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【外伝】〜2人の出会い 中編〜

 翌日の放課後。本来であればこの日は剣戟けんげき部の練習があるのだが、部のエースであるアイザックは個人的な練習がしたいという理由で、顧問から特別に休みをもらっていた。


「本当にこんな場所でやるのか?」


 周りを見渡しながら、アイザックが言った。というのも、彼が立っているのは本校舎のうらにある少し広めのスペースで、普段なら生徒や教師があまり通らないような場所だ。不良の溜まり場になっているといううわさもあるが、今のところはアイザックとフェイの2人以外の生徒の姿は見えない。


「ここ、たまにレクトが休憩所として使ってるんだよね。前はある不良グループのまり場だったんだけど、リーダーの3年生がレクトにボコボコにされて今は病院にいるから…」


 フェイはやれやれといった様子で肩をすくめている。聞いているアイザックも同じようにあきれているようだった。


「本当にあの男は何なんだ。戦闘狂か?」


「違うと思うけどなぁ。単に自分の邪魔じゃまをする人間は全員叩きのめすって感じじゃないかな?」


「聞けば聞くほどに傲慢ごうまんな奴だな」


 フェイの見解を聞いて、アイザックはため息を吐きながら言った。

 とにかく、この学園に編入へんにゅうしてきてからのレクトの噂には良いものがまったく無い。3年の不良グループをボコボコにしただとか、女子をはずかしめただとか、げ句の果てには教師を叩きのめしたりなど、とにかくマイナスイメージの話ばかりだ。

 全校生徒合わせて2000人以上にもなるマンモス校ゆえにまだレクトの顔すら見たことがないという者も中にはいるようであるが、そういった物騒ぶっそうな噂は既にかなり広まっているようだった。


「でも来る途中にも言ったけど、レクトって根っからの悪人じゃないんだ。自分勝手でいい加減なところもあるけれど、筋はきちんと通すというか…」


 レクトの親友を自称じしょうするフェイは、彼のことをフォローしつつアイザックに説明する。もちろん、アイザックだってフェイが適当なうそで誤魔化そうとしているわけではないということは理解している。


「わかったわかった。とにかく、まずはステップを教わってからな」


 とにかく、アイザックにとっては例のステップを教えてもらうことが最優先事項である。昨日フェイが言っていたレクトの本質についても気にならないわけではないが、今はそれは二の次だ。

 そうやって、2人がレクトのことを待っていると。


「あ、いたいた。フェイせんぱーい!」


 少し離れた位置から、元気な女子の声が聞こえてくる。2人が声のした方に目を向けると、小柄でショートヘアーの女子がこちらに走ってくるのが見えた。


「あれ、パレットじゃないか」


 女子を見て、フェイが言った。パレットと呼ばれた女子はフェイの元へと駆け寄ると、少しばかり息を切らしながら用件を伝える。


「センパイから伝言です。"3年のよくわからん奴に呼び出されたから、少し遅れる"って」


「またか。レクトのヤツ、週に何回ケンカすれば気が済むんだよ…」


 パレットからの伝言を聞いて、フェイはがっくりとうなだれた。しかし伝えにきたパレットは呆れるどころか、当たり前のように笑っている。


「センパイの場合はケンカというより、一方的な蹂躙じゅうりんってかんじですけどねぇ〜」


「それに関してはまったくの同意だよ」


 実際、ケンカといいながら毎回レクトはまったくの無傷で、相手だけが大怪我を負わされて終わっている。大人数で囲まれたり、武器を使われたこともあるそうだが、そんなことなどレクトにはまったくと言っていいほどに関係がなかった。


