第16話 僕だけができること
拠点となった貸しスタジオの中で、麗香は有名なロック音楽のリフを弾く。
エレキギターを握った者なら、9割以上の確率で弾くであろう【スモーク・オブ・ザ・レイク】。
ハードロックの代表的な名曲は、誕生から半世紀が経っても色あせない知名度を誇る。
最初は麗香だけが弾いていたが、そこに美沙希のギターと春菜のドラムが加わった。
続いて信一のベースが重なり、最後に律子のキーボードが追いつく。
幼少期から仕込まれてきた麗香の英語力は、アメリカで綴られた詞を流暢に歌い上げる。
間奏になると、ここぞとばかりに美沙希がギターテクニックを披露するターン。
麗香は支えるように低音のリズムを刻み、律子が高音を担当。
信一と春菜は連携を乱さず、最後まで自分のパートをこなす。
そうして演奏を終えたとき、5人のメンバーたち――特に麗香は最高の笑顔で声を上げた。
「できましたわ~! ついに……ついにバンドの演奏が!
全てのパートがひとつになって曲を奏でる!
オーケストラとは、また違った爽快感ですわ~!」
新しく組んだバンドで、初めての1曲を演奏し終えたときの感動。それは青春を過ごす彼女たちの意識に、とても深く刻まれた。
この瞬間を熱望してきた麗香は、制服の上着を脱いでメタルバンドTシャツ1枚というラフな姿。
学園では決して見られない、本当の彼女がそこにいる。
一方、麗香と共に初めてバンドを体験することになった律子は、目の前にいた美沙希と語りあっていた。
「いや~、キーボードのほうは、いっぱいいっぱいだったよ。
けっこう音が目立つから、失敗したら一発でバレちゃうし」
「そこまで気にしなくても、いい感じだったよ。
りっちゃんはどこで習ったの?」
「近所にオルガンの先生がいて、その人が引退して田舎に引っ越すまで習ってたんだけど……
でも、バンドで弾くのって難しいよね。
目の前で美沙希ちゃんがすごい演奏してるから、邪魔しないように意識しちゃって」
「いや、むしろガンガン来ても構わないよ。
ギターとキーボードは、とにかく連携が大事だからね。
あたしばかりが目立ってもダメなんだ」
実際のところ、同じ音域を担当するギターとキーボードは、しっかりと足並みを揃えなければならない。
同じようにベースとドラムも、決して切り離せない相棒だ。
信一は春菜のほうを向くと、ひと息ついている彼女に声をかけた。
「え……えっと、ナイスドラム!」
「お前、つまらないヤツだな。
1回でもヘマしたら何か言ってやろうと思ってるのに、完璧すぎてツッコミどころがない。
ねちっこく、どこまでもへばりついてきて……最悪だ。気持ち悪い」
「えぇ~、そんなこと言われても」
「でも、ここまで私についてくるヤツなんて見たことないよ。
まあ……その調子で弾いてればいいんじゃない?」
ぷいっと目をそらしながら告げた春菜。ひどい言われようだが、彼女は信一の実力を認めている。
腕の良いベーシストに出会うことは、ドラマーにとって喜ばしいはずなのだ。
「皆さま、仲間同士の会話が弾んでおられるようで何よりですわ。
ところで、あの動画対決から2週間。
そろそろ何か動きを見せないと、視聴者の反応が冷めてしまいますね」
【ファー・ビヨンド・サンダウン】のカヴァー対決以降、レイチェルとミザルナは音沙汰なしの状態が続いている。
同じ曲の動画を同じタイミングで上げるという、どう考えても偶然ではないブッキング。
裏側で何が起こっているのかと、ファンは連日のように語りあっていた。
「とりあえず【スモーク・オブ・ザ・レイク】が形になったから、まずはこれを上げるっていうのも手だけど」
「オードブルとしては、些か豪華すぎですわ。
お腹が空いているお客様には、胃袋に直撃するようなものを食べていただくのが一番。
ここはやはり、オリジナルソングで攻めるべきかと」
「「「「オリジナルソング!?」」」」
「バンドを組んだ以上、有名どころのカバーだけで活動していくのは無理がありましてよ。
自らの曲を奏で、バンドの名前やロゴを考えて――
そして作るのですわ! わたくしたちのTシャツを!」
その言葉に麗香以外の4人は心の中でツッコミを入れた。どれだけメタルTシャツが好きなんだと。
衝撃的な言葉が沈黙を生み、しばらく経ってから律子が口を開く。
「それって、誰が作詞と作曲をやるの?
