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狙われたタウロス族 ⑨

 ギャラリーによる歓喜かんきの声が落ち着いてきたところで、アイザックは部下の騎士たちに命じて周囲の人々へ帰宅をうながす。事件が解決してひと段落したということもあってか、人々は騎士団の誘導に従って素直に帰り始めた。


「レクト、改めて礼を言わせてくれ」


 人々の大半がいなくなったところで、アイザックは真剣な表情を浮かべつつレクトの方を見る。


「お前のおかげで、ようやく事件を止めることができた。我々の力だけであれば、もっと多くの被害者が出ていたことだろう」


 そう語るアイザックの表情には、レクトに対する感謝だけでなく、自分たち騎士団の力不足を痛感しているようだった。責任感の強い彼だからこそ、自らの力だけでは解決できなかったことに悔しさを感じているのだろう。

 そんなアイザックにレクトは少しだけ驚いたような様子を見せるが、すぐにいつもの調子に戻り言葉を返す。


「気にすんな。あの下等生物が俺の領域テリトリーに踏み込んできやがったから、排除したってだけの話だ」


 返答しつつ、レクトはコートのポケットから血の付いたロケットを取り出す。地下にあった人骨の山から見つけた、トレニアの遺品だ。


「それに俺も、全員を助けられたわけじゃないしな」


「…そうか」


「センパイ…」


 意味深なレクトの言葉を聞いて、アイザックも短く答えた。アイザックだけではなく、パレットもレクトの心中を察したようで、どことなくさびしそうな表情を浮かべている。


「せ、先生…」


 ふと、レクトの背後から声がした。当然のことながら、この場でレクトのことを"先生"と呼ぶ人物は1名しかいない。


「おっ。サラ、もう立てるのか?」


「な、なんとか」


 少しだけふらつきながらも、自分の力で歩けるぐらいにまでは回復したようだ。無理するな、だとか、安静にしておけ、といった言葉をかけないというのが、レクトらしいといえばらしいかもしれない。


「後でエレナに礼を言っとけよ。あいつが血相変えて職員室に飛び込んできたから、俺もすぐに動けたようなもんだからな」


「そうだったんですね。わかりました」


 レクトの話を聞いて、サラは納得したようにうなずいた。ここでエレナの名前を口にしたレクトであったが、ふとあることに気づく。


「そうだアイザ。ここにサンクトゥス女学園の制服を着た、ちょっとばかしツリ目で銀髪を結った小娘がいなかったか?」


「あぁ、彼女なら…」


 反応からして、アイザックはエレナの所在を知っているようだ。レクトのエレナに対する誇張抜きの表現はさておき。

 ところがアイザックが説明をしようとした直後、2人の後方から大きな声が聞こえてきた。


「先生!」


「おっと、うわさをすればか」


 エレナの声がした方を見ると、声の主であるエレナが息を切らせながらこちらへ走ってきているのが目に入った。さらによく見ると、彼女の背後には中年のタウロス族の女性がいるではないか。


「すいません、サラのお母さんを呼びに行ってました!」


「いや、謝ることじゃねえだろ。むしろ礼を言うところだぜ」


 エレナとしては勝手にこの場を離れたことを謝罪しているのだろうが、レクトにしてみれば別に悪い事をされたという認識はまったくない。むしろ、サラの母親を連れてきたことをめるべきだと思っていた。


「サラ!」


「お母さん!」

 

 サラの母親であるジェシカは、五体満足であった娘の姿を見るなり無我夢中で抱きしめる。


「あぁ…よかった。あなたの行方が分からなくなったと聞いて、どうしていいかわからなくなってしまって…」


「うん、うん…」


 様々な感情があふれて止まらない様子の母親の話を、サラは彼女の腕の中でうなずきながら聞いていた。

 そんな母子の様子を見ていたエレナが、レクトが着ているロングコートの右袖部分をくいくいと軽く引っ張る。


「先生、地下でいったい何があったんですか?」


「明日、教室で詳しく話してやるよ」


「…わかりました」


 レクトの反応を見て話が長くなると察したのだろうか、エレナも素直に頷いた。プライベートな話ならばともかく、レクトがこういった重要なことについてははぐらかさずにきちんと話をするというのはエレナも理解している。

