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英雄色を好む ③

「さっきから何を言っている?恐怖で頭がおかしくなったのか?」


 バルガンはあおるように言った。ドラゴンにも対抗しうる力を持った巨大なゴーレムを目の前にしているというのに、レクトが随分ずいぶんと余裕のある態度でブツブツと言っているので、それが気に食わなかったのである。

 もっとも、当のレクト本人は一貫して余裕の態度のままであるが。


「いやほら。こんだけデカいゴーレムだとさ、壊した後の後片付けとか大変じゃん。その場合、燃えるゴミと燃えないゴミのどっちになるのかなーって」


 バルガンにしてみれば心底どうでもいいような問題を、レクトは面白おかしそうに語る。とはいえレクト自身も単純な遊び心で言っているだけであって、本心からそんなことで悩んでいるわけではないのだが。


「そうか。ならば、そうやって軽口を叩いたまま死ぬがいい!」


「うわ、またこのパターンかよ」


 バルガンは高らかに叫ぶと、ゴーレムをレクトにけしかける。しかしレクトの方はお決まりのパターンにうんざりしたのか、呆れたようにぼやきながら剣を振りかざした。


 ドサッ!


「な、なんだと!?」


 ゴーレムの右腕が音を立てながら地面に落ちるのを見て、バルガンは驚愕きょうがくの声を上げた。目にも留まらぬ高速の剣技でゴーレムの腕を斬り落とした張本人は、続けさまに剣を構える。


「大剣ってさ、モノにもよるけど斬るより壊す方が手っ取り早いんだよな」


 そう呟きながら、レクトは剣を持つ手に力を込める。すると、大剣の刀身がまたたく間に金色のオーラに包まれた。そのままレクトは、オーラに包まれた刀身を一気に振り下ろす。


獅子ししおうざん!」


 レクトの放った一撃が、ゴーレムの胴体部分に直撃する。だがゴーレムは切り裂かれることなく、轟音を立てながら粉々に砕け散った。これがレクトの言う“斬るよりも壊す方が得意”ということなのだろう。


「バ、バカな!?ドラゴンの攻撃をも止められるゴーレムなのだぞ!?」


 目の前で起こった事が信じられないのか、バルガンは焦りや恐怖など様々な感情が複雑に入り混じったような、なんとも言えない表情を浮かべながら叫んでいる。


「高かったんだっけ?このゴーレム。あ、今は“ゴーレムだった石”か」


 粉々になったゴーレムの残骸ざんがいを見て、レクトが皮肉交じりに言った。しかしながらバルガンの方はというと、思考が追いつかないのかただ口をパクパクさせているだけだ。


「さすがはレクト様!ステキ!」


「やっぱりあなたが英雄よ!」


「レクト様!結婚してー!」


 一応の決着がついたということで、娼館の方からはレクトの活躍に対する娼婦たちの歓声が飛んでくる。そんな黄色い声を受けたレクトは、娼館の方を振り返りながら手をひらひらと振った。


「もっと言って。黄色い声援はいくらあってもいいから」


「「「きゃーっ!!」」」


 最早、完全に試合に勝利したスポーツ選手さながらである。だがここで、バルガンがようやく重要なことに気づいた。


「や、やはり!銀髪に身の丈ほどの大剣…!お前が四英雄のレクト・マギステネルか!?」


 先程からずっと“レクト”という名前だけはマダムとのやり取りの中で挙がってはいたのだが、まさかそれが魔王を倒した英雄本人であるとは夢にも思わなかったようだ。当然といえば当然かもしれないが。


「あー、うん。そうなるのかなぁ」


 やや棒読み気味に、レクトが答える。女子からの黄色い声援は大歓迎であっても、男からであれば賛辞であっても野次であっても嬉しくはないらしい。


「ま、魔王を倒した英雄が、なぜ娼館などで遊んでいる!?」


 予想だにしない展開の連続に、パニック状態のバルガンがレクトに問う。

 とはいえ、ギャングが金の取り立てのために娼館へ行ったら運の悪いことに魔王を倒した英雄がたまたま居合わせており、返り討ちにされてしまったなど、物語どころかお笑い種になりかねない話だ。そんなこと、予想しろという方が無理である。