私にできることなんて、せいぜいロゴを考えるくらいだよ」
「悪いけど、あたしもゼロからは無理だなぁ。
ある程度できてたら、ギターのフレーズを追加する編曲には参加できるけど」
「ドラムもそんな感じ」
「十分ですわ! 皆さま、ご心配なく!
岩間嶺学園には、作詞や作曲の授業もありますの。
わたくしはクラシック専攻なので分野が違うのですが――」
そうして、女子たち4人の視線が信一に向けられる。
この中でただひとり、授業で作詞作曲を学んだメンバーがいるのだ。
「えっ? 僕!?」
「ええ、近代音楽科の見せ場でしてよ」
麗香は信頼してくれているようだが、信一は言葉に詰まってしまった。
先月、作曲の授業で大失態をやらかしたばかりだ。
自信がないことを正直に言うべきか迷っていると、いつの間にか至近距離に来ていた春菜が、悪鬼羅刹のような形相で睨んでくる。
「おい……分かってるな、お前?
美沙希ちゃんがバンドデビューする晴れの舞台で弾くんだぞ。
もしも、失望させるようなことがあったら――引きちぎるからな」
「何を!?」
まぎれもなく学校で作詞と作曲を学んでいるため、できませんとは言えなかった信一。
このときから数日間、彼の頭は大量の音符で埋め尽くされるのであった。
■ ■ ■
「死ね、殺す、殺害せよ……ダメだ。安直すぎる。
あああ~~~もう! どうしてこんなに、まともな歌詞が思い浮かばないんだ!」
曲作りを始めてから数日後の夜、信一は自室の学習机に向かってノートを広げていた。
『学校で習ったことなんて役に立たないぜ』とヘイレンは歌っていたが、今の状況がまさにそれ。
役に立たないのではなく、信一が知識を活かしきれていないのだ。
あんなにやりたかったメタルの曲作りなのに、いざ取り掛かると上手くいかない。
ずっと好きだった相手と結ばれたにも関わらず、付き合ってみたら彼氏としてダメすぎたかのような絶望感。
パラパラとノートをめくっていくと、これまでボツにしてきた歌詞の中でも、特にひどいものを発掘してしまった。
『ねえ答えて キミになら分かるはず
こうして手をつなぐだけで 陽だまりの中にいるようさ
幸せを集めていくうちに 何もかもが救われるんだ
その耳 その目に届けたい
満たされた愛があるだけで この世は天国なんだって
キミが求めてくれるなら ボクはいつでも届けに行くよ』
最悪だ。こんなものを人前で歌ったことなど、もはや信じられない。
先月の授業で大失態を晒したときの歌詞が、まだノートの片隅に残っていた。
「はぁ~っ、僕にはまるでセンスがない……無理、無理。
とりあえず曲だけ作って、歌詞の部分は誰かに考えてもらおう。
愛だの恋だの繰り返す歌なんて、僕が一番否定してきたものなのに……
って、んん!?」
ここでふと、信一は何かに気付く。彼がメタルにハマったきっかけは何だったのか。
数年前、多感な中学生の時期に出会ってしまったのだ。
強烈なサウンドで全てを押し流し、悪と闇を従えて人間社会を叩き潰さんとする洋楽の数々に。
「そうだ、あのときの気持ちを思い出せ!
好きなメタルに染まってる間、心の中では僕じゃない”何か”が牙をむいている。
それを逆転させて、もう一度この歌詞を書き直すんだ。
闇に染まれ、暴力的になれ、もっと……もっと!」
自分に言い聞かせながら、信一は麗香のことを思い浮かべた。
いったいどこから出しているのかと思うほど、圧倒的な声量のお姉さまボイス。
さらにカリスマ全開になった魔卿院レイチェルの姿。
それらが鮮明になるにつれ、歌詞は彼女のイメージソングのようになっていく。
「よし、いける! 曲ができるぞ、あはははははっ!!」
眠ることを拒むほど覚醒した信一の脳は、時間を忘れて曲作りに没頭させる。
すさまじい勢いで言葉や音符を羅列させていく中、夜は刻々と更けていった。
本日の元ネタ。URLの動画は公式アーティストチャンネルが公開しているものです。
音量に注意しながら、作品の予備知識としてお楽しみください。
▼【スモーク・オブ・ザ・レイク】
もはや説明不要なくらい有名な曲。Deep Purpleの『Smoke on the Water』。
初めてギターで引いた曲がこれという人も多いはず。
1972年にリリースされたため、今年(2022年)でちょうど半世紀。
https://www.youtube.com/watch?v=_zO6lWfvM0g