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騎士団食堂にて ③

「えっと…死んだ…って」


 リリアにしてみれば気になることは色々とあるのだが、何をどう聞けばよいのか、言葉がまったく出てこない。そんなリリアの反応を見て、すかさずアイザックがフォローするように説明を加えた。


「正確に言えば、殉死じゅんしですね。彼は我々と同じ学校を卒業した後、隊商キャラバンの護衛業に就いていたのですが、3年ほど前に護衛をしていた隊商キャラバンが運悪く空腹のドラゴンに襲われまして。フェイは彼らを逃がすために1人でドラゴンを足止めし、そのまま命を落としたそうです」


「そう…なんだ…」


 つい先程まで2人が面白おかしく話していた相手が既に故人こじんであったと知って、リリアは少なからずショックを受けているようだった。

 だが、それとは対照的にレクトとアイザックは平然とした様子で会話を続ける。


「あれって確か、俺が旅に出てから1ヶ月くらい後のことだったんだよな?」


「そうだな。あの時はもうレクトがどこにいるかがわからなかったから、こちらもフェイの死を伝えるすべがなかった」


「なんだかんだで、結局フェイが死んだって俺が知ったのは半年ぐらい前だったんだよな」


 旅に出てしまって所在がわからないとなると、手紙を送ることすら不可能だ。そんなレクトが友人の死を知ったのは、別件で半年ほど前に一度王都へ戻ってきた時であった。


「ってことは、先生は友達が亡くなったことを2年以上も知らなかったってこと?」


 リリアが驚いたように言う。別にレクトのことをめているというわけではないが、親しい人間の死を長い間知らないままであったという感覚が想像できないのだろう。


「そういうことになるな。知らなかったんだから当たり前だが、葬儀そうぎにも出てない」


「そりゃあ、そうでしょうけど…」


 当たり前のように語るレクトを見て、リリアの声のトーンが少し落ちる。だが2人にとってはあくまでも3年も前の話だからなのか、特に悲しんだり落ち込んだりしている様子は見られない。


「一応、私は葬儀には出ました」


「まぁ、アイザックはそういう冠婚葬祭に関してはきちんとしてそうなイメージがあるけどね」


 アイザックの発言を聞いて、リリアも納得したように言った。何気ない一言ではあったが、それによって少しばかり空気が和らいだようだ。

 だが、そのフェイの友人であるレクトとアイザックの会話は悲壮感とは無縁で、むしろ更に呑気のんきなものへと発展していく。


「おおかた、棺桶かんおけの中で"ひどいじゃないか!僕の葬儀そうぎに来てくれないなんて!見損なったよレクト!"とでも言ってたんじゃないか?」


「フェイなら言いそうだな」


 フェイの口真似をするレクトを見て、アイザックが苦笑する。実際に会ったことのないリリアにはそれが似ているのかどうかはわからないが、アイザックの反応を見る限りはまったく似ていないというわけではなさそうだ。


「それでレクト。結局、フェイの墓参りには行けたのか?」


「いや、まだ行けてない」


「ならば、なるべく早めに行ってやれ。墓の中でねられても困る」


 アイザックの質問に、レクトは即答する。ただ口振りからすると行きたくないというわけではなく、単純に忙しくて行くことができていないだけのようだ。


「ところでアイザ、墓前には何を供えればいいと思う?フェイだから、やっぱり骨付きソーセージと巨乳モノのエロ本?」


「どちらもフェイの好きなものであることに間違いはないが、墓参りの一般常識としては大いに間違っているだろう」


 常識外れの発言をするレクトに、アイザックは冷静に指摘を入れた。骨付きソーセージも大概たいがいであるが、どこの世界に墓参りに行って墓前に卑猥ひわいな本を供えてくる人間がいるというのだろうか。


「それと、リリア嬢がいるこの場でそういった発言はセクハラと捉えられる可能性があるぞ」


「だから、俺は呼吸をするようにセクハラをする人間なんだってば」


「まったく、お前という奴は」


 いつものような応対のレクトを見て、アイザックは腕組みをしながら呆れたように言った。

 だがここで、それまで黙って2人のやり取りを傍観ぼうかんしていたリリアが静かに口を開く。


「…なんで?」


「ん?何が?」


 リリアの発言の意味がよくわからなかったレクトは、彼女に聞き返す。だがその直後、リリアからは2人にとって予想外の言葉が飛び出してきた。


「なんで、死んだ友達のことをそんなに楽しそうに話せるの?」


 そう言ったリリアの表情は、どこか寂しそうであった。もちろん彼女はレクトたちの友人であるフェイのことはまったく知らないが、悲しい様子をまったく見せず、むしろ楽しそうに死んだ友人との思い出話をするレクトとアイザックが奇妙きみょうに見えたようだ。


