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騎士団食堂にて ②

 2人が声のした方を見ると、そこにはラザニアの乗ったトレイを持つリリアの姿があった。どういうわけかアイザックはさほど驚いてはいないようだが、レクトにしてみれば騎士ではないリリアがこの場所にいること自体が大きな疑問ぎもんだ。


「リリア?なんでお前がここに?」


「それ、こっちのセリフなんだけど」


 当然のことであるが、リリアから見れば同じく騎士ではないレクトがこの場所にいることが疑問になる。

 ただ、今の状態じょうたいだと双方が質問している形になってしまっているのが現状だ。それを解消するため、アイザックがリリアに確認するように尋ねる。


「あぁ、リリアじょう。もしや、フィオリーナに用があったのですかな?」


「そ、そうだけど」


 アイザックの質問に、リリアは少しばかりしどろもどろになりながらも頷いた。別にやましい事があるわけではなさそうだが、何か秘密ひみつにしておきたいことでもあるのだろうか。


となり、いい?」


「えぇ、どうぞ」


 リリアの質問に、アイザックはこころよく返事をする。許可を取ったリリアはテーブルにトレイを置くと、アイザックの横の席に座った。


「つーか、あの白パン騎士姉ちゃんに用事?なんで?」


「いや、誰よそれ」


 レクトの言っている人物が誰のことなのかイマイチよくわからなかったリリアは、逆にレクトに聞き返してしまう。


「申し訳ありません、リリア嬢。フィオリーナのことですよ」


「フィオリーナさん?なにその呼び方…」


 すかさずアイザックがフォローを入れるが、今度はその呼び方について疑問に思ったリリアが再びたずねる。問われたレクトは当然のように答えるのだが。


「なにって、白パンいてる騎士の姉ちゃんだから」


「いや、ぜんぜん意味わかんないんだけど」


 答えになっているようでなっていないレクトの回答に、リリアは率直な感想を漏らす。実際、みょうな呼び方をそのまま説明しただけなので当たり前といえば当たり前であるが。


「リリア嬢、あまりお気になさらず。実は、この外道げどうとフィオリーナの間にはちょっとした因縁がありまして」


「ふーん」


 あまり詳しく説明することでもないと判断したのか、アイザックは簡単にまとめた。ただリリアの方もある程度は察する部分があったのだろう、深く追求することもなく、納得したような様子である。


「まぁ、先生が他人とトラブルになるってそんなに珍しいことじゃないんでしょ?」


「はい。日常茶飯事です」


「日常茶飯事は言い過ぎだろ」


 リリアの質問に即答したアイザックに、レクトはすぐさま指摘を入れる。といっても、アイザック自身は訂正する気などさらさら無いようであるが。

 改めて、レクトは話を戻す。


「で?リリアはあの姉ちゃんに何の用があったわけ?」


「あ、いや、それは…」


 レクトは何気なく聞いてみただけなのだが、どうやらリリアはあまり答えたくはないようだ。レクトも無理矢理に根掘り葉掘り聞くのもどうかと思ったので追求するのを止めようとするが、ここでアイザックが口をはさむ。


「あぁ、実はリリア嬢はフィオリーナのことを…」


「よ、余計なこと言わなくていいから!」


 アイザックの言葉をさえぎるようにして、リリアが声を張り上げた。そしてレクトの方を向き、先程とは随分ずいぶんと異なるトーンで理由を話す。


稽古けいこ!久しぶりにフィオリーナさんに稽古をつけてもらってたの!」


「あぁ、そういうこと」


 説明を聞いて、レクトも納得した様子だ。一応、騎士団側からすればリリアは騎士ではなく一般人にあたるわけだが、他でもない前騎士団長であるエルトワーズの息女だ。色々と融通ゆうづうがきく部分があるのだろう。


「まぁ、あの団長殿の娘だからな。信頼もあるだろうし」


「だから、エルトワーズ殿は前団長だと言っているだろう」


 レクトの発言に、アイザックは何度目だかわからない訂正を入れる。

 レクトの言う信頼とは、騎士団長であった当時のエルトワーズの部下からの評価のことだ。彼は安全な会議室の椅子にふんぞり返って命令を下すような男ではなく、むしろ自ら危険な最前線に立って指揮を取るバリバリの現場主義者であった。部下からの信頼もあり、それが今でもしたわれる理由になっていても不思議ではない。