「あとパレット。前から言っているが、そのレクトに対する"センパイ"っていう呼び方はどうにかならないか?一応、学年でいえば僕もキミの先輩だぞ」


 パレットのレクトに対する呼び方について、フェイが軽く文句を言う。確かに"センパイ"だけだと、それこそフェイだけでなく2、3年生全員が該当がいとうすることになる。

 しかし、パレットはほほを小さく膨らませながら反論した。


「フェイ先輩のことはちゃんと名前で呼んでるじゃないですか。あたしの中での先輩オブ先輩はセンパイ1人だけなんですから」


「余計ややこしくなるってば」


 よくわからないパレットの弁を聞かされ、フェイは呆れ顔で言った。横で聞いているアイザックにいたっては何のことだかさっぱりのようだ。


「って、あれ?知らない人がいますね」


 ここでようやく、パレットがアイザックの存在に気づく。といってもフェイと一緒にいたからであろうか、警戒心は皆無かいむのようだ。


「あぁ、パレットは会うの初めてだったね。彼はアイザック。僕の友人で、うちの剣戟部のエースだ」


「あ、はじめまして。1年のパレット・メイフィールドです」


「2年のアイザック・ローレンツだ」


 パレットがペコリと頭を下げたのを見て、アイザックもすかさず名乗る。ところが顔を上げたパレットはアイザックの顔をじっと見ると、そのままとなりに立っていたフェイに視線を向ける。


「もしかして…またケンカですか?」


 パレットの言うケンカというのは、十中八九レクトのことだろう。フェイの方も彼女の言いたいことがわかっているのか、頰をかきながら言葉をにごす。


「そうだったんだけど…そうじゃなくなったというか…」


「どういうことです?」


 フェイが曖昧あいまいな答えを返してきたので、パレットは当然のように首をかしげていた。一応、フェイも間違ったことを言っているわけではないのだが、それで察しろという方が無理がある。


「えっと、この件に関してはまた今度レクトを交えて食事の時にでも話すよ」


「はぁ、わかりました」


 パレットとしては状況がよくわからないが、後でちゃんと話してくれるのであれば別に構わないらしい。

 そんなこんなで用事が済んだパレットは、そそくさと立ち去ろうとする。


「じゃあ用件も伝えましたし、あたしはこれで!」


「ん?パレットはレクトを待たないのかい?」


 パレットが帰ろうとしていたことが意外だったのか、フェイは少しおどろいているようだった。当のパレットはというと、苦笑しながら答える。


「そうしたいのはヤマヤマなんですけど、あたし今日は友達とクレープ食べて帰る約束してるんですよ。もちろん、センパイにも言ってありますよ」


「そうか。じゃあ、また」


「はーい!」


 パレットは元気よく返事をすると、手を振りながらダッシュで校舎の中へと消えていった。


「あの女子は何者だ?」


 パレットの姿が見えなくなったところで、アイザックはフェイに尋ねた。ところが、その質問に対するフェイの回答はというと。


「レクトの腰巾着」


「腰巾着?」


 端的たんてきすぎるフェイの答えを聞いて、アイザックはよくわからないといった表情を浮かべている。 しかしアイザックがそのことについて追求する前に、遠くから別の人間の声が聞こえてきた。


「おーい、フェイ」


「あぁ、来たか」


 到着したレクトの姿を見て、フェイはやれやれといった様子でつぶやく。少し遅れるとの話であったが、実際にはパレットとほぼ入れ違いになった形だ。

 フェイたちのもとへ歩いてきたレクトは、アイザックの顔を見るなりさっそく声をかける。


「よう、エース君」


「エース君?」


 自分のことをレクトがなぜかエース君と呼ぶので、アイザックは首をかしげている。もっとも、その呼び方には特別深い理由があったわけではなかった。


「剣戟部のエースなんだろ?だからエース君」


「アイザック・ローレンツだ」


 呼び方の由来がわかったところでアイザックはすぐさま自身の名を名乗り、遠回しに呼び方の訂正を要求する。とはいえ名前自体は昨日の段階で知っているはずなので、単にレクトの方に覚える気がないというだけだろう。


「まぁ、なるべく覚えるよう努力はするよ」


 相変わらずのいい加減さを発揮はっきし、レクトはアイザックの要求を軽く受け流した。

 続けざまに、今度はフェイが質問する。


「そういえばレクト。ついさっき、パレットがここに来たんだけど」


「あぁ。あいつには伝言を頼んだからな」


 レクトは当然のように答えた。実際にパレットをつかわしたのは他ならぬレクト自身であるので、当たり前といえば当たり前であるが。


「それで彼女から聞いたんだけど。キミ、また上級生に呼び出されたんだって?」


「それがどうした」


「今回はどんな理由で?」


 ケンカをしたことをとがめることはなく、フェイは理由のみをたずねた。慣れというのは恐ろしいもので、もはやフェイはケンカそのものを注意する気はまったくないらしい。


「超が付くほどくだらねえ理由だった。そいつが前から気になってたカフェの店員のケツを俺が触ったことに対する処罰しょばつだと」


 レクトが言うには、どうやらその上級生が想いを寄せていたカフェ店員にレクトがセクハラをかましたおかげで目をつけられてしまったという話のようだ。もちろんレクトにいどんだ時点で結末は目に見えているので、フェイはケンカの結果については一切言及はしなかった。


