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狙われたタウロス族 ④

「えー。始める前に、これ知ってる奴いるか?」


 数学の授業が始まる前にレクトがS組の面々に見せたのは、ピンクのハートをあしらった小さなピアスであった。といっても片方だけであり、見たところ右耳用のもののようだ。


「先生。そのピアス、何ですか?」


 逆に、フィーネの方から質問が挙がる。どうやら、このクラスの中にはピアスに心当たりのある人物はいないようだ。


「知らん。さっき廊下ろうかで拾った。お前らのじゃないってことなら、たぶん他のクラスの奴のもんだろうな。後で職員室で聞いてみるわ」

 

 自分の生徒たちの物ではないとわかったレクトは、片方だけのピアスをコートのポケットにしまった。一方で説明を聞いたルーチェは、少し拍子抜けしたような様子である。


「なんだ、先生のものじゃないんですね」


「さすがに俺があんなハートをあしらったピアスをしてたらドン引きだろ」


「確かに」


 男性がハートをあしらったアクセサリーを身に付けているということもないわけではないが、とてもレクトのイメージとは合わない。

 しかし単純なイメージとは別の意味で、ピアスの装着をすすめる者がいた。


「でもセンセイって左耳にしかピアスしてないから、それ付ければバランス良くなるんじゃね?」


「なるわけねえだろ」


「えー?」


 冗談めかすようなベロニカの提案を、レクトは一蹴いっしゅうする。ただでさえレクトには可愛らしいハートなど似合わないというのに、左右で違うピアスを身に付けていると余計に変な風に見えるのは容易に想像できる。

 ところがそのピアス談義について、エレナは別の点についてレクトに質問する。


「そういえば先生。前から気になってたんですけど」


「なんだ?」


「先生が付けてるピアスって、もしかして『フォルトゥナの鈴』ですか?」


「あぁ、やっぱりエレナは知ってるか」

 

 答えつつ、レクトは左耳に付けた鈴を軽く触る。かつては修道院で修行していたエレナだ、フォルトゥナの鈴について知っていても別に不思議ではない。

 もちろん、S組メンバーの中にはそれが何なのかをまったく知らない者もいる。

 

「フォルトゥナの鈴?」

 

 サラが首をかしげている。また、ベロニカとアイリスもよくわかっていないようだ。そんな3人に対して、レクトに代わってフィーネが説明を買って出る。

 

「運命の女神フォルトゥナの加護を受けた鈴で、持ち主の運命に関わる出来事が起こる時にだけ鳴るっていわれているの。いつの時代に誰が作ったのかもわからない代物で、古代文明の遺産だっていう説もあるし」


「「へぇー」」

 

 サラとベロニカが同時に感心したような声を上げた。

 ただ、逆にフォルトゥナの鈴についての知識を持つメンバーからは別の質問が挙がる。


「けど先生、それって本物なんですか?フォルトゥナの鈴っていえば希少価値の高い宝具で、偽物にせものとかレプリカが出回ってるって話ですけど」

 

 エレナが言ったように、フォルトゥナの鈴には偽物やレプリカが存在している。そして、レクトの持つフォルトゥナの鈴が本物であるかどうかはというと。

 

「本物だと思うけどな。普段の生活ではうんともすんともいわないが、初めてルークスの奴と出会った時とかはしっかり鳴ったからよ」


「うわ、それ聞くと本物っぽいですね」

 

 レクトの話を聞いて、エレナは驚きつつも納得した様子を見せた。確かに勇者ルークスとの出会いは、レクトにとっては正に運命と呼べるような出来事であることには間違いない。

 だが、それでも生徒たちからの質問は尽きなかった。

 

「そもそもそんな貴重な宝具、どこで手に入れたんですか?」

 

 続けざまにフィーネがたずねたのは、レクトが鈴を手に入れた経緯であった。レクトのことなので非道な手段で手に入れたとは考えにくいが、そう簡単に手に入る代物しろものではないので、やはり気になる部分ではあるのだろう。

 