 ただ、アイザックにとってはリリアがフィオリーナに稽古をつけてもらっていることが少々疑問に感じたようであった。


「しかしながらリリア嬢。稽古けいこならこの下衆げすにつけてもらえばよいのでは?この男は人間的には下の下ですが、戦闘能力に関しては一級品どころのレベルではありませんからね」


「アイザお前、なにかと俺をディスること多くなったよな」


「それは昔からだろう」


 自然な流れで罵倒ばとうされたレクトはアイザックに嫌味を言うが、当のアイザックは至極当然といった様子であった。

 そんな2人のやり取りはさておき、リリアはリリアでちゃんとアイザックの質問に答える。


「フィオリーナさんには剣だけじゃなくて、魔法もレクチャーしてもらってるから。先生は剣技とか体術は凄いけど、魔法はからっきしでしょ?」


「あぁ、なるほど」


 魔法と聞いて、アイザックは納得したようにうなずいた。

 騎士団の中でも、フィオリーナの魔法に関しては指折りのものである。魔法の才能のある大半の人間は魔法を専門とした職業にくのがセオリーだが、フィオリーナのように剣術と魔法のどちらにも精通している人間というのは極めて珍しい。


「からっきしってのはひでえ言い方だなぁ。別に間違ってはいないが」


「そ、それは悪かったけど」


 レクトが若干ながら嫌味っぽく言ったので、リリアも少し申し訳なさそうにしている。

 とはいえレクトは単純な戦闘能力だけで言えば最強といっても過言ではないレベルであるが、魔法に関しては凡人と呼んでもいいぐらいの腕前だ。無論、それは本人も自覚しているようであるが。


「ま、確かに魔法に関して言えば、あの姉ちゃんと俺だと天と地ほどの差があるからな」


「え、知ってるの?」


 レクトがフィオリーナの魔法について知っていたのが驚きだったのか、リリアの声がわずかに大きくなった。といっても、レクトも知ったのはほんの数時間前のことなのだが。


「今日、その姉ちゃんの空間転移魔法で議事堂まで連れてきてもらった」


「議事堂?何かあったの?」


「この前の件の報告」


「あぁ…そういうこと」


 この前の件と聞いて、リリアの表情が少し険しくなった。レクトは具体的に何の事かまでは口にしていないが、当事者の1人であるリリアには言わずもがなといったところか。


「おいレクト。もう少し気をつかわないか」


 一方でリリアを気遣うアイザックは、何のためらいもなく発言するレクトに対して苦言を呈する。しかしこの点に関してはレクトにも思うところがあったのか、珍しく真っ向から反論した。


「気遣いの必要なんかあるかよ。むしろ、あの程度の出来事で落ち込んだり、ふさぎ込むような奴が騎士になれるか?」


「それはそうかもしれないが…」


 レクトの言う事にも一理あり、アイザックは言葉にまってしまう。だが、その事について言及したのは他でもないリリアであった。


「アイザック。言い方はアレだけど、先生が言ってることは正しいでしょ。それこそ、騎士になった後なんて何度人の死に立ち会うかわからないのに」


「リリア嬢…!」


 リリアの発言を聞いて、隣に座っていたアイザックは目を丸くした。


「確かに、貴女あなたの言う通りです。立派になられましたね」


「そ、そんなに大袈裟おおげさに言うことじゃないと思うけど…」


 感激しているアイザックを見て、リリアは少し引き気味に答える。彼自身は大真面目なのだが、リリア本人との温度差がかなりあるようだ。


「そうだ、リリア嬢。もしもこの男がセクハラ紛いの言動や行為を犯した場合は、いつでも私にご相談ください」


「いきなり何を言いだすんだ、お前」


 レクトを完全に無視しつつ、アイザックはりんとした態度でリリアに進言する。しかし、当のリリアはというと。


「あー、多分それは毎日じゃないかな…」


 ラザニアをフォークでつつきながら、リリアは小さな声で言った。はっきり言ってしまえば、レクトのセクハラは日常茶飯事だ。もっともこれはS組の生徒たちだけに向けられたものではなく、普段からのレクトの悪い素行そのものが現れているだけなのだが。

