お騒がせ同級生 ②
親しげな挨拶とともに現れた男性…すなわち、話題に挙がっていたマレディクシオンその人である。
だが、そんな彼を見たレクトとアイザックの反応はというと。
「知らねえな、こんな野郎」
「右に同じく」
「ひどいよ2人とも!久しぶりに会ったっていうのに!」
2人からぞんざいな扱いを受け、マレディクシオンの顔面から一気に笑顔が消える。その様子を、エルトワーズと大臣は呆気に取られたような表情で眺めていた。
「それで、えーと…マレディよ。確かにこの2人は貴殿の友人で間違いないのだな?」
レクトとアイザックの反応を見て少しばかり不安になったのだろう、確認するように大臣が尋ねた。
マレディクシオンのことを愛称で呼ぶあたり、レクトたちとは違い少なくとも大臣と彼の関係は悪くないようである。
「はい、親友で…」
「俺のダチの中に、超ド級の呪物を集めて愛でるような狂気の変態ヤローはいねえ」
「レクト!?」
食い気味かつ吐き捨てるようなレクトの言葉を聞いて、マレディクシオンはこれまたショックを受けた表情になる。そうして今度は助けを求めるようにアイザックの両肩を掴んだ…のだが。
「アイザ!なんとか言ってよ!」
「気安く触るな。呪いが憑る」
「アイザまで!?」
まるでゴミでも見るような目をしながら、アイザックは肩に乗せられたマレディクシオンの手を払いのける。温厚なアイザックがここまで冷たい反応を見せるあたり、なにか余程のことがあるのだろう。
そうやって2人の冷淡な対応にショックを受け続けるマレディクシオンであったが、ソファーに座っていた人物を見るや否や、すぐに冷静さを取り戻してお辞儀をする。
「あっ、エルトワーズ侯爵様。ご無沙汰しております。3年前のキリル王子の生誕パーティーでお会いして以来ですね」
「あぁ、そうだったな」
お互い貴族であるからか、マレディクシオンとエルトワーズにも面識があるようだ。もっとも最後に会ったのが3年前というあたり、特別に関係が深いわけでもないのだろうが。
その一方で、アイザックとレクトの2人は相変わらずマレディクシオンのことを好意的に受け入れる様子を見せない。
「大臣殿、この男は危険です。王都に破滅を呼びます。とっとと城から追い出しましょう」
「いや、いっそのこと国外追放でいいだろ」
「なるほど、一理あるな」
レクトの無茶苦茶な提案に対してアイザックが反対どころか肯定的な返事をしているあたり、彼をよく知る人物からすればまるで正気を失っているようにしか見えない。
だが先程から色々と言われっぱなしであることに憤慨したのか、2人に向かってマレディクシオンが反論した。
「あのねぇ。昔から何度も言っているけど、僕が集めているのは単なる呪物じゃないってば。どれもこれも歴史に名を刻んだ呪術師たちが遺した貴重な文化遺産だよ!」
「だから、一般的にはそれを呪物と呼ぶ」
「しかも歴史に名を刻んだってことは、その分ヤバさも倍増だろーが」
力説するマレディクシオンに、2人は冷静な指摘…もといツッコミを入れる。だが、マレディクシオンもその程度で引き下がるような男ではないようだった。
「やれやれ、本当にキミたちは僕のコレクションの素晴らしさをわかってくれないよね。せっかく、その貴重な文化遺産を拝ませてあげようと思ってきたのに」
そう言いながら、マレディクシオンは懐から古ぼけた箱を取り出した。大きさでいうと縦横で15センチメートルほどであろうか。
「おい、なんだその汚い箱」
もうこの時点で嫌な予感しかしなかったが、それでもレクトは尋ねるしかなかった。というより、きちんと聞いておかないと逆に危険であると判断したというべきか。
当のマレディクシオンはというと、待ってましたと言わんばかりに箱を持ったままの右手をレクトの前に突き出す。
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれたね、レクト。もちろん、かの有名なベルダックⅡ世は知っているよね?」
「知らねえよ。一般常識みたいな言い方すんじゃねえ」
