第5話 Life on Merry-Go-Round
「それでは、2曲目いきますわよ! 本日が初公開!
『Life on Merry-Go-Round』!」
80年代から90年代のメタルを語る上で、決して外せないジャンル。
それがメロディック・スピードメタル、略してメロスピ。
透き通るような美しさと疾走感、あるいは哀愁や勇ましさを強調した曲が多く、日本の民族的な好みに最も近いジャンルといえる。
キーボードで奏で始めた哀愁漂う弦楽器から、一気に音を拡散する重低音。
宮廷音楽のようなゴージャスさの中、魔卿院レイチェルの美声が響く。
■ Life on Merry-Go-Round ■
木馬の群れが駆ける 光に満ちた世界の中
銀の轡に真鍮の鞍
優雅な音楽と 手を振る人々
黄金の天板は輝き続け 雨や乾きも知らぬまま
己は何者なのかと疑問も抱かず
回る 回る 歯車の上で
ああ 愛しきメリーゴーラウンド
自由の価値など夢幻のごとく
光の中で回り続けるがいい 穢れなき木馬たちよ
回れ回れ回れ 回れ回れ回れ
回れ回れ回れ回れ回れ回れ回れ回れ回れ……
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きらびやかで美しい旋律は、ヘヴィーメタルに慣れていない観客たちにも聞きやすかった。
英語を避けた歌詞もストレートで理解しやすく、ある程度は子供にも分かる。
この曲を書いた信一は、麗香の注文に100%以上の完成度で応えていた。
遊園地でライブを行った場合、どのような曲調や歌詞がギャラリーに好まれるのか。
当然ながら客層は一般的な家族連ればかりだ。
聞きやすく、分かりやすく、そして何より特徴的であることが望ましい。
「回れ回れ回れ回れ回れ」
その特徴が、サビを終えた後のフレーズ。
麗香と律子のコーラスから始まり、やがて麗香は違うワードに切り替えていく。
「壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ」
「回れ回れ回れ回れ回れ」
「壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ」
「回れ回れ回れ回れ回れ回れ回れ回れ回れ」
レースをするかのように追いかけあう両者。
律子が繰り返す『回れ』が徐々に失速し、麗香の『壊せ』に塗り替えられていく。
「ブルルルルルッ、ヒヒヒィイッ!」
「お、おい、どうしたんだ!?」
想定以上に爆音の演奏が聞こえてくるため、ステージ付近まで様子を見に来た園長。
彼が引いていたポニーも曲に感化されたのか、大きく体をゆすりながら嘶いた。
「壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ――壊せぇええええええええっ!!」
麗香の叫びが響き渡った瞬間、それまでの曲調が一変する。
きらびやかなメリーゴーラウンドの歌かと思いきや、突如として1体の木馬が自我を持ち、抜け出さんとばかりに荒れ狂う。
やがて木馬は固定されていた台座から解き放たれ、外の世界へと駆け出した。
その大胆な変調を聴いた瞬間、居合わせた全ての者に衝撃が走る。
演奏はガラリと雰囲気を変え、風が吹き抜けるような疾走感と、ここぞとばかりにブルージーを活用した哀愁で満たされた。
■ Life on Merry-Go-Round(第2楽章) ■
孤独な木馬が駆ける 鉛のごとき鈍色の荒野を
与えられし馬具は全て捨て去り
手を振る人々は もはや記憶の彼方
黄金の天板も淡く消えゆき 冷たい雨が身を切り裂く
穢れを知らぬ木馬は泥にまみれ
もがく もがく 傷ついた足で
さらば 愛しきメリーゴーラウンド
自由の代償は計り知れないだろう
旅の半ばで力尽きようとも それは自ら選んだ誇り
遠く遠く 遥か遠くで 見よ 雲から光が射す
美しくも残酷な世界 なにゆえ生きることは罪なのか
真理を探して走り続ける 孤独な木馬の物語
La-La-LaLaLaLaLaLaLa……
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日本の歌謡界では滅多に見られない、クラシック音楽のような2章構成。
単純にAメロ、Bメロとするのではなく、途中に『回れ』と『壊せ』の競争を挟むことで、まったく違う曲調への変化を可能にしている。
RPGで例えるなら、倒されたラスボスが第2形態へ変貌したときにBGMが変わるようなもの。
『Life on Merry-Go-Round』という曲は、前半がきらびやかで幻想的に、後半は荒々しく鮮烈に仕上がっていた。
その歌詞が伝えているのは、豊かながらも自由がないメリーゴーラウンドと、自由を求めて抜け出した木馬の対比。
つまるところ『文明社会』と『外の世界』だ。
〆のコーラスは憂いを帯びて美しく、観客たちも口ずさみやすい。
「La-La-LaLaLaLaLaLaLa」
まったく知らない曲でも、参加できるコーラスがあることでライブに一体感が生まれる。
気付けば観客たちは麗香と共に歌い、そして同時に曲の終りを迎えた。
再びライブ会場に鳴り響く拍手喝采。全ては計画どおり。
この曲はそもそも、観客と共に盛り上がるための歌だったのだ。
2章構成というインパクトに加え、『回れ』と『壊せ』の競争、〆のコーラスと、生演奏で聴いたときの楽しさが盛り込まれている。
「(ヤ、ヤバい、これ……帰ったら絶対、オーナーに見せなきゃ!)」
撮影担当の女性スタッフは、全身の震えをカメラに伝えないように気を付けながら、このバンドの才能を再認識した。
どうして、こんな怪物たちが無所属のまま、あろうことか小さな遊園地でライブをしているのか。
「皆さま、ありがとう! 先ほどお伝えしたように、最高にノッていると感じたら”こう”ですわ!」
今度は説明されなくても分かる。麗香に合わせて数多くのハンドサイン、コルナが掲げられた。
ここで行われているのは、まぎれもなくヘヴィーメタルのライブだ。
そうでなければ、こんな光景は見られない。
親の世代も拍手していたが、子供たちは初めて聞く大音量のメタルに湧き上がっていた。
そんな中で、ギタリストの美沙希は1人の幼女に気付く。
「…………ん?」
次々と集まってきた観客に押し込まれ、最前線まで来てしまったのだろう。
爆音の演奏に曝された8歳くらい幼女が、呆然とした顔でステージを見上げている。
ふと思いついた美沙希はギターから予備のピックを取り外す。
それを親指で弾いて飛ばし、キャッチした幼女にコルナを向けながらウィンク。
子供はしばらく戸惑っていたが、やがてボーッと夢見心地な表情のままコルナを返してくれた。
「さて、名残惜しいのですが次が最後の曲。
皆さま、お覚悟はよろしくて? この地を丸ごと異界へ飲み込んでやりますわ!
『Dominate Empress』!!」
そうして、ステージが三度の爆音に包まれる。
音楽が、ヘヴィーメタルが隅田川の水面を波立たせ、平和な遊園地の午後を上から塗りつぶしていく。
ほとんどの観客が一般人であるにも関わらず、圧倒的な演奏と歌唱力に我を忘れて酔いしれた。
かくして不安だらけだった初めてのライブは、麗香の策略とメンバーの技能によって完璧なまでの成功を収める。
その結果は密かに――そして確実に、日本の社会へと影響を及ぼしていくのだった。