「4年か5年くらい前に仕事で地方の没落ぼつらく貴族を助けたことがあってよ。だけど十分な報酬ほうしゅうが支払えないから、一緒に家宝を持っていってくれって当主がな」


 特に後ろめたいことでもないのか、レクトは鈴を手に入れることになったいきさつを淡々と話している。


「その家宝っていうのが、フォルトゥナの鈴だったってこと?」


「そう。なんでも3代前の当主がどこかで買ってきて以来、家宝として大切にしてたとかなんとか」


 リリアの質問に答えつつ、レクトは説明を続けた。つまるところ、フォルトゥナの鈴は仕事の報酬として貰ったということになる。

 だがこの話を聞いて、少しばかり納得のいかないメンバーがいるようであった。

 

「そんな大事な物を報酬の代わりに頂いちゃったんですか!?」


「先生って意外とお金にシビアなんですね」

 

 驚くアイリスに続くようにして、ルーチェが冷ややかな意見を投げかける。といっても、この反応に対してはレクトもいささか不服のようだ。


「アホなこと言うな。俺だって最初はいらねえって断ったよ。それでも向こうがどうしてもって引かないもんだからさ、逆に金は一切受け取らずに鈴だけ貰って帰ったって話」

 

「あ、そうなんですね…」


 とりあえずレクトが金の亡者ではなかったという事実に、アイリスはひと安心した様子である。


「ちなみに先生、いちばん最近に鈴が鳴ったのってどんな時ですか?」

 

「あ、それ興味あるかも」


 唐突なルーチェの質問を聞いて、リリアが興味津々の様子で身を乗り出す。また他の生徒たちを見る限り、どうやら興味があるのはS組メンバー全員のようだ。


「さぁ、覚えてねえなぁ」


 レクトは端的たんてきに答えた。本当は校長であるクラウディアやS組の面々と最初に会った日など、つい最近にも何度か鈴が鳴った記憶があるのだが、特に話す気のないレクトは適当にはぐらかしてやり過ごす気のようだ。

 だが、そんなレクトの回答に疑問を持ったルーチェが更に追及する。


「その顔は覚えてますね?」


「どうしてそうなる」


 レクトは平然とした様子で聞き返したが、内心ではルーチェの勘の良さに少しばかり驚いているようだった。


「変な意味じゃありませんけど、なんとなく先生の考えてることがわかるようになってきました」


「怖いこと言うなよ」


 ルーチェの発言を聞いて、レクトはやれやれといった様子で答える。考えていることがなんとなくわかるというのも、要するにレクトの表情や口調から嘘を言っているかどうかがある程度わかるようになってきた、という意味合いだろう。


「で、実際のところどうなんですか?」


 しかしながら、ルーチェの質問は止まない。よほど興味があるのだろうか、何がなんでも聞き出すつもりのようだ。


「なにが?」


「いや、だから一番最近に鈴が鳴ったのはいつなのかって話ですよ」


「あぁ」


 レクトはレクトで、きちんとした答えは言わずに適当な返事しかしていない。と、ここでタイミングが良いのか悪いのか、授業開始を知らせる鐘の音が鳴り響いた。


「さぁ、授業始めんぞ。今日は関数の続きだったな」


「あっ、逃げた!」


 しれっと授業を始めようとするレクトを見て、リリアが声を出す。とはいえ時間でいえば授業そのものはもう始まっているので、レクトが授業をするのはむしろ当然のことともいえる。

 結局そのまま、なし崩し的に数学の授業が始まることとなった。






 放課後。サンクトゥス女学園から大聖堂までまっすぐ続く道を、エレナとサラが並んで歩いている。


「…ってことは、大聖堂に展示されているフォルトゥナの鈴はもう何十年も鳴ってないってこと?」


 昼間の一件でレクトの身に付けているフォルトゥナの鈴がどういうものであるのかが少し気になったサラは、下校途中でエレナから説明を受けている真っ最中のようだ。


「そう。そもそも鈴の音は本来、身に付けている人にだけ聞こえるものだから。大聖堂にあるものはすごく大きくて、とても身に付けられるようなものじゃないんだよね」


 エレナの言うように、近くの大聖堂にはレクトが身に付けている小さなものとは比べ物にならないくらいに大きなフォルトゥナの鈴が安置されている。それこそ、彼女の説明の通りとても人間が持ち歩くようなものではない大きさの鈴が。


