表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/71

お騒がせ同級生 ①

「いやいや。お手柄てがらだったな、レクト」


 レクトはフォルティス王城にある応接おうせつ室で、貴族院議員であるエルトワーズ侯爵こうしゃくからねぎらいの言葉をかけられていた。もっとも、レクト当人からすれば別にたたえられるようなことでもなかったのだが。


「別に自分から進んで動いたワケじゃねえし。ぶちのめした相手が、たまたま指名手配中のギャングだったってだけの話だ」


 そう言って、レクトはコーヒーカップを口元へと運ぶ。

 普通の人間が発した言葉であれば謙遜けんそんしているように見えるかもしれないが、この男はそのような謙遜など一切しない。ありのままの事実をべているだけなのだ。


「これで何度目になるのだろうな?お前がギャングとりあったのは」


「知るかよ。いちいち数えてねえし」


 苦笑しつつもなつかしむようなエルトワーズの質問に、レクトはぶっきらぼうに答えた。






 そもそもの話は、2時間ほど前にさかのぼる。


「なんか帰る前に、炭酸とか飲みてえなぁ」


 いつものように学園での仕事が終わり宿へ戻る途中のレクトが、ふと衝動的しょうどうてきに炭酸飲料を飲みたくなったことが始まりであった。

 とはいえ、これに関してはレクトが特別というわけでもなく、唐突とうとつに何かを飲みたくなったり、食べたくなったりする衝動というのは人として特別におかしなことではない。


「どっか手頃な場所で売ってねーかな」


 それこそ、酒場にでも行けばすぐに手に入るだろう。

 ただ、今のレクトがほっしているのはコーラやジンジャーエールのような炭酸飲料のみである。酒場に入ってしまえば、たとえ本来の予定になくとも店の中をただよにおいにつられて一杯やりたくなってしまうのが人間というものだ。

 それをけるために、レクトがチョイスした店はというと。


「失礼するぜー」


 気の抜けたような声を発しながら、レクトは小さなホットドッグ屋の扉を開ける。テーブル席に客のいない店内の雰囲気からしておそらく閉店間際であることを察しつつも、レクトはカウンターへと目を向けた。

 ところが、どうやら店には先客がいたようであった。


「同じ事を何度も言わせるな、店長。払う物を払ってくれれば、穏便おんびんに済ませるつもりなのだがね?」


「け、けど、借りる時に利息は一割でいいって最初に…!」


「違うな。10日で一割だよ、店長」


「き、聞いてない!」


 葉巻にスーツ姿という、いかにもギャングといった小柄な髭面ひげづらの男が、エプロンをした中年男性に詰め寄っていた。さらに髭面の男のすぐ後ろには、これまたスーツを着たガラの悪そうな男が5人、腕組うでぐみをしたりポケットに手を突っ込んだ状態で立っている。おそらくは髭面の男の取り巻き、もとい部下であろう。

 どう見てもおだやかとは言えない空気と2人の会話の内容から、少なくとも金銭トラブルであることは明白であった。


「ん?なんだてめぇは」


 部下らしき男の1人がレクトの存在に気づく。この場合、普通の人間であれば関わり合いにならないように退散するし、正義感を持った人間であれば果敢かかんに立ち向かうといった行動をとるだろう。

 しかしながら、このレクトという男はどちらにも当てはまらない。


「んー、なんかお取り込み中だった?」


 誰の目から見ても“取り込み中”であることは明らかであるにもかかわらず、のんきな口調で言葉を返した。


「見てわかんねえのかよ、あんちゃん。今、ウチのボスがこのシケた店の経営者から貸した金を返してもらってる最中なんだよ」


 最初にレクトに質問をした男は、当然のように少しばかりイラついた様子を態度たいどで示す。やはりというか、ギャングが金の取り立てを行っている真っ最中のようだ。

 また、奥の2人もどうやらレクトの存在に気づいたようである。ボスらしき男はレクトをただの邪魔者という感じに見ている一方で、店長は助けを求めるような眼差まなざしをレクトに向けていた。


