国王からの呼び出し ①
王都オル・ロージュの中心にはフォルティス国王の居城、フォルティス王城がある。
農業や漁が不作であったり、祭りのシーズンが近くなると国王との謁見を望む国民が増えるのだが、現在はそのどちらも該当しておらず、城門の前にいる見張りの兵士たちも割とヒマなのが現状であった。
「おい、聞いたか?なんでも昨日、王都の西にある村がグリーンドラゴンに襲われたらしいぞ」
若い小太りの兵士が、横に立っている同僚のノッポの兵士に話しかけた。しかしノッポの兵士は何のことであるかがよくわかっていないようで、首をかしげている。
「グリーンドラゴン?なんだそれ?」
ノッポの兵士はとぼけた様子で、小太りの兵士に聞き返した。それを聞いた小太りの兵士は、呆れた様子でため息をつく。
「グリーンドラゴンも知らんのか、お前は。ドラゴンの一種で、森林地帯や雲霧林なんかに生息している。基本的には人間に対して興味を示さないが、一度敵であると認識したら執拗に攻撃してくる凶暴なモンスターだ」
「へぇ〜」
小太りの兵士がわかりやすく説明するが、どうにものんびりした様子のノッポの兵士はあまり危機感を抱いていないようだ。
「そのグリーンドラゴンが、なぜ森林ではなく村に?」
ノッポの兵士が質問を投げかけた。深林に生息するドラゴンが人里に下りてくるというのだから、何かしらの理由があるのは明らかである。
「グリーンドラゴンは草食でな。主食は草や花なんだが、環境の変化や災害なんかでそういった植物が減ってしまうと、飢えて人の住む地域にまで現れると聞いたことがある」
「なるほど」
小太りの兵士の話を聞いて、ノッポの兵士は納得したようにうなずく。そして雲1つない青空を見上げながら、ボソリとつぶやいた。
「できれば、この街にまでやってこないことを祈りたいね」
「それは同感だな」
ノッポの兵士に同意するように、小太りの兵士は肩をすくめた。王都からはそこそこ離れた村の話であるとはいえ、相手はれっきとしたドラゴンだ。たとえ数十キロメートルの距離があったとしても、数時間あれば十分に移動が可能である。それこそ、空を飛べば1時間もかからないかもしれない。
そんなことを考えながら、ふとノッポの兵士はあることを尋ねる。
「待てよ?じゃあ、真っ先に狙われるとしたら植物や花の多いところか?」
「そうだろうな。この王都で特に植物が多い場所というと南区にある農園か、東区の自然公園とかか?」
ノッポの兵士の質問に対し、小太りの兵士は襲われそうな場所を羅列する。しかし、ノッポの兵士の頭にはそれ以上に危険な場所が浮かんでいた。
「そうなると、西区も危ないんじゃないか?」
「どうしてだ?」
小太りの兵士が聞き返す。というのも、西区は他の地区とは違って貴族街や教会ばかりであるので、農園などのイメージがないからだ。
「西区には貴族街があるだろ。立派な庭園を持ってる貴族が多いじゃないか。それに襲われたのが西にある村なんだったら、そのまままっすぐ西区に来る可能性だって…」
「あぁ、確かにな」
ノッポの兵士の説明を聞いて、小太りの兵士が納得したように頷く。だがここで、小太りの兵士の頭にあることが浮かんだ。
「だがそうなると、あそこが一番ヤバいかもなぁ」
「あそこ?」
「ほら、敷地の中にどデカいバラの庭園がある有名な…」
言いかけたところで、小太りの兵士が言葉を止める。もっともその理由については、客が来たので単純に仕事に戻った、というだけの話であるのだが。
「ゴホン!えーと、王城に何か用かね?」
わざとらしい咳払いをしながら小太りの兵士は現れた客人である、銀髪の剣士に要件を尋ねた。
本来であれば、この時期に国民が王への謁見を求めるようなことはない。かといって王国評議会の議員や他国の要人であるならば、間違いなく護衛を連れているはずである。したがって、目の前に1人で立っている男が何の用でこの場所に来たのかなど、この時点では想像もつかない。
「国王に呼び出されてる」
一方で要件を聞かれたレクトは、端的に理由を述べる。もちろん嘘ではないのだが、ただの見張り兵である2人からしてみれば国王に呼び出されている、と言われても内容がざっくりしすぎていて怪しいというのは否めなかった。
とはいえ、レクト自身も呼び出された内容について具体的に知っているわけではないのだが。
「国王陛下に?ふむ、君の名前は?」
「レクト・マギステネル」
「レッ…!?」
名前を聞いた瞬間、小太りの兵士の背筋がピンと伸びた。ノッポの兵士の方も無言ではあったものの、驚いているのは同じのようだ。
小太りの兵士は、隣にいるノッポの兵士を小突きながら小声で話しかける。
(お、おい!世界を救った四英雄レクトだぞ!本物だよな!?)
