狙われたタウロス族 ③
サラと別れたレクトは、目的の人物の元へとたどり着く。目の前の墓石には『フェイ・アンダルシア』という名前が刻まれていた。
「よう、フェイ。来てやったぞ」
話しかけるが、当然のように返事はない。レクトはまず最初に、左手に持っていた花束をフェイの墓前に置いた。
「これ、差し入れ。今月の月刊コロシアムな。いつもなら後で代金をせびるところだが、今回ばかりは俺の奢りってことにしといてやる」
そう言って、レクトは持っていた雑誌を墓石の前で掲げた。表紙には闘技場で話題になっている剣闘士の写真が大きく掲載されており、学生時代のフェイであったら間違いなく飛びついていただろう。
「つってもこの墓の下、お前の右腕しか埋まってないんだよな?それ以外はドラゴンに全部喰われちまったんだもんなぁ」
死者に向かって遠慮のない言葉を吐き続けるレクト。
後から救援に向かった兵士たちの話によれば、ドラゴンに食い荒らされたフェイの遺体は右腕以外がほぼ残っていない状態であったらしい。残った右腕は剣を握ったままであったとのことなので、フェイは最期の最期までドラゴンと戦うことをやめなかったのだろう。
そのため、棺桶の中に埋葬されたのも右腕と握っていた件、それといくつかの遺留品だけだ。
「そうそう。お前が学生時代に熱中してた剣闘士のリーガル・ブランだけどさ、何の因果かその娘のいるクラスの教師になったんだぜ、俺」
先程のサラとの会話にあったことを、レクトは冗談めかすようにして話す。
相変わらず墓石からの返事はなく、ただただそよ風が辺りの草花を揺らす音がするだけだ。
「本当、人生ってわかんねえよなぁ。魔王を倒しに旅に出たら、そのすぐ後に仲間が死んじまって。それで魔王を倒したら英雄って呼ばれるようになって、王都に戻ったら教師になって、こうやってお前の墓参りに来て…」
別に言おうと思っていたわけではないのだが、レクトの口からは自然と言葉が溢れてきた。
元傭兵ということもあり、これまでにもレクトは幾度となく人の死に触れてきている。それでも、やはり人の死というのは決して慣れるようなものではないということをレクトは改めて実感していた。
「俺がその時に一緒にいたら、ドラゴンなんざ秒殺してやったのになぁ…」
タラレバの話など自分らしくもないことを自覚しながら、レクトは空を見上げる。つい先日にしんみりした様子は見せたくないという話をしたばかりであるが、やはり本人の墓を目の前にすると様々な感情が湧き出てくるのだろうか。
ところがそうやってレクトが空を見上げていると、ふと背後から声をかけられた。
「センパイ?」
「ん?」
レクトは自分にかけられたその声に明確な聞き覚えがあった。レクトが振り返ると、声の主のトーンが疑問から確信へと変わる。
「あー!やっぱりセンパイだ!」
そこには、ブロンドでロングヘアーの小柄な女性が立っていた。手には小さな花束を持ち、大きな鞄を肩から下げている。
「なんだ、パレットか」
「はい!パレットですよー!」
落ち着いた様子のレクトに対し、テンションの高い返事をするパレット。
もう何年も会っていない人物であったが、それでもレクトには一発で誰なのかがわかった。とはいえ、服装を除いた容姿が学生時代とさほど変わっていないというのも大きいが。
「なんでお前がここにいるんだ?」
久しぶり、という言葉よりも先に彼女がこの場所にいる理由を聞くレクト。パレットにとっても別に隠すようなことではないのか、あっさりと答える。
「もちろん、フェイ先輩のお墓参りですよう。そういうセンパイは?」
「お前と同じ」
「わぁ!運命ですね!」
「普通は奇遇って言うところだぞ」
冷静にツッコミを入れながらも、学生時代と変わらない調子の後輩の姿を見て、レクトはどこか安心したような様子だ。
兎にも角にもレクトの目的が自分と同じであることを知ったパレットは、彼が手に持っていたあるものに気づく。
「あ!月刊コロシアム!センパイも持ってきたんですか!?」
「センパイも、ってことはお前もか」
パレットは肩から下げた大きな鞄の中から「じゃん!」という言葉とともに雑誌を取り出した。正にレクトが持っているものとまったく同じ、月刊コロシアムそのものであった。
「あはは…だってフェイ先輩の好きなものっていったら、やっぱり剣闘士じゃないですか」
パレットは少しだけバツの悪そうな様子で笑っている。流石に供え物として雑誌を持ってくるような人物などいないと考えていたのだろう。もちろん、それはレクトの方も同じであるが。
「といっても、差し入れの本がカブったところでフェイはいちいち文句を言うような奴じゃないだろう」
「ですよねー」
そんな会話を交わしながら、2人はフェイの墓前に雑誌を置く。墓石の前に同じ雑誌が2つ置かれているというのも、何とも形容しがたいシュールな光景だ。
「というか、センパイにしてはまともなチョイスですね?」
パレットとしては、レクトのことだから墓前に供える物がもっとブッ飛んでいると思ったのだろう。もっとも、その予想はあながち外れてはいなかったのだが。
