第1話 拝啓、偉大なる前世さま
「●ァーーーーーーーーーーーック!!」
水無月麗香の生活は優雅そのものであった。
一族は代々、音楽の家系。父は自衛隊の楽団に技術指導をするほどの優れた演奏者、母は海外にまで名が知れ渡っているオペラ歌手。
そんな両親の血を完璧に受け継いだサラブレッドとして生まれ、演奏から歌まで何をやらせても天才的。日本音楽会の未来を担う若者として、その将来を期待されている。
齢16となり、麗香は青春真っ只中。
誰もがうらやむ高貴な美貌に、非の打ちどころがないプロポーション。
今朝も学校へ行く支度をしながら、スマホでネットの情報をチェックしていたのだが――
「HR/HMを扱うインディーズレコード会社、不況に耐えきれず倒産!
売れ行きの低迷、新しい世代の若手バンドも現れず、ライブの中止が相次いで赤字に……
なんということでしょう、またしても日本からメタルが遠のいてしまいましたわ!
ただでさえ、メタルと二次元と女装が趣味な人は、素性を明かして生きることが許されないというのに!」
自室でワナワナと震えながら、傷ひとつない美しい指先でスマホを操作する麗香。
その正体はダミアン・オズワルドの意志を受け継ぐ、悪魔に選ばれし新生児。
偉大なるダミアンの死と同時に生まれた彼女は、自身に課せられた使命と、誇り高きメタル魂を理解していた。
とある記事にたどり着くと、麗香の表情は悲しげなものへと変わっていく。
「伝説のメタルシンガー、ダミアン・オズワルドの死から16年。追悼のためにコウモリの人形を持ち寄って食らいつくファンたち。
ああ……偉大なるわたくしの前世、ダミアンさま! あなたの死、そしてわたくしの生から16年!
明日のメタル界に身を捧げるべく、密かに”そっち方面”の音楽を学んで、研鑽を積む日々を過ごして参りましたが……
なぜ!? なぜ、わたくしは日本に生まれてしまったのでしょうか?」
麗香は自分の前世であるダミアンを、絶対的な神のごとく尊敬していた。
偉大なる意志を継承したのだが、彼女が置かれている状況は芳しくない。
「日本でのヘヴィーメタルはイロモノ扱い!
奇天烈な格好をしたり、激しい曲調でアニソンや蜜柑の歌を叫んだり、1秒間に10回レ●プ発言したり、アイドルの要素を入れたりしなければ流行らない!
ダミアンさまのように黒いレザーに身を包んだ正統派のメタルバンドは、滅多に出てこないような国ですわ!
そんな場所で……わたくしは、どうやって弱き民を導く反体制主義者になればよいのでしょう!?」
誰もいない自室で天井を仰ぎながら叫んだ後、窓を開けて話し相手と向かいあう麗香。
広い敷地を誇る水無月家の屋敷では、ペットとして2羽のハトが放し飼いになっている。
ハトたちは窓辺によく来るため、麗香は彼らに名前をつけて可愛がっていた。
「おはようございます、メガデス、メタリカ。
未来はこんなにも重苦しいのに、なんて爽快な青空なのでしょう。
愚かな人間がどれほど汚物を垂れ流そうと、母なる地球はおむつを換えてくれますわ」
ハトたちは『くるっぽー』としか応じないが、お嬢さまである麗香に秘密があることは彼らしか知らない。
なまじ名家に生まれてしまったため、メタル・ゴッドの後継者であることを人に打ち明けられないのだ。
しかし、麗香は覚悟を決めて決意した。
どれほどの逆境にあろうと、必ず前世から受け継いだ意志を貫いてみせると。
「そうですわね、嘆いてばかりでは何も始まりません……現状が苦しいなら、力の限り足掻くのみ!
まるでメタルを聴こうとしない日本猿どもを再教育して、わたくしがこの国を作り変えてみせますわ。
反逆! 反逆でしてよ! 16歳になりましたもの、自分の道は自分の手で切り開きます!」
晴れ渡った青空を見上げて決意表明をする麗香。
前世であるダミアン・オズワルドの意志を受け継ぎ、この日本――いや、世界に対する壮大な反逆を夢見る。
決意したら即実行。
彼女の運命が本格的に動き出すのは、翌日の夜であった。