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【外伝】〜2人の出会い 後編〜

 アイザックは右斜め前へと滑るように移動し、続け様に木刀を振り抜く。


「これで…どうだ!」


 校舎裏にアイザックの声が響いた。練習なので相手がいるわけではないが、それでもアイザック自身には確かな手応えが感じられたようだ。


「だいぶサマになってきたじゃん。完璧かんぺきとまではいかないけど、学生相手だったら十分に通用するレベルじゃないか?」


 横で見ていたレクトが、忖度無しの批評をべる。

 レクチャーを始めてからまだ2日しか経っていないが、アイザック本人の飲み込みが早いのか、はたまたレクトの教え方が良かったのか、アイザックは例のステップを習得するだけでなく、それを用いた新技の完成もあと少しというところまできていた。


「いや、まだまだだ。重心の移動にブレがある。もう少し練習したい」


 相変わらず真面目なアイザックは、浮かれることなく練習の再開を希望する。もちろんそれは悪いことではないのだが、教えている立場のレクトはそのストイックさに少しばかりあきれているようだ。


「これだけの短期間でここまでサマになってれば十分じゃね?俺はもっと時間かかったし」


「そうなのか?」


 レクトの話を聞いて、アイザックは意外そうな反応を見せている。なにしろアイザックのことをあっさりと一蹴してみせたレクト本人が、アイザック自身よりもステップの習得に時間がかかったと言うのだから無理もない。

 だがレクトはうそを言っているようにも、謙遜けんそんしているようにも見えない。


「俺は別に天才肌ってわけじゃないし、飲み込みもそんなに良い方じゃないからな。多分、純粋な才能だけで言ったらエース君の方がよっぽどあるぞ」


「そういう…ものか」


 められてはいるのだろうが、やはりアイザックはいまいち納得できていないようだ。


「だが、そうだとしたらお前はその強さにたどり着くまでに相当な鍛錬を積んだということになるのではないか?」


 実際、アイザックの目から見るとレクトの実力は自身よりも遥かに上だ。それでアイザックよりも飲み込みが悪いというのであれば、ここまで強くなるために費やした時間など計り知れない。


「相当なんてもんじゃねえよ。あのババアにやらされた修行はもはや地獄だ。並の人間だったら間違いなく二、三十回は死んでるな」


「そ、そんなに過酷かこくだったのか…」


 愚痴ぐちるように言うレクトを見て、アイザックの顔が引きつった。レクト自身は真顔であるが、なぜか底知れぬ怒りやうらみがにじみ出ているような雰囲気があったからだ。


「というか、師匠本人は割とマジで殺す気でやってたかもな。"死んだら死んだで別に構わん"とかぬかしてやがったし」


 誰がどう考えても虐待ぎゃくたいとしか思えないような経験を、レクトは恨めしそうに語っている。レクトからしてみれば実際に命を落としそうになる事が何度もあったので、当然といえば当然なのかもしれないが。

 ところが、そのように語るレクトを見て、アイザックはあることに気づいていた。


「そこまでの目に遭わされたという割には、今も師匠と呼んでいるのだな?」


 時たまババアといった蔑称べっしょうが飛び出すものの、それでもレクト自身が師匠という呼び方を改めないということは、彼女のことを未だに自分の師匠であると認めていることになる。


「まぁ、師匠に対しては恩義7割、恨み3割ってところだな。育ててもらったことは事実だし、あのババアがいなけりゃ俺はここまで強くなれなかっただろうからな」


 散々な目にわされた記憶はあるものの、なんだかんだでレクトも自分の師匠に対してはきちんと恩義を感じてはいるらしい。

 そんな話をしていると、校舎へと続く道の方から呑気のんきなフェイの声が響いた。


「レクト〜。コーラ買ってきたよぉ〜」


「おー。サンキュー、フェイ」


 フェイはレクトの元へと駆け寄り、昨日と同じようにコーラの入った紙のコップを手渡す。もちろん、買ってきたのはレクトの分だけではない。


「はい。アイザはレモネードね」


「あぁ。ありがとう、フェイ」


 買ってきてくれたフェイに礼を言い、アイザックはレモネードを受け取る。その様子を見ていたレクトに、一つの疑問が浮かんだ。


「昨日も飲んでたが、レモネード好きなのか?」


 レクトがアイザックにステップを教える条件としてコーラを要求したのは、単純に炭酸飲料が好きだからに他ならない。そういう見方であれば、アイザックが2日連続でレモネードを頼んだ理由も同じであると考えるのが自然だ。