(そうらしいな。確かに近いうちにフォルティスに帰ってくるとか何とか、話だけは聞いてたが…)
慌てふためく小太りの兵士とは対照的に、ノッポの兵士の口調は落ち着いている。もっとも、まったく動揺していないというわけではなさそうであるが。
(こういうのって、なんかこう…事前にカーペットとか敷いて、器楽隊とか用意しておくもんじゃないのか!?なんだこのいきなり突撃訪問的な感じ!?)
(オイラに聞くなって。困惑してるのはオイラだって同じだよ)
しかし、相手が本当に世界を救った英雄であるというのならば、国王に呼び出されているという話にも間違いはないだろう。小太りの兵士はレクトの方に向き直ると、胸を張って敬礼する。
「あ、えっと…。すぐに中の者に確認してきます!申し訳ありませんが、ここで少々お待ちください!」
「早くしてくれよ」
大急ぎで城の中へと入っていく小太りの兵士を、レクトは少しばかり面倒くさそうな様子で見送った。ただ黙って待っているだけなのもなんとなく気まずかったので、世間話がてらにノッポの兵士はレクトに尋ねる。
「あの、事前にアポとかは取ってないんですかい?」
どんな要件であれ、国家元首と会うのであれば事前にアポを取るのが一般常識というものだ。ところが、残念なことにこの男に対してはそういった世間一般の常識というものは通用しない。
「呼び出したのはそっちなんだから、俺がわざわざ事前にアポ取るのはおかしいだろ」
「確かに…」
レクトの言うことにも一理あったので、ノッポの兵士は妙に納得してしまった。
と、そこへ確認が取れたのか、先程の小太りの兵士が大急ぎで戻ってきた。鎧姿のまま全速力で城内を駆けていったのだろう、汗がすごいことになっている。
「お、お待たせしました!大臣がすぐに玉座の間へ招くようにとのことでしたので…」
息を切らせながらも、小太りの兵士の声をしっかりしている。しかしレクトはレクトで別の部分に興味があるようであった。
「大臣って、やっぱりまだあのヒゲ長ジジイ?それともこの3年間で代わった?」
(だ、大臣殿をジジイ呼ばわりしてるけど!この人!)
(うーん。でも、オイラたちが口出しするようなことじゃないしなあ)
レクトがあまりにも尊大な態度であったため、2人はレクトには聞こえないよう小声でヒソヒソと話をしている。しかしながらノッポの兵士の言うように自分たちが口出しできるようなことでもないので、とりあえずは質問に答えるだけに留めておいた。
「あ、えーと。大臣殿は代わってはおりませぬ」
「あっそう。ま、どーでもいいが」
自分で質問したくせに、小太りの兵士の返答を聞いた途端にレクトの表情が一気に興味のなさそうなものに変わった。たまらず、2人は再びヒソヒソ話を始める。
(さっきから何なのこの人!?めちゃくちゃ態度デカいんですけど!)
