プロローグ 『魔王の死』
「イエァー、ファッ●ユー! フ●ッキン、アメリカ!」
「「「オール・ファッ●ン・アメリカ! オール・フ●ッキン・アメリカ!」」」
重低音が鳴り響くライブステージの上で、人差し指と小指を立てながら腕を掲げる男がいた。
鋲だらけの真っ黒なレザーに身を包み、肩まで伸びた黒髪は乱れ、ひげに覆われた口がニヤリと不敵に笑う。
彼こそがヘヴィーメタルバンド『ブラッディー・サバト』を率いる伝説のボーカリスト、ダミアン・オズワルド。
ミスター・フリーダム、メタル・ゴッド、世紀末に現れた魔王。数々の異名を誇る”真の”自由主義者だ。
この世は偽善であふれている。
よく学び、よく働き、良識的で暴力を振るわず、酒や薬物にも手を出さない正しい人間であれと皆は言う。
だが、このアメリカという国を見ろ。正義と自由を口にしながらも、実際には差別と貧困が根を張っているではないか。
全てが茶番であり、人間など清らかな生き物ではないと知っているのに、正義を前提とした社会が成り立っている。何もかもが滑稽だ。
その茶番をロック音楽は否定し、腐りきった偽善に反逆せよと奮い立たせる。
中でもダミアンはカリスマ的な存在であり、社会から落ちこぼれた弱者たちを数え切れないほど救ってきた。
「「「オール・ファッ●ン・アメリカ! オール・フ●ッキン・アメリカ!」」」
偉大なるダミアンに向かって、ライブの観客たちは生肉や小動物の死体をステージに投げ込む。
常人には理解しがたい光景だが、これは彼らにとって恒例のパフォーマンス。
投げ込まれた生肉を拾って食いちぎり、ダミアンは客席に投げ返す。この常軌を逸したファンサービスこそが、彼を魔王たらしめるのだ。
と、最高潮に盛り上がったライブのステージで、ダミアンは何かを拾い上げた。
なんと、観客の誰かが投げ入れたコウモリの死骸である。
あろうことか、彼はそれを持ったままステージの先端まで行き――
「お、おい……まさかそれを!?」
「イエァアアアッ! ハッハッハーーーッ!」
「うわー! コウモリを食ってるぞー!!」
大勢の観客が見ている目の前で、ダミアンはコウモリの頭を食いちぎってしまった。
並みのロックシンガーでは真似できない、常識はずれのパフォーマンス。
観客は驚きながらも大絶賛し、彼こそが伝説の男、まさしくメタル・ゴッドなのだと崇めたてる。
■ ■ ■
そんなライブから5日後、ダミアンは病院の集中治療室で今際の際に立っていた。
コウモリに食らいついたことで、多数の感染症に侵されて危篤状態。
不衛生な野生動物など間違っても口に入れてはいけないのだが、自らの行いで死んでいくことをダミアンは後悔していなかった。
「(ダミアン・オズワルド、ライブ中にコウモリの頭を食いちぎって死亡……か、また伝説をおっ立てちまったぜ。
ははは……もう十分、我がまま放題に生きた。ここが俺の終着点ってやつだ)」
数々の名曲を残した自慢の喉からは、もはやヒューヒューと乾いた音しか出ない。
これが社会に反逆し、メタルシンガーの頂点に立った男の死にざま。
やり残したことなど何もないが、しかし、彼にはひとつの懸念がある。
「(俺は反キリスト主義、天国に行くなんてごめんだぜ。
もしも本当に悪魔がいるなら、この汚れきった魂をくれてやる。
だが、俺がいなくなることで社会に反逆する心が薄れて、か弱い民衆が虐げられるのだけは許せねえ。
願わくば誰かに……次の時代を担う若者に、俺と同じ才能と意志を宿らせてくれ)」
そう願った瞬間、ダミアンの脳内で『よかろう』と何者かの声が響いた。
非合法な薬や重度のアルコールも経験してきたが、そのときに見た幻覚とは少し様子が違う。
例えるなら、かつてライブ遠征中に訪れたカリブ海の島で、ブードゥー教の儀式に参加したときのような感覚。
彼は自分の体から”何か”が抜け出し、他の依代へと乗り移る瞬間を感じ取っていた。
伝説の男と同等の才能とメタル魂が海を越え、今まさに産まれようとしている新生児へと継承されていく。
「(わははははっ……どこの赤ん坊かは知らねえが、受け取れ……ダミアンおじさんから、最高のプレゼントだ!)」
そうして世界屈指のメタルシンガー、ダミアン・オズワルドはニヤリと不敵な笑みを浮かべながら現世を去った。
ロック史に残るセンセーショナルな死にざまは、誰にも上書きできない伝説となって語り継がれていく。