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時計台と鈴

 王国屈指の観光スポットである『フォルトゥナの時計台』は、王都のちょうど中心部、王城から少し南に歩いた場所にそびえ立っている。建物の高さは約百二十メートルといわれており、上部にある大時計のすぐ真下は展望台となっている。


「久しぶりに乗ったが、相変わらずここの昇降機エレベーターの移動時間は長いな」


 展望台に到着したレクトは、昇降機エレベーターから下りてすぐにぼやいた。もっともこの時計台に魔法由来の昇降機エレベーターが設置されたのはほんの数十年前なので、完成した当時は途方もない高さを階段で移動するしかなかったとか。


「2時に待ってるとか言ってたっけ。少し早かったなぁ」


 レクトは大時計を見上げながら言った。2時まではちょうどあと5分といったところであろうか。

 王城からこの時計台までは、徒歩で約30分かかるほどの距離がある。といってもレクトが王城を出たのは正午よりも少し前のことだったので、時間的にはかなり余裕があった。レクトもそれを見越して道中の飲食店で時間を潰していたのだが、それでも結局は2時前に到着してしまっていた。


「やっぱり観光客ばっかしか。そもそも地元の人間なら、今更ここに来ようなんて思わないだろうしな」


 そう言って、レクトは周囲を見回す。展望台にいる人々は、大半がこの辺りでは見ない服装をしている。ほとんどがレクトの言うように王都の外から来た人間、つまり観光客なのだ。

 無論、レクトもこの展望台に来たのは初めてではない。正直なところ景色を楽しむというのはガラではないし、今更という部分もある。幸いなことに約束の時間まではあと数分といったところなので、適当にぶらぶらしていれば目的の人物も現れることだろう。

 そんなことを考えていたレクトであったが、ここで想定していなかった出来事が起きる。


 チリン


(鈴が…!?)


 左耳にピアスとして身につけている鈴が、小さな音を立てたのだ。といっても音自体は非常に小さなものであり、周囲の人間にはまったく聞こえていないようであった。

 ただ、レクトにとっては“鈴が鳴った”というその事実こそが大きな意味を持つ。レクトはすぐさま周囲を見回し、鈴が鳴ったその原因となる人物を探す。だがレクトがその人物を見つける前に、ふと背後から声を聞いた。


「ねえ貴方あなた、教師になる気はない?」


 急に声をかけられ、レクトは反射的に振り返る。そこに立っていたのは、黒いドレスをまとったヒューマ族と思わしき長身の女性であった。おそらく、年齢は50代前半といったところだろうか。

 突拍子とっぴょうしもない台詞せりふではあったものの、女性は微笑を浮かべている。少なくとも、人違いというわけではなさそうであった。おそらく、彼女こそが国王の言っていた人物なのだろう。


「あんたが俺を呼び出した相手か?国王の古い知人だって聞いてるが」


「クラウディアよ。はじめまして、英雄さん?」


 レクトの質問に、女性はにこやかに答えた。普段のレクトであればこのままさっさと要件を聞いているところなのだが、今はその前に少し聞いておきたいことが別にあった。


「まるで気配を感じなかった。あんた、何者だ?」


 レクトは自他共に認める歴戦の傭兵だ。様々な戦場を渡り歩いてきた経験から、相手の気配や存在感を察知する感覚も研ぎ澄まされている。だからそんな自分が気配を感じることができなかったとなると、相手もそれ相応の技術を持った人間ということになるのだ。


「たいしたことではないわ。これでも魔法は得意な方なのよ。特に気配を消す魔法はね」


 ところがレクトの驚きとは裏腹に、隠すつもりもないのかクラウディアはタネをあっさりとバラしてしまった。

 実際、気配を消す魔法というのはそれなりに難しい魔法ではあるが、使える人間もまったくいないというわけではない。ただ、あくまでも気配を消すだけのものであり、一度視界に入ってしまえばほとんど無意味になってしまうので、不意打ちで相手を倒す時ぐらいにしか役に立たないというのも事実であるが。