さも当然といった様子のマレディクシオンを、レクトは冷たく突き放す。とはいえ実際のところ、マレディクシオンを除いてその場にいた全員は呪術に対してあまり詳しくはない。ベルダックⅡ世など名前を聞いてもピンときているわけではなく、ただ単純に「なんかヤバい物」という共通認識があるだけだ。
しかしながら、マレディクシオン自身はレクトの返答に対して驚きを隠せないようであった。
「えぇっ!?ベルダックⅡ世だよ!?というか、レクトだけじゃなくてアイザにも学生時代に話したことがあるじゃないか!」
「知らないな。第一、お前が話す内容は半分以上が私たちの人生にはまるで役に立たないものだからな。仮に覚えていないとしても無理はないだろう」
「アイザ、半分じゃねえ。9割だ」
「なるほど、言えているな」
「さっきから2人とも言動が酷くないかい!?」
普段の凸凹ぶりはどこへやら、超が付くほどに息の合ったやり取りを交わす2人に向かって、マレディクシオンは悲痛な叫びを上げた。
だがここで思い出したようにマレディクシオンは咳払いを一つすると、あらためて件の箱について触れる。
「と、話がそれたね。この箱なんだけど…」
「さっさと話せ。こっちはお前の近くに立ってるだけで呪われるんじゃないかとヒヤヒヤする」
「もう、わかってるよ!」
レクトの横槍にもめげることなく、マレディクシオンは古ぼけた箱の説明を始める。より正確にいえば、箱の中身について、であるが。
「何を隠そう、この箱の中に入っているのは、かの有名な150年前の呪術師であるベルダックⅡ世が、病死する数日前にこの世への未練と怨念を込めたとされる翼竜の爪なんだよ!」
「馬鹿者が!結局は呪物だろう!」
「んなもん持ち歩くんじゃねえ!」
自慢げに語るマレディクシオンに、アイザックとレクトが間髪入れずに怒号を飛ばす。いきなりの2人の態度に圧倒されながらも、マレディクシオンは落ち着いた様子で話を続けた。
「大丈夫だよ!ちゃんとこの五芒星で封印をかけてあるから!」
そう言って、マレディクシオンは箱の裏側を2人に見せる。なるほど確かに、そこには金属でできた五芒星の装飾品が赤い紐でくくりつけられていた。
もっとも、たとえ封印されていようとアイザックの言葉通り結局は呪物である。物騒なことには変わりはない。当然のことながら、2人がそれで納得するわけがなかった。
「何が大丈夫なものか!お前という奴は!昔から何度も言っているだろう!不用意に呪物を持ち歩くな!今までにそれで何度、騒動が起きたと思っている!?」
「つーかその前に呪物なんてモンは買うな!集めんな!封印が必要なのは呪い以前にテメーのイカれた脳味噌だっつーの!」
2人の怒号は止まらない。この場合はもはや説教とでも言うべきか。普段から他人から説教を“される”側であるレクトが“する”側になるのも珍しい光景ではあるが。
とはいえ、このままでは一向に話が進まないと思ったのか、それまで黙ってことの成り行きを見守っていた大臣が口を開いた。
「あ、あのー…おふたりさん?」
しかしながら、蚊の鳴くような大臣の声は2人の声にかき消されてしまう。常識的に考えれば大臣という立場なのだから、もっと凛とした態度で2人を制するべきなのだが、なにしろ1人は国王の眼前で“斬る”と脅迫めいた発言をする輩である。萎縮してしまうのも無理はなかった。
「2人とも落ち着け。お前たちにも色々と事情があるのだろうが、このままでは話が進まないのではないか?」
見かねたエルトワーズが助け船を出す。単純に付き合いが長いというのもあるのだろうが、あのレクトに物怖じせずに意見ができるというのも流石というべきか。
「チッ」
「ゴホン!失礼、取り乱しました」
エルトワーズの指摘を聞き、レクトとアイザックはようやくおとなしくなった。
「それで?結局、私たちに何の用だというのだ。ただ呪物を見せびらかしに来た、というだけではあるまい」
嫌そうな表情を浮かべつつも、アイザックは本題について触れる。先程まで責められっぱなしであったマレディクシオンは、小箱を懐にしまいつつ、待ってましたとばかりに説明を始めた。