 ようやく気持ちが落ち着いたところで、ジェシカはサラの身体から手を離す。そしてレクトの方を向くと、深々と頭を下げた。


「レクト様…いえ、先生ですよね。この度は娘の命を救っていただいて、何とお礼を言ってよいのか…」


 レクトがサラを助けたのはつい先程の出来事であるのだが、事の経緯いきさつに関してはここへ来るまでにエレナから聞いていたのだろう。


「受け持ってる以上は、死なせたり大怪我を負わせるわけにはいかないもんで。といっても、誘拐されたって時点で監督不行き届きな部分はあるんすけど」


 レクトは至極当然といった様子で答えた。エレナの父親であるダリルの時もそうであったが、ちゃんとした敬語になっているか微妙なところが実にレクトらしい。

 そうして少しばかり空気が堅くなってしまったところで、エレナが先程のレクトの台詞せりふについて言及する。


「前から思ってましたけど、先生って意外と律儀りちぎですよね」


「大きなお世話だ」


 エレナの率直な意見に、レクトは嫌そうな顔をしながら答える。とはいえ否定はしないあたり、少なからず自覚はあるのかもしれない。

 事実、そんなエレナの意見を聞いたアイザックとパレットは同意するように頷いている。


「確かにそうだな。こいつは自分勝手で横暴な男だが、筋はきっちり通す奴なんだ」


「そーそー。人が決めたルールはまるっきり守らない無法者ですけど、自分で約束したことはちゃんと守る人ですからね!」


「テメーら、めながら普通にディスるんじゃねえ」


 めつつも遠慮えんりょのない言葉を吐く2人に対し、レクトは不満をあらわにする。しかしながら、レクトはここでも否定はしなかった。

 ここで、話の流れとは無関係ながらもエレナがあることに気づく。


「そういえば、どちら様でしょうか?」


 当たり前のように溶け込んでいたパレットに、エレナがたずねた。ところが、この質問に対するパレットの返答がまた問題のあるものであった。


「はじめまして!センパイの腰巾着のパレット・メイフィールドです!今は西方の町で新聞記者やってます!」

 

「腰巾着…?」


 普通なら自己紹介には使わない単語を聞いて、エレナは頭上に疑問符を浮かべている。もっとも、レクトの腰巾着という自称に関しては他ならぬレクト本人が迷惑しているようだった。


「まだ言ってんのかよ。いい加減やめろっての。その腰巾着っていうの」


「そもそも、お前がレクトと四六時中一緒にいたのは学生時代の話だろう。今はもう腰巾着という表現は不適切だぞ」


 レクトとアイザックの2人が、パレットが自称する腰巾着という言葉について言及する。しかしながら、アイザックの指摘は論点が微妙にズレているような気がしないでもないが。


「えっと、要するに先生の学生時代のお知り合いってことでいいんでしょうか?」


「とりあえず、それでいい」


 間違ってはいないエレナの解釈かいしゃくに、レクトは雑に答える。当たり前といえば当たり前であるが、アイザックと一緒になってレクトの事を語っていたあたり、レクトの昔からの知り合いであるということは容易に想像がついたようだ。