 ところがそれを聞いたレクトは、何を思ったのかすかさず反論する。


「待てリリア。毎日はさすがに言い過ぎだろ。言わない日だって普通にあるっての」


「言う言わない以前に、セクハラという言動や行為が問題しか生まないということをお前はまず理解しろ」


 レクトのべんに、間髪入れずにアイザックが指摘した。相変わらずこの2人の掛け合いは流れがスムーズである。

 そんな2人のやり取りを見て、リリアはふとあることをたずねた。


「っていうか、この前は色々あって聞けなかったけど、まず先生とアイザックが仲良いのが意味不明じゃない?2人の性格上、絶対にみ合わないと思うんだけど」


「「くさえんだ(です)」」


 2人が同時に即答する。息が合っているのかそうでないのかがよくわからない。リリアの方も何を言えばよいのか困ったような、微妙な表情を浮かべている。


「というかさ。俺が学生時代にこいつと初めて会ったのも、問題児の貴様を成敗せいばいしてやる、的な正義の味方気取りでやって来たのが最初だぜ?」


 向かいに座っているアイザックを指差しながら、レクトが言った。ところがアイザックは、すぐさまレクトの説明の中で間違っていた部分を訂正する。


「成敗するとまでは言っていない。お前の素行は目に余る、と言ったんだ」


「似たようなもんだろうが。いちいち面倒な奴だな」


 レクトの言動における些細ささいな間違いをアイザックがきちんと訂正し、それをさらにレクトが面倒くさがる。もはや、2人のやり取りの中では定番のパターンであった。

 そして、そのやり取りを見ていたリリアが、根本的な部分について質問する。


「でも、それがどうして仲良くなるわけ?」


 彼女の疑問ももっともだ。今の話を聞く限りでは仲良くなるような要素などどこにもなく、どう考えてもすぐさま喧嘩けんかに発展する先しか見えない。

 現実的なことをいえば、実力を考えるとレクトの圧勝であるのはまず間違いないだろうが。


「なんでだっけ。アイザ、覚えてる?」


 レクトは自分の頭の後ろに手を回しながら、アイザックに問う。


「私は覚えているが、今さら言いたくはないな」


 どうやらアイザックにとってはそこまで良い思い出というわけでもないのか、話す気は無いようだ。しかしそれを聞いたレクトは、ニヤニヤしながら冷水の入ったグラスに手を伸ばす。


「そっかそっか。ケンカの最中に俺の見事すぎる剣技を見て、教えてくれって泣きついてきたっていうのは俺のカン違いだったか」


 そう言って、レクトはグラスの冷水を一口飲む。しかし彼の説明に対し、すかさずアイザックが反論する。


「泣きついてなどいない!普通に頼んだだけだろ!あと、喧嘩じゃなくてちゃんとした試合形式だったからな!?それと、教えてくれと頼んだのは剣技じゃなくてステップだぞ!」


「訂正が多いしげーよ」


「うるさい!お前のせいだろう!」


 レクトが冷静に指摘してきたのが悪かったのか、アイザックは余計に熱くなってしまう。とはいえ、レクトとのやり取りの中でアイザックだけが熱くなってしまうこと自体はさほど珍しいことでもないのだが。


「ア、アイザック、落ち着いて」


 年下であるリリアに注意され、アイザックはハッと我にかえる。アイザックは小さく咳払いをすると、リリアに向かって軽く頭を下げた。


「失礼、リリア嬢。つい取り乱してしまいました。どうにも昔からこの男といるとペースを乱されがちでしてね」


「それはわかる。すっごいよくわかる」


 自ら身をもって経験しているからか、リリアはアイザックに激しく同意する。レクトの唯我ゆいが独尊どくそんぶりに振り回されることに対する共通認識といったところだろうか。


