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ステップアップ ①

 事の発端ほったんは、何気なくベロニカが発した一言であった。


「ねー、センセイ。そろそろウサギよりも強いモンスターとの実戦とかやったりしないの?」


 いつものように実戦訓練を終え、教室に戻ってきたところで唐突とうとつにベロニカが口を開いた。

 確かに、ペリルの森でウサギ狩りをしてからというものの課外授業を一度も行っていない。実技に関する指導は、全て担任であるレクトを相手に行っていた。


「んー、実戦ねぇ…」


 レクトはあごに手を当て、少し考え込む。反応からして、可能性はまったくのゼロというわけではなさそうであるが。


「ベロニカ、先生だってちゃんと考えて授業をしているのよ」


 フィーネがなだめるような口調で言った。

 実際のところ、レクトは人としては割と…というより、かなりいい加減な部類に含まれる。しかしながら彼女たちに指導する内容、とりわけ戦闘関連のことに関しては行き当たりばったりのように見えて、ちゃんとした過程や手順をんで教えているのも事実だ。

 もっとも、ベロニカが不満に感じているのはレクトの指導そのものではなく、相手がレクトであることに対する部分のようであった。


「だってさぁ、センセイ相手だとどうやったって絶対に勝てないってわかりきってるじゃん。たまには勝つ戦いをしたいっていうかさー…」


 恥ずかしいながらも本音なのだろう、ベロニカの声が少し小さくなった。

 そもそも現実的にいえば、彼女たちがレクトに勝つというのはまず不可能である。それどころか、すきをついて一撃を加えることですら困難なのだ。


「そうは言っても、どうせ他の先生だと手応えがないだとか、物足りないだとか言いだすじゃない」


「そうだけどさぁー…」


 リリアがあきれたように言うが、やはりベロニカは納得できないようだった。

 とはいえ、リリアの言うように自分たちより弱い人間が教える立場であるのならば、それはそれで問題がある。事実、レクトが来る前のS組の授業では彼女たちが教師陣を圧倒してしまうことも珍しくなかった。


「それにセンセイが相手だと、なんか強くなってる実感がないじゃん」


「それはまぁ…多少はわかるけど」


 ベロニカの言い分に、リリアも少しだけ理解を示している。確かにベロニカの言うように、毎回のように容易くさばかれてしまうのもいい加減にマンネリ化してきているのかもしれない。

 だが、そんなベロニカの意見に賛同したのは、意外なことに他ならぬレクトであった。


「まぁでも、ベロニカの言う事も一理あるかもな」


「えぇっ?」


 予想外のレクトの発言に、フィーネは拍子抜けしたような声を出した。また、驚いているのは他の生徒たちも同様のようだ。


「実をいうと、俺もどこかのタイミングでやろうと思ってた内容が1つあってな」


 つまるところ実戦形式の授業については、レクトの中でも考えそのものはあったらしい。それでも、現時点では抽象的な表現であるが。


「その内容っていうのは、具体的にはどんなものなんですか?」


「その前に、だ。お前ら、よく聞け」


 フィーネの質問をさておいて、レクトは腰に手を当てながら生徒たちの顔を見渡す。口調や表情からすると、とてもめてくれるような雰囲気ではないが。


「まず発言者のベロニカに言わせてもらうが、さっきの考え方自体が良くない」


「考え方?」


 レクトの言う"考え方"が何のことを指しているのかよくわからなかったのだろう、ベロニカは首をかしげている。当然のことながら、それは他の生徒たちも同様のようだ。


「ベロニカだけじゃない。お前ら普段から訓練をする時、最初から俺に勝てないって決めつけてるだろ」


「そんなの当たり前じゃないですか」


 注意するレクトに、エレナが即答する。無論、他の生徒たちも同じ答えを抱いているというのは言うまでもない。


「そもそもわたしたちどころか、王国内を探したって先生に勝てる人なんて見つからないですって」


「せんせーは最強ですからね!」


 アイリスとサラが続けざまに言った。確かにアイリスが言ったように、レクトに勝てる人物などとても思い浮かぶようなものではない。なにしろ、本来ならば千人単位で討伐するようなドラゴンを1人で秒殺するような男だ。

