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ステップアップ ②

 その日の夜。レクトはある目的で、王都オル・ロージュ東区にある酒場『竜の止り木』へとやって来ていた。


「この店に来るのも久しぶりだな」


 レクトは店の扉の前で呟く。普段からアイザックとの事情聴取に使う酒場とは別の店であるが、この店を訪れたのには大きな理由があった。


「よう、邪魔するぜ」


「あ、いらっしゃいませー!」


 レクトが店の扉を開けると、カウンター付近に立っていた金髪の看板娘が笑顔で出迎えてくれた。だが店に入ってきたのがかの英雄レクト・マギステネルであるとわかった途端、彼女は一転して驚きの表情を浮かべる。


「って、あれ?レクト!?レクトじゃないの!」


 突然の来訪者を見て、看板娘は一際大きな声を出した。

 というのも、実のところ魔王討伐の為にルークス達と共に旅立ってからは一度も訪れていなかったので、レクトが実際にこの店に来るのはかれこれ3年振りであったりする。

 レクトの方も見知った顔が出迎えてくれた事に、懐かしさを覚えているようだった。


「ようエリー。相変わらずデカい尻でせまい客席の間を通るのが大変そうだな」


 久しぶりに会ったというのに、レクトの口からはいきなりデリカシーに欠ける発言が飛び出す。とはいえ、これもある意味でレクトらしいと言えばレクトらしいか。

 看板娘のエリーも怒るどころか、慣れた様子で言葉を返す。


「世界を救って英雄になっても、あんたの性格はこれっぽっちも変わらないのね」


 軽い皮肉を口にしながら、エリーはカウンターの奥にある厨房ちゅうぼうに顔を向ける。彼女の視線の先にある厨房では、ガタイの良い白髪の男性が大きな寸胴鍋でスープを煮込んでいた。


「おじいちゃん、珍しいお客様よ!」


「珍しい客だぁ?」


 エリーに“おじいちゃん”と呼ばれた男性はぶっきらぼうに答えると、安全のためにいったん鍋の火を消す。そうしてそばにあった布巾でゴツゴツした手をくと、レクトたちの方へとやって来た。


「ええ。世界を救った外道な英雄さんよ」


 エリーの言葉に、男性は彼女の横にいた人物に目を向ける。そこに立っていたのはかつての店の常連、レクト・マギステネルその人であった。


「久しぶりだな、ダンじいさん。いつも通り、繁盛はんじょうしてんのかそうでもねえのか、よくわかんねえ店だよな」


 これまた久々に会って早々、レクトはいきなり毒を吐く。しかしながらレクトの言う事も必ずしも間違いではなく、店内は決してガラガラではないが、かといって満席という訳でもない。客が数人、間隔かんかくを空けて点々と座っているだけだ。


「やかましいわ。ウチはこれで十分やっていけるんだよ」


 レクトに毒を吐かれる事にも慣れているようで、ダンは軽く受け流す。双方にとって、この程度は挨拶あいさつのようなものなのだ。


「んで?世界を救った英雄サマがこんなちっぽけな店に何の用だ?さては俺様の料理が恋しくなったか?」


 ダンがニヤニヤしながら話しかけてきた。確かにレクトがここの料理を好んで食べていたのは事実なのだが、残念ながら今日の目的はそうではない。

 レクトは端的に、目的を告げる。


「いや、そうじゃない。久しぶりに来ておいてなんだが、今日は別の用事で来た。今ある討伐とうばつ依頼を見せてくれ」


「ほう、討伐依頼とな」


 実はこの酒場はただ飲み食いするだけの場ではなく、傭兵や狩人ハンター、賞金稼ぎたちの情報交換の場にもなっている。かくいうダンも実は元々は賞金稼ぎであり、引退後もそのツテで様々な情報を取り扱っているということなのだ。


「なんか懐かしいね、レクトから討伐依頼見せてくれって聞くの」


 エリーが率直に言った。この酒場に集まる情報の中には様々な種類の依頼があり、中にはレクトが求めているような討伐依頼もある。実際、レクトも傭兵時代には何度も世話になっていた。