「あの、先生…」


 ふと、サラがレクトに声をかける。どうしたのかと思い彼女の方を見ると、当のサラは少し恥ずかしそうにしながらも、何かを決意したような目でレクトのことを見ていた。

 そして。


「先生は…わたしの英雄ヒーローです!!」


「そりゃどうも」


 思い切った声で、叫ぶように言った。しかしながらその手の賞賛の言葉は慣れっこなのだろう、それに対するレクトの反応はかなりマイルドである。

 だが、今の言葉はどうやらサラにとってはとても大きな意味を持っていたようだった。


「あら?」


 そのことに気づいたジェシカは、少しだけ驚いた様子で口元に手を当てている。


「何かあるんすか?」


「いいえ、なにも」


 レクトは何の気なしに尋ねたが、ジェシカは短く答えただけだった。ただ、口では何もないと言いつつもどこか楽んでいるような彼女の雰囲気に、レクトは首をかしげる。

 兎にも角にも、状況的にはひとまず一件落着といっても問題はない。辺りがすっかり暗くなってしまったというのもあり、アイザックはサラとジェシカの2人に提言する。


「色々あってお疲れでしょう。本日はもう帰宅された方がよろしいと思います。もちろん、自宅までは護衛ごえいとして部下を同行させますので」


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきますね」


 母親のジェシカはそう答えて、深々と頭を下げた。当然だが、アイザックが帰宅を促すのは親子2人だけではない。


「君も今日は疲れただろう。護衛をつけるから、家でゆっくり休むといい」


「はい、わかりました」


 エレナもまた、アイザックの申し出を素直に受ける。だが横で聞いていたレクトはというと、アイザックの提案に意見があるようだった。


「今さら護衛なんているか?こいつら、年の割には強えーぞ」


 サラとエレナを交互に指差しながら、レクトが言った。

 絶対的な力を持つレクトからすれば彼女たちの強さなど足元にも及ばないのは普段の授業からみても明らかなのだが、見方を変えれば戦闘のプロであるレクトが"強い"と評価しているあたり、ある程度のラインまでは彼女たちの力を認めているということだ。その事がわかっているのか、サラとエレナは照れつつも少し嬉しそうである。