 しかし、アイザックには好き嫌い以上に重要な理由があるようであった。


「特別好きというわけではないが、レモンはビタミンが豊富で免疫めんえき力を高めるには効果的だ。それに、このレモネードは砂糖ではなくハチミツを使っているというのも大きい。ハチミツは素早く吸収され、疲労回復にはもってこいだからな」


「なんつーストイックな理由だよ」


 アイザックの話を聞いて、レクトは呆れるどころかかなり引き気味である。しかし、アイザックのストイック理論は止まらない。


「その点、コーラは砂糖を多量に使っている。激しい運動の途中で糖分を補給する手段としてなら使えなくもないが、だとしてももっと有効な手段はいくらでもあるからな」


「どうせ俺は健康面なんて気にしてねーよ」


 科学的な側面から見た話をしているアイザックに、レクトはふてくされたように答えた。もちろん、他人に指摘されたところで嗜好を変えるようなレクトではないが。

 フェイが買ってきてくれた飲み物でのどうるおしたところで、ふとアイザックがレクトに対して疑問をぶつける。


「なぁ、教えてくれないか?」


「教えるって、何を?」


「どうしてお前は毎度毎度、あんな騒動を起こす?」


 直球の質問であった。だがレクトには心当たりがありすぎるのか、騒動と言われても具体的にどれのことを指しているのかいまいちピンときていないようである。


「騒動って、例えば?」


「そうだな…例えば、ベイルを中心とした3年生の不良グループをボコボコにして、屋上からるした件とか」


「あぁ、あれか」


 アイザックが口にしたベイルというのは、学園内の不良集団の中でも特に腕っぷしに定評のある、いわば番長的存在である3年生のことだ。

 ところが1ヶ月ほど前の早朝、そのベイルと取り巻きがほぼ全裸の状態で縛られたまま校舎の屋上から吊るされているのが発見され、大騒ぎになった。そしてその犯人はというと、屋上から宙吊りになったベイルたちを見下ろすようにして、大爆笑しながら写真を撮っていたという。

 レクトの学園編入2日目のことである。


「そんなもん聞いてどうする?」


「聞いてから考える」


 聞き返したレクトに、アイザックは端的に答える。レクトにとっても話したところで特に支障はないのだろう、気にした様子もなく話し始めた。


「あれは単純に向こうが"挨拶料を払え"とかよくわからんことをぬかしてきたんで、うぜーから殴ったら乱闘になった」


「本当に単純な理由だな」


「だから言ったじゃん」


 つまるところ、編入してきたばかりのレクトに挨拶料をせびったところ、見事に返り討ちにあったというだけの話であった。もちろんレクトのやりすぎ感は否めないが、この件に関してはベイルの自業自得ともいえるだろう。

 とはいえ、レクトが起こした騒動はこれ1つではない。アイザックはすぐさま別の例を挙げる。


「では、御曹司おんぞうしのジョナサンとその取り巻きを骨折させた件については?」


 3週間ほど前には、貿易商人の御曹司であるジョナサンとその取り巻きグループ全員がレクトによって腕の骨を折られるという事件があった。

 しかしジョナサンは先程のベイルとは違ってお世辞せじにもガタイが良いとはいえない、華奢きゃしゃでインテリ系の男だ。財力があって頭もそこそこ良いが、真っ向から殴り合いをするような人物ではない。そんな相手に大怪我をさせたというのだから、アイザックとしてもレクトの人格を疑うのも無理はないだろう。


「あれは俺がいない間に俺の弁当に虫を入れやがったから、その報復だな」


 弁当1つと腕の骨が釣り合っているかはさておき、レクトとしてはちゃんと理由があったようだった。弁当に虫を入れるなど古典的にも程がある嫌がらせだが、レクトの逆鱗に触れるには十分すぎる理由になるらしい。


「いない間にやられたのだろう?どうして相手がジョナサンだとわかったんだ?」


 アイザックの言うように、レクト自身がいない間に弁当に虫を入れられたのであれば、どのようにして犯人を突き止めたのかも気になるところではある。そして、その手段はというと。


