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ステップアップ ⑤

 まず最初に動いたのはアイリスであった。

 アイリスが魔法の詠唱えいしょうを行うと、彼女よりも少し前に立っていたベロニカの体が光を帯びる。続けて同じ魔法をもう一度詠唱すると、今度はその横にいたサラの体も同じように光を帯びた。


「これで2人とも、いつもより素早く動けるはずです!」


「サンキュー、アイリス!」


「今度はさっきみたいには!」


 アイリスから身体強化の補助魔法を受けたベロニカとサラは、武器を構えながらダークトロールとの間合いを詰める。相手を撹乱かくらんするためだろう、ベロニカはトロールの右側に、サラは左側に回った。


「2人とも、あまり深く攻め込みすぎないで!反撃されるよ!」


「任せろ!」


「もちろん!」


 フィーネの指示通り、まずはベロニカが太刀を振り抜いて一撃与え、すぐさま一歩下がる。


『グウゥ!』


 案の定、攻撃を受けたトロールは反撃といわんばかりに棍棒を持った右腕を振り回す。しかしながら後ろに下がっていたこともあり、今回は余裕を持って回避することができた。


「はあぁぁぁ!」


 トロールがベロニカに気を取られている隙に、サラは背後からハルバードによる一撃を与える。


『グォォォ!』


 腕で防がれた先程よりも確かなダメージがあったのか、トロールは苦しそうなうめき声を上げた。

 そうやって2人が連続で攻撃を加えたところで、今度は後ろに待機していたリリアが叫んだ。


「ベロニカ!サラ!一旦離れて!」


「おう!」


「うん!」


 リリアの声を聞いて、ベロニカとサラはいったん後方へ飛び退いた。2人が巻き込まれないような安全な位置まで下がったのを確認すると、リリアは即座に魔法の詠唱を行う。


「アシッドフォール!」


『グウゥ…!』


 リリアが右手をかざすと同時に、強酸性の水流がダークトロールを襲った。トロールはその勢いひるみながらも、何とかん張ろうと両脚に力を込める。だがそこへ、間髪入れずにルーチェが追撃の魔法を放った。


「サンダーフォース!」


『ガアアァァァ!』


 全身を強烈な電撃が駆け巡り、トロールは大きな叫び声を上げた。リリアの魔法でずぶ濡れになっていたためか、最初に放った時よりも重い一撃になったようである。


「純粋な水は電気を通さないけど、不純物が混じっている水は電気をよく通す!流石ね、2人とも!」


「いや、解説とかはいいから」


 感心しているフィーネに、ルーチェは冷静に返す。

 とはいえ、リリアが水の魔法を使った後に雷の魔法を続けたのは正しい判断であったのは間違いない。


「ほう」


 一方、生徒たちから少し離れた位置で見守っていたレクトは、彼女たちの奮闘を見てあごに手をあてながら考えているような様子だ。その表情は心なしか、楽しんでいるように見えなくもない。

 もっとも、ダークトロールの方も防戦一方というわけではなさそうであった。


『ニンゲン!コロス!』


 先程からの連撃によるダメージはかなり大きかったのは間違いないだろうが、それでもトロールはどうにかしてS組メンバーを蹴散けちらそうと、両手を振り回して暴れ始めた。

 当然のことながらこのまま接近戦を挑むのは危険極まりないが、ここでフィーネが動く。


「パラライズミスト!」


 魔法を詠唱すると、トロールの頭部の周りにきりのようなものが発生した。


『ウゥ…』


 トロールがそれを吸い込むと、またたく間に動きがにぶくなっていく。どうやら先程の霧は、相手を麻痺まひさせる効果を持った魔法のようだ。


「今のうちに!」


「おーし、もういっちょ!」


 すかさず、サラとベロニカが続けざまに攻撃を浴びせる。今度はトロールが麻痺していたことで大きなすきができていたため、先程のよりもさらに大きな一撃を与えることができた。


『ニンゲン…ニンゲンッ!』


 ところがトロールの方も少しずつフィーネの霧によるしびれから立ち直り始めたのか、右腕を振り回して反撃する。

 幸いなことにまだ動きが完全に元に戻ったわけではなかったので、2人はなんとか回避することができたわけであるが。


『フゥ…フゥッ…!』


 それでもダメージが蓄積ちくせきされてきているのは確かであり、その証拠しょうこにトロールは肩で息をするような様子を見せていた。

 今が好機と見たアイリスはこの戦いに決着をつけるべくベロニカとサラにもう一度、ステータスアップの補助魔法をかける。


「2人とも!今度は攻撃力アップです!」


「サンキュー!よーし、決めるぞサラ!」


「うん!」


 アイリスから補助魔法を受けた2人は、それぞれ武器を構えて大技を繰り出す態勢に入る。

 しかし、何事も全てが上手く運ぶというものではない。


『ニンゲン、コロス!』


 トロールの方も体のしびれがなくなってきたのか、両手で棍棒を持ち、2人を迎え撃つ構えに入った。これでは、真っ正面から突っ込んでもカウンターを喰らってしまうのは間違いない。

 もちろん、彼女たちもここで終わるはずはないが。


 パァン!