 とはいえ、先程の提案はアイザックにとっては別の意味合いもあったようだ。


「騎士団にも体面というものがあるのだ。こんな事件があった後で護衛もつけずに帰したとなると、世間からのバッシングも十分に考えられるからな」


「カタブツ野郎め」


 相変わらず馬鹿正直なアイザックに対し、レクトは呆れたように言った。もっとも、レクトのこの意見に関してはアイザックの方も不満があるようだが。


「自由奔放なお前と違って、私は王国騎士団の看板を背負う立場なのでな」


「だろうな。つくづく騎士団の勧誘を蹴って良かったと思ってるよ」


「…言っておけ」


 口の減らないレクトを見て、もはや何を言っても無駄だと悟ったのか、アイザックもそれ以上は何も言わなかった。

 そうこうしている間にアイザックの部下である騎士が2人やって来て、それぞれサラとジェシカの親子、エレナに護衛として付き添うことになった。


「それじゃあ先生、また明日学校で」


「うーい」


 別れ際に軽く頭を下げるエレナに対して、レクトは気の抜けたような返事をする。言ってしまえばレクトやS組メンバーにとってはいつも通りなのだが、今は学園の外である。


「もう少し教師らしい挨拶あいさつというものはできないのか?」


「うるせえなぁ」


 小言を口にするアイザックであったが、レクトは面倒くさそうに答える。その光景を見ていたパレットが、クスクスと笑い始めた。


「センパイとアイザ先輩って、大人になっても昔と一緒ですよねぇ」


「余計なお世話だ」


 パレットに指摘されたアイザックは、認めつつも嫌そうな口調で答えた。しかしながら、その答え方についてもどことなくレクトと似通ったものを感じる。

 尚、この点についてはレクトの方も自覚があるようだった。


「つーか、ついこの前にも団長殿や酒場のオヤジに同じこと言われたような気がするな」


「何度も言わせるな、レクト。エルトワーズ殿は"元"団長だ」


 言葉通り、何度目になるかわからない訂正をアイザックが入れる。もちろん、それを素直に受け入れるレクトではないのだが。


「相変わらず細けえこと気にするよなぁ」


「いつまでも直そうとしないお前が悪い」


「ふふっ」


 2人の掛け合いを見て、やはりパレットはクスクス笑っていた。

 そんなやり取りを繰り広げながらもサラたちを見送ったところで、それまでは空気を読んであまり発言の多くなかったパレットが急にレクトに申し出る。


「そうだセンパイ!今回の事件を解決した大手柄ってことで、独占取材させてくださいよ!」


「面倒だから明日な」


「えぇー!?なんでですかぁー!?そこをなんとか!お願いですから!」


 軽く一蹴されるが、パレットはなかなか引き下がろうとしない。先程のアイザックとのやり取りもそうであったが、学生時代からとにかくしつこいというのが彼女の性分であった。もっとも、その性分そのものは特ダネに意地でも喰らいつく記者には向いていたのだろうが。

 しかしながら、この場は見兼みかねたアイザックがパレットに声をかける。


「やめておけ、パレット。こういう状態のレクトが他人の意見をまったく聞かないというのは、お前もよく知っているだろう」


「うぅー…仕方ないかぁ…」


 アイザックにさとされ、パレットも渋々ながら引き下がった。

 とはいえ、実のところはレクトに頼みたいことがあるのはアイザックの方も同じだったりする。


「ちなみにレクト。この後、騎士団としては事情聴取に付き合ってほしいのだが…」


「それも明日だ。今日は帰るとする」


「…だと思ったよ」


 食い気味に断られ、アイザックは呆れたようにつぶやいた。だが言葉とは裏腹に、アイザックは少しばかり嬉しそうな様子を見せている。


「それじゃあレクト、私も例の食屍鬼グールを確認しに行ってくる。事情聴取は明日の夜、いつもの店でいいか?」


「オッケー」


 いつも通りといった様子で、レクトはアイザックの申し出を承諾しょうだくする。

 本来ならば事情聴取を酒場で行うこと自体に大きな問題があるのだが、相手は他ならぬレクトだ。レクトの希望に合わせるのがもっとも無難、というのは付き合いの長いアイザックだからこその判断といえる。


「それじゃあ、あたしもご一緒していいですか!?事件を解決した英雄と騎士団の責任者に独占取材ってことで!」


 アイザックの提案に乗っかる形で、パレットが挙手する。少しばかり図々(ずうずう)しいようにも見えるが、レクトとアイザックの2人にとってはパレットが図々しいというのは周知の事実だ。


「俺はどっちでもいいけど」


「ですって!アイザ先輩は!?」


 とりあえずレクトの承諾しょうだくを得られたパレットは、すぐさまアイザックの方を見る。

 騎士という立場からすれば新聞記者が同席していたとしても何のメリットも無いのだが、相手は旧知の仲であるパレットだ。断ったところでしつこく食い下がってくるのは目に見えているので、アイザックはやれやれといった様子で頷く。


「…仕方ないな。だが、事前に記事はチェックさせてもらうぞ。妙な事を書かれては騎士団の威厳に関わる」


「もう、相変わらずアイザ先輩はすぐに色々と疑ってかかるんですから!」


「その色々と疑われてしまうような真似を学生時代に何度もしでかしていたのは、どこの誰だ?」


「う、それを言われちゃうと…」


 アイザックに指摘されて返す言葉もないのか、パレットはがっくりとうなだれた。

 そんな2人のことはさて置いて、レクトは唐突にきびすを返す。


「じゃあ俺、行くわ」


「帰るのか?」


 立ち去る気マンマンのレクトを見て、アイザックが声をかけた。しかしレクトは振り返ることなく、軽く手をひらひらと振るだけだ。


「いや。ちょっと野暮用やぼようを思い出した。寄り道してから帰る」


「そうか。それじゃあ、また明日な」


「おやすみなさーい!センパイ!」


「あいよー」


 アイザックとパレットの声を背中で聞き取りつつ、レクトは噴水広場から立ち去る。レクトが去り際にポケットから取り出したロケットを眺めていたことには、2人も気づいていたようであった。

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