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ステップアップ ④

 あきれた様子のレクトは眉間みけんを指で押さえながら、生徒たちとトロールの間に割って入るように仁王立ちになった。

 もちろん顔は生徒たちの方を向いており、ちょうど背後に位置するトロールに関しては見向きもしない状態である。


「せっ、先生!?後ろ!」


 アイリスが叫んだ時には、既にレクトの背後でダークトロールが棍棒こんぼうを振り上げていた。


『ニンゲン!シネ!』


 トロールにとってはレクトも生徒たちと同じ獲物、あるいは敵でしかない。もっとも、そのレクトからすればダークトロールなど敵にすらならないのだが。


邪魔じゃま。いったん向こう行ってろ」


 ドッ!


『グギャアッ!?』


 振り向きざま、レクトはトロールの腹部に容赦ようしゃなくりを叩き込む。その衝撃でトロールは30メートル近く吹っ飛ばされ、大きな音を立てながら地面に倒れ込んだ。

 手助けはしないという約束であったが、その割には堂々とトロールを蹴り飛ばしたことに対して生徒たちは絶句している。


「せ、先生…?」


 ふるえる声で、アイリスはレクトに話しかけた。恐怖というより、驚愕きょうがくで震えているようだ。

 レクトのパワーが桁外れという事実は生徒たち全員が知っていることではあるが、自分たちがまったく歯が立たなかった相手を武器どころか、蹴りの一発で容易たやすく吹き飛ばしたことが信じられないのだろうか。


「あー、心配すんな。手加減したから、たぶん生きてる。あくまでもお前らが倒さないと意味が無いからな」


「そ、そうなんですか…」


 アイリスが言いたいのはそういうことではなかったのだが、淡々と語るレクトを前にして何も言えなくなってしまう。

 もちろん、この状況下でわざわざレクトが出張ってきたことには意味がある。


「ハッキリ言って全然ダメだ。お前ら、状況がまったく理解できてねえ」


 レクトは生徒たちに向かって、遠慮なしにダメ出しの言葉を浴びせた。とはいえ、かなり苦戦しているのは事実であるが、彼女たちだって別に手を抜いているというわけではない。


「ぜ、全然ダメって言われても…。あのトロール、私たちよりもずっと強いですよ…」


 フィーネが弱気な言葉をらす。当たり前といえば当たり前かもしれないが、弱気になっているのは他の生徒たちも同様のようだ。

 ところが、そんなフィーネの言葉に対するレクトの反応はというと。


「たりめーだ。あんなデカブツ、お前ら個人の力でどうにかできるレベルの相手じゃねえ。勝てるわけねーだろ」


 さも当然といった様子で、レクトは堂々と言い放った。そんなレクトを見て、生徒たちは唖然あぜんとしている。


「で、でも!先生は全員で戦えば勝てるはずって…!」


 エレナが反論する。そもそも彼女たちからしてみれば、最初にレクトが「勝てる」と言い切ったにもかかわらずこの有様である。文句の1つも言いたくなるのは当然かもしれない。

 もっとも、文句を言いたいのはレクトの方も同じのようであるが。


「全員で“戦えば”じゃねえっての。全員で“協力すれば”勝てるっつったんだよ。そこを勘違いすんな」


「それ、どう違うの?」


 エレナの回復魔法を受けつつ、レクトの言っていることがよく理解できない様子のベロニカは不満そうにらす。


「全員で、協力…」


 一方でレクトの言葉に何かを感じ取ったのか、ルーチェは頭の中で反復するようにつぶやいた。


「つーか、もうちょっと個々でちゃんと考えて動けねえかなぁ。“どうやって倒すか”を考える前に、まずは“自分が何をするか”を考えろよ」


 レクトのダメ出しは続く。言い方はかなり辛辣しんらつではあるが、レクトはこういう時にいい加減なことを言う男ではない。


「自分の得意な事があんだろ。全員で突っ込んでいくのが戦いか?」


「自分の得意な事…」


 今度はフィーネがレクトの言葉を反復する。そもそもレクトが言っているのは、決して難しいことではない。それはフィーネ自身も理解していた。


『ウゥ…ニンゲン…!』


 ちょうどそのタイミングで、レクトに蹴飛ばされて地面に倒れていたダークトロールが起き上がる。レクト本人が“手加減した”と言っていたように、そこまで大きなダメージは負っていないようだが、思い切り吹き飛ばされたという点に対して当然のように興奮しているようだった。

 そんなトロールの姿を見て、フィーネがハッと気付いたような顔になる。


「協力って、そういう事…!?」


 どうやら、レクトの言いたいことが理解できたのだろう。また、その点に気づいたのはフィーネだけではないようであった。


「確かに“全員で倒す”のは間違ってたみたいね。というか、こんな単純なことに気づかなかったというのも情けない話だけど」


 口調こそ冷静であったものの、ルーチェは自虐するかのように悔しそうな声を上げた。


「どうやら大丈夫そーだな」


 一人納得した様子のレクトは、腕組みをした状態で後ろに下がる。本来であればトロールにとって一番排除しなければならない対象はレクトになるはずなのだが、都合が良いのか悪いのか、その怒りの矛先は蹴飛ばしたレクトではなく目の前にいる少女たちに向けられていた。