「なるほど、金銭がらみの話ね。そら確かに大事な用件だわ」


 当のレクトはというとギャングにビビるワケでもなく、かといって怒りをあらわにするワケでもない。ただ単に、納得の表情を浮かべているだけだ。

 ところが、ここでレクトは誰もが予想だにしない行動に出た。


「おっ、おい!てめえ何を…!」


 部下の男の肩をつかみ、横へとどかす。その理由はというと、奥にいたボスと話をするためであった。

 もっとも、その話の内容もこれまた誰もが予想だにしないものであったが。


「悪いんだけどさぁ、なんか長くなりそうだし俺の買い物、先にしてくんない?コーラ買うだけなんだよ」


「「は?」」


 レクトの言葉に拍子抜けしたのか、店長を含めたその場の全員が間の抜けたような声を出した。


「貴様、状況を理解できていないようだな」


 しかしながらそこはさすがギャングのボスとでもいうべきか、すぐに冷静さを取り戻すや否や、冷たい視線を向けながら今度はレクトに詰め寄る。


「大方、賞金稼ぎのゴロツキだろう?そんな奴がこの私に意見すること自体が間違っている。痛い目をみたくなければ、さっさと立ち去った方が身のためげぶぁっ!?」


 話の途中でいきなり右頬をレクトになぐられたボス男は、1メートルほど吹き飛んで完全にノックアウト状態となった。レクトにとっては、これでも手加減に手加減を重ねたレベルの威力いりょくなのだが。


「あぁっ、ボス!?」


 突然の出来事に、部下たちが騒然となる。なにしろ、カタギの人間がいきなりボスを殴り飛ばすなど、これまで一度も遭遇そうぐうしたことがないようなシチュエーションなのだ。

 そして、殴り飛ばした当の本人はというと。


「俺の、コーラが、先だ」


 しっかりと伝わるように、それでいて威圧的な口調でレクトは一言ずつ発した。といっても相手を、しかもボスと呼ばれていた人物を殴り飛ばした以上、もはや和解わかいの可能性はゼロであるが。

 気に入らない人間や、己の邪魔をする人間は誰であろうとぎ倒す。レクト・マギステネルとはそういう男である。


「この野郎やろう!よくもやりやがったな!」


「袋叩きにしてやる!覚悟かくごしろ!」


「おい!やっちまえ!」


 ボスを倒されたギャングたちの矛先ほこさきが、当然のようにレクトに向けられる。5人全員でレクトを取り囲み、さらにそのうちの2人はふところからナイフと短刀を取り出した。

 とはいえレクトにしてみればこのような状況など、取るに足らない程度のことである。慌てず騒がず、まずは最初に向かってきたナイフの男の腕をたたき折ることから始めた。








「しかしながら、相変わらず容赦ようしゃのないやつめ。もれなく全員が全治1ヶ月以上の大怪我おおけがだそうじゃないか」


 エルトワーズの後ろに立っていたアイザックが、あきれたように言った。なにしろギャングを捕らえたのはいいものの、ボスを含む全員が複雑骨折や脱臼だっきゅうなど、もはや同情したくなるレベルの大怪我を負っていたからだ。

 ところが怪我を負わせた当人はというと、まったくもって反省の色など見せていないのが悲しいところである。


感謝かんしゃしろよ、アイザ。とっ捕まえた後もちゃんと会話ができるよう、顔面だけは無事なように手加減してやったんだからな」


「何をどう感謝しろと言うんだ、お前は。普通に気絶させれば済んだ話だろう」


「俺が殴ったぐらいで骨折するレベルに軟弱なんじゃくな奴らが悪い」


「素手でドラゴンを気絶させられるような馬鹿力の持ち主が言うな」


 相変わらずとでもいうのか、互いに利益りえきのない問答を繰り広げる2人。むしろ周囲から見れば、どうしてこのような組み合わせの人間が数年来の付き合いになるのかまったく理解できないかもしれないだろう。