 しかし、レクトはレクトできっちり質問には答える。


「女遊びが好きだからに決まってんだろ。そんなこともわからないのか?」


 レクトのごもっともな答えに、バルガンはもはや返す言葉もなかった。確かに世界を救った英雄が娼館での女遊びを趣味にしているなど、人によっては幻滅しかねないような内容ではあるが。


「それでマダム。結局こいつ、いらないんだよな?」


 端的だが恐ろしい質問を、レクトはマダム・ローズに投げかける。もっともマダムにしてみれば、自分たちの生活を脅かしていたバルガンに対する同情の余地などはない。そうなると、彼女の答えは1つしかなかった。


「あぁ、いらないね」


 至極当然といった口調でマダムが言った。それを聞いたレクトは、何のためらいもなく自分の大剣を振り上げる。


「お、お助け…!」


 最初の威勢はどこへ行ったのやら、バルガンは情けない声を出しながら命乞いをしている。しかしレクトは聞く耳など持たず、目の前の小悪党に向かって静かに剣を振り下ろした。


「ひっ!」


 思わず目を瞑ったバルガンであったが、顔の前を素早く何かが通り過ぎただけで、特に体の一部が斬り落とされたというわけではなさそうだった。バルガンはゆっくりと目を開けるが、その直後、自分の顔を生暖かい何かが伝っていることに気がついた。


「ちっ、血があぁぁぁ!」


 自分の頭部からだらだらと血が流れていることに気づいたバルガンは、この世の終わりのように慌てふためく。といっても、実際には額に数ミリ程度の切り傷ができただけで、命にかかわるような怪我ではないのだが。


「二度と来るな。もし次に会ったら、今度は額じゃなく脳天からブった斬るからな」


「ひ、ひぃぃぃぃ!!!」


 レクトに恫喝どうかつされたバルガンは、出血している額をおさえながら逃げるように走り去っていった。そうしてバルガンの姿が見えなくなったところで、レクトはふとあることに気づく。


「あ。俺がボコったデカブツの側近2人のこと忘れてた。…まぁ、あの状態だと朝まで目は覚まさないだろうし、明け方に騎士団に引き渡せばいいか」


 さして大きな問題ではないと判断したのか、レクトはきびすを返すと、さっさと店へと戻る。一方で一連の流れを見ていたパンジーは、レクトがたった1人で巨大なゴーレムを破壊したのはもちろんのこと、ある点について驚きを隠せないようであった。


「まさかさっきのって、狙って額だけを斬ったんですか?あの巨大な剣で?」


 身の丈ほどもある大剣を振り回すことだけでも素人にとっては困難だというのは容易に理解できるのだが、まさかそれを使って人間の額だけを狙って斬るなど、常識では考えられない芸当であるのは確かだ。


「そうだよ。何しろ、落ちてくるリンゴのヘタだけを正確に狙って斬れるような男だからね。あの程度、造作もないだろう」


「な、なんですかその脅威的な技術…」


 信じられないといった様子のパンジーとは対照的に、マダム・ローズはさも当然、普段から見慣れているとでもいったような口調で答える。だがそれでも、パンジーにしてみれば目の前で起こったことが未だに信じられないようだ。

 そんな2人のやり取りなどつゆ知らず、レクトは崩れた壁を乗り越えて店の中へと戻ってきた。


「マダム、終わったぞー」


「あたしの店の壁一枚と引き換えに、だけどね」


 呑気のんきに伸びをしながら報告するレクトを見て、マダムは少し嫌味っぽく答えた。だがレクトは自身の剣を再び壁に立てかけながら、冷静に反論する。


「何度も言うが、俺のせいじゃねえだろうが。むしろ俺がいなかったら大事な店の女の子、連れて行かれてたんだろ?安い代償だったと思えばいいじゃん」


 そう言って、レクトは肩をすくめた。とはいえ彼の言っている事も正論であったためか、マダムも真っ向から否定することはしなかったが。


「…まぁ、あんたの言うことも間違っちゃいないね。それにあの様子なら、バルガンも金輪際こんりんざいこの街には来ることはないだろう」


 あれだけの目に遭わされたのだ、マダムの言うようにバルガンはもうこの街を狙うことはないだろう。側近の2人を残したまま逃げていったが、ああいうタイプの人間が危険をおかしてまで部下を取り戻しにくるとも考えにくい。


