第18話 Dominate Empress
「はーい、撮りまーす」
この日、5人が来たのは色々な撮影に使えるレンタルスタジオ。
こういった場所では、追加オプションを付けるとスタッフが手伝ってくれる場合もある。
中世風のゴシックな室内で、ドミネイト・エンプレスの面々はポーズを取っていた。
芸能界でいうところの商材写真、メンバー紹介に使う画像を作っているところだ。
「(りっちゃん、さすがだなぁ……)」
撮影に慣れていないメンバーと違って、律子は自力で数万フォロワーを集めた経験者だ。
スタッフがアドバイスを言う必要もなく、自分を魅力的に見せる方法を知っている。
カメラの前で大胆にポーズを取る姿は、普段の幼馴染とは別人のようだった。
「すごいよね、りっちゃん。モデルか何かやってたの?」
「そういうわけじゃないんだけど、ちょっと自撮りにハマってた時期があったみたいで……」
「それで慣れてるのか~。あたしもコツを教えてもらおうかな」
そんな会話をしながら信一の隣りに並んだ美沙希も、普段とはまったく違う人物に変貌していた。
最初に目立つのは、頭の左右に生えた闘牛のような角。
角を支えるカチューシャはウィッグで巧みに隠されており、そのウィッグからは青い蛍光色のメッシュが伸びて、髪にアクセントを付けている。
上半身はボンデージのごとく体にフィットした衣装。
腰から下は、長い脚をハッキリと強調するようなレザーのパンツに、膝まであるスーパーロングブーツ。
これ以上のものは考えられないほど、彼女のかっこよさと魅力を強調したコスチュームだ。
デザインを担当した麗香と律子いわく、氷獄の女将軍という設定らしい。
「あんまりジッと見ないでほしいな、さすがに恥ずかしいよ」
「あっ、ああ~、ごめんごめん!
美沙希さん、ほんとにかっこいいから……僕は見てのとおり小さくて地味だし」
「自分を人と比較したって、いいことなんてないよ。
あたしも、あんな風に可愛くなりたいって思うことはあるけどさ」
そう言いながら視線を向けた先には、撮影中の春菜がいた。
全体的な服装はゴシックロリータに近いが、激しく動くドラマーなので熱を発散しやすいように両腕はむき出し。
まるで格闘ゲームの可愛い系武闘派キャラだ。
その髪には今、あざやかな水色のメッシュが入っている。
律子いわく、ツインテールを体の前側に垂れるようにセットしてあるのがポイントらしい。
撮影を終えた律子と春菜は、2人で会話を始めていた。
「春菜ちゃん、お疲れ様~」
「全然上手くいかなかった……ポーズを取るのって難しい」
「最初は誰だってそうだよ。楽器の演奏みたいに、そのうち慣れるから大丈夫」
「この髪でドラムを叩いたらバサバサ暴れると思うんだけど」
「それがいいんじゃないかな!
ロックのライブ映像を見たんだけど、ドラムの人って頭を振りながら叩くでしょ。
後ろのほうに配置されても、きっと目立つと思うよ」
全てのコスチュームを律子が手掛けただけあって、バンドとしての統一感がある。
かくして、5人のメンバーたちは新しい姿と名前を手に入れた。
『新世界の女帝 魔卿院レイチェル』
『忠実なる執行人 ザ・シング』
『禁忌に触れし者 リッチ』
『氷獄の魔将軍 ミザリー』
『狂乱を呼ぶ戦姫 ルナ』
以上がドミネイト・エンプレスの個性的な面々。
最後に写真を撮ることになった麗香は、どんな角度から写しても美しい被写体だ。
カメラを抱えた女性スタッフはせっせとシャッターを切っていたが、お嬢さまはいまいち納得していないらしい。
「う~ん、普通のポーズでは迫力に欠けますわね……」
「そ、そうでしょうか?