「だが、戦闘慣れした人間の背後に気配を消した状態で近づくのはあまりオススメしないぜ。反射的に斬られても文句は言えねえからな」


「あら、ご忠告どうも」


 レクトの皮肉を、クラウディアは軽く受け流す。会ってまだ数分しか経過していないが、それでもレクトは既に彼女は駆け引きに慣れた人間であるということを直感していた。


「得意といっても、貴方のお仲間のように高名な魔術師というわけではないわ。今はある学校で校長をしているしがないおばさん、とでも言っておこうかしら」


 レクトにとってはかつての仲間であるカリダを引き合いに出しながら、クラウディアは謙遜けんそんするように言った。とはいえ、レクトの知る限りカリダは魔術師としてはもはや規格外と呼べるレベルだ。彼女と並ぶような魔術師などレクトは会った事がないし、存在するとも思えなかった。


「校長?さっきも言ってたが、教師ってのはどういうことだ。まさか、俺への依頼ってそいつのことなのか?」


 レクトは根本的なことをたずねた。

 そもそも、レクトにとっては教師という単語自体が想定外のものであった。傭兵である自分に舞い込んでくる依頼といえば大抵はモンスターの討伐や盗賊団の捕縛、そして魔王が遣わした魔族の排除など、もっぱら戦闘が主軸のものばかりであった。今回も似たようなものだろうと思っていたため、教師になるなど想定外中の想定外だったのだ。


「ざっくり説明すると、私の学校で働いてくれる新しい教師を探しているの。それで、数日前に帰国してきた貴方に声をかけたってわけ」


「ざっくりしすぎだろ。なぜ新しい教師が必要なのかも、どうしてそれが俺なのかっていうのも、一切の説明が足りてねえぞ」


 クラウディアは簡潔に説明したが、逆に簡潔すぎてレクトの言うように説明が色々と足りていない。レクトが不満に思うのも無理はない。だが、クラウディアはそれに関してこの場で説明する気はないようであった。


「その話については、口で説明するよりも実際に見てもらった方が早いわね。悪いけど明日、改めて学校に足を運んでもらえないかしら?」


 ここに来て、三度みたびの呼び出しである。確かにクラウディアの言うように見た方が早いということもあるのかもしれないが、そうなるとレクトには疑問と不満が残るのも事実だ。


「おいおい。なら、最初から学校に呼べば済む話だろうが。どうしてわざわざ一度、しかもこんな場所に呼び出した?」


 場所を変えて改めて話をするとなると、レクトにとっては二度手間どころか三度手間とでもいえる状況だ。国内屈指の観光スポットを“こんな場所”呼ばわりするレクトの口の悪さにも色々と問題があるが、それも今の彼にとっては関係のないことだ。

 だが次の瞬間、クラウディアは思いがけないことを口にする。


「そうね…。運命の女神フォルトゥナのお膝元ひざもとであるこの場所だったら、“鈴”が鳴ると思ったから、じゃあ駄目かしら?」


「何だと?」


 クラウディアの言葉を聞いて、レクトの態度が一変した。むしろ、少しばかり驚いているようにも見える。これはつい先程、左耳の鈴が鳴ったことと大きく関係していた。


「…こいつのこと、知ってるのか?」


 落ち着きを取り戻したレクトは、耳の鈴をちょんちょんとつつきながらクラウディアを見る。クラウディアは微笑を浮かべており、それがまたレクトにとっては面白くなかった。


「それ、『フォルトゥナの鈴』よね?運命の女神フォルトゥナの加護が宿るといわれている鈴で、所持者の運命に大きく関わる人物や出来事を感知する不思議な能力があり、それが近くに存在している場合には音で知らせてくれる。どの時代に誰が作ったのかもわからない希少な道具で、一説には超古代文明の遺産であるともいわれているけれど、具体的な詳細は不明」


「随分と詳しいじゃねえか」


 説明口調で淡々と述べるクラウディアを見て、レクトは若干の皮肉を込めて小さく呟いた。だがクラウディアは特に気にした様子もなく、さも当然といった様子で答える。


「あら。女神フォルトゥナを信仰する人間だったら、むしろ知らない方が珍しいと思うのだけれど?」


「ふん。まぁ、それもそうか」


 クラウディアの言葉に、レクトもあっさりと納得する。

 実際のところ、クラウディアが説明したフォルトゥナの鈴にまつわる話も別に極秘事項でもなんでもなく、それこそ司祭や修道女シスターといった教会の関係者であれば誰でも知っているような伝承だ。それに鈴自体も博物館に展示されているものだって存在しているし、詳しい説明書きも記載されている。

