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お嬢さまは何としてでも日本でヘヴィーメタルを流行らせたい  作者: 微炭酸さいだー
第1章 いいからメタルを聴きなさいジャパニーズ
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第13話 麗香に秘策あり

 【ファー・ビヨンド・サンダウン】は、いたってシンプルな楽器構成だ。

 ベースまたは低音担当のギター、ドラム、オルガン、そしてメインの主旋律を(かな)でるギターの4パート。

 ボーカルのないインストゥルメンタルなため、まさにこれでもかとギターの演奏を畳み掛ける曲になっている。


「よし……完璧だ! 文句なしの仕上がりだと思うよ」


 会心の出来に、美沙希は爽やかな笑顔を見せた。

 これまで何本もの動画を作ってきたが、ここまで手間暇をかけたのは初めてだ。


 律子はキーボードでギターの音を出していたが、特殊なエフェクターを使えばギターからオルガンの音を出すこともできる。

 今回は低音のベースパートからオルガンまで美沙希がギター1本で担当し、それらを組み合わせて音源を作成。

 そこに本気のギターテクニックと最高の相棒である春菜のドラムを乗せ、全てが生演奏という贅沢な作品に仕上げた。


 もはや、『弾いてみた』の域を超えた完全なカヴァー曲。今の美沙希と春菜が出せる最大級の完成度だ。

 全世界のロックファンたちが聴けば、きっと驚愕するに違いない。


「美沙希ちゃん、すごく気合いが入ってたね」


「インギーさまの曲をやる以上、全力で挑まなきゃ失礼だからね。

 レイチェルが何を考えてるのか知らないけど、真っ向勝負なら絶対に負けない。

 あたしたちが本気で演奏したらどうなるのか見せてやろう」


「うん、きっと……大丈夫」


 そう答えた春菜だが、胸の中にある(かげ)りを隠しきれていなかった。

 数多くの人々を驚かせてきたミザルナ。

 高い実力を誇るギターとドラムのコンビが、出せる限りの本気を出して演奏したのだ。普通に考えれば負けるはずがない。


 だが、この曲――【ファー・ビヨンド・サンダウン】を指定してきたのは、これから対決するレイチェル側。

 圧倒的に不利なことなど、最初から分かっていたはずだ。

 きっと何か仕掛けてくるだろうと警戒しているのだが、実際にどのような策があるのか見当もつかなかった。


「さて、予定の18時だね。動画をアップするよ」


「うん……」


 貸しスタジオからノートパソコンでネットにつなぎ、美沙希は動画をアップロードした。

 高い人気を誇るミザルナの最新作、全パート生演奏で、しかも名曲中の名曲【ファー・ビヨンド・サンダウン】をカヴァー。

 ファンたちは騒然となり、さっそく再生数が伸び始めた。


 あっという間に桁が増えていく数字に、寄せられる高評価コメントの数々。

 まるで不沈艦に乗っているかのような快進撃に、美沙希と春菜は笑顔を見せあう。


「これだけやれば喜んでもらえると思ってたけど、実際にいい反応を見られるのはうれしいね」


「レイチェルのほうは、どんな感じ?」


「向こうも動画を上げたみたいだ。約束どおり、同じ時間に同じ曲を――なぁあああっ!?」


「!?」


 急に声を上げ、驚いた表情でパソコンの画面を見つめる美沙希。

 レイチェル側がアップした動画も、間違いなく【ファー・ビヨンド・サンダウン】だ。

 律子がキーボードでオルガンを担当し、低音部分は信一のベース。ここまでは予想どおり。


 しかし、自慢の歌声を封印した麗香――魔卿院(まきょういん)レイチェルが(かな)でているのは、なんとバイオリン。


 ラスボスのような姿の縦ロールお嬢さまが優雅に主旋律を弾き、バイオリンを操ってギターの代わりを務めている。

 ドラムは担当する者がいないので打ち込み音源だが、それが気にならないほど演奏が素晴らしい。


「そうきたか……あは、あははは……そうきたか、レイチェル!」


「こんなの、ずるいよ! 真正面から勝負してない!」


「いや、むしろインギーさまを良く研究しているからこそ、行き着いた答えだと思うよ。

 ネオクラシカルが本来のクラシックに回帰したんだ」


 そもそも【ファー・ビヨンド・サンダウン】を作ったギタリストは、積極的にクラシック音楽を取り込んでいた。

 特に若かりし頃は”バイオリンの演奏をギターで再現させる”という芸当を編み出しており、これが後年に新しいジャンル『ネオクラシカルメタル』になる。

 そんな彼が作った曲をバイオリンで(かな)でたとしても、違和感が生じないのは当然だ。


「くっそ~、ロック音楽なのにお嬢さまがバイオリンを弾いてるってだけで面白いじゃないか!

 こんなことをされたら、普通に演奏した動画じゃ勝てない。

 この曲をカヴァーしたギタリストは山ほどいるけど、バイオリンアレンジはこれだけだ」


「ううっ……そんなことないって言いたいけど、数字が……」


 この瞬間、なぜレイチェルが不利なはずの曲を指定してきたのか、2人は思い知ることになった。

 世界中のロックファンに知られ、プロからアマチュアまで多数の人々がギターで弾き、これまでに何本もの動画が投稿されている名曲。

 たとえミザルナが本気を出したとしても、それは同じような動画のひとつでしかない。


 逆に見事なバイオリンの演奏でカヴァーしているのは世界でただひとり、魔卿院(まきょういん)レイチェルのみ。

 当然ながら、それは白い紙に垂らした紅のごとく目立つ。

 どちらがより注目を浴びるのかは、もはや語るよりも数字を見たほうが早かった。


「完敗だ。負けだよ、負け。

 発想ひとつで、ここまで勝負をひっくり返されるなんて……」


「それでいいの? あんなに頑張ったのに」


「頑張ったかどうかを評価に加えていいなら、誰だって幸せになれるさ。

 いつの時代も、ロックは新しさで過去を塗り替えてきた……なのに、あたしたちは正直すぎたんだ。

 春菜のドラムは今回も最高だったけどね」


「美沙希ちゃん……」


 悔しそうな顔をしながらも、美沙希は春菜の前で笑ってみせる。

 彼女たちはお互いに最高の友人で最高の相棒。それだけは敗北しても変わらなかった。


 かくして、動画対決は予定されていた5日間の集計を待たずして決着。

 ミザルナはレイチェルと合流し、ついにバンドとして5人のメンバーが揃う。

▼バイオリンアレンジ

 読んで字のごとく『Far Beyond The Sun』の主旋律をバイオリンで奏でたもの。

 この曲のカバー動画はネット上にいくつもあるが、これだけは再生数が桁違い。

 イングヴェイ・マルムスティーンが立ち上げたネオクラシカルへの逆転的な解答といえる。

https://www.youtube.com/watch?v=E2hZDzJp9Pc

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