お客さまなら、もう写すだけで商材として完璧だと思いますが」
「花は生けてこそ、ですわ。
りっちゃんさま! ドミネロを貸していただけるかしら?」
「え……これを?」
呼ばれた律子が持っていったのは、1体のぬいぐるみ。
口が大きく左右に開き、ギザギザの歯でニヤリと笑うような表情。目のところはボタンになっていて、Xの字に糸で縫い付けられている。
悪名高きローマ皇帝から名を借りて、『ドミネロ』と名付けられたバンドのマスコット。
怪しくも愛嬌のあるコウモリを、律子はお手製のぬいぐるみにしていた。
「やはり、わたくしとコウモリは切っても切れない縁ですのね」
「そうなの?」
「ええ、それでは失礼して――」
麗香はドミネロを受け取ると、石英のようにきれいな犬歯を突き立てながら、がぶりと頭部に食らいつく。
前世であるメタルの神、ダミアン・オズワルドへの敬愛を込めて。
美しさと狂気が入り混じった表情の麗香は、ぬいぐるみの頭がちぎれそうなほど強く引っ張る。
「ああーーーっ! ドミネローーーーーー!!」
律子は叫び声を上げたが、結果的にその瞬間を写したものがベストショットになって採用された。
続いてMVの撮影。
これまでは固定されたカメラで映すだけだったが、今回からは業者の手を借りて本格的なものを作る。
「英語版と合わせて、2本作成ですね。
これまでたくさんのバンドからご依頼がありましたけど、個人発注でここまでの規模は初めてです」
「演奏を聴いていただければ分かりますわ。わたくしたちが、いかに本気なのかを」
スタッフたちは数々のバンドから仕事を受けているため、照明から撮影、動画編集までお手のもの。
大抵は事務所を通して発注されるのだが、無所属な上にデビューすらしていない高校生だと聞かされて驚く。
しかも、MVは演奏風景だけの一発撮りで良いというのだ。
よほど自信があるのか、あるいは映像のことを何も分かっていないのか。
「では、いきますわよ」
楽器を並べ終えて配置につき、呼吸を整えた5人のメンバー。
そうして、カメラの前でドミネイト・エンプレスが演奏を始めた瞬間――居合わせたスタッフたちは度肝を抜かれる。
「跪き答えよ 私欲に歪んだ罪人よ
なにゆえ愛を手放した 満たされた陽だまりの中で」
「(こ、これは……!)」
「(ウソでしょ……ほんとに高校生!?)」
まさしく本物のヘヴィーメタル。
見た目からは想像もつかない速さで乱打するドラムと、ぴったりと並ぶように追いつく6弦ベース。
ギターとボーカルの双翼は、本当にデビュー前の学生なのかと疑うほどの技量で曲を作り出す。
さらには、荘厳なパイプオルガンの音を奏でるキーボード。
麗香が歩み始め、信一という理解者を得て、律子が仲間になり、ライバルであった美沙希と春菜が加わるまでの道。
その第一到達点は、もはや学生バンドどころかインディーズすらも超えてしまいそうだった。
「その耳 その目で知るがいい
愛に靡かぬ罪人には 煉獄こそが相応しい
貴様が欲した絶望を 思いのままにくれてやろう」
ボーカルが歌っているというのに、全力で演奏を続けるメンバーたち。
曲の作りかた自体が、日本の歌謡曲とはまったく違う。
Jロックやポップの場合、ボーカルが歌っているときは静かにするものだ。
それは情緒のある歌詞や声が日本人に受けるからであり、激しいイントロで始まった曲でも『メロ』のときはボーカルのために演奏を抑える。
しかし、ヘヴィーメタルは抑えない。曲の勢いを殺さない。
爆音の演奏に飲み込まれないほどの力強い歌唱力で、ボーカルが最後まで引っ張り続ける。
それゆえ負担は相当なものだが、麗香はメタル・ゴッドから受け継いだ鋼の喉を持って生まれた。
「キル・ゼム・オォオオーーーーーーーーーーーーーーール!!」
〆のロングシャウトまで完璧。
どこで息継ぎをしているのか分からない勢いで立て続けにBメロ、そして、ツインギターとキーボードによる間奏。
怒涛の低音を繰り出すドラムとベースは、まったく手を緩めない。
いったい、どれほどメタル音楽に愛を注げばこうなるのか。
撮影スタッフたちが見ているのは、世界に羽ばたかんとする伝説の出発点であった。
上手いと思うインディーズバンドはいくつも見てきたが、もはやレベルどころか目指している場所が違う。
演奏を終えてしばらく経つと、誰からともなく送られる拍手喝采。
やりきった表情で満足げな麗香の前に、名刺を持った男が駆け寄ってきた。
「どうも、どうも! すばらしい演奏、お疲れ様でした!