「一応言っておくが、キミが女性店員のお尻を触ったこと自体は立派なセクハラだからね?」


「細かいことは気にすんな」


「細かくはないよ」


 まったく悪びれる様子のないレクトを、フェイは冷ややかな目で見ている。だが、アイザックにとっては一刻も早くステップの講義を始めてほしいというのが本音であった。


「すまん。雑談はそれくらいにして、そろそろ始めてくれないだろうか?」


「あぁ、そうだった」


 アイザックに急かされ、レクトは思い出したように答える。ただレクトにしてみれば、ケンカで叩きのめすつもりであった相手から頼み事をされるというのにまだ違和感があるようだった。


「一応、確認しておくが。お前、昨日は俺のことシメるつもりだったんだよな?」


「あぁ、そうだ。だが今はそんなことはどうでもいい。早くあのステップを教えてくれ!」


「ダメだこりゃ」


 とにかく、今のアイザックは新しい技術を取り入れることしか頭にないようだ。さすがのレクトもこれには呆れるしかなかった。

 とはいえ、レクトは一度自分で約束したことを自ら破るような男ではない。他人が決めたルールに関しては無責任極まりないが、自分で決めたことに関しては最後まで責任を持つのがレクトという人物なのだ。


「んじゃ、始めますか」


 そう言って、レクトは昨日のステップをもう一度やってみせる。アイザックはその動きを食い入るように見つめていた。




 アイザックへのレクチャーが始まって30分ほど経過したところで、レクトの反応がそれまでとは少し変わる。


「おっ、今の少し良かったかも」


 それまでは「ダメ」だの「遅い」だの雑なダメ出しの嵐であったが、ここにきてレクトの口から初めて高評価の言葉が飛び出した。


「あぁ。自分でもよく動けたような感覚があった」


 どうやらアイザック自身にも確かな手応えがあったようで、感覚を確かめるように軽く足踏みをしている。

 これで一歩前進といったところで、5分ほど前にこの場を離れていたフェイが人数分の飲み物を手に戻ってきた。


「2人とも、お待たせー」


 フェイは2人の元へと小走りで駆け寄ると、まずはレクトに飲み物の入ったカップを手渡す。


「はい、レクトはコーラね」


「おう、サンキュー」


 受け取るや否や、レクトはコーラをグイッと一飲みする。もちろんこのコーラは、ステップを教える代わりにアイザックがおごることになっていたものだ。


「で、アイザはレモネードと」


「あぁ、すまないな」


 フェイに礼を言いながら、アイザックはレモネードの入ったカップを受け取った。もっとも、フェイに購買まで足を運んで買ってきてもらったというだけで、購入自体はアイザックの自腹である。


「それで、どうだいレクト?アイザは例のステップをモノにできそうなのか?」


 自分用に買ってきたアイスティーを飲みながら、フェイはレクトに尋ねた。当のレクトはというと、コーラを一気に飲み干してからフェイの質問に答える。


「飲み込みは悪くないから、あと2、3日あれば十分なんじゃないか?」


「本当かい?そいつは朗報だ」


 フェイはまるで自分のことのようにうれしそうだ。剣戟部うんぬんというよりも、やはり友人がスランプから抜け出せるということが何よりも喜ばしいのだろう。


「アイザはどう?感覚として」


 続けて、フェイはアイザックにも尋ねる。教えているレクトの批評ももちろん重要であるが、当然のようにアイザック本人の感覚も知りたいというのが本音である。


「完璧にマスターするにはもう少し時間がかかるだろうが、少しずつコツを掴んでいっているような感じだな」


「そいつはよかった」


 アイザックの返答を聞いて、フェイは安心したような表情を見せている。

 兎にも角にも、現時点では新しいステップのレクチャーに関しては何ら問題はないようだ。だがその事について、1つだけフェイの中に疑問が残っていた。


「ねぇ。もしかしてレクトって、以前からも人にこうやって何かを指導したりしていたのかい?」


 あまりにも事がスムーズに進んでいたため、もしかするとレクトは以前にもこうやって誰かに指導をした経験があるのかもしれない。そう思ったフェイであったが、レクトの答えはというと。


