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お嬢さまは何としてでも日本でヘヴィーメタルを流行らせたい  作者: 微炭酸さいだー
第1章 いいからメタルを聴きなさいジャパニーズ
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第15話 受け継がれし牙《トゥース》

「まあ! これはメイデンが2000年に来日したとき限定で作ったTシャツ!

 こっちはマノウォ! ディムボル、ペリテリまで!

 どうしましょう、並んでるだけ全部欲しいですわ~!」


 ほとんどの人々が知らない水無月麗香の趣味、その1。メタルバンドTシャツのコレクション。

 この日、5人のメンバーたちは信一の案内で楽器店に来ていた。


 街角にぽつんと建つ古びた店内には、マニアがよだれを垂らしそうな宝物がずらり。

 もはや出回っていない旧世代のレコードに、日本版とは違ったトラックが収録されている洋楽の輸入CD。

 麗香が真っ先に飛びついたのはTシャツコーナーだが、今日はもっと大事な目的がある。


「おや、ノブ坊。久しぶりじゃないか。

 なんだなんだ、女の子ばっかりゾロゾロ連れて」


「こんにちは、ご無沙汰してます」


 白髪まじりの頭とひげで出迎えたのは、恰幅(かっぷく)の良い初老の店主。

 若い頃はバンドマンだったのだろう。メタルTシャツを着込み、露出した両腕には薄くなったタトゥーが彫られている。


「この人は店主の矢口さん。

 僕の6弦ベースを取り寄せてくれたり、弾きかたのコツを教えてもらったりして、かなりお世話になったんだ」


「「「「こんにちは~」」」」


「いや~、こんなに若い娘さんが4人も来るなんて滅多にないぞ。

 どれがノブ坊の彼女なんだ?」


「全員違いますよぉ! 今日はギターを買いに来たんです」


「ほう? で、誰が弾くんだい?」


「わたくしですわ」


 麗香が名乗り出ると、店主は目を疑うような表情で固まった。

 この中で最もエレキギターを弾きそうもない人物。メタラー向けのマニアックな店に来ることなど、普通はありえないご令嬢だ。


「わっはっはっはっ! ジャズにでもハマったのかい、お嬢ちゃん」


「いいえ、この世に生を受けたときからヘヴィーメタルの使徒でしてよ。

 今日は世界を取りに行くために、最強のギターを求めて来ましたの」


「最強のギターねえ……ま、そこに並んでるから適当に見ていきな」


 せっかく儲かるチャンスだというのに、店主は案内すらしない。

 良いギターが欲しいなら、自分で見極めてみせろと言わんばかりの投げっぷりだ。

 美沙希を連れて麗香がギターを見に行くと、何本もの弦楽器が壁にかけられていた。


「うっわ~! ヤバすぎだよ、この店!