「つーかアイザ。今さら何年も前のことをどうこう言うのもなんだが、ケンカする相手にいきなり教えをう奴も大概おかしいと思うんだが」


 ここでレクトが、アイザックとの過去について触れる。とはいっても、アイザックにとってはし返されているようなものだ。


「仕方ないだろう。当時の私は大会の前だというのにスランプで、なんとか自分のからを破ることをひたすらに模索していたのだから」


 要するに、素行不良のレクトにきゅうをすえる目的で試合を行ったところ、逆にレクトの技術にれ込んで教えを請うようになったというのが2人の関係の始まりのようだ。

 客観的に見ると、レクトが言うようにアイザックが少しおかしいというのもあながち間違いではないのかもしれない。


「でも、よくそんな関係でここまで仲良くなれたのね」


 リリアが言った。確かに2人の関係の出発点はわかったが、それで仲良くなるというのはまた別の話だ。何よりリリアにしてみれば、2人の性格が噛み合うとは未だに思えないというのが大きい。

 ただ、その点に関しては他にも理由があるようだった。


「ちょうどその時、レクトにとっては悪友で、私にとっては同じ部活のメンバーという、共通の知り合いがいましてね。今思えば、その男が私たちの仲を取り持ってくれたおかげで打ち解けるのも早かったのだと思います」


 アイザックの説明により、2人にとって共通の友人がいたということが判明する。しかし、レクトは今のアイザックの説明に関して不満があるようだった。


「何が取り持つだよ。あの野郎、自分たちが引退する最後の最後までなんとかして俺を剣戟けんげき部に入れようと虎視眈々だったじゃねえか。いっつも入部届持ち歩いてたしよ」


「そういえばいつもかばんに入れていたな、あいつ」


 レクトに言われ、アイザックも当時のことを思い出す。普段から入部届を持ち歩き、事あるごとに勧誘していたとなると若干ながらストーカーばりのしつこさにも見える。


「だがレクト。なんだかんだ言って、学生時代は四六時中フェイと一緒にいたじゃないか」


「一緒にいたんじゃねえ。あいつが勝手につきまとってきただけだ」


「…まぁ、結果的にはそうなのかもしれんが」


 バッサリと斬り捨てるレクトに、アイザックは肯定も否定もしないような微妙な答えを返す。

 ただ、横でそのやり取りを聞いていたリリアには、1つ気になる部分があった。


「フェイ?あれ、でもさっき男って…」


 通常、フェイという名前は女性のファーストネームとして用いられることが多い。ところが2人の会話の中では「その男」「あの野郎」といったように、どう考えても男性のことをいっているようにしか聞こえなかったからだ。

 若干ながら混乱している様子のリリアを見て、アイザックは合点がいったように言う。


「私たちの友人のフェイは男ですよ、リリア嬢」


「えっ、そうなの?」


 アイザックがそう言うのだから、そのフェイという名前の友人というのは男性で間違いないのだろう。驚くリリアに対し、レクトとアイザックはその友人の名前について語る。


「フェイって、女みてーな名前だろ?なにしろ本人もちょっと気にしてたからな」


「初めてフェイと会う人間は、彼の名前を聞いただけで怪訝けげんそうな顔をすることも多かったものです」


「そ、そうなんだ…」


 面白おかしそうに語るレクトと、懐かしそうにしているアイザック。リリアにとってはそんな経験などないが、名前から性別を間違えられるというのは決して気分が良いものではないということは容易に想像がつく。


「それで…そのフェイって人、今はどうしてるの?」


 リリアにとっては、何気なく聞いてみただけのことであった。

 だがその質問を耳にした瞬間、レクトとアイザックの表情が変わった。怒っているわけではなさそうだが、急に真面目な顔つきになったので、尋ねたリリア自身も少し戸惑ってしまう。


「え、えっと…」


「あ、いや、それは…」


 アイザックはアイザックで、どう説明すればよいのか困っているようだった。言えない、というよりは、言ってもいいのだろうか、といったような様子だ。

 そんな空気を破ったのは、他でもないレクトであった。


「フェイなら死んだ」


「えっ…?」


 レクトの発したその一言に、リリアは言葉を失った。

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