「昔の人は、どうしてそんなに大きな鈴を作ったんだろうね?」


 サラがもっともな疑問を口にする。昼間の話にもあったようにフォルトゥナの鈴はいつの時代に作られたものかもよくわかっておらず、考古学的な面から見ても不明な部分が多い。


「それなんだけど、前にお父さんが…」


 言いかけたところで、エレナの足が止まる。サラも最初は何があったのかと思ったが、すぐにその理由が何であるかを理解した。


「うぇーん…」


 道の隅で、泣いている女の子がいる。身長からして年齢は4、5歳くらいであろう。近くには親らしき人物の姿も見えないため、おそらくは迷子か何かであろうとエレナは思ったようだ。


「どうしたの?」


 放っておけないのだろう、エレナはすぐにその子の元へと駆け寄ると、優しく声をかけた。もちろんサラもそんなエレナの行動を疎ましく思ったりなどはせず、一緒に少女へと駆け寄る。


「おばあちゃんがどこにもいないの…」


 しゃくりあげながらも、少女は泣いていた理由を答えてくれた。要するに、この少女は祖母と一緒に買い物か何かに来ていて、その道中ではぐれてしまったということなのだろう。

 もちろん、エレナがそんな迷子の少女を放っておけるかというと。


「うん、わかった。じゃあ、お姉さんが一緒におばあちゃんを探してあげるね」


「…ほんと?」


 一緒に祖母を探してくれるという言葉を聞いて、少女はエレナを見上げる。


 ただ、探すといっても簡単なことであるとは限らない。何か手がかりでもあればいいのだが。


「おばあちゃんとどんな場所に行ったかは覚えてる?」


「えっと…くだものがいっぱい売ってるところとか、パンが売ってるところ」


 エレナの質問に、少女ははっきりと答える。だが残念なことに、それだけでは十分な手がかりにはなりそうもなかった。


「うーん、青果店やパン屋はこの辺りにはたくさんあるからねぇ…」


 サラが困ったように言った。

 大聖堂のある大通りには、何十年も前からやっているような個人経営の店がかなり多い。単純にパン屋というだけでも、2つや3つというレベルの数ではないのだ。


「ねぇ、お店の名前ってわかる?」


「…わかんない」


「そっか…」


 エレナの方も、もしやと思って聞いてみたがやはり小さな少女にとっては店の名前1つでも難しいものなのかもしれない。かといって、闇雲に探したところですぐに見つかるとも限らないのが難しいところではある。

 そうなると、彼女たちにできることは1つしかなかった。


「やっぱりこういう時は、騎士団の駐在所に行くのが一番じゃない?」


 エレナが提案したのは、迷子に対する処置としてはもっともベタなものであった。とはいえ答えとしては別段おかしなことでもないので、サラも同意するようにうなずく。


「もしかしたら、この子のおばあちゃんもそこに来てるかもしれないしね」


 おそらく少女の祖母もはぐれてしまった孫を探すのに必死なはずだ。それこそ、真っ先に騎士団の駐在所に向かったということも十分に考えられる。


「それに駐在所にいなかったとしても、騎士団の人たちにお願いした方が安心よね?」


「確かにね」


 エレナの意見に、サラは再び頷く。迷子の保護というのも、騎士団の立派な仕事の1つだ。仮に少女の祖母が駐在所にいなかったとしても、素人の自分たちよりも騎士団に任せた方が良いというのも当然といえば当然である。

 話は決まったということでエレナは改めて少女を見て、手を差し出す。


「それじゃあ、おばあちゃんを探しに行こうか」


「…うん」


 小さな声であったが、それでも一緒に祖母を探してくれるというエレナの申し出に深く頷き、差し出された手をしっかりと握った。

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