 もっとも希少な宝具であるが故にレクトのように個人が所持し、かつそれを常時身につけているというのは珍しい例ではあるが。


「鈴が鳴ったということは、すぐ近くに貴方の運命に大きく関わる人物がいるか、もしくはそういった出来事が起こる、ということよね?」


 クラウディアは変わらず微笑を浮かべたまま、レクトに問う。だが傲慢なレクトとしてはこのままクラウディアに誘導されるがままなのも、それはそれで面白くないというのも事実であった。


「言っておくが、この鈴はあくまでも自分の運命に関わる存在を知らせるだけだからな?それが俺にとって都合の良いものとは限らないし、俺自身も鈴の知らせを無視したことは何度もある」


「ふぅん。そうだったの」


 レクトの説明に対し、クラウディアは少しばかりわざとらしく驚いてみせる。おそらく彼女にとっては、レクトがそういった言葉を返すことも想定内であったのだろう。


「ま、あまりダラダラと長話をするのも良くないわよね。貴方にはこれを渡しておくから、続きはまた今度ね」


 そう言って、クラウディアは4つに折りたたまれた紙をレクトに差し出した。レクトは渋々ながらもそれを受け取り、その場で開いてみる。そこには『王都オル・ロージュ西区 王立サンクトゥス女学園』という文字と、その下には彼女のサインと思われるものが書き添えてあった。


「サンクトゥス女学園?女子校ってことか?」


 女子校と聞いて、レクトはますます怪訝けげんそうな顔つきになった。別に共学がよかっただとか、男子校の方がよかったといったような話ではないのだが、だからといって女子校の教師に選ばれたとなると、それはそれで大きな疑問が残る。


「そうよ。校長の私が言うのもなんだけど、創設当初からそれなりに名の知れた学校よ。今年で開校してからちょうど10年になるのだけど、名前ぐらい聞いたことはないかしら?」


 学校の知名度に関してはそれなりに自信があるのか、クラウディアは腰に手を当てながら言った。しかし、残念ながらレクトの記憶の中にはその学校名は存在しないようであった。


「もしかしたら悪友ツレがナンパにでも行ってたかもな。ただ、俺は当時から同級生や他校の女子よりも、色気のある娼館の女の方に魅力を感じてたもんでね」


「あらあら。随分と早熟だったのね、貴方」


 品のないレクトの皮肉を、クラウディアは軽く受け流す。年の功とでもいうべきなのか、それとも単純に彼女が精神的に余裕のある人物であるからなのか、レクトのセクハラじみた発言程度ではまったく動じていない。


「で、学園の場所についてだけど、流石に西区の真ん中に大聖堂があることぐらいは知ってるわよね?」


「流石にそれくらいはな。ガキでも知ってるようなことだ」


 今度はクラウディアが皮肉っぽく言ったが、レクトの方もいちいち目くじらを立てたりはせず、ほんの少しの意図返し程度に答えた。


「学園は西区にある大聖堂のすぐ近くだから、簡単にわかると思うわ」


「あぁ、そう」


 クラウディアの説明を聞いて、レクトは渡された紙を再び眺める。学校の名前だけで地図などは一切描かれてはいないが、さしずめそれは地図など必要がないくらいにわかりやすい場所にある、ということなのだろう。

 だが、それでもやはりクラウディアはこの場で全て説明する気はないようであった。


「興味があるなら明日、その場所に来てちょうだい。時間は…そうね、午前中だったらいつでもいいわよ。校門に守衛がいるけれど、その紙を見せれば通してくれるから」


 クラウディアはそれだけ言うと、これで話は終わりだとでも言わんばかりの様子できびすを返し、さっさと中央にある昇降機エレベーターの方へと向かう。


「あっ、おい!俺はまだ行くとは言ってねえぞ!」


 クラウディアの行動が急だったので、レクトは思わず彼女を呼び止めた。それを聞いたクラウディアは立ち止まると、振り返りながらレクトのことを指差す。


「興味があるなら、と言ったでしょう。来たくなければ無理強いはしないわ」


 それだけ言い残すと、クラウディアは昇降機エレベーターへと乗り込む。ちょうどこの時は彼女以外には利用者がいなかったようで、扉が閉まるや否や、彼女を乗せた昇降機エレベーターは地上へと降りていった。


