第12話 動画対決! レイチェル VS ミザルナ
麗香、信一、律子の3人は駅の改札前で来客を待っていた。
予定の時刻になると、電車に乗ってやってきた美沙希と春菜が現れる。
片や圧倒的なカリスマ性で『歌ってみた』動画を提供する魔卿院レイチェル。
片や女子高生とは思えない天才的な演奏で人気を得ている『弾いてみた』動画のミザルナ。
インターネットでも彼女たちの活動を追うファンが増え、どちらがより優れているのかで論争が起こるほどだった。
実際にネットでメッセージを送りあったり、相手の動画に意趣返しをするような新作を披露したりと、少しずつ接点を作ってきた両者。
こうして直接会って話すことになったのは、ごく自然な流れといえる。
「やあ、あたしはミザリー。
動画とは全然違う格好だけど、あんたたちが……”そう”なんだね?」
「初めまして、わたくしは魔卿院レイチェル。
遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」
「いや、実はそんなに遠くなかったよ。電車で25分くらい」
「あら、意外と近くにいらしたのね。以降も交流できれば何よりですわ。
今日はメンバーたちも来ておりますの」
「初めまして、キーボード担当のリッチです」
「僕はベース担当のザ・シング、よろしく」
「男!? 男がいるなんて聞いてない……!」
信一が挨拶をするなり、春菜は美沙希に抱きついて警戒を強めた。
小動物のような彼女が嵐のごとくドラムを乱打するのだから、見た目というのは当てにならない。
「こらこら、ちゃんと挨拶しなきゃ。
ごめんね、この子――ルナは人見知りが激しくて」
「男性が苦手ですの?」
「うん、まあ……ちょっと訳ありでね。
それより、大事な話があるんでしょ?」
「ええ、場所は用意してありますので、そちらに向かいましょう」
そうして合流した5人が向かったのは、駅の近くにある喫茶店。
店内の客席を通り抜け、麗香が予約した会議室へと入っていく。
大規模なチェーン店では、企業向けに貸し会議室を提供している場合がある。
重要な商談などに使われるため、会社のミーティングルームに負けないほど広くておしゃれだ。
「うわ~、こんなとこ初めて入ったよ」
「お好きなものをご注文ください。
今日のぶんは全て、こちらで持ちますわ」
「さすが、お嬢さま。そういうことなら遠慮なく」
ホストとして客をもてなす麗香と、フランクな性格で受け入れる美沙希。
まったく問題なく進行しているが、春菜は鋭い目つきで信一を睨みつけたままだ。
「(気まずいなぁ……ずっと警戒されっぱなしだよ)」
全員が飲み物を注文したところで、小休止も兼ねた会話の時間。
黙っている春菜に代わって、美沙希は積極的に言葉を交わす。
「いや~、この前の動画にはやられたよ。キーボードでギターの音を出すなんて。
もちろん生ギターの演奏なら負けるつもりはないけど、不足してるパートを上手に補ってたね」
「あはは……本物のギタリストに言われると緊張しちゃうなぁ。
みんなに比べたら、私なんてぜんぜん素人だから」
「そっちは歌とベースもすごいよね。
ところで、なんでギターとドラムだけいないの?」
「もちろん、探してみたけど……普通のバンドならともかく、僕たちが目指す方向性の曲って特殊でしょ?
気が合うメンバーに出会えるだけで、もう奇跡みたいなものだし」
「まあ、そうだよね。
あたしらは2人でも演奏が成り立ってるけど、やっぱりできることは限られちゃうんだ」
「ミザリー、今の私たちじゃ不満……?」
ここでようやく、春菜が不安げな表情で口を開いた。
縮こまって哀願するような姿は、これが本当にあの爆音ドラマーなのかと疑ってしまうほど可愛い。
「もちろん不満はないよ、ルナ。
でも、弾ける音楽の幅が広がれば、もっと楽しいことができると思わない?」
「そのご意見には、わたくしどもも賛成でしてよ。
今日ここへ集まった理由、すでにお察しですわね」
「ギターとドラムしかいないミザルナと、それ以外が揃ってるレイチェル。
ここまで条件が揃えば、言われなくても分かりきってるよ――
バンドとして組まないかってことでしょ?」
美沙希が確信をついた発言をすると、室内の面々にも緊張が走る。
この場所へ来た時点で、おおかた予想はついていたはずだ。
「ウチの動画を見てくれてるファンたちもね、レイチェルと組んで欲しいって言ってるんだ。
もう一度言うけど、今の動画作りに不満があるわけじゃない。
ただ、もっとすごいものを見たいんだよ。あたしと視聴者は」
「ミザリー……」
「ルナも薄々ながら、そう思ってるでしょ。
2人だけの活動も楽しいけど、その先に進むことだってできる」
「でしたら、最終決戦と参りましょう」
「「はぁ?」」
そのとき、麗香が口にしたのは『組みましょう』ではなく、最終決戦などという物騒なワードだった。
ぽかんとした表情で固まった美沙希と春菜に、麗香は紅茶を飲み下してから言葉を続ける。
「魔卿院レイチェルとミザルナで、最後の戦いを行うのです。
その結果、負けた側が勝った側に合流する。そのようにいたしませんか?」
「えっと……それじゃあ、勝っても負けても結局は組むんだよね?