(うーん。でも、オイラたちみたいな下っ端じゃ、注意したところで下手すりゃコテンパンにされて終わりだと思うしなあ)
結局のところ、ノッポの兵士の言うように自分たちが出る幕ではない。それを十分に理解した小太りの兵士は、とりあえず自分の仕事だけを素直にこなしておくことにした。
「あ、そ、それではご案内を…」
「いらねえ」
「はい?」
国王の客人であるレクトを案内するという申し出を、まさかのレクト本人が断った。当然のことながら、小太りの兵士はわけがわからないといった様子で困惑している。
「玉座の間だろ?行ったことあるから、場所はわかる」
一応、レクトの口からはきちんとした説明が述べられた。確かに、理由としては納得できるものではある。だが兵士という立場上、たとえ国王の客人であっても外部の人間が1人で城内を歩き回ることを看過することはできなかった。
「あ、でも、念のため…」
「いらねえ」
「はい…」
レクトの圧に負け、小太りの兵士はおとなしく引き下がる。
場所は変わって王城の玉座の間では、世界を救った四英雄レクト・マギステネルの突然の来訪ということで皆、気が気でなかった。もっとも、レクトと初めて会うという若い騎士たちはともかくとして、国王をはじめとしたレクトのことをよく知る面々は喜ぶどころか、むしろ沈んだような気持ちになっている。
「陛下、顔色がすぐれないようですが…」
1人の騎士が、心配そうな様子で国王に声をかける。もっとも顔色が良くないのは国王だけでなく側立っている大臣や、レクトのことを知っているであろうベテランの騎士たちも同じであった。
「あぁ、気にするな。本当であれば皆、レクトの奴には会いたくなどないのだ」
大臣が兵士を諭すように言った。そんなやり取りを部屋の端で見ていた1人の騎士が、隣に立っていた同僚の騎士に小声で話しかける。
「なぁ、四英雄のレクト・マギステネルってそんなに問題のある人なの?見たことないんだけど、国王様が落ち込むってすごくないか?」
「さぁ…?僕も直に会ったことはないし…」
話しかけられた騎士にもよくわからないようで、首をかしげている。少なくとも部屋の空気から察する限り、レクト・マギステネルが国王に歓迎されるような人物ではないというのは確かではあるが。
と、ここで近くに立っていたもう1人の騎士が口を開く。
「オレさぁ、あの人がいた東区の出身だから知ってるんだけど、あの人ヤバいぜ」
「ヤバいって、何が?」
「ケンカ超強い。いや、もう強いっていうレベルじゃないかも。自分より年上の有名な不良とかが挑んできても、ワンパンKOで瞬殺。数十人のギャング団とかをたった1人で相手にしても、余裕でフルボッコにしたって噂だ」
「うわー。マジか、それ」
レクト・マギステネルの武勇伝…といえるかどうかはあやしいところではあるが、信じられないようなエピソードを耳にした騎士たちは尊敬を通り越して若干引き気味だ。
「でも、それぐらい腕の立つ人間じゃないと魔王とは戦えないってことじゃないのか?」
「違いないな」
騎士たちがそんな話をしていると、突然に玉座の間の扉が開かれた。すぐさま1人の兵士が飛び込んできて、国王や大臣たちに報告をする。
「陛下!レクト・マギステネル殿が参られました!」
「お、おぉ、そうか…」
そう答える国王の表情には、苦笑いが浮かんでいた。別に自分の命を狙う刺客が来るというわけではないのだが、やはり国王にとってはレクトというのはできれば会いたくない人物であるということには間違いないらしい。
だが兵士の報告があった十数秒後に、その会いたくない人物が姿を現してしまった。
(((あ、あれが魔王を倒した四英雄レクト・マギステネル…!)))
銀髪の剣士が、玉座の間に敷かれたカーペットの上を一歩一歩踏みしめていく。しかしその様子は威風堂々という言葉とはかけ離れた、なんともやる気のなさそうなものであった。
両手はロングコートのポケットに突っ込んだままであり、表情は完全な仏頂面。誰がどう見ても“面倒くさいが来てやったぞ”感が半端ではない。
(意外と若いな、20代?)
(この前、隊長に聞いたんだけど、25歳だってさ)
(マジ?俺らより少しだけ上ぐらいじゃん)
現れたレクト・マギステネル当人を目の当たりにして、若い騎士たちは小声でヒソヒソ話をしている。ベテランの騎士たちは相変わらず険しいような、渋い顔をしたままだ。
そんなこんなでレクトは国王が座っている、玉座の前で立ち止まる。しかし立ち止まったまではいいのだが、ポケットに手を突っ込んだままで棒立ち状態である。
(あ、あの、隊長…。全然あの人、跪かないんですけど…)
(シッ!黙ってろ!)