「多分だけど、こいつらは朝まで目を覚まさないと思う。明け方に騎士団呼んで、引き渡せばそれで問題ないだろ」


 気絶したまま床に転がっているロックとドグを交互に指差して、レクトが言った。2人ともレクトになぐられた箇所が大きなアザになっているが、命に別状はなさそうである。


「それで万一、こいつらが目を覚ましたら?」


 レクトが目を覚まさないだろうとは言ったものの、マダムは念のために聞いておく。レクトはレクトであまり心配していないのか、少しだけ考えると端的かつ恐ろしい答えを返す。


「その時は俺を呼んでくれ。もし暴れるようだったら、今度は手足の骨でも折って動けないようにしてやるから」


「相変わらず容赦ようしゃのない男だね、あんたは」


 文字通り慈悲じひのカケラもないレクトの返答を聞いて、マダムはやや引き気味に言った。それを聞いたレクトは、自分の頭を指でとんとんと叩く。


「あいにく、敵に同情するほどヒマな脳ミソは持ってないんでね」


「ま、いいだろう。約束通り、今夜は朝まで好きに遊んでいきな」


 これ以上の雑談は不要だと悟ったのか、レクトに向かってひらひらと手を振る。彼女にとっても、大きな問題が解決したというのはそれはそれで結構なことなのだ。


「よしきた。じゃあマーガレットの他に、ビオラとサフィニアの2人も呼んでくれ。久しぶりにカトゥス族とも遊びたい」


「はいはい。あとで部屋に向かわせるよ」


 早速と言わんばかりにレクトがオーダーを述べ、マダムもそれを了承する。ところがここで、テーブル席で待機していた茶髪でロングヘアーの娼婦がぶんぶんと手を振った。


「レクト様ぁ〜。わたしは?前はあんなに指名してくれてたのに…」


「うーん、じゃあマダム。リリィも追加で」


「4人目からは通常料金だ。サービスはしないよ」


「しっかりしてんのな。わかったわかった、払うって」


 こんな状況下であってもきっちり商売をするマダム・ローズを見て、レクトはやれやれといった様子で肩をすくめる。そうこうしているうちに、奥からはカトゥス族の小柄な金髪の女性がやってきた。


「レクト様ぁー!久しぶりぃ!ご指名ありがとー!」


 そう言って、女性はレクトに飛びつく。レクトは軽々と女性を抱きとめると、左手で大きな耳の生えた彼女の頭を、右手で長い尻尾の生えた臀部を撫でた。


「おー、サフィニア。相変わらずお前の耳と尻はすべすべで触り心地がいいなぁ」


「やん、もう!レクト様のエッチ!」


 そう言って、サフィニアはじゃれるようにレクトのほほをペチペチと軽く叩いた。レクトはそんなサフィニアを抱き上げると、2階への階段を上りながらテーブル席で待機しているリリィに向かって声をかける。


「リリィ、部屋に来るときについでに新しいシャンパン1本持ってきてくれ」


「はーい!」


 レクトのオーダーを受けたリリィは、とてとてと店の奥へと向かった。だがそれを見たマダムは、念のために釘を刺しておく。


「言っとくけど、酒もサービスしないからね。きちんと払っておくれよ」


「わかってるからいちいち言わないでくれ、マダム。興が削がれる」


 レクトは冷ややかな口調でマダムにそう答えると、サフィニアを抱えたまま先程まで自身が遊んでいた睡蓮の間へと戻っていく。

 レクトの姿が見えなくなったところで、それまでの流れを呆気にとられたように見ていたパンジーが、ようやく口を開いた。


「なんだか…魔王を倒して世界を救ったとは思えないような方ですね。その、剛胆というか、自由というか…」


 英雄と呼ばれる男の実際を目の当たりにして、パンジーはそのギャップにひどく驚かされたようである。しかしレクトのことをよく知るマダム・ローズは、パイプに火をつけながら至極当然といった様子で答える。


「結局あいつにとっては、さっきの事と一緒なんだよ」


「一緒?」


 マダムの言っていることがよくわからなかったようで、パンジーは首をかしげた。それを見たマダムは、微笑を浮かべながらパイプを口元へと持っていく。


「自分の邪魔じゃまをする者は、何者であろうと容赦ようしゃなく叩き潰す。それがたとえ街角のチンピラであろうが、はたまた世界を脅かす魔王であろうが、あいつにとっては関係ないのさ」


 レクトがいる2階の部屋を見上げながら、マダムはふー、と煙を吐いた。

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