だったら、最初からそう言えば――」
「いいえ、ミザリー。わたくしたちは戦うべきなのです。
なぜなら、今まで一度として”同じ曲の動画”を出したことがない」
その言葉に、美沙希は春菜と顔を見合わせた。
言われたように、同じバンドの曲やジャンルで意趣返しをしたことはあったが、露骨に同じ曲で対決したことはない。
両者が組むとなれば、おそらくこれが最後なのだ――どちらが上なのか、本気で腕を競いあう機会は。
「お互いの実力を知るためにも、ひとつお手合わせをしていただければと」
「なるほど、それも面白そうだね。
正直に言うと、キミたちが出てきたとき……あたしは対抗意識を感じてたんだ。
同じジャンルの仲間が増えてうれしい反面、負けたくないっていう気持ちが芽生えた。
どうせ組むなら、スッキリさせてからでも遅くはない。そうでしょ、ルナ?」
「…………うん」
相変わらず不安げな顔のまま、春菜はコクリと首を縦に振った。
それを見届けた麗香は、さっそく対戦の進行を取り仕切る。
「では、ルールの説明を。
お互いに対決をしているという告知はせず、まったく同じ曲の動画を、同じ日時に投稿。
一切のコメントをしないまま、5日後の再生数で勝敗を決めるということで」
「OK、ファンに対して言葉でアピールするのは無しってわけだね。
それで――カヴァー元の曲は決まってるの?」
「ええ、インギーさまの【ファー・ビヨンド・サンダウン】ですわ」
「「!?」」
曲名を聞いた瞬間、美沙希と春菜は両目を見開く。
その驚愕は、やがて困惑から苦笑へと変わっていった。
「明らかにウチらが有利な勝負だけど、それを分かって言ってる?」
「もちろんですわ。わたくしどもも全力を出し切ります」
「ふぅ~ん……まあいい、その勝負乗ったよ。
最初で最後の直接対決をしようじゃないか」
交渉成立。そうして話を終えた両者は別れ、それぞれの帰路につく。
街の中を歩く麗香たち3人は、対談の余韻と勝負に燃えていた。
「美沙希さん、すごくかっこよかったね!
学校じゃモテモテなんだろうなぁ~」
「あはは……僕は春菜ちゃんに睨まれっぱなしだったけどね。
ところで、麗香さん。本当にあの曲でいいの?」
「ええ、あの曲でしたら絶対に勝てますわ」
「ファー・ビヨンドなんとかっていう曲だよね?
私は知らないけど、美沙希さんは自分たちのほうが有利って言ってたよ」
「そう思うのは当然だ。【ファー・ビヨンド・サンダウン】はロック史に名前が残るほどの天才ギタリストが作った曲。
オルガンも使うけど、ギターがメインの『インストゥルメンタル』。
つまりは、ボーカルの歌がまったく入ってないんだよ」
「え……ええええええ~~~~~っ!?
それじゃあ、麗香さんは歌わないってこと?
その上で、あんなすごいギターの人と戦うの?」
「そうなりますわ。ですが、先ほども言ったように勝算があるからこそ、この曲を選んだのです。
この水無月麗香に策あり! ですわ!」
曲名を聞いた直後、美沙希と春菜が驚くような反応を見せたのも無理はない。
この勝負において、魔卿院レイチェルは最大の武器である歌を封印する。
そんな状態でギタリストを相手に、ギターがメインの曲で戦おうというのだ。
麗香にいかなる秘策があるのか。
今の時点では対戦を持ちかけられたミザルナどころか、仲間である信一と律子すらも予想できていなかった。
本日の元ネタ。URLの動画は公式アーティストチャンネルが公開しているものです。
音量に注意しながら、作品の予備知識としてお楽しみください。
▼【ファー・ビヨンド・サンダウン】
史上最高の天才ギタリストといわれるイングヴェイ・マルムスティーンが作った『Far Beyond The Sun』。
全世界のロックファンを驚愕させた、インストゥルメンタルの代表的な曲。
とにかくギターをかっこよく聴かせることに特化しており、日本のゲーム音楽にも影響を及ぼした。
クラシック音楽と同じコード進行で奏でられることから、『ネオクラシカルメタル』というジャンルに位置付けされている。
https://www.youtube.com/watch?v=m6MSnZdFmkE