 フィーネは一呼吸おくと、改めて他のS組メンバーたちの方を見る。


「みんな、協力してあいつを倒すわよ」


 そんなフィーネの言葉に、他のメンバーも改めて気持ちを入れ替えたようだ。

 もちろん、依然として目の前に立ちはだかるダークトロールは彼女たちにむき出しの敵意を向けたままである。


「ふぅ…」


 そんな中、トロールに殴り飛ばされて大きなダメージを負っていたサラが立ち上がり、再びハルバードを構えた。エレナの回復魔法によって体へのダメージは多少なりえてはいるものの、顔についたすり傷や鼻血をいた跡が生々しい。


「サラ、大丈夫なの!?」


「ち、ちょっと痛いですけど…」


 リリアに問われ、サラは答える。あれだけの攻撃をらったのだから、体がまだ痛むのは当然のことであろう。

 そんなサラであったが、彼女を突き動かしている原動力は何であるかというと。


「せんせーの期待に応えないといけないので!」


 至極当然といった様子で、力強く答えた。とにかくサラとしては、少しでもレクトに良い所を見せたいという思いが強いようだ。

 もっとも動機が何であれ、この状況下で戦意を喪失そうしつしていないというのは重要なことである。


「で、フィーネ。結局どうすんの?アタシたちの攻撃はヤツには通じないんだろ?」


 全員の準備が整ったところで、ベロニカが改めてフィーネに作戦を確認した。流石に自分1人が特攻したところで、どうにもならないことは理解できたのだろう。


「全員で攻撃する必要はないわ。攻撃担当はベロニカ、サラ、リリア、ルーチェの4人よ。当たり前だけどベロニカとサラは武器で接近戦、リリアとルーチェは魔法で後方から支援攻撃って形ね」


 限られた時間の中で、フィーネは淡々と説明をする。話をしている間にもダークトロールは待ってはくれないため、やや早口気味になるのは致し方ないだろう。


「ベロニカとサラは一番危険な位置で戦うことになるけど…それでもいい?」


 2人を危険にさらすことにフィーネは少々後ろめたい気持ちにはなったが、現状で考えられる作戦はこれが精一杯であった。

 そんな彼女の問いかけに対し、ベロニカとサラは迷うことなく答える。


「上等じゃん!」


「わたしも構わないです!」


「2人とも…!」


 気合のこもった2人の返事を聞き、フィーネの顔からは思わず笑みがこぼれた。

 しかしながら、感傷的になっているひまはない。続くようにして、今度はエレナがフィーネに尋ねる。


「ということは、私やアイリスは支援役ってことね?」


 先程の説明の中では、攻撃担当のみでエレナとアイリスの名前は含まれてはいなかった。そうなると、自然と2人が支援に回るのは想像できる。


「エレナは少し離れた位置からむちでトロールの注意をらして。ダメージを与えるのは二の次で、少しでもベロニカとサラの負担を減らす感じで」


「わかった」


 説明を聞き、エレナも了承する。そして、フィーネは残されたアイリスにも指示を出した。


「アイリスは最初に補助魔法。ベロニカやサラの身体能力を一時的にアップさせてちょうだい。できれば短時間で仕留めたいところだけど、もし時間が経って効果が切れそうになったらすぐにかけ直して」


「は、はい!わかりました!」


 アイリスは返事をしながらナイフをしまい、いつでも魔法が使えるような態勢に移行する。

 だがここで、エレナからある意味でもっともな疑問が挙がる。


「フィーネはどうするの?」


 もちろんフィーネのことなので、まったく考えていないということはないだろう。エレナが質問したのも、あくまで全員の足並みをそろえるための確認としのものである。


「私は魔法でトロールの動きを妨害する。それが一番、私の()()()()だからね」


 フィーネは自信たっぷりに答えると、正面を向いた。タイミングが良いのか悪いのか、ダークトロールは既に臨戦態勢だ。


『ウオオォォ!』


 トロールは威嚇いかくするようにうなり声を上げる。だが先程とは打って変わってS組メンバーの顔からは恐怖の色が消え、その代わりに覚悟を決めたかのような顔つきになっていた。

 そんな生徒たちの様子を、レクトは少し離れた位置から見物している。


「ま、ひとまずは合格ってところか。あとはちゃんと個々が作戦通りに動けるか、だな」


 ここまでの生徒たちの動きは、レクトから見れば決して高い評価を得られるようなものではなかった。むしろ、自分に戦闘を中断させる程度にはマイナスポイントの方が大きかったともいえる。

 彼女たちが、ここからどう巻き返すのか。レクトの期待通りの動きができるのか。レクトにとっては楽しみなことでもあり、反対に不安要素でもある。


「いきます!」


 フィーネは目の前に立ちはだかるダークトロールへ、レイピアの先端を向けた。

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