『グゥ!?』


 不意に、トロールの左側からむちによる攻撃が飛んできた。


「こっちよ!」


 見事なコントロールでトロールの頭の左側面に鞭を当てたエレナが、挑発ちょうはつするように声を上げる。威力そのものは大したことはなかったものの、その呼び声と攻撃に気を取られたのか、トロールはベロニカたちから目を離してエレナの方を向いた。

 ほんの一瞬ではあるが、舞い込んだ絶好のチャンスに刀を握りしめるベロニカの手にも力が入る。


「タイミングばっちり、エレナ!」


 一気に間合いを詰めたベロニカはそのまま太刀を大きく振りかぶり、トロールの胴体めがけて一気に振り下ろした。


『ガアアァァァ!』


「これでどうだ!?」


 渾身の一撃であったが、それでもトロールは倒れない。しかしながら、彼女たちの攻撃もまだ終わりではない。


「サラ!」


「はああぁぁぁ!」


 ベロニカが合図すると同時に、サラが攻撃を上乗せする。ハルバードの刃が、トロールの右肩に深々と突き刺さった。


『グゥオオォォォ!』


 かなりのダメージが入ったのか、トロールの叫び声がこれまでにないくらい大きなものになった。

 2人がかりの渾身の攻撃をもってしてもトロールはまだ倒れないが、彼女たちもここで止まることはしない。ダメ押しとでも言わんばかりに、ベロニカが叫ぶ。


「ルーチェ!特大のぶっ放せ!」


「これで終わりよ!」


 ルーチェは両手を前にかざし、巨大な光球を作り出す。全身全霊を込めて作り出した強大な魔力を帯びた光球を、迷う事なくトロールの正面から真っ直ぐに放った。


『グ…ガ…!』


 ベロニカとサラが飛び退いた直後に光球がトロールに直撃し、トロールの巨体がまぶしい光に包まれる。全身を高熱で焼かれ、トロールは鈍い声を上げた。


「もう…いい加減、倒れてよ…!」


 流石に疲弊ひへいしているのか、ベロニカが息を切らしながら言った。

 そんな彼女の声に応えるかのようにトロールを包んでいた光が消えていき、中からは全身が焼かれたトロールが現れた。


「ちょっと!まだ立てるの!?」


 黒焦くろこげになりながらも仁王立ちし続けているトロールを見て、リリアが衝撃を受けたように大きな声を上げる。当然のことながら、他のメンバーも驚きを隠せないようだ。

 だが、次の瞬間。


『…ァ…』


 トロールはほとんど声を発せないまま、その場に仰向けに倒れた。その状態からは、まったく動く気配は感じられない。

 そこから考えられることは、ただ1つ。


「倒…した…?」


「みたいね…」


 ポツリとつぶやくようなフィーネの疑問に、エレナが静かに答える。自分たちの勝利を理解した途端、真っ先に叫んだのはベロニカだった。


「勝ったぁぁー!」


 歓喜の雄叫びを上げるベロニカ。先日もレクトに言っていたように、やはり勝利を実感できるような戦いがしたかったのだろう。

 そんなベロニカを見て、他のメンバーたちにもようやく勝利の実感が湧いてきた。


「や、やった、勝ったんですね!」


「なんとかなるものね…」


 アイリスは無邪気に喜び、ルーチェはホッとしたような様子で胸を撫で下ろしている。

 そうやって各々が喜んだり安堵している中、フィーネは後方で戦いを見守っていた担任であるレクトに報告する。


「先生!勝てました!」


「上出来、上出来。最初はどうなるかと思ってたけど、最終的には俺の予想以上によくやってたな」


 レクトがストレートにめたので、それを聞いていたリリアとエレナは目を丸くした。

 別に怒鳴られるとまでは思っていなかったが、最初の体たらくから何かしらのお説教のたぐいはあるだろうと予想していたからだ。


「先生!わたし、やりました!」


 とにかくレクトに褒められたいのだろう、サラが即座にレクトに駆け寄る。今更な部分もあるが、実にわかりやすいものである。


「うん、よくやった」


 端的に褒めるレクト。もちろん褒めているのは本心からではあるが、どうやらサラはそれだけでは納得していないようであった。


「わたし!やりました!」


「…」


 今度は少し興奮気味に言ったサラを見て、レクトは少し黙り込む。そして、ゆっくりと右の手のひらをサラの頭の上に置いた。


「よくやった」


「あぁ、しあわせ…」


 レクトに頭を撫でられながら、サラは恍惚こうこつの表情を浮かべている。しかしながら、その行為をエレナはあまり好意的にとらえてはいないようであった。


「先生、あまりそういう行為は良くないかと」


「なんだ、エレナもしてほしいのか?」


「違いますよ!」


 相変わらずの様子のレクトに、エレナは思わず声を荒げた。そんな2人のやり取りを、リリアとルーチェは呆れたような目で見ている。

 10秒ほど撫でたところで、レクトはサラの頭から手を離す。サラは少しばかり名残惜しそうにしていたが、いつまでもこうやっているわけにもいかないのも事実である。


「それじゃあ、あとはだな…」


 レクトは何か言いかけて、いったん話を止めた。

 大きな勝利に対するS組メンバーの喜びも束の間、たった今倒したばかりのダークトロールとは別の大きな足音が辺りに響き渡ったのだった。

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