 人格面の方には相変わらず難があるが。


「そうだ。俺は最強だ。俺に勝てる奴なんざいやしねえ」


「言ってることが支離しり滅裂めつれつですよ、先生」


 レクトの言っていることが先程とは真逆だったので、思わずエレナが言及する。といっても、この話についてはレクトも深くは考えていないようであった。


「とまぁ、どうでもいい話をしたが、要するに俺が言いたいのはもっと緊張感のある戦闘を経験しないとダメだってことだよ」


「本当にどうでもいい話でしたね」


 俺に勝てる云々(うんぬん)の話は一体なんだったのだろうか。堂々と言い切ったレクトを見て、ルーチェが皮肉っぽく言った。他の生徒たちも呆れ気味だ。


「というか、緊張感?」


 それとは別に、レクトの発した言葉に疑問を持ったリリアがその単語を口にする。すると先程までのいい加減さはどこへやら、急にレクトの声のトーンが真面目なものに切り替わった。


「俺との訓練する時、"怪我けがするかも"とか"られるかも"とか思わないだろ?」


「それは…授業ですからね」


 アイリスの言う通りだ。レクトが彼女たちに施しているのは、他でもない"授業"である。偶然ならまだしも、意図的に彼女たちに怪我を負わせるとは考えにくい。


「というより、先生は私たちと普段から上手い具合の力加減で戦ってるのでは?」


「確かにそうなんだが」


 ルーチェの言う事に納得しつつ、レクトは一呼吸おく。


「魔族は、普通に殺しにくるぞ」


 レクトのその一言に、教室が静まりかえった。

 しかしながら、数秒の間をおいてフィーネが冷静な様子でレクトに質問する。


「でもそれって、魔族だけではないですよね?」


「もちろんそうだ。だが、魔族の場合はオオカミやドラゴンとは決定的に違う部分がある。何だかわかるか?」


 フィーネの言いたいことを理解したレクトは、オオカミやドラゴンという明確な例を挙げつつ逆に彼女に聞き返す。問われたフィーネは、少し考えてから口を開いた。


「会話…意思の疎通そつうができる、ということですか?」


「惜しいな。それってつまりはどういうことだ?」


「…知性がある?」


「そういうことだ」


 フィーネの口から求めていた答えが出てきたところで、レクトがフィーネを指差す。


「オオカミやドラゴンなんかは結局のところ、本能的に人間や他の動物を襲ったりするだけだ。明確に"人間を殺す"っていう目的を持ってるわけじゃない」


 レクトの説明にあったように、オオカミやドラゴンは生物としての捕食行為や、自身の縄張りにみ込んだ人間に対して攻撃を行う。逆にいえば、そういった理由がなければ人間を襲うことは基本的に無いのだ。

 レクトの言いたいことがわかってきた生徒たちは、そのままレクトの話に耳を傾ける。


「だが、魔族は違う。ゴブリンやオークのように知能が低い魔族ですら、人間に対して明確な殺意を抱くからな。それこそ、この前の魔王軍残党なんかこっちをる気マンマンだったろ?」


 話を聞いて、生徒たちはペリルの森で遭遇した魔族のことを思い出す。実際、居合わせた狩人ハンターは一人残らず殺されてしまった。


「ここまで話せば、俺が言いたいことは何だかわかるよな?」


 ここでようやく、レクトの声のトーンがいつも通りになった。質問の答えそのものは大半の生徒たちの頭には浮かんでいるが、率先そっせんして手を挙げたのはやはりフィーネであった。