「あぁ、なるほど」


「そういうことですか」


 一方の2人もリリアと言いたいことがなんとなく理解できたようで、納得したように顔を見合わせている。


「リリア嬢。私たちは決してフェイのことをバカにしたり、ないがしろにしているわけではありませんよ」


「…本当にそうなの?」


 アイザックはやんわりと言ったが、リリアはまだ少し疑わしげな様子だ。


「むしろ俺たちがフェイのことで変にウジウジしてたら、アイツはすげー気にするか、逆にかつを入れてくると思う。フェイってそういう奴だから」


 レクトはさも当然といったように言った。リリアはフェイがどういった人物であるかを知らないが、いい加減なレクトはともかく真面目なアイザックが否定しないあたり、うそではないのだろう。


「そうですね。亡くなったフェイのことで悲しむのは、フェイ自身が一番望んでいないことだと思います」


「そうなんだ」


 アイザックの話を聞いて、ようやくリリアも納得したような表情になった。

 もっとも、リリア自身も別に2人を信用していなかったわけではない。なにぶん彼女は親しい友人を亡くしたという経験がないため、2人があそこまで楽しそうに話をしていることがに落ちなかったというだけの話だ。

 ここでふと、アイザックが思い出したようにレクトに質問する。


「そうだレクト。アレ、持ってるか?」


「いつも持ってるよ」


 答えながら、レクトはコートの内側から1本のナイフを取り出した。見たところ特別なものというわけではなさそうであるが、特徴的なのはさやの部分に不気味な犬の顔が描かれていることだろうか。

 だが、驚くべきはそこではなかった。なんと、アイザックがレクトが取り出したものと同じナイフをテーブルの上に置いたのだ。


「…なにそのシュミの悪いナイフ。しかもおそろいって」


 悪趣味なナイフを2人がお揃いで持っていたという事実に、つい先程まで深刻な顔をしていたはずのリリアはドン引きしている。しかしレクトはまったく反論することなく、それどころかケラケラと笑っている。


「悪趣味だってさ、アイザ」


「だろうな。私も貰った時はどんなセンスをしているのかと目を疑ったよ」


 レクトだけでなく、アイザックも苦笑していた。どうやら、これらのナイフが悪趣味なものであるということは2人もきちんと理解しているらしい。

 ただ、リリアには先程のアイザックの言葉の中に少しばかり気になる部分があった。


「貰った?」


 誰かから貰ったということは、少なくともレクトとアイザックが自分の意思で買ったわけではない。そうなると2人の趣味が悪いということにはならないが、反対にこれらのナイフを買ったであろう名も知らぬ誰かのセンスが悪いと遠回しに発言してしまったことになるため、リリアは微妙に居心地が悪くなった。


「これは三つ首で有名な地獄の番犬、ケルベロスをしたナイフです。1本につき1つの犬の首が描かれておりまして、三つ合わせるとケルベロスの絵が完成するというわけです」


 リリアに説明をしながら、アイザックは自分のナイフをレクトのものと合わせる。そうすると、リリアはあることに気づいた。


「本当。犬の顔の向きがちょっと違うんだ」


 よく見ると同じように見えた絵には若干の差異があり、組み合わせるとつながった1つの絵のように見える。

 また、それを見たリリアはもう1つの事実にも気づく。


「え、待って。ケルベロスでしょ?そうなると首が3つってことだから、ナイフはあともう1本あるってこと?」


 3つ首のケルベロスを模したナイフであるならば、ナイフもあと1本あると考えるのが自然だ。そして、最後の1本の所在はというと。


「あとの1本はフェイの遺体を埋葬まいそうする際、棺桶の中に一緒に入れました。…もっとも遺体といってもほとんどがドラゴンに食い荒らされて、残っていたのは一部だけでしたが」


