表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お嬢さまは何としてでも日本でヘヴィーメタルを流行らせたい  作者: 微炭酸さいだー
第2章 本気で世の中を作り変えてやりますわ
20/27

プロローグ 『FU●K YOUでございます』

 伝統と格式を誇る私立岩間嶺(がんまれい)学園。

 平成に入ってから近代音楽科が増設されたが、新しい風になるはずだった生徒たちの扱いは不遇を極めていた。


 元からあるクラシック科や古流音楽科――いわゆる『本命組』とは見えない線で区切られ、校内で両者が交流することはない。

 教室どころか校舎まで違い、食堂では日当たりのよいカフェテラスを本命組が独占して、近代音楽科は長テーブルで雑多に並んで食べている。


「ほんとマジ、クソだと思うんだわ。この学校」


 カレーライスが真っ赤になるほど七味唐辛子をかけながら、冴島(さえじま)結衣夏(ゆいか)は毒を吐いた。

 制服のネクタイを外してシャツの胸元を緩め、髪はピンクがかった金髪。メイクやピアスなども目立ち、いかにもギャルらしい服装だ。


 こんな外見でも、近代音楽科ではあまり注意されない。

 彼女と同席しているのは、アロエみたいなツンツン頭の久我山(くがやま)(りょう)と、貴金属だらけのヒップホップ少年DD。

 そして、小柄で中性的な顔立ちの織田(おだ)信一(しんいち)


「おい、DD。お前でかいからって、あんまり場所取んなよ」


「俺だって詰めてるよ。なんだ、デブって言いたいのか?」


「実際、かなり太いだろうが」


「え、え~と……久我山くん、僕と席替わろうか?」


「お~、ノブ! 心の友よ!」


 向かい側で押しあいながら座っている男子たちに、信一は助け舟を出した。

 しかし、隣にいる結衣夏がそれを拒絶する。


「いや、クガはこっち来んなし。頭が刺さるっつーの」


「刺さらねーって! 毎朝1時間かけてセットしてるんだぜ、これ?」


「知るかよ!」


 席の幅に余裕はなく、信一たちは長テーブルでぎゅうぎゅう詰め。

 一方、カフェテラスでは本命組の生徒たちが優雅に食事を楽しんでいる。

 いくつか空いている席もあるのだが、近代音楽科がそこを使うわけにはいかない。


「はぁ~あ……なんでこんな学校に入っちゃったんだろうな、あたし」


 すぐそこにあるのに、まるで別世界のような光景を(にら)みながら、結衣夏は再び毒を吐く。

 近代音楽科が学園のお飾りでしかないことは、もはや周知の事実であった。


 結衣夏の言葉を聞く信一は心中で(うれ)いながらも、ひとりの人物を思い浮かべる。



 ■ ■ ■



 岩間嶺学園には複数の音楽設備が(もう)けられている。

 オーケストラホールに和室、新旧いくつもの音楽室から屋外コンサート場。

 日本有数の音楽高校なだけあって、その充実ぶりは最高峰。


 そのひとつに、クラシック科の生徒が使う『特級音楽室』があった。

 室内のインテリアは貴族の屋敷かと思うほど豪華で、真っ赤な防音カーペットを敷きつめた室内にはピアノやハープなどが置かれている。


 ここで演奏できる者は、それこそ一部の高い技術を持つ生徒のみ。

 水無月(みなづき)麗香(れいか)は今、教師や生徒が見つめる中でバイオリンの音色を(かな)でていた。


 曲目はハイドンの『セレナーデ』。

 上流階級の者が集う本命組の中でも、彼女の演奏は別格といわれるほど完成されている。

 由緒正しい水無月家のひとり娘、父は高名な音楽指導者で、母はオペラ歌手。

 美しい容姿から繰り出されるセレナーデは、誰もがうっとりと聴き入るほど素晴らしかった。


 が――突如として、その演奏がぴたりと途切れる。


 思いもよらぬ事態に、居合わせた一同は驚きの表情で固まった。

 普段ならありえないのだ。常に完璧な演奏をこなす麗香が、理由もなく途中で止めてしまうことなど決してありえない。


「申し訳ありません。指が引っかかってしまいましたわ。

 もう一度、始めから弾いてもよろしくて?」


「いいえ、他の生徒さんもいますので、2小節目から続けてください」


「かしこまりました。では」


 教師の指示に従って、再びセレナーデの旋律が流れる。

 水無月麗香が失敗するのは、本当に珍しいことだ。

 ただ一度のミスが異常事態として扱われている時点で、普段の彼女がどれほど完璧なのかを物語っている。


「珍しいじゃないか、麗香くんがミスをするなんて」


 そんな授業の後、音楽室を出て廊下を歩く麗香を待っていたのは、眼鏡をかけたひとりの少年だった。


「お聞き苦しい失敗、本当に申し訳ないですわ。

 今朝がた、ドアに指を挟んでしまいまして」


「おいおい、気をつけてくれよ。キミの指は神の祝福を受けているんだ。

 ドアなんて、メイドにでも開けさせればいいだろう」


 そう語る彼は、岩間嶺学園の生徒会長にして理事長の(おい)小金井(こがねい)拓馬(たくま)

 2年生でありながら理事の権威を笠に着た有力者だ。

 知性を感じる眼鏡にクールな顔立ち。名家の子息として音楽の素質も高く、麗香に続くナンバー2の実力を誇っている。


「ところで、先生――()()()は相変わらず忙しいのかい?」


「ええ、慌ただしく日本中を飛び回っていますわ」


「個別レッスンの予約は難しいか……まあいい、よろしく伝えておいてくれ。

 いずれまた会いに行くよ、キミの()()()に」


「………………」


 彼は水無月家と交流があり、麗香の父親にレッスンを受けて一目置かれている。

 ゆくゆくは跡継ぎのための婿候補という話もあるらしい。

 胸の奥にヘヴィーメタル魂を秘めた麗香としては、お高く止まった成金の息子など反吐が出るほど嫌いなのだが。


「ああ、ちなみに例の件――

 近代音楽科の生徒と(たわむ)れるのは、そろそろやめてほしいな」


「なぜですの?」


「我々の品格が落ちると困るからだよ。

 あの連中をよく見ろ。知性も教養もない(あら)くれた野良犬の集まりじゃないか」


「(よく見るべきなのは、あなたですわ。

 その役に立たないクソ眼鏡、ブチ割りましてよ?)」


「我々は我々、彼らは彼ら、住む世界が違うんだ。

 キミの行いがきっかけで境界が曖昧になったらどうする?

 くれぐれも、僕と叔父さんの手を(わず)わせるような真似は控えてくれよ」


 よせばいいのに、去り際のひと言でラインを超えてきた拓馬。

 麗香は背中を向けた彼の後ろ姿に、それはもうハッキリと中指を立ててやった。


「…………?」


 嫌な気配を感じたのだろうか。

 拓馬は少し振り向いたが、そこには普段どおりの麗香が立っているだけ。

 水無月家の娘がヘヴィーメタルに心酔していることなど、この時点では想像すらできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