「次の実戦は、魔族を相手にするということですか?」


「そのつもりだ」


 わざわざ魔族の話を出したということは、次の実戦は魔族を相手にする。考えれば当然の流れだ。


「お前ら、俺が来る前には授業の中で魔族の討伐とうばつはやったことあるか?」


 確認するようにレクトが言った。

 魔族の討伐。もちろん魔族といっても先ほどレクトが挙げた小鬼ゴブリンのような、新米冒険者でも倒せるような低級のものから、ここ最近にもレクトが戦った高位魔族までもが含まれている。

 もっとも彼女たちはまだ学生である以上、高位魔族と戦った経験など無いというのはレクトもきちんと理解している。


駆除くじょ対象になってるオオカミのような害獣の討伐ならありますけど、魔族は一度もないですね」


「なるほど」


 エレナが答えたように、レクトがこの学校に来る前にもS組では何度か授業の中でそういったモンスターを討伐する機会があった。


「オーケー。近いうちに課外授業で魔族の討伐をやるぞ」


 ごく自然な流れで、次回の課外授業の内容が決定する。といっても、レクトの話からすればいつかは実施する予定であったのだろうが。

 ところがここで、言いたいことがあるのかルーチェが手を挙げる。


「でも先生。もし魔族との実戦を行うのであれば、なるべく今の私たちに合った強さの相手にして頂きたいのですが」


 レクトも言っていたように、魔族には普通のモンスターと違って知性がある。もちろん魔族によって知性の高さに差はあるが、捕食など生存本能に従って人間を襲うモンスターとは異なり、明確に人間に対して殺意を抱くというのが恐ろしい部分なのだ。


「そうですね。それに、高位魔族に無謀むぼうな挑戦をするわけじゃないにしても、逆に簡単すぎてもあまりいい経験にはならないと思いますし…」


 当然ともいえるルーチェの意見に、アイリスも賛同する。勝てる見込みのない相手に無謀に挑むなどもっての外であるが、反対にアイリスの言うように簡単すぎる相手を選んでしまってもあまり有意義な授業にはならないだろう。


「今のお前らのレベルに合った魔族か…」


 レクトはあごに手を当て、少し考え込む。傭兵として古今東西に存在するモンスターや魔族と対峙したことのあるレクトならば、今の彼女たちに合った強さの魔族というのもある程度はイメージできる。


「よし、任せろ。明日までには決めてくるから」


「決めてくる?」


 1人納得したような様子のレクトに対し、サラが疑問の声を挙げる。


「野生のモンスターとか、駆除対象の魔族みたいな、そういう情報を広く取り扱ってる知り合いがいるんでな。今夜、ちょっくら当たってみるわ」


 どうやら、レクトには心当たりがあるらしい。モンスターの情報を扱う場所といったら、普通に考えたら大抵は傭兵や狩人ハンター組合ギルド、あとは騎士団といったところだろう。実際、前回のペリルラビットも正式に狩人ハンター組合ギルドから出されていた依頼である。

 どれも元傭兵であるレクトとは何かしらの繋がりがあってもおかしくなさそうではあるが。


「いちおう聞いておきますけど、法には触れないものですよね?」


 フィーネが念を押すようにたずねた。しかしレクトとしてはいささか心外だったのだろうか、やれやれといった様子で答える。


「俺は自分でやる分には気にしないが、流石さすがに学生のお前らに違法アングラの仕事をやらせるようなことはしないっての」


「先生自身はやるんですね」


 エレナが冷めたような目でレクトを見る。英雄と呼ばれる男が違法なことに手を出すと口にするなど普通であれば考えられないが、既にレクトの人となりを理解している生徒たちは誰一人として驚かない。もっとも、呆れている者はチラホラいるようだが。


「おーし、この話はここまでだ。授業はじめるぞ。全員、魔法史の教科書出せー」


 そう言って話を切り上げたレクトは、魔法史の教科書を開く。結局この後も詳細を語ることはなく、いつも通りの授業が始まった。

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