「弁当の中に虫が入れられてることに気づいた時、周りで見てた連中の中に"あ、こいつ犯人知ってるな"って雰囲気出してる奴がいたんだよ。案の定、軽くボコってやったらさっきの名前を吐いたってわけ」


「な、なるほど…」


 要は愉快犯のごとくレクトの弁当に虫が入っていることを知っていて、それをクスクス笑いながら見ていたところをレクトによって捕らえられたということだ。これまた単純といえば単純な話ではあるが、それを見つけてすぐさま実力行使に出るレクトの行動力もある意味ではすさまじいが。


「あとはそいつと取り巻き連中を全員シメて、拷問ごうもんタイムだよな」


「拷問…?」


 レクトが急にニヤニヤし始めたので、アイザックは何事かと疑問に思っているようだ。


「あれも面白かったなぁ。"俺の弁当に虫を入れたのはどの腕かなぁ〜?"ってつぶやきながら、一人一人の腕の骨を順番に折っていくのよ。そしたらさ、泣きながら罪のなすり付け合いを始めやがんの。"やったのはあいつだ!"、"違う、こいつが指示したんだ!"ってな感じで」


「…」


 どう考えても頭のおかしい人間の所業としか思えない行為を嬉々として語るレクトを見て、アイザックは開いた口が塞がらないようだった。


「結局、全員折ってやったんだけどさ」


「それを笑いながら語れるキミが恐ろしいよ」


 フェイが至極真っ当な指摘を入れる。事の発端は向こうが悪いとはいえ、レクトの行為は正気の沙汰さたとは思えない。

 だがアイザックにとってはそれ以上にレクト本人の口から聞いておきたい、ある重大な事件についてのことが頭の中に残っていた。


「では、今月の初めに子爵ししゃく令嬢のグリムローズを校舎の前ではずかしめた件は?」


「辱めた?」


 アイザックの質問の意味がよくわからなかったレクトは、こめかみに指を当てて何かを考えている。そうやって5秒ほど考えたところで、ふと思い出したように口を開いた。


「あぁ、アレか。俺が考えた、"おもりを吊り下げていってパンツがずり落ちたら負けゲーム"だろ?」


「そのまんまのネーミングだね」


 あっけらかんとした様子で答えるレクトに、フェイが指摘を入れる。

 レクトの言うゲームとは2週間ほど前、グリムローズという女子生徒に対して行われたものだ。校舎の真正面で両手首をしばった彼女を支柱に固定した上で、多数の生徒の前で彼女の下着におもりを1つずつ吊るしていき、下着が重さに耐えきれなくなるまで続けるという、悪趣味にも程がある内容のものであった。

 戦闘訓練を担当するガタイのいい教師が3人がかりで止めに入ったもののレクトはそれを軽く一蹴、最終的に通報により学園にやってきた騎士団がレクトとある交渉をしてなんとか事態を収めたという、学園始まって以来の大事件であった。


「確かに彼女に関してはあまり良いうわさは聞かないが、それにしたってやりすぎだろう。声が枯れるほどに泣き叫んでいたそうじゃないか」


 実際、アイザックの言うようにレクトの毒牙にかかったグリムローズという子爵令嬢は貴族の身でありながら素行が悪く、あまり良い噂がない。だがそれを差し引いたとしても、レクトの行為が常軌じょうきを逸しているというのは誰の目から見ても明らかであった。

 もっとも、残念なことにレクトにそんな常識などは通用しない。


「あれはあのクソ女が俺の領域テリトリーに踏み込んできたのが悪い」


「お前の領域テリトリー?」


 レクトが意味のよくわからない言葉を口にしたので、アイザックは首をかさげながら反復するように呟いた。


「あー…。まぁいいか、話しても」


 最初はレクトもうっかり口を滑らせたかのような反応を見せていたが、やがて何かを決めたように頭をがしがしと軽くかき始めた。


「昨日、パレットのヤツには会ったな?」


「伝言にやってきた1年生の女子だな」


 昨日の今日であるため、アイザックもパレットのことはしっかり覚えていた。フェイが彼女のことをレクトの腰巾着だと発言していたため、アイザックとしても少し気になっていたところであった。