「最初は巨乳モノのエロ本と骨付きソーセージにしようかと思ったんだが、アイザの奴に注意された」
「そりゃそうですよ」
あっけらかんとした様子で答えるレクトを見て、パレットはやっぱりかとでも言いたそうな表情を浮かべている。
「というかパレット。お前、西方の街にある新聞社で働いてたハズだろ。なんでまた王都に?」
学園を卒業した後、パレットは出身地でもある西方の街の新聞社に就職し、記者として働いていた。最後にレクトに会ったのは5年も前であり、パレットはまだ社会人としては2年目であったが、その時点では既に記者としてバリバリ働いていたことも記憶に新しい。
「ここ最近に王都を騒がせている失踪事件の取材に来たんですよ」
「なるほど」
パレットの話を聞いて、レクトも納得した様子である。彼女が新聞記者という立場であるのならば、事件が起こっている場所へ取材をしに行くのはごく当たり前のことだ。
「それで、しばらくフェイ先輩のお墓参りにも行ってなかったから、ついでに行っておこうかと思いまして」
「仕事のついでか。フェイの扱いとしては妥当なところだな」
「今、絶対にフェイ先輩、お墓の中で"ひどいじゃないか!"って叫びましたよね」
「違いない」
本人の墓前で不謹慎きわまりないやり取りを繰り広げるパレットとレクト。
しかし、決してフェイのことを蔑ろにしているわけではない。先日のアイザックとのやり取りもそうであったが、レクトにはフェイの前ではそういったしんみりした空気を見せてはいけないという思いがあるのだ。もちろん、それは後輩であるパレットも同じである。
そんな中、ふとパレットが話題を変える。
「そういうセンパイこそ、今や世界を救った英雄ですもんね。さすがに教師を始めたっていうのは意外でしたけど」
「なんで知ってんだ?」
自分が教師に転身したという事実をパレットが既に知っていたので、レクトは少し驚いたような様子だ。その反応を見たパレットは、ここぞとばかりに自慢気な言葉を口にする。
「ふっふっふ。あたしの情報収集能力、なめてもらっちゃ困りますよ」
新聞記者という職業柄、情報収集能力には自信があるのだろう。もっとも、学生の頃から男子寮のレクトの部屋に勝手に侵入したりと、彼女の行動力は当時から良い意味でも悪い意味でも高く評価される部分があったのだが。
「どうせアイザか、もしくはエルザあたりに聞いたとかだろ」
レクトが端的に言う。冷静に考えてみると、彼女が情報を知る手段などいくらでもあるというのが事実であった。
「なんでそんなつまらないこと言うんですか?合ってますけど」
「合ってんじゃねえか」
情報の出どころをレクトに一発で言い当てられてしまったからか、パレットは少し不満そうだ。相変わらず感情表現が豊かな奴だと、レクトは心の中で呟いた。
「ところでセンパイ、この後は何か用事ってありますか?」
「特に無いが、なんでだ?」
これまた唐突な質問であったが、回答の通りこの後のレクトには特に用事といえるような用事はなかった。
「じゃあ、久しぶりに一緒にご飯行きましょう!もちろんセンパイの奢りで!」
「なんで俺が奢ることは確定してんだよ」
まるで学生時代のようなノリで昼食をせがむパレットを見て、レクトは呆れると同時に少しの懐かしさを覚えた。もちろん、下手に口にすればまたパレットが調子に乗るのは目に見えたいたので、絶対に言うことはしないが。
「世界を救った褒賞とかで莫大な金銀財宝を貰ったんでしょ?ちょっとくらい使わせてくれたっていいじゃないですかぁー」
「どんな理屈だよ。つーか貰ってねえし」
「え!?貰ってないんですか!?」
当たり前のように答えるレクトであったが、パレットは今日イチ驚いた表情を見せている。もっとも、パレットにとってはそれがどうした状態であるが。
「まぁでも、先輩が後輩にご飯を奢るっていうのは世間の常識じゃないですか」
「お前の場合、単なる方便だろ」
「さ、気にせず行きましょー!」
レクトの意見を軽く流し、パレットは先導するように霊園の出口方向を指差す。迷わず歩き出した彼女の背中を見たレクトは、自身の視界に入ったあるものについて言及した。
「相変わらず洗うのが大変そうな髪してんのな」
「髪は女の命ですよ」
右手で髪を小さくかき上げながら、パレットが答える。
久しぶりに見たパレットの髪は最後に会った時と同じく腰元まで伸びた、非常にボリュームのあるものだった。しかしながら決してボサボサなどではなく、むしろ毎日のように手入れを欠かしていないということは素人目に見てもわかる。
「それに、センパイが守ってくれた髪ですから」
レクトに聞こえるかどうかわからないぐらいの小さな声で、パレットが本音を漏らす。案の定、レクトにはよく聞こえなかったようだ。
「なんか言ったか?」
「お昼は霜降りの高級ステーキがいいって言ったんです」
「奢られる側が無茶苦茶な要求してんじゃねえ」
「えへへー♪」
無邪気に笑うパレットについて行くようにして、呆れた様子のレクトは霊園を後にした。