「他人に戦闘の技術を教えるのは初めてだな」


「そうなのか、それにしては随分ずいぶんと手際がいいよなぁ」


「単純にエース君の順応性だろ」


 フェイが感心したように言うが、レクトの返事はどこか適当だ。

 自ら最強を自称するほどにレクトは傲慢な性格ではあるが、その一方で自分の興味のない分野でめられたところで対して響きはしない。レクトはそういう男なのだ。


「よし。報酬も貰ったし、今日のレクチャーはこれで終了だ。明日も同じ時間に始めるから遅れんなよ!」


 会話がひと段落したところで、レクトはアイザックに忠告しながらコーラの入っていた紙のコップをグシャッと握りつぶす。


「遅れるって、遅刻癖があるのはキミの方だろう。というか、まだ下校時刻までは30分以上あるけど?」


 フェイが冷静に指摘を入れた。この場所には時計は無いが、おそらくは飲み物を買いに行った際にどこかで時刻を確認してきたのだろう。


「待て。今日はもう終わりなのか?できれば下校時刻ギリギリまでやってほしいのだが…」


 一刻も早く必殺技を完成させたいアイザックとしては、少しでも長く教わりたいという気持ちがあるようだ。しかしながら、一応レクトの方にも都合というものがある。


「悪い、今日は大事な予定があってな。この後に行かなきゃならない場所があるんだよ」


 そう言って、レクトは石畳の上に放ってあったかばんを拾い上げた。どう見ても帰る気マンマンのようだ。

 だが、どうやらフェイにはレクトの言う"大事な予定"に心当たりがあるらしい。


「大事な予定って、もしかして昨日のダリさんの件かい?」


「フェイ、余計なことは言わなくていい」


 確認するようにたずねたフェイに、レクトは釘を刺すように冷ややかに言った。しかしながら、フェイが口にした時点でアイザックにも聞こえてしまっていることになるのだが。


「ダリさんの件?」


 当然のようにアイザックは疑問に感じている。あまり話したくないレクトとは対照的に、教えても構わないだろうというスタンスのフェイは事の説明を始めた。


「校門を出て通りをまっすぐ歩くと、小さなホットドッグの店があるのは知ってる?」


「知っている。私は食べたことはないが」


 真面目まじめなアイザックには普段から買い食いという習慣が無く、基本的に下校時刻になったらそのまま学生寮へ直行するのがお決まりであった。店の存在は知っていても、行ってみようという発想そのものが無いのだ。


「そこの店長がダリっていう名前のおばさんなんだけど…昨日、そのダリさんの店に行ったときにちょっとトラブルがあってね」


 ここで、フェイが言葉を濁す。レクトはレクトで、もはやフェイの喋りを止める気が無いのか、面倒くさそうな様子であくびをしていた。

 当然だが、アイザックとしてはここまで聞いておいてうやむやにされるのは気持ちが悪い話ではある。


「トラブル?もしかして他校の生徒とケンカでもしたのか?」


 安直な考えではあるが、学園内で暴力沙汰を繰り返すレクトならば、学園の外でケンカをしても何らおかしなことではない。だが、どうやら事はそれ以上に複雑なようであった。


「他校の生徒ならまだいいよ。相手はギャングだったからね」


「ギャング?」


「いわゆる地上げ屋だよ。ダリさんは追い返そうとしたんだけど、そうしたら連中は引かずに店内を荒らし始めてね」


 学園のある王都オル・ロージュ東区は王都の中でも商業区として有名であるが、国内外から多くの人間が移動してくる関係で問題も頻繁ひんぱんに起こっている。事実、貴族も通うこの学園ですら問題児が多いというのも、地域的な面が少なからず影響しているのではないかと言われるほどだ。