「そうそう。あいつ、早い話が俺のストーカーなのよ」


「ストーカーだと?」


 昨日のフェイの話とはまた随分ずいぶんおもむきの異なる単語が飛び出したからか、アイザックはひどく驚いている。もっともレクトは笑いながら語っているため、 別に彼女に困らされているというわけでもなさそうであるが。


「あんなにしたってくれる女子をストーカー呼ばわりなんて、ひどいじゃないか」


 彼女をストーカーとして扱うレクトの発言を、フェイが呆れたように指摘する。しかし、これに関してはレクトも反論したい部分があるようだった。


「いつの間にかりょうの俺の部屋に忍び込んで、勝手に掃除や洗濯をするような女だぞ。ストーカー以外に何て呼べばいいんだよ」


「うーん…まぁ、一理あるかも」


 フェイの方もパレットのストーカーじみた行為に心当たりがあるのか、言い返すことができずに納得しかけている。もっとも、今はその話はそれほど重要ではないのだが。


「っと、話がれたな。話は端折はしょるが、実はパレットって元々はロングヘアーでさ」


「そうだったのか?」


 これまたアイザックが驚いたような反応を見せる。確かに昨日初めて会ったパレットはショートヘアーであったが、アイザック自身は彼女の前の髪型を知らないので驚くのも無理はないが。

 だが、彼女がロングからショートへと髪型を変えたのには深い理由があった。


「本人もそれが自慢だったみたいで、毎朝時間をかけて結ってきてたらしいんだよ。それを…」


「グリムローズに切られた、といったところか?」


「おっ、わかる?」


 ここで話がつながったのか、レクトの話をさえぎるようにしてアイザックが口を開く。決してかんなどではなく、アイザック自身にも心当たりがあったからだ。


「グリムローズに関する悪い噂の中に、自分の気に入らない女子生徒を見つけては取り巻きに命じて嫌がらせをしている、という話を聞いたことがある」


「あの女、やっぱし普段からそんなことやってたのか」


 むしろ、グリムローズ本人のことを辱めたレクトの方が彼女の蛮行を知らないようであった。もっともレクトからすれば彼女の普段の動向などは関係なく、パレットに手を出された時点で自身の敵として認定することになったのだが。


「あの時のパレットの落ち込みようは見てられなかったよねー。しかも相手は貴族だから、ヘタに手出しもできないし」


 思い出すだけで気分が悪いのか、おだやかな気質のフェイが珍しく険しい表情を浮かべている。それはレクトも同じのようで、空になった紙コップを力任せにグシャっとにぎり潰した。


「あの女をおおやけの場で辱めたのは他でもない、いわば公開処刑だよ。俺の仲間ツレに手を出したらどうなるかっていう、わかりやすい見せしめだ」


 そう発言するレクトからは、確かな威圧感が感じられた。アイザックはただそれを黙って聞いているだけだ。


「実際のところ、結果としては効果テキメンだったな。それ以降、パレットにちょっかい出す奴は誰一人としていなくなったしよ」


「グリムローズの陰湿いんしつなイジメもパッタリと止んだよね」


 レクトに続き、フェイが付け足すように言った。とはいえ、フェイ自身もレクトの行動はさすがにやりすぎであったと思っているようだ。


「しかしまぁ、レクトもよくやるよね。貴族令嬢をあんな目にわせるなんて、普通に考えたら退学どころか即刻逮捕レベルの出来事だよ?」


 そもそも相手が貴族であるかどうかは関係なく、レクトの行為そのものは訴えられても何らおかしくはないレベルである。しかもフェイの言うように相手は貴族令嬢であるので、普通なら即刻牢屋送りになるのはまず間違いない。

 もっともレクト本人は自分が騎士団に逮捕されることなど、まったくもって想像していないのだが。


「騎士団が俺を逮捕しにくるってことは"騎士団を壊滅させてください"って遠回しに言ってるようなもんだぜ?」


傲慢ごうまんなヤツ…」


 傍若無人極まりないレクトの発言を聞いて、フェイが呆れたように言った。

 そうやって騎士団の話が出たところで、それまでは黙って話を聞いていただけのアイザックがようやく口を開く。


「なるほど。それでタイラントドラゴンを倒す事を条件に、騎士団側には事件のことを帳消しにしてもらった、と」


 ここまでの蛮行を繰り返しておきながら、なぜ王国騎士団はレクトを野放し状態であったのか。アイザックにとっては大きな疑問であったのだが、ようやく合点がいったようだった。