「しかし、討伐依頼ねぇ。もしかして金に困ったりでもてんのか?」


 ダンの方はというと、不思議そうな顔をしている。それを聞いて祖父が何を言いたいのか察したようで、続けざまにエリーもレクトにたずねる。


「それもそうね。世界を救った功績こうせきとかで、国王様から恩賞おんしょうかなにかがあるんじゃないの?」


「その質問は聞き飽きてる」


 レクトはぶっきらぼうに答えた。実際のところ本当は恩賞もあったのかもしれないが、なにぶん国王自身がレクトとの関わりを避けているため、貰えるはずのものが貰えなかっただけなのかもしれないが。


「それと、今回は俺がやるんじゃねえよ。面倒を見てるガキどもに訓練としてやらせてみようと思ってな」


 つまるところ、レクトは昼間に生徒たちに話した実戦訓練を討伐依頼の内容で行おうと考えていたのだ。

 しかしながら、久しぶりに会ったダンとエリーはそんな事情など知る由もない。レクトの発言を聞いて、さも意外といったような表情を浮かべている。


「ガキども?訓練?どういう事情だってんだ?」


 ダンからは当然のように質問が挙がった。レクトとしても別に隠すようなことではないので、面倒くさがりつつも素直に答える。


「話すと長くなるから経緯は端折はしょるが、学校で教師をやってる」


「教師ぃ?お前さんが?」


 ダンが驚いたような声を上げた。どちらかというと、この場合は疑わしげといった方が正しいだろうか。

 また、横で聞いていたエリーも物珍しそうな表情になり、カウンターに頬杖ほおづえをつきながら話に食いつく。


「レクトが教師?学校の?なんていうところで?」


 面白おかしそうな口調で言うエリー。だが、それも当然ことであろう。ほんの2ヶ月ほど前に魔王を倒して世界を救い、英雄とまで呼ばれるようになった常連客が、今は学校の教師をしているというのだから。


「西区にある、サンクトゥス女学園って学校」


「えっ!?」


 レクトは何の気なしに答えたが、その返答で空気が一変した。あまりに驚いてしまったのだろうか、思わずエリーはガタッと音を立てながら頬杖ほおづえをついていた右腕のバランスを崩し、腕組みしながら話を聞いていたダンは唖然あぜんとした表情になっている。


「さ、サンクトゥス女学園ですって!?」


 あまりの驚きに、エリーは思わず大きな声を上げる。その声を聞いて店内にいた客たちが何事かと思ってレクトたちの方を見るが、比較的冷静な様子のダンは軽く手を振り"問題ない"とジェスチャーで客たちに伝える。


「知ってんの?西区の学校なのに?」


「いや、超が付くほどの名門じゃない!?」


 呑気のんきな口調で聞くレクトに対し、エリーは思考が追いついていない様子だ。ダンの方は幾分か冷静であるが、それでも表情からして驚いているのは間違いない。


「やっぱ、東区こっちでも知ってる人間はいるのか」


 2人の反応を見て、レクトは改めて自身が教師を務めているサンクトゥス女学園が王都でも指折りの学校であるという事実を実感した。


「おそらくはお前さんの実力が買われたんだろうが、何でまた教師なんて話が急に来たんだ?」


 ダンからは当然の質問が飛んでくる。もっとも、疑問に思うのも無理はない。

 なにしろ、レクトの人となりをよく知る彼からしてみれば、レクトが教師をやっている姿など想像もつかなかいからだ。ましてや、それが名門の女子校となると尚更である。


「ざっくり言うと、国王のおっさんに指名された。もちろん、最終的にやるかどうか決めたのは俺だがな」


 ところどころ話を端折はしょりつつ、レクトは端的に説明する。正確に言えば指名してきたのは国王ではなく校長であるクラウディアなのだが、特に話す意味もないだろうというレクトの勝手な判断だ。


「国王陛下直々か…流石は英雄サマってところかね」


 レクトの回答を聞いて、ダンも納得したようにうなずいている。また、国王を"おっさん"呼ばわりする点については触れない方がよさそうだと判断したらしい。


「どうでもいいっての、そんな事。それよりさ、さっさと討伐依頼見せてくんないかな」


 レクトが急かすように言うと、ダンは悪い悪いと呟きながらカウンターの横にあるコルクボードにめてあった紙を何枚かがす。


「えーっと…ホラよ。色々あるぜ」


 そう言って、ダンは近くのテーブルの上に10枚程の紙切れを広げた。レクトはその中の数枚を手に取ると、しげしげと内容に目を通す。


「どれどれ…これは『サンドゴブリン』か。あいつらにはちょっと簡単すぎるな。こっちは『バフォメット』ね、強さ的には割と丁度いい感じだけど場所が遠いな…」


 魔族が討伐対象となっている依頼書とにらめっこしながら、レクトはブツブツとつぶやいている。

 自分が討伐するのであれば単純に賞金の額だけで決めてしまうのだが、今回はあくまでも授業の一環だ。討伐対象の強さや学園からの距離など、今のS組メンバーに合ったものを選ばなくてはならない。