 どれもこれもレアものか、有名なギタリストが使ってたモデルばかり……まるで博物館だね、こりゃ」


「美沙希さまが使っているのは『ウルフギャング・スペシャル』でしたわね」


「よく分かるね! 高かったけど、頑張って手に入れたんだよ」


 美沙希の愛機は、波打つ水面のような模様が輝くマリンブルーのギター。

 中古でも15万円前後の高級品だが、最高傑作と評される機能性と弾きやすさで人気を集めている。

 彼女はこの逸品を手に入れるために、バイクの免許取得をあきらめたらしい。


「美沙希さまと対になりそうな真紅のギブソン、これもいいですわ~」


「麗香さんのコスには、赤か黒が似合うと思うよ。

 あとは音質と弾きやすさ。特に使ってる木材が重要なんだ」


「バイオリンやチェロなら分かりますけど、エレキでもそうですの?」


「もちろん、本体の歪みにくさとか音の反響が大きく変わってくる。

 物によってはキューバ産のマホガニーが使われるって言えば伝わるかな?」


「キューバン・マホガニー!」


 最高級木材でありながら1950年代に輸出が禁止になったため、もはや市場には出回らない『赤い宝石』。

 アコースティック・ギターの界隈では100万円以上の値がつくこともある幻の1本だ。


「わははは、さすがにそんなもんがあったらショーケース入りだな。

 それにしても、なかなか詳しいじゃないか」


()めてもらっては困りますわ。わたくしの人生、すなわちメタルでしてよ」


「だったら奥にも行ってみな。本当にいい目をしてるなら、求めてるものはそこにあるはずだ」


 店主に言われて奥に進むと、さらなる超高級品の楽器たちが並んでいる。

 訳も分からずについてきた律子は、桁違いの値札を見て驚愕した。


「ええ~っ! ドラムのシンバル1枚で10万円!?」


「ドラムはいくつものパーツで成り立ってるから、それなりのものでも全部で数十万円になる。

 私のは親戚からゆずってもらったけど、たぶんすごく高い。

 ああ……このキックペダルいいな……でも、片足だけで半年ぶんの予算かぁ」


 高額の値札を見て、ため息をつく春菜。

 良いものが高いのは当然だが、楽器はまさに一生を共にする相棒。

 大きな店舗になると、『生涯完全保証』というサービスもあるくらいだ。


 その値段に驚きながらも、しばらく眺めていた一同だったが――やがて、麗香は1本のギターを見上げて足を止める。


「これは……ランディー・ローゼン? いえ、日本製のアレキシですわ!」


 そこにあったのは、フライングVと呼ばれるエレキギター。

 通常のギターはバイオリンなどと同じように、中央が湾曲した”だるま型”をしている。

 それを文字どおりアルファベットの『V』に見える形状に変え、デザイン性を追求したのがフライングV。


 麗香が見つめる1本は、まるでサメの背びれのように片側が大きく伸びて、反対側が小さくなっていた。

 黒光りするボディーに塗装されているのは、蛍光ピンクのサイバーな模様。独特の形状も相まって、近未来を感じさせるデザインだ。


「これは『アレキシ・ピンク・ソウトゥース』だね。

 元々の所有者はランディー・ローゼン。あのダミアン・オズワルドのバンドにいた人の愛機だよ」


「ランディー・ローゼン! ダミアンさまの後を追うように、若くして亡くなった天才ギタリスト!

 そのギターデザインを受け継いで誕生したのが、ピンク・ソウトゥース!

 ああ……これはまさに、わたくしのためのギターですわ!」


「そうなの? でも、リードはあたしが務めるから、麗香さんはこれを使ってコードのリズム弾きをすることになるよ?

 そんなの国宝レベルの日本刀でスイカ割りをするくらい贅沢だし、値段もかなりヤバいんだけど」


 美沙希が見つめる視線の先には、5の後ろにゼロが5つも並ぶ値札がついていた。

 麗香はボーカルが本職であり、ギターを本格的に弾く機会は少ないはずなのだが――


「ツインギターでインストをやれば無駄にはなりませんわ。

 あとは長めの間奏でギターレースをするのも、メタルの醍醐味でしてよ」


「なるほど、それも面白いね。

 って、マジで買っちゃうつもり!?」


「わたくし、他のギターを考えられないほど運命を感じましたの!

 店主さま! このお店、カード払いはできるかしら?」


 50万円の商品を即買いしてしまうお嬢さまの派手っぷりに、一同は唖然(あぜん)としたまま口を開けていた。

 ギターはショルダーバッグに入れることも多いが、形状が特殊なためか専用ハードケース付き。


 高貴な麗香がハードケースを持ち運ぶ姿は、とても絵になる。

 その中に漆黒のフライングVが入っていることなど、きっと誰にも分からないだろう。

▼ウルフギャング・スペシャル

 アメリカの大手楽器メーカー、フェンダー社が制作した逸品。

 歴史的なギタリストのエディ・ヴァン・ヘイレンと共同で開発し、こだわりにこだわって生み出した近代ギターの最高傑作。

 量産されているものとしては非常に高品質で、『ぶっちぎりの弾きやすさ』、『極上のサウンド』、『どんな曲にも合う汎用性』と、世界各国から支持を得ている。

 美沙希が使っているのは水面のような模様が美しい『EVH Wolfgang Special QM Baked Maple Fingerboard Chlorine Burst』。


▼アレキシ・ピンク・ソウトゥース

 ギタリストのランディ・ローズが自分用にデザインした『ジャクソン・ランディ・ローズ』というギターが原型。

 大きく突き出したサメの背びれのような形が特徴的。

 ランディ亡き後、チルドレン・オブ・ボドムに所属していたアレキシというギタリストがデザインを継承。

 複数のメーカーが生産しているが、日本の厳しい品質管理で作られたESP製のものが最高級品。

 正式名称は『ESP ALEXI LAIHO PINK SAWTOOTH』。

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