「帳消しって言い方は心外だなぁ。騎士団長殿が直々に行った、立派な取引だぜ?」


 否定する気はないものの、アイザックの言い方が少し気に入らなかったようで、レクトは訂正を要求する。もっとも、レクト本人にとっては些細ささいな問題でしかないが。


「フェイに聞いたぞ。グリムローズの事件の最中に王都へ飛来したタイラントドラゴンを、街の外でお前が討伐とうばつしたそうだな?それもたった1人で」


 自分から話を振っておきながら、アイザック自身は半信半疑といった様子である。

 実はグリムローズを辱めるレクトを止めるために騎士団が学園に到着したその直後、突如として王都オル・ロージュの東方から街1つを容易く滅ぼす力を持った危険生物、タイラントドラゴンが飛来するという大事件があった。

 騎士団が迎撃に向かおうとする中、レクトは自ら騎士団長に交渉を持ちかけ、タイラントドラゴンが王都に侵入する直前に討伐したのだ。


「ところで、騎士団長殿とはどういう内容の取引を行ったんだ?」


「簡単な話だよ。タイラントドラゴンを俺が仕留めてやるから、騎士団は今後一切、俺の学園生活に口出しするな、ってな」


 隠す気はないのか、レクトはアイザックの質問に即答する。取引の内容そのものは、レクトらしいといえばらしい内容であるが。


「それで、騎士団長殿はその条件を飲んだのか?」


「いや。さらに条件を上乗せしてきやがった」


「上乗せ?」


 街1つを軽く滅ぼす力を持ったドラゴンを倒すだけでも常識外れのことであるというのに、それ以上に何を要求されたというのだろうか。


「死傷者ゼロなら、その条件を飲むだとさ」


 事の重大さとは裏腹に、レクトはあっさりとした様子で答える。もちろん実際にできてしまったのだから、こうやって答えることができるのだろうが。


「それでお前は、その条件を了承したのか?」


「それも簡単な話じゃん。タイラントドラゴンが街の中に入ってくる前に門の外で倒せば、死傷者ゼロになるだろ?」


「…まず、タイラントドラゴンを倒すこと自体が簡単ではないと思うのだが」


「俺はタイラントドラゴンなんてかれこれ4、5回は倒してるからな。今さら難しいとは思わないね」


 噛み合っているのかそうでないのかよくわからない会話を繰り広げるレクトとアイザック。その光景が面白いのか、フェイはただニヤニヤ笑っているだけだ。


「変だとは思ったんだ。騎士団が新兵器でドラゴンを倒したと発表があった割にはその兵器どういったものなのかまったく公開されないし、あれだけの大事件だったにもかかわらず新聞にも大した情報はっていなかったからな」


 アイザックの言うように、大きな事件であったにもかかわらず、新聞で取り上げられた情報は極めて少なかった。彼自身もそれを疑問に思っていたが、それも今の話を聞いて全て繋がったようだ。


「向こうの情報操作だろうな。俺も変に目立ちたくはないし、信じない奴もいるだろうから、手柄は全部騎士団にやるって言ってあったし」


「まぁ、17歳の学生がたった1人でタイラントドラゴンを倒したって発表したところで、まず誰も信じないよねぇ」


 レクトとしては、タイラントドラゴンを討伐したことによる名誉や褒賞などにはまったくもって興味がなかった。そのうえ、フェイの言うように学生であるレクトがドラゴンを倒したと発表したところで、信じない人間の方が多いというのは目に見えている。