「実は来週、王都西区にある文化記念ホールで古代文化遺産の展覧会が開催されることになっているんだよ」
「展覧会?」
予想していなかったワードが出てきたからか、アイザックはキョトンとしている。その一方で、レクトはマレディクシオンの言う展覧会に心当たりがあるようだ。
「そういや、朝メシ食ってる時にアルベルトの旦那がなんかそんな話してたっけなぁ。イマイチ覚えてねえけど」
昨日だったか一昨日だったか、朝食の時間に宿の主人であるアルベルトがそのような話をしていたことを思い出す。もっとも芸術や文化にあまり興味のないレクトは、軽く聞き流す程度であったのだが。
とはいえ2人が展覧会のことを知っているかどうかという点については、マレディクシオンにとってはさしたる問題点ではないようであった。
「実はその展覧会、何を隠そう我がメルガール家が主体となって開催することになっていてね」
「なんでまた?」
レクトが頭に疑問符を浮かべる。というのも、一般的に文化遺産といえば美術品や装飾品、あるいは武器などを真っ先にイメージするものだからだ。
「メルガール家には美術品や楽器など、様々なジャンルに傾倒した収集家が多いからな」
「へー、そーなんだ」
マレディクシオンの代わりにエルトワーズが端的に説明するも、レクトはあまり興味のなさそうな様子だ。
「それで父上に頼んで、会場の一画に僕のコレクションを展示する場を設けてもらったというわけさ!」
「おい、聞いたか貴族院議員殿。メルガール伯爵の御子息様が、王都で呪物によるテロを起こすってよ。さて、何万人の被害者が出るかねぇ?」
「誰もそんなこと言ってないよ!」
レクトが嫌味ったらしくエルトワーズに問いかけるのを見て、マレディクシオンはショックを受けたように叫んだ。
しかしながら、この展覧会については問われたエルトワーズにも懸念材料があるようだった。
「だが、言い方はともかくレクトの意見にも一理あるのは確かだ。マレディクシオンよ、スタッフや来客者の安全面は保証できるのか?」
文化遺産の展覧会となると何千、いや何万人の人間が来場するかわからない。そんな不特定多数の人間たちが集まる場所で呪物を展示することになると、相応の準備や対策が必要となるのは明らかである。
もちろん、マレディクシオンもそれは理解していた。さすがに何の用意も無しに展覧会に参加するほど浅はかではない。
「その点につきましてはご安心ください。開催期間中は会場を取り囲むように、対呪術用の結界を施します。それと、我が家に仕える腕利きの解呪師と、外部から雇った呪術の専門家10人を常駐させますので」
「なるほど。それならば安心だな!」
「「安心できん…」」
説明を聞いて大臣がポンと手を叩くものの、レクトとアイザックは安心どころか疑いまみれの眼差しをマレディクシオンに向けており、エルトワーズも真顔のままであった。
そのような何ともいえない雰囲気の中、マレディクシオンは話を続ける。
「ただ、呪いの部分はともかくとして、会場の警備の方に少し不安がありましてね」
「呪いの方も不安だらけだろ」
「なにぶん、僕の収集品も含めて高価な品も多いですから。盗難や強盗といった事件が起こらないかどうかが心配なのですよ」
レクトの嫌味など意に介さず、マレディクシオンは現状における懸念点を告げた。とはいえ、こういった展覧会における盗難や強盗というのはかなり現実的な問題ではある。
「そこで、です!」
一際大きな声と共に、マレディクシオンが大きく目を見開いた。
「レクト!アイザ!」
「あん?」
「なんだ。急に大声を出すな」
テンションの高いマレディクシオンとは対照的に、レクトとアイザックの反応は冷めている。しかしマレディクシオンはそんな反応などお構いなしに、2人に向かって手を差し出した。
「展覧会の開催期間中、会場の警備を2人にお願いしたいのさ!」
「「断る!!」」
本日一番の、レクトとアイザックの息が合っていた瞬間だった。