「くそ、何なんだあの女。調子狂うな」


 展望台に残されたレクトは、渡された紙を眺めながらぼやくように言った。





 翌日。レクトはクラウディアから聞いた学校のある場所を目指して王都の西区を歩いていた。ただし服装はいつもの黒のロングコート、かつ背中には大剣を背負っている。

 本来であれば今日これから行われるのは就職の面接のようなものなのだが、特別正装というわけでもなく、レクトの出で立ちはいつも通りであった。そもそもレクトにしてみれば別に何かをお願いしにいくのではなく、むしろ向こうからの依頼を受ける立場なのだ。第一、その依頼ですらまだ正式に受けるかどうかも決まっていない状態である。


「とりあえず、大聖堂には着いたな」


 そう呟いたレクトの目の前には、巨大な古い建造物がそびえ立っていた。

 王都オル・ロージュの西区には、立派な大聖堂がある。フォルトゥナの時計台と並ぶ国内有数の観光スポットであり、また休日には多くの人が訪れ、祈りを捧げる場となっていた。もっとも、王都に住んでいた頃からレクトにとってはあまり縁のない場所ではあったのだが。


「さて、大聖堂の近くとは聞いているが…誰かに聞いた方が早いか」


 などとレクトが考えていたら、ちょうど大聖堂のすぐ横の道を修道女シスターらしき若い女性がほうきいているのが目に入った。これ幸いといった様子で、レクトは彼女に話しかける。


「シスター、聞いてもいいか?」


「はい、なんでしょう?」


 声をかけられ、シスターは掃除をしていた手を一旦止めた。


「サンクトゥス女学園っていう学校はどっちにある?」


 雑談が目的ではないので、レクトは率直に聞きたいことを質問した。シスターもこの手の質問は初めてではないのだろう、「あぁ」と小さく声をらすと通りの先を指差す。


「サンクトゥス女学園でしたら、この通りをまっすぐ行ってください。5分ほど歩いたら見えてきますよ。大きな学校なので、すぐにわかると思います」


「なるほど」


 レクトは腕組みをしながら、シスターが指差す先を見つめた。確かによく見ると、遠くの方に大きな建物が見える。おそらく、あれが学園の校舎なのだろう。


「お兄さん、王都の外から来た人ですか?」


 不意に、シスターからたずねられた。おそらく彼女の中では「この辺りの地理に詳しくない」=「王都の外から来た」という認識なのだろう。レクトもそれを理解しているのか、何の気なしに答える。


「いいや、そういうわけじゃない。これでも一応、学生時代は王都で過ごした。といっても学校も東区にあったんで、西区にはあまり縁がなかったかな。だから、この辺の地理にはあまり詳しくはない」


 実際、本当のことではある。学校は東区にあったし、傭兵をやっていた頃も飛行船の発着場がある北区や大きな港のある南区ならば利用することが多々あったが、西区に関しては依頼の関係で年に一度行くか行かないか、といった程度の場所なのだ。

 シスターも、レクトの話を聞いて納得した様子である。


「そうでしたか。実は私も元々は王都の外から来た人間で、ここに来てからまだ数年しか生活していないのですが、西区は昔ながらの伝統的な街並みが残されていますからね。商業施設が多い東区とは随分と違うでしょう?」


「そうだな。東区と違って上品な街だ」


「あ、いえ。そういうつもりでは…」


 自分の発言が相手にとって皮肉に思われてしまったと感じたシスターは、申し訳なさそうな表情になった。

 とはいえ、王都オル・ロージュでは人が多くてゴミゴミした東区を嫌い、静かな西区での居住を希望する人間も少なくない。特に貴族に関しては王都に住む9割の人間が西区の一等地に邸宅を構えており、西区が教会と貴族の町、と呼ばれる大きな理由にもなっている。


「気にすんな。それに、かれこれ3年も王都から離れてて、数日前に帰ってきたばかりだ。王都の外から来た人っていうのも、あながち間違いじゃないかもしれないしな」


 レクトは肩をすくめながら答えた。もっとも、3年程度で町がすっかり様変わりしてしまうかというと微妙なところではあるので、この場合は多少なり自虐の意味を含んでいるのかもしれない。


「へぇ、3年間も?その間は何をされてたんですか?」


 シスターが興味を持った様子で質問してきた。この質問に対し、レクトは簡潔に答える。


「魔王を倒してた」


「えっ?」


 レクトの返答を聞いて、シスターは狐につままれたようになった。レクト自身は嘘を言っているわけではないのだが、それでもシスターからすれば見ず知らずの人間がいきなり魔王を倒したなどと言い出したら、わけがわからなくなるのも当然であるといえる。


