第11話 バンドの脊髄
「あちらからご挨拶をしてきた上に、同じバンドの曲で意趣返し。
どうやら、ライバルとして認めていただけたようですわ」
「よろしくお願いしますって返信しておいたけど、どうしよっか」
「しばらくは様子見になると思う。それとなく張りあう形で、距離を詰めていこう」
3人でバンドを結成した麗香たちは、さっそく4本目の動画撮影のために準備していた。
ここは撮影用に貸し出されているスタジオ。コンクリートがむき出しの広い空間で、ロックの雰囲気にはうってつけだ。
「いや~、本格的にスタジオまで借りちゃうし、キーボードからカメラまで用意してくれるとは思わなかったよ」
「必要経費というものですわ。
ところで、りっちゃんさまの衣装は何といいますか……近未来な雰囲気ですわね」
「いいでしょ? パンクの衣装を調べたら、こんな感じだったの」
「パンクとは、ちょっと違う気がするなぁ。
どちらかといえば、それは――サイバーパンク?」
「えっ? サイバーパンクとパンクって違うものなの?」
「「えっ?」」
会話の途中で固まる3人。生粋のマニアとは違い、律子はロックのことなど何も知らない。
彼女はシースルーの上着にチューブトップ、首からゴーグルをぶら下げ、足をパンストで覆ってからショートパンツを重ね穿き。
前髪で片目が隠れるようにセットして、ウィッグで赤い蛍光色のメッシュを入れている。
言われてみれば、たしかにこれはサイバーパンクの服装だ。
「パンク・ロックと、サイバーパンクと、スチームパンクは、どれもまったく違うものですわ」
「社会への反体制っていう概念は共通してるけどね。
だから、近未来を舞台にした映画とかゲームは、大きな組織に立ち向かう話が多いんだ」
「へぇ~……間違えて作っちゃったけど、どうしよう……」
「そのコスチュームも良い仕上がりでしてよ。
キーボードの機械的なイメージにも合ってますわ」
「どちらかといえば、僕のほうがすごい格好してない?
これじゃ完全に暗殺者だよ」
言いながら両手を広げた信一の顔は、口から上がまったく見えない。
特殊工作員のように真っ黒な上下のスーツと、姿を覆い隠すフード付きのマント。さらに仮面まで着けているため、完全に正体不明の人物だ。
信一は小柄なスレンダー体型なので、性別すらも分からない。
「麗香さんの完成度が高いから、僕は邪魔をしないように目立たない格好がいいって。そう言ったのはシンくんだよ?」
「シンイチさまの第二形態、『ザ・シング』は魔卿院レイチェルの指示で動くアサシンという設定ですわ。
命令ひとつで暗殺から汚い仕事まで何でもやる、忠実な悪魔のしもべ」
「後付けだよね、その設定!?」
「こういった設定は大事でしてよ。キーボードの『リッチ』は、死体で禁断の研究をしているマッドサイエンティストということにしましょう」
「ええ~っ!? すごい設定が付いちゃった……」
バンドのメンバーにとんでもない設定がついているのは、音楽業界ではよくあること。
全員が南極の氷河から目覚めたオオカミというロックバンドもあるくらいだ。
「私たち、こんな方向性でいいのかな?」
「麗香さんがレイチェルになった時点で、どう転んでも闇のイメージだからね。
そもそもロックは宗教とか社会への抵抗、光に相反する闇っていう位置付けだし」
「なんで、ロックは抵抗とか反逆の要素が強いの?」
「説明すると長くなるのですが、起源はキリスト教が広まって教会が権力を持ち始めた頃。
神を讃えるために色々な音楽が作られていった中で、決して鳴らしてはならない『トライトーン』というものがあったのですわ」
「いわゆる不協和音ってやつだね。こんな感じで」
信一はベースを持ち上げると、トライトーンのコードをかき鳴らす。
コンクリートが打ちっぱなしの貸しスタジオの中で、それは重苦しく不気味に響き渡った。
「うわ……お化け屋敷とかホラー映画で使われそうな音だね」
「教会はこれを悪魔の音だと決めつけて、シューベルトの『魔王』みたいによほどの理由がない限りは使わせなかった。
だからこそ、ロックは積極的にトライトーンを鳴らすことで反発してるんだ」
「この世は理不尽で満ちあふれていますわ。
教会が決めたから正しい、国が決めたから従わなければいけない。
そのような束縛から脱却し、人間らしい真の自由を得るために、ロックは世界中で愛されているのです」
「へぇ~……」
この界隈に疎い律子にとって、見聞きするもの全てが新鮮であった。
乱暴に騒ぎ立てるだけではなく、真正面から主張をぶつけて支配に”NO”を突きつけるのもロック音楽の一面だ。
「さて、今日はりっちゃんに新しい挑戦をしてもらうよ」
「キーボードでギターの音を出すっていうアレでしょ?
あとは麗香さんの歌にあわせてコーラス……ちゃんとできるかな?」
「できるまで何度でも挑戦すればよろしくてよ。
キーボードの立ち位置は、とても重要なもの。
色々な補佐ができてコーラスまで担当できれば、もはやバンドの脊髄といっても過言ではありませんわ」
「バンドの脊髄……」
脊髄は大きな骨に守られており、しかも背中側だ。
脳や心臓に比べれば目立たないが、これがなければ人間は立ち上がることすらできない。
ゲームに例えれば、バッファーのポジション。
たとえ本職の戦士や魔法使いに劣っていようと、回復から火力支援、味方のステータスを高める能力などを持っていれば、ボス戦では必須の存在になるだろう。
「うん、分かった。一緒にコスプレして演奏するのも楽しくなってきたからね。
みんなが元気に動けるような、ぶっとい脊髄になるよ!」
やがて撮影を始めた3人は、一歩進んだバンドのテクニックを披露するべく演奏に力を入れる。
特に伸びしろが豊かな律子の成長が目まぐるしく、キーボードでギターの音を鳴らしたり、コーラスに参加したりと大いに活躍し始めた。
順調に知名度が高まってネット動画の再生数が伸びていく中、ミザルナも対抗意識を燃やしてクオリティの高い演奏を見せつけてくる。
そして、ついに――切磋琢磨する両者は、直接対決へと歩みを進めていくのであった。
▼トライトーン
古代から中世のヨーロッパでは、決して使ってはいけないとされていた悪魔の音。
1960年代後期にジミ・ヘンドリックスが現れるまで一般的ではなく、彼が切り開いた道はハードロックやメタルの起源とされている。
代表曲の『Purple Haze』では冒頭からトライトーンが使われており、忌み嫌われた悪魔の音も、作曲や演奏次第で素晴らしいものになるという手本を示した。
https://www.youtube.com/watch?v=cJunCsrhJjg