姉さまボイスへと変貌。

 聞いているだけでゾクゾクするような歌声は、この世の全てを飲み込んで魅了するかのようだった。


「おお 皆で(たた)えよ暗黒時代 我らが王子の生誕祭」


「(な……なんなんだ、この人……!?

 いきなりメタルを歌うのもありえないけど、上手さのレベルが尋常じゃない!)」


 信一もメタルを愛する者として、クオリティを見極めるセンスはある。

 だが、これは常人が評価できるような歌声じゃない。

 圧倒的なカリスマ性、しっかりと整えられた音程や呼吸。普段はクラシックを学んでいる麗香にしか出せない独自のメタルボイス。

 彼女に対してあれこれ言えるのは、おそらく同等以上の才能を持つ者だけだ。


「ふぅ……いかがでしたか?」


「いやいやいやいや、すごすぎてビックリだよ!

 っていうか……あんな声を出して、喉のほうは大丈夫?」


「ええ、幼少の頃から鍛えておりますので。

 それでは、続きまして――」


「まだ歌えるの!?」


「2曲目、【チェインキラー】!!」


 叩き割らんばかりの超絶ドラムテクニックから始まり、まるで金切り声のようなハイトーンボイスで歌い上げる洋楽メタル。

 これもまた流暢な英語、かつ女性の声に合う音程で上から支配している。


 ヘヴィーメタルなど、空気を読まずにカラオケで歌ったらドン引きされること間違いなし。

 しかし、信一には最高のご褒美だ。

 学園ではお嬢様らしくしている麗香だが、その正体は空前絶後のメタル・モンスター。

 2曲目を歌い終える頃には、至近距離で聞いていた信一も完全に感化されて”仕上がって”いた。


「はぁ~、普段はひとりで練習していますので、人前で歌うと緊張しますわ」


「すごい、本当にすごいよ! こんな人が学園にいたなんて……!

 しかも、声が全然枯れてないし」


「ふふっ、喉の強さには自信がありますの。

 それでは、続きまして――」


「まだ歌えるの!? ちょ、ちょっと待って!

 僕も歌いたい気分なんだけど、いいかな?」


「あら、失礼! わたくしとしたことが、自分ばかり歌ってしまって」


「麗香さんに聞かせるのは恐れ多いけど、さすがにこんな雰囲気にされたらね。

 ああ、くっそ~! ベースを持ってくるんだった!

 それじゃあ、【撃墜王の空戦】!」


「撃墜王!」


「ベースで追いかけながら歌うと最高なんだよ、ホントは」


「分かります、分かります! これぞメイデンのベースというべき至高の曲ですわ!」


 もはや、マニアにしか分からない世界に突入した両者。

 信一は小柄でおとなしそうに見えるが、ことメタルになると猛獣である。

 麗香の歌声で火をつけられた彼も全力で熱唱し、その体にメタル魂が宿っていることを見せつけた。


 かくして、出会ってしまった2匹のモンスター。

 まったく違う家庭で生まれ、触れあうことのない世界に生きてきた2人は、この上なく最高の相性で混じりあう。

 思う存分に歌い、お互いに交流を深めること2時間。

 カラオケ店から出てきた両者は、疲れを見せながらも最高の笑顔でツヤツヤしていた。


「はぁあ~、こんなに楽しいカラオケは初めてですわ。

 いつもはひとりでしてましたから」


「うん、そりゃ……あまり人には言えない趣味だよね。

 よかったら、また誘ってよ。今度はベースを持ってくるから」


「まあ、楽しみです!」


「それにしても、学園ではお嬢さまで通ってる麗香さんが、あんな声を――」


「ああ~ん、人に言ってはいけませんわ!

 あなたにしか聞かせたことがない声なのです。

 今はシンイチさまと、わたくしだけの秘密でしてよ?」


「(うわ~、可愛いなぁ……)」


 信一から見れば少し上を向くような身長差。さらには人並み外れた美貌の持ち主だが、わずか2時間で印象が変わった。

 麗香もまた、同じ年頃の少女なのだ。

 お嬢さまでありながらメタルを愛し、密かにカラオケで激しい歌を練習しているような普通……とは、ちょっと違う女の子。


「ところで、そろそろ本題なのですが。実は大切なお願いがありまして」


 (たたず)まいを直すかのように、真剣な表情になった麗香。

 彼女の歌声を聞かされた今なら、信一にも理解できる。


「わたくし、ヘヴィーメタルをやりたいんですの。

 それも中途半端な趣味ではなく、音楽界の頂点を――

 この日本、いえ、地球全土に究極の重低音を響かせて、人々が未来永劫メタルを愛するような世界にしたいのです」


「………………」


 スケールでかすぎだろ、と信一は心の中で思った。

 しかし、飲み屋で愚痴っているようなミュージシャンの妄想ではない。

 その壮大な夢を現実にしてしまうほど、彼女は研ぎ澄まされた才能とセンスを持っている。


「わたくしだけでは難しいことです。

 一緒にバンドをやってくれる仲間を、ずっと求めてきて……そして、ようやくシンイチさまにお会いできました。

 どうか、このわたくしに! 水無月麗香に、お力添えしていただけないでしょうか?」


 まるで歌劇のように(りん)とした言葉で麗香は言う。

 しばらく黙っていた信一は、静かに笑みを浮かべながら返答した。

 お姫さまの騎士(ナイト)になれるほど勇ましくはないが、彼なりのやりかたで言葉を返す。


「もっと軽い感じでいいと思うよ。『一緒にバンドやろうぜ』くらいでさ」


「え……?」


「僕はヘヴィーメタルが好きすぎて、他のバンドに行ってもダメなんだ。

 居場所を見つけられなかった6弦ベースのメタルマニア。

 そんな僕でも良ければ、麗香さんの夢に協力するよ」


 沈みゆく夕焼けの中、パアッと明るくなっていく麗香の表情。

 ベースの『タコ』だらけになった手を信一が差し出すと、彼女は両手で握り返す。


 そうして今ここに、たった2人のバンドが結成された。

 ライト兄弟が初めて有人飛行を成功させたとき、観客はわずか5名であったという。

 歴史を揺るがす大いなる変革は、ときに何の変哲もない街の片隅から始まるものなのだ。

本日の元ネタ。URLの動画は公式アーティストチャンネルが公開しているものです。

音量に注意しながら、作品の予備知識としてお楽しみください。


▼【悪魔の生誕祭】

 日本でメタルをブレイクさせた開祖、聖飢魔IIの『地獄の皇太子』。

 ヘヴィーメタルは70年代のアメリカやイギリスで従来のロックから派生したが、日本で知られるようになったのは80年代になってから。

 デーモン閣下が降臨した頃、かのX JAPANは高校生ながらもバンドを組んで活動を始めていたとか。


▼【チェインキラー】

 英国メタルバンド『Judas Priest』の『PAINKILLER』。

 同バンド最大のヒット曲になったが、リリースされたのは結成から11年後のこと。

 日本では初めてキャバクラに連れて行かれた人が場の雰囲気に馴染めず、やけくそになってこれをカラオケで歌った結果、周囲からドン引きされたというエピソードがある。

https://www.youtube.com/watch?v=nM__lPTWThU


▼【撃墜王の空戦】

 1984年にリリースされた英国メタルバンド『IRON MAIDEN』の『Aces High』。

 日本での題名は『撃墜王の孤独』。

 メタルを知らない人でも聴きやすく、ベースが演奏しているパートも分かりやすい。

https://www.youtube.com/watch?v=oNwOA84zAcE

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