今回の仕事を受けたスタジオのオーナーをやっている者です。
え~と……皆さんは無所属……なんですよね?」
「ええ、事務所というものには縛られませんわ」
「それはもったいない!
今回撮った映像をレコード会社の方に見せてもいいですか?
お得意さまの中には、インディーズ系の大御所も何社かいますので」
「よろしくてよ。ただ、わたくしたちはメタルと自由を愛する者。
最も好条件なところと組ませていただきますわ」
■ ■ ■
それからしばらく経った、ある日。
岩間嶺学園の中庭で、織田信一は透き通った青空を見上げる。
こんなに清々しい思いで空を見たことが、今までにあっただろうか。
魔卿院レイチェルとミザルナが組むことは、事前にネットで告知されていた。
ファンたちの期待を十分に高め、満を持してドミネイト・エンプレスのお披露目。
そうして彼らが見ることになったのは、本格的な商材写真の数々に、しっかりと作られたMV。
日本の歌謡界では滅多に聞けない、本格的なメロディックスピードメタル『Dominate Empress』。
さらには海外向けの英語版まで用意されるという、誰も想像しなかった規模で5人はデビューを果たす。
『歌ってみた』系の動画を投稿していた学生たちが、いきなり劇的な進化を遂げたのだから驚くのも無理はない。
とんでもない大型新人の誕生、デビューした時点でもはやプロだと、ネットを中心に爆発的な反響を得ることになった。
「おーい、ノブ!」
「HEY、ブラザー」
今日も今日とてアロエみたいな頭の亮と、ヒップホップなDDから声をかけられる。
こういった日常は少しも変わっていないのだが――
「おい、知ってるか?
ドミネイト・エンプレスっていうバンド、今すごい人気なんだぜ」
「あ、ああ……あれね……知ってるよ」
「お前とおんなじ6弦ベース 弾いてる姿はミステリアス
誰も知らないザ・シングの素顔 きっと美少女 仮面の下は理想郷」
「はぁ!?」
「まあ、あれだけきれいどころの女子がそろってるんだ。
ザ・シングも可愛い女の子なんだろうな~」
「………………」
正体がバレていないのは幸いだが、完全にガールズバンドだと思われている。
反論しようにも、言うに言えない。
と、そのとき――いつものように中庭の空気が変わった。
近代音楽科から見れば、違う世界に住んでいるようなクラシック科の生徒たちが通り抜けていく。
中でも筆頭のお嬢さま、水無月麗香は今日も薔薇のように美しかった。
彼女は遠くから信一の姿に気付き、ニコッと笑いかけてくる。
お互いに本当の姿を知り、何も隔てるものがない場所でメタルについて語り合うまで、あと数時間。
放課後を待ち遠しく感じながら、信一も彼女に笑顔を返したのだった。
第1章、完結となります。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
読み切りのつもりで書いたのですが、本作を楽しみにしてくれている方も増えてきたので、以降も定期的に連載しようかと思います。
今後の予定については活動報告にて。