 残酷ざんこくな現実を包み隠さず話すアイザックであったが、ドラゴンとの戦いで殉死したと聞いた時点である程度は想像できていたのだろう、リリアは特に驚いたような様子は見せていない。


「おそらくリリア嬢もお気づきでしょうが、このナイフは5年ほど前にフェイが我々のために買ってきてくれたものです」


 説明しながら、アイザックはレクトのナイフを本人のもとへと返す。だがレクトによって、そのナイフに関するある意味での驚くべきルーツが明かされることとなった。


「温泉旅行の土産みやげでな」


「え、温泉?」


 さすがにこれは予想外であったのか、リリアは間の抜けたような声を出した。


「いやいや、温泉でしょ?ケルベロス関係なくない?」


 リリアの言う通りだ。地獄の番犬であるとされるケルベロスと温泉、何の接点もない。東の島国には火山地帯の温泉を地獄に例える地域もあるそうだが、それでも接点としてはいささか強引といえるか。


「プレゼントとか、そういうのを選ぶセンスは皆無かいむなんだよ。フェイの奴は」


「なにしろ、後輩の女子の誕生日プレゼントにダンベルを送るような奴だったからな」


 レクトとアイザックは、今は亡き友人のセンスを遠慮なしに酷評こくひょうしている。確かに女子の誕生日にダンベルを送る時点でプレゼント選びのセンスは壊滅的であることは否めないが。

 ここでリリアは、それまでの話の流れから自分なりの見解を口にしてみる。


「もしかして、アレ?離れていても、3人はいつも一緒みたいな?」


「さすがにそんな創作物フィクションみたいな考え方はしてない」


「あ…そう」


 レクトがあまりにもあっさり否定したので、リリアも肩透かしをくらったように間の抜けたような表情になった。ところが、横で聞いていたアイザックはというと。


「レクトは違うのか?私はそういった気持ちで普段からあのナイフを持ち歩いているのだが」


「お前のそのド真面目な顔でそういう事が言えるところ、嫌いじゃないぜ」


 真顔で言い切ったアイザックに、レクトは若干の皮肉を込めたセリフを吐く。

 だが、息が合っているようでどこか微妙にズレているこの2人の会話の中に本当はもう1人存在していたのであろうという事は、不思議と会ったことのないリリアにも想像ができた。


「俺たちは生きてる人間だ。死んだ人間をしのぶこと自体は決して悪い事じゃないが、いつまでもそれに固執こしつしたって前には進まないし、死んだ人間がそれを喜ぶとも思わない」


 達観したようにレクトは語る。偉そうな態度は相変わらずであるが、これまでに何度も人の死に立ち会ってきたであろうレクトが言うとやはり説得力がある。


「要するに、死んだ人間のことはきれいさっぱり忘れるっていうのは違うと思うけど、いつまでも引きずるのもそれはそれでどうかと思うわけよ」


「それに関しては同感だな」


 レクトの意見に、アイザックも同意するようにうなずいた。普段の趣味嗜好はまったく異なる2人であっても、こういう真面目な部分に関しては意見が一致することが多いというのも不思議なものである。


「なんか、結果的には食堂でするような話じゃなくなっちまったなぁ」


 一通りの話が済んだところで、レクトがふと口にした。もちろん嫌味や皮肉のような意味合いは無いのだが、それを聞いたリリアは少し申し訳なさそうな表情になる。


「あたしが変な質問しちゃったから…」


「まぁ、そこは気にしなくていいだろ。別に聞かれて困るような話でもないしな」


 バツの悪そうな様子なリリアであったが、レクトは即座に否定する。実際、レクトとアイザックの2人は特に気分を害されたというわけでもないので当然といえば当然かもしれないが。


「さて。用事も済んだし、俺は帰るぞ」


 そう言って、レクトはすっと立ち上がる。


「さっそくフェイの墓参りにでも行ってくるか?」


 アイザックがレクトに問う。しかしレクトは首を軽く横に振ると、食べ終えて空になった食器が乗った自分のトレイを持ち上げた。


「いや、それはまた来週かな。今日は準備も何もしてないし」


「そうか。だが、なるべく早めに行っておいた方がいいぞ」


「わかってる」


 軽く返事をすると、レクトはそのまま食器を片付けに行く。そんなレクトの後ろ姿を、アイザックとリリアの2人は静かに見送った。

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