「とまぁ、最後は話が少し逸れたがこんな感じだな。俺が今までやってきたことの真相ってやつは」


 一通りの話を終えて少し疲れたのか、レクトは思いっきり伸びをした。しかし感想を述べたのはアイザックではなく、既に話の内容を知っていたはずのフェイであった。


「改めて聞くと、レクトって無茶苦茶なことばっかりやってるよね」


「無茶苦茶で何が悪い」


 苦笑しながら言うフェイに、レクトが真顔で反論する。一応、自分が無茶苦茶なことをやっているという自覚そのものはあるようだ。


「どうだエース君?話を聞いて何か変わったか?」


 今度はきちんとアイザックに向かって質問をする。そのアイザックはというと、腕組みをしながら真剣な面持ちでレクトのことを見ていた。


「言っておくが、お前の行為を肯定する気はこれっぽっちもない」


「まぁ、そうだろうなぁ」


 アイザックの答えが予想通りであったからか、レクトもすましたような反応を見せている。しかし、アイザックの感想はそれだけではなかった。


「ただ、お前がただの自分勝手な不良ではないということだけはわかった」


「へぇ?」


 こちらの反応は予想外であったのか、レクトは意外そうな顔をしている。そして、アイザックの口からはレクトにとってさらに予想外の言葉が飛び出す。


「お前に必要なのは、ストッパーだ」


「ストッパー?」


 急なアイザックの提案に、レクトは怪訝かっこそうな様子で呟いた。


「要するに、お前が問題を起こす時は必ず何か外的要因がある。その外的要因に対して反撃に出るというのは理解できるが、お前の場合は少々やりすぎてしまうきらいがあるからな」


「それで?」


 レクトは質問を続ける。だが心の底では、既にアイザックが何を言おうとしているのかなんとなくわかっているようであった。もちろん、レクトにとっては嫌な予感という形で。


「だから、お前がやりすぎないよう止め役になる人物が必要だ」


「おい、まさか…」


「だね…」


 どうやら、レクトの嫌な予感が当たっていたようだった。横で話を聞いていたフェイも、アイザックが何を言おうとしているか察しがついたらしい。


「そうだ。今日からは私がストッパーとして、お前の行動を監視することにする」


 至極当然といった様子で、アイザックは堂々と言い切った。レクトとフェイはもはや呆れるを通り越して何も言えない様子であったが、やがてレクトは目を閉じると、ゆっくりとフェイの方を向く。


「フェイ、今日限りでお前とは縁を切るぞ」


「なんでそうなるの!?言い出したのはアイザでしょ!?僕は悪くないじゃん!」


「元はといえばお前がこいつを連れてきたのが悪いんだろうが!」


 唐突なレクトの暴挙にフェイは慌てながら反論するが、レクトの怒りは収まらない。しかしながらアイザックはアイザックで、レクトを更生させる気マンマンのようだ。


「そういうわけだ。今日は地下闘技場などには行かせん。まっすぐ寮に帰ってもらうぞ」


「フェイ!テメー余計なことまでしゃべりやがったな!」


「その場の流れだったんだよ!仕方ないじゃん!僕だってこうなるとは思ってなかったよ!」


 周りには誰もいない校舎裏の広場で、3人が騒ぎ出す。


「レクト、お前の蛮行はそういった生活の乱れからきているに違いない。だから、まずは私がきちんとした生活習慣というものを身につけさせてやる」


「お断りだね!今日は『白薔薇の館』に行くって決めてんだよ!」


「なんだその白薔薇の館というのは?」


「レクトがたまに行ってる、大通りの端っこにある娼館しょうかんらしいよ」


「なんだと!?お前、学生の身分で娼館に行くのか!?」


「学園にいるような十代の女の色香じゃ俺は満足できないからな!」


 強く言い切った後、レクトは地面に置いてあった自分のかばんを掴み、昨日と同じように塀に向かって大きくジャンプする。しかし今日はいきなり飛び越えることはせず、塀の上に器用に降り立った。


「じゃあな!フェイ!アイザック!明日も同じ時間だから、忘れんなよ!」


「待て、レクト!」


 静止するアイザックの言葉を無視して、レクトは塀から飛び降りる。最初は走っていく足音が聞こえたものの、それも数秒ほど経つと聞こえなくなってしまった。


「行っちゃったねー」


 悔しそうにしているアイザックの背中を見つめながら、フェイが呟いた。


「くそっ!明日こそはきちんと門限を守らせてみせるからな!」


「無理だと思うけどなぁ…」


 フェイの冷めた視線を背中に受けながら、アイザックは揺るぎない決意を固めていた。


 レクトがアイザックのことを愛称で呼ぶようになるのは、もう少し先のお話。

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