「「…」」


 これまでに見たことがないような真剣な表情で依頼を厳選するレクトの姿を目の当たりにして、ダンとエリーの2人は驚いた様子で顔を見合わせている。


「『ギガントザウルス』だと?アホかこんなもん。普通は傭兵や狩人ハンターじゃなくて、軍隊に頼むもんだろうが」


 今回の目的とは関係ないのだが、依頼書の中に普通の冒険者には手に負えないような大型モンスターの討伐依頼が紛れていたのを見て、レクトは思わず苦言を呈するように言った。

 なかなか都合の良い難易度の討伐依頼が見つからずに難儀していたところ、ある1枚の依頼書がレクトの目に留まる。


「ん…?これは…」


 依頼書の内容をじっくり読むレクト。そして何かを思いついたようにうん、とうなずくと、ふところから手帳を取り出して何かをメモし、先程まで眺めていた依頼書をダンに手渡した。


「これにするわ、ダンじいさん。依頼人に話つけといて」


「おう、わかった」


 依頼書を受け取り、ダンは軽く返事をする。ところが内容が気になったエリーがダンの横から依頼書を覗くと、そこに記載されていた魔族の名称を見て目を丸くした。


「ちょっとコレ、いくらなんでも子供にはキツくない?」


 依頼書を指差しながら、エリーが忠告するように言った。無論、レクトが戦うのであれば文字通り瞬殺であろうが、今回はレクトではなく彼の教え子である少女たちが戦うのだ。不安になるのも無理はない。

 とはいえ、レクトだって教え子たちに無謀な挑戦をさせるほど浅はかな男ではない。今のS組メンバーの実力を考慮した上で選んだ依頼だ。


「ウチのガキどもを小さな子供だと思ってんのか?なんなら、身長もケツの大きさもお前に勝ってるガキだっているぜ」


「いや、それは聞いてないけど」


 この場にいないサラのことを引き合いに出すレクト。立派なセクハラなのだが、今のサラであればそれすらもめ言葉として受け取るであろう。

 そんな話はさておき、ダンはちゃっちゃと手続きを進める。


「そんじゃレクト、仲介料はどうする?いつも通り後払いか?」


 こういった討伐依頼は通常、依頼を受ける人間が紹介してくれた側に仲介料を支払うのが普通となっている。依頼が失敗する可能性も考慮こうりょすると、本来であれば仲介料を後払いにするなど基本的にはあり得ないのだが、ダンは請け負う相手がレクトの場合にのみ後払いを了承していた。


「あぁ。いつも通り、後で報酬から引いといてくれ」


 レクトは当たり前といった様子で答えた。この後払いに関しては単に馴染みの客だからというだけではなく、これまで幾多いくたもの討伐依頼をこなしてきたレクトの実績と信用からくるものが大きかった。


「オーケーだ。依頼主には近日中って伝えといていいんだな?」


「あぁ、それでいいよ。明後日あさってあたりには行くつもりだから」


 ダンの質問に答えながら、レクトは再び手帳に何かメモし始めた。何を記入していたのか気になったエリーが横から覗くと、どうやら日時や交通手段を書いていたようだった。


「それじゃ、朝が早いんで今日はもう帰るぜ」


 レクトは手帳を閉じると、それを手早くコートの内ポケットへとしまう。

 本当はのんびり酒を呑みながら2人と話でもしたいところであるが、あいにく今は忙しく悠長ゆうちょうな事は言っていられない。用事も済んだので、今日はもう帰ることにした。


「レクト!また来てよね!」


「次は魔王討伐の冒険譚でもじっくり聞かせてくれや。一杯ぐらいおごるからよ」


 店の出口へと向かうレクトに、エリーとダンが声をかける。レクトは2人に向かって軽く手を振ると、意気揚々と店を出て行った。

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