レクトの態度が心配になった1人の騎士がベテランの騎士に耳打ちするが、ベテランの騎士はそれを咎めた。国王もレクトが跪かないことなど想定内であったのか、気にせず話を始める。
「お、おぉレクトよ。よく来てくれたな。この度は…」
「要件は?」
「は?」
国家元首に対し、開口一番にタメ口で「要件は?」である。誰もが耳を疑うのは当たり前のことだ。とはいえ、レクトのことを初めて見る若い騎士たちはともかくとして、彼のことをよく知る大臣やベテランの騎士たちは黙ってうつむいているだけである。
「は?じゃねーよ。何か要件があるから呼んだんじゃねえのか?」
「え、いや、あの…」
横暴という言葉がぴったりなレクトの立ち振る舞いに、国王はしどろもどろになっている。このような展開になることもまったく想定していなかったというわけではないのだが、いざその通りになってしまうとやはり困惑してしまうようだ。
だが残念なことに、レクトの方は平常運転である。
「おい。まさかとは思うが、“魔王を倒してくれてありがとう”とか、くっだらねー言葉を伝えるためだけに呼び出したとかじゃねえよな?」
「あぁ、いや、そのだな…」
図星だったのか、国王は言葉に詰まってしまう。常識的に考えれば、世界を救った英雄に国王が賛辞の言葉を送るという行為自体は別におかしなことではない。単純にレクトが言いたいのは、「俺にそんなもん必要だと思ってんのか?」ということなのだ。
だがここで、あまりのレクトの傍若無人っぷりにしびれを切らしたのか、それまで周囲で事の成り行きを見守っていた騎士団の中の1人が一歩前に出る。
「なんか用か?姉ちゃん」
女性騎士が自分に対して明らかな敵意を向けていたので、レクトが彼女に問う。もっとも、レクトは横暴ではあるが、浅はかな人間ではない。当然のことながら、なぜ彼女が自分に対して敵意を向けているかぐらいはきちんと理解している。
「さっきから黙って聞いていれば、相変わらずに礼節というものを知らない男だな、貴様は。世界を救った英雄が聞いて呆れる」
そう言って、彼女は腰に携えた剣の柄に手をかけた。それによって周囲は只ならぬ緊張に包まれるが、当のレクト本人は相変わらずといった様子である。
「なんだ、どっかで俺と会ったことあるのか?けど悪いな。俺、イイ女には興味があるんだが、つまんない奴と弱い奴の顔は覚えない主義だから」
「貴様ぁ!」
レクトの“弱い奴”という言葉に反応した女性騎士は、怒りにまかせて剣を抜く。
「よせ、フィオリーナ!」
レクトに斬りかかる彼女を制止しようと、大臣が大きな声を上げる。だがそれでも止まらないフィオリーナを見て、レクトも自身が背負った大剣の柄に手をかけた。
「ま、待て!レクト!彼女は…」
大臣はレクトが戦闘態勢に入ったのを見て、今度は彼の方を制止しようと声を荒げる。だがレクトが剣を振り抜くのは、大臣が全てを言い切るよりも速かった。
「!!」
目にも留まらぬ速さの一振りであったが、レクトの見せた予備動作によって危険を察知したフィオリーナは、間一髪というところで一歩後ろに下がる。その動きは素人のそれではなく、少なくともこれまでにかなり鍛錬を積んだ人間のものであるということは誰の目から見ても明らかであった。
「…危なかった。もう少しで斬られるところであった」
冷や汗を流しながらフィオリーナが言った。口調や態度は冷静であったが、決して余裕であったわけではない。むしろ周囲の人間からは、あの高速の斬撃をよく避けた、という感嘆の眼差しを向けられている。
一部の人間と、剣を振るった当人であるレクトを除いて、であるが。
「いや?ちゃんと斬ったけどなぁ」
「なに?」
意味深なレクトの発言に対してフィオリーナが聞き返したと同時に、パサッという、布が床に落ちるような音が小さく響いた。
皆が何かと思って見ると、それはフィオリーナの礼服の下半身…つまりスカート部分が床に落ちた音であった。つまり、先程レクトが斬ったというのはフィオリーナ自身のことではなく、彼女のスカートの留め具とベルト部分だけを正確に狙って斬った、ということになる。
しかも彼女自身には一切の傷を付けることなく、そのような芸当をやってのけたのだ。当然のことながら、周囲の人間たちは絶句している。
「な、な、な…!?」
レクトの驚異的な剣技と、スカートが落ちて自分の下着が丸出しになっているという事実のせいで、フィオリーナは思考が追いつかない状態だ。
「白か。騎士らしく清楚に、ってか?」
一方であらわになったフィオリーナの下着を見て、レクトがニヤニヤしながら言った。その言葉でようやく我に返ったフィオリーナは、思わず恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら両手で上着を引っ張り、下着を隠そうとする。
「で?まだ俺に楯突く気?なんなら次は上も剥いでやってもいいけど?」
「このっ…!」
レクトのことを恨めしそうな目で見ながら、フィオリーナは歯ぎしりをしている。もっとも両手で上着を引っ張っている関係で、剣は床に落ちてしまっている状態なのだが。
だが、そんなやりたい放題の外道な英雄の背後から1人の男が忍び寄る。
「そこまでだ」
制止の声を発しながら、長髪の男性騎士がレクトの右肩を掴んだ。