 当然のことながら犯罪者の数も他の区域と比較すると圧倒的に多く、スリ、詐欺師さぎし、そしてギャングと、とにかく問題には事欠かない。


「で、ブチギレしたレクトが全員まとめてボコボコにしちゃってさ」


 フェイが呆れたように言った。しかしレクトとしてはフェイの弁に不満があったのか、微妙びみょうな訂正を要求する。


「別にブチギレてはねえよ。俺のシマで暴れやがるから、シメてやったってだけの話だ」


「そのセリフを聞いてると、キミの方がギャングみたいに見えるんだけど?」


「どうでもいいよ」


 フェイが軽いツッコミを入れるが、レクトの反応は淡白であった。いちいち相手にするのが面倒なのだろう。


「話を戻すけど、それで去り際にレクトに向かって"近いうちに学園に乗り込んでお前を袋叩きにしてやる"ってさ」


 フェイは肩をすくめた。ボコボコにされた連中はレクトの名などは当然のように知らないだろうが、制服を見ればどこの学校の生徒であるかは簡単にわかる筈である。

 アイザックにも、事の重大さが見えてきたようだ。


「おいおい、それでは学園にギャング団がやって来るということになるじゃないか!」


「そうなんだよねぇ」


 割と切迫した問題であるというのに、フェイは冷静に腕組みをしながらうんうんと頷いている。もちろん、フェイが冷静であるのにはきちんとした理由があった。


「だから、やられる前にやることにした。幸いなことに昨日のアホどもを痛めつけた時に拠点を吐いたから、これからその場所にカチコんでやろうって話だよ」


 拳を手のひらに叩きつけながら、レクトが言った。アイザックはなんとなくレクトの意図を察してはいたものの、念のため確認してみることにした。


「お前、本当にギャング団と戦うつもりなのか?」


「当たり前だろ。後腐れのないぐらいまでに叩き潰してやる」


 信じられないといった様子のアイザックとは対照的に、レクトは至極当然といった様子で答える。


「学生の不良グループとケンカをするのとはわけが違うんだぞ!?相手はお前を本気で殺しにくるに決まっている!」


 アイザックの言うように、今回は数人の不良グループが相手というわけではない。相手は数十人単位、もしかすると百人以上はいるかもしれないのだ。

 もっとも、レクトというのはその程度でビビるような男ではなかった。


「だからなんだ?ギャングなんざ、()()()()タイラントドラゴンに比べりゃ可愛いもんだぜ」


 レクトは街一つを滅ぼす力を持ったモンスターを引き合いに出す。確かに相手がタイラントドラゴンであれば、ギャング団などものの数分で全滅するに違いないが。

 だがレクトがうっかり口にしてしまったその名前に、アイザックは大いに疑問を抱いたようだった。


「この前の、タイラントドラゴン…?」


「あ、しまった。これ言っちゃいけないヤツだった」


 アイザックの反応を見て、レクトは"やっちまった"とでも言いたそうな表情を浮かべている。レクトにとっては口が滑った程度の感覚でしかないのだろうが、アイザックからすれば重大どころではない話であった。


「待て!どういうことだ!?まさか、あのタイラントドラゴンを倒したのは…!」


「めんどくさいなぁ。フェイ、代わりに説明してやってくれ。俺はもう行くぞ」


 アイザックの言葉をさえぎるようにして、レクトはフェイに向かって乱雑に言った。言われたフェイはというと、目を丸くして驚いているようだ。


「えっ?あれ、言っちゃっていいの?他人には言いふらさないって、エルトワーズ団長と約束してたんじゃなかったっけ?」


 先程もレクトが自ら口にしていたように、本来であれば他人に話してはいけない内容のようだ。だが当のレクトはというと、特に不安や心配した様子は見せていない。


「この状況で隠すのは無理だろ。それに、エース君は口も堅そうだしな。ベラベラ言いふらしたりはしないと思うぞ」


「レクトがいいって言うなら…って、レクト!?」


「じゃあな、フェイ!エース君!」


 フェイが納得したのを確認するや否や、レクトは助走をつけた状態で高さ2メートル以上はあるへいを軽々と飛び越えていった。

 その場に残されたアイザックはフェイの両肩をつかみ、揺さぶりながら問い詰める。


「フェイ、どういうことだ!?あのタイラントドラゴンは、騎士団の新兵器で倒されたのではなかったのか!?」


 アイザックはかなり混乱している様子だ。とはいえ、レクト本人からは話しても構わないと言われたばかりであるので、フェイとしても黙っている理由は特にない。


「あー。あれ、実はね…」

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