「アイザック、それくらいにしておけ。経緯はさておき、レクトが王都の治安に貢献こうけんしたことは事実だからな」


 会話の流れを切るエルトワーズ。それを聞いたアイザックは素直に言うことを聞き入れつつも、今度はそのエルトワーズに対して不満の弁を述べる。


「我々が学生の頃からそうですが、エルトワーズ殿は少々レクトを自由にさせすぎでは?」


「言いたいことはわかるが、この男より自由な人間が世間にいると思うか?アイザックよ」


「それはそうですが…」


 エルトワーズに言いくるめられ、アイザックは言葉に詰まる。もちろん自由という言葉は本来の意味だけでなく、多少の嫌味も含めての表現になるのはアイザックも承知しているが。


「そもそも、厳しく注意をしたところで素直に聞くような男ではないだろう。そうでなければ、学生の頃からあれだけの数の問題など起こしてはいないからな」


「おっしゃる通りです」


「本人を目の前にして堂々と言うんじゃねえっての」


 言いたい放題の2人に向かって、レクトが軽く指摘を入れる。

 もちろんレクトだって、相手が付き合いの長い2人であるからこのような返しになっているだけだ。これが見ず知らずの人間であれば、容赦ようしゃなく顔面にこぶしを入れているであろうことは想像に難くない。


「しかしながら東区ならともかく、この西区にギャングがいるというのは看過できない状況ですね」


 アイザックがそう言うのには理由があった。

 というのも治安の悪い東区であるならばまだしも、貴族や聖職者が多く住む西区にはギャングはあまり寄り付かない。貴族が多いということは当然ながら警備も厳しい上、何かしらの行動を起こせばかなり目立ってしまうのは明白だ。

 その点、対照的に治安の悪い東区はギャングやチンピラなど珍しくはないし、取り締まりを行う騎士団の目も分散する。そういった意味でいえば、ギャングにとって目立ってしまう西区は仕事がしづらい地域であるといえるのだ。


「ちゃんと仕事しろよな、騎士団」


「あのなぁ…」


 先程の仕返しなのか堂々と嫌味を言うレクトに対し、アイザックが呆れたようにつぶやく。とはいえ、ギャングの取り締まりも騎士団の立派な仕事の一つだ。呆れはしても、反論はできない。


「例のギャングも、元々は南区での密輸業ではばを利かせていた奴だからな。おそらくは自分たちのナワバリを広げるために西区にも手を出し始めたところだったのだろう」


「おっしゃる通りでしょうね」


 エルトワーズの見解に、アイザックがうなずく。南区は海に面しているため、必然的に船の出入りが多い。もちろん全てが合法な運航をしている船というわけでもなく、麻薬や人身売買など、違法な取引を行っている船も少なくはないのだ。


「そこでレクトに遭遇したのが、まさに運の尽きだったというわけだな」


「この男と敵対したら、基本的に破滅以外の道はありませんからね」


「人を死神みたいに言うんじゃねえ」


 これまた言いたい放題の2人に、レクトが文句を口にする。とはいえ基本的にレクトは敵対する人間に対しては容赦をしないので、あながち間違いではないのかもしれないが。

 3人がそんなやり取りをしていると、不意に応接室の扉が開かれた。


「おおレクト、まだ帰っていなかったか。間に合ってよかったぞ」


「おや、大臣殿」


「お勤めご苦労様です」


 現れた大臣に向かって、エルトワーズは軽く会釈をし、アイザックは深々と頭を下げる。そして、あとの1人はというと。


「あんだコラ大臣。またロクでもない依頼でも持ってきたんじゃねえだろうな?」


「えぇー…」


 目上の人間に対する敬意など欠片かけらも感じられない横暴な態度に、大臣は言葉を失う。もちろんレクトのこのような態度は今に始まったことではないのだが、やはり大臣という立場を完全に無視したこの振る舞いには抵抗があるのだろう。