「じゃあな。道案内ありがとよ」


 呆然としているシスターを尻目に、レクトは案内された通りに向かって歩き出した。


「まさか今の人が、レクト・マギステネル…?」


 レクトの後ろ姿が小さくなったところで、ようやくシスターが口を開いた。

 大聖堂のすぐ近くだからなのかどうかはわからなかったが、通りにある店は花屋や洋裁店といったが多かった。一方で飲食店や露店のようなものはほとんどなく、それが余計に町の静けさを際立たせている。


「酒場と娼館の無い町とか、俺は絶対無理だわ」


 欲望丸出しの発言をらしながら、レクトは通りを歩いていく。そうやって大聖堂から目的の学校を目指して数分歩くと、何やら高いへいに囲まれた広大な敷地らしきものが見えてきた。


「多分、これだろうな。予想はしてたけど、本当に広そうだな」


 レクトの身長は180センチメートル以上あるが、塀はそれよりも更に高い。そう考えると塀の高さは大体2メートル強といったところだろうか。見渡す限りずっと先まで塀が続いているので、敷地自体も相当な広さであるのはまず間違いない。

 塀があるおかげで敷地自体はどうなっているのか確認できないが、少し離れたところには校舎らしきレンガ造りの建物が見えた。


「校舎は全部で3つあるのか?しかも1つ1つがかなり大きいみたいだし、ここまで規模のある学校だったとはね」


 レクトの言葉の通り、校舎らしき建物だけでもパッと見たところ3つほど確認できる。また敷地の広さからいって、おそらく運動場などの規模もかなりのものなのだろう。

 修道女シスターからは大きな学校とは聞いていたものの、ここまで大規模な学校だとは正直なところレクトも予想外であった。


「あれが校門か?随分を派手な見た目だが」


 ぶつくさと呟くレクトの視線の先には、立派な門がそびえ立っている。それこそ学校の校門というより、むしろ貴族の屋敷の門とでも言った方がピッタリな外観である。


「表札みたいなのがある。これが校門で間違いないみたいだ」


 近づいて見てみると、校門には学校名が彫られた大きなプレートが取り付けられていた。それも歴史を感じさせるような古いプレートではなく、念入りに掃除されているのだろう、これまた金色の装飾が施された豪華なものだった。


『王立サンクトゥス女学園』


 プレートに彫られている校名は、クラウディアに渡された紙に書かれていた校名と同じである。つまり、ここが目的地で間違いない。

 と、ここで校名のられたプレートを眺めていたレクトに、四十歳前後と見られる男性が話しかけてきた。


「申し訳ありません、許可の無い人間は通してはいけない決まりになっていまして…」


 男は城の兵士よりも軽装ではあるものの腰には剣を携えており、少なからず戦闘に対する心得はあるようだ。おそらく彼がクラウディアの言っていた守衛なのだろう。


「ここの校長に呼び出されてる」


 そう言って、レクトは昨日クラウディアに渡された紙を守衛に渡す。守衛は渡された紙を確認すると、納得した様子でうなずいた。


「ふむ、確かにクラウディア校長のサインに間違いないですね。どうぞ、お通りください」


 そう言って、守衛の男は門の柵を開ける。門の大きさもあって柵自体もかなりの重量のように見えるが、それでも成人男性一人の力で開くこと自体は可能であるようだ。

 だがレクトが門を通ろうとしたところで、守衛の男は思い出したようにレクトのことを呼び止める。


「あ、そうだ。お客さん、お名前は…」


 記録帳のようなものとペンを取り出しながら、守衛の男がたずねた。要するに、関係者以外の人間が通る場合は全て記録しておかねばならない決まりなのだろう。


「レクト・マギステネル」


「はい、レクト・マギステネル様ですね」


 名前を聞いた守衛の男は、さっそく記録帳に名前を書き込んだ。だが書き終わって数秒後、ある違和感が男の脳裏をよぎる。そしてその違和感の正体に気づいた瞬間、男は無意識に顔を上げながら叫んでいた。


「…えっ?レクト・マギステネル!?」


 だが守衛の男が顔を上げた頃には、既にレクトの背中はここからでは小さく見えるほどになっていた。

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