 そんな平常運転のレクトに対し、エルトワーズが慣れた様子で言葉をはさむ。


「別に話を聞くぐらいはいいじゃないか、レクト」


「ちっ、仕方ねえな」


 一国の大臣を前に、堂々と舌打ちをするレクト。そんなレクトを横目に、大臣は気を取り直して話を続ける。


「だが、アイザックも一緒か。なおさらタイミングが良かったぞ」


「タイミングが良いというのは、どういうことでしょうか?」


 本来であれば当たり前のことであるのだが、レクトと一緒にいるせいかアイザックの礼儀正しさがより際立つ。

 それはさておき、アイザックの疑問に対する大臣の答えはというと。


「いや実はな、2人にある依頼をしたいという人物がいるのだよ」


「私たち2人に?」


 アイザックは少しばかり不思議がっている。それもレクトは同じのようであった。しかしそれは当然のことだ。

 現在こそ「元」が付くであろうが傭兵ようへいであるレクトに対してならまだわかるが、アイザック個人を指名しているという部分に疑問が残る。


「騎士団にじゃなく、俺とアイザに個人的な頼み事があるってことか」


 レクトがぼやくように言った。あまり気乗りはしていないのだろう。


「して大臣、その人物とは?」


 根本的な部分を大臣に尋ねたのはレクトやアイザックではなく、エルトワーズであった。とはいえ2人のことをよく知るエルトワーズである、話に興味が湧いてもさほど不思議ではない。

 だが、この時点では大臣の回答が波乱を巻き起こすとは想像だにしていなかった。


「メルガール伯爵はくしゃく家の長男である、マレディクシオンという男だ。なんでも、お前さんたちの同級生だとか」


 ピクッ。


 大臣がその名前を口にした途端とたん、レクトとアイザックの顔つきが変わった。いや、顔つきどころか、部屋の空気さえも一気に張り詰めたものへと変わる。


「え?」


 その様子に、ただならぬ気配を感じ取った大臣。気配というより、もはや殺気といってもいいのかもしれない。

 だがその理由をたずねる前に、即座に2人が動いた。レクトはコートのポケットに手を突っ込んだままソファから立ち上がり、向かいにいたアイザックは大臣に向かって一礼する。


「俺は帰る」


「私もこれで失礼いたします」


「え?え!?」


 2人が予想外の返事をしてきたので、思わず大臣の声が裏返る。しかも自分勝手なレクトはともかくとして、まさかアイザックがこのような態度をとるとは思っていなかった大臣はかなり面食らっているようであった。静観していたエルトワーズも、これにはさすがに面食らっているようだ。

 本気で帰ろうとする2人をどうにかして引き留めようと、大臣はドアの前に陣取ってバタバタと手を振る。


「ちょ、ちょっと待ってくれぬか!というかアイザックまで!?」


「大臣、私も雑務が色々と残っているのです。そこを通していただけませんか」


 言葉は丁寧ていねいであるが、アイザックの口調はかなり冷ややかだ。なにより、誠実せいじつな彼が立場的には上である大臣に対してここまで冷淡な眼差しを向けていること自体が異常といえる。

 礼儀正しいアイザックでこの様子なのだから、大臣に対して敬意のカケラも持ち合わせていないような男の態度たいどはもっとひどい。


「俺はいそがしいんだ。邪魔じゃまするなら斬るぞ」


「いや、目がマジですけどレクトォ!?」


 あまりに仰天ぎょうてんしているのだろうか、大臣の口調が色々とおかしい。普通に考えればおどし文句と捉えてまず間違いないのだろうが、レクトの場合は本気でやりかねないというのが恐ろしい。

 だが、大臣にも後に引けない理由があった。


「…というか、実際にはもう来ちゃってるといいますか…」


「「は?」」


 ボソボソ呟くような声を絞り出す大臣を見て、レクトとアイザックの表情がさらにけわしくなる。

 だが2人が大臣に問いただす前に、タイミングを見計らったかのように部屋の扉が開かれた。


「やぁ!レクトにアイザ、久しぶり!元気だったかい?」


 ドアの向こうから現れたのは、レクトやアイザックと同年代であろう金髪の男性であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