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【レクトの授業】〜魔族〜

 ある日のS組の授業風景。

 いつものようにレクトは教卓の前に立ち、いつも通りの態度で授業を始める。

 

「さて、今日は『魔族まぞく』についての話をしようかと思ってる」

 

 魔族。人ならざる種族。S組の生徒たちにとってはほんの数日前に課外授業において遭遇そうぐうしたばかりの、人類の敵とも呼べる存在であった。


「先生。そもそも『魔族』というのは、正確にいえば“種族”ではありませんよね?」


 フィーネが手を挙げながら、確認するようにレクトに質問する。

 

「そうだな。確かに『魔族』というのは、あくまでも人間が敵対意識も込めてそう呼んでいるだけだ。魔族と一口に言っても実際には小鬼ゴブリン食屍鬼グールオーガ淫魔サキュバス吸血鬼ヴァンパイアといったように、様々な種族が存在している」

 

 説明しながら、レクトは黒板にそれぞれの種族の名前を書き記していく。


「だから、中には人間が付けた魔族っていう呼称そのものを嫌っている者もいる」

 

 つまり、魔族の者たちからすればその『魔族』という呼称そのものが人間によって定義されたものということになる。それを嫌うというのも、ある意味では当然ともいえる。

 その点に関して、アイリスがある事を思い出した。


「この前にペリルの森で遭遇した魔族も、ハンターの人たちにそう呼ばれて怒ってましたよね」


「え、そうだったの?」


 その話を聞いて、ベロニカは驚いているようだった。というのも、あの時はレクトたちと魔族の男までには距離があったため、具体的な会話の内容に関してはよく聞こえない部分もあったからだ。

 もっとも、アイリスにだけはハッキリ聞こえていたことについては明確な理由があった。


「わたし、耳いいので…」


「あ、そっか」


 アイリスはカトゥス族であるがゆえ、聴力が非常に発達していることをベロニカも思い出す。

 そうやって2人のやりとりが済んだところで、レクトは話を再開する。

 

「あと、魔族の中でも特に優れた魔力を持っていたり、知能の高い種族は一般に高位こうい魔族と呼ばれているな。絶対というわけじゃないが、この辺の魔族になると人語を理解し、会話や意思の疎通そつうが可能だ。それと…単純に強い奴が多い」


 話を続けながら、レクトは黒板に説明を書き足していく。


「そうなると、ペリルの森で遭遇したあの魔族も高位魔族になるわけですか?」


 先程のレクトの説明に関して、エレナが質問した。

 確かにペリルの森にいた魔族の男は普通に会話が可能であったし、相手が最強のレクトであったから倒されてしまったというだけであって、かなりの力を持っていたようだった。


「そうだな。ただ、具体的にどういう種族なのかまでは知らんが」


 どうやら、レクトにもあのラドリオンと名乗った魔族がどのような種族であるのかはわからないらしい。


「先生でも知らない種族ってあるんですね」


 レクトにも知らない事があるという事実が意外だったのか、サラが少し驚いた様子で言った。


「そりゃ、あるに決まってるだろ。というか、旅をしてる間にも初めて見る種族とかたくさんいたからな」


 レクトは当たり前といった様子で答える。その話が気になったのか、続けざまにエレナが質問を投げかける。


「例えば、どんな種族がいましたか?」


「そうだなぁ、東の方には『ヤマト』っていう島国があるのは知ってるだろ」


 質問に答えながら、レクトは黒板のはじ に簡単な絵を描いた。世界地図などにっている、ヤマトの国土の形だ。端に描いたのは、授業と直接は関係がないからだろう。


「確か『サムライ』っていう、刀を使う戦士がいる国ですよね」


 エレナが答えた。今でこそフォルティスをはじめとした大陸の国々にも普及しているが、そもそも武器としての刀はヤマトが発祥はっしょうであり、それが大陸に伝わったのはほんの数十年前の話だ。


「そうそう。俺も一度だけ訪れたことがあるんだが、あそこには俺たちが知ってるような魔族はまったくいないんだよ。その代わり、現地の人間に『ヨウカイ』って呼ばれている魔族が棲んでるんだ」


「「「へぇー」」」


 生徒たちが驚いたような声を上げる。やはり教科書にもっていないようなことを言われると、人間というものは自然と驚いてしまうのだろうか。


「面白い連中も多かったぞ。カトゥス族のキツネ版みたいな『ヨウコ族』とか、真っ赤な顔で鼻の長い『テング族』とかな」


「真っ赤な顔で鼻が長い?ちょっと想像できないけど…」


 レクトの話を聞いてリリアは難しそうな表情を浮かべている。絵も写真も無いので今は想像するしかないのだが、どうにもそれが難しいようだ。

 ただ、このままでは話が脱線しっぱなしなので、レクトは一旦話の内容を主軸へと戻すことにした。

 

「さて、話を戻すぞ。例えば、さっき挙げた中では『サキュバス』や『ヴァンパイア』なんかは高位魔族にあたるな。個体差はあるが基礎魔力が高く、人語も流暢りゅうちょうに話せる場合がほとんどだ」


 説明しながら、レクトは更に黒板に種族ごとの情報を書き足していく。


「反対に『ゴブリン』や『グール』なんかは大半が知能が低く、意思の疎通そつうが難しい…というかほぼ不可能なことが多いな」


 ゴブリンやグールといった魔族は知能が低く、単にうめき声や叫び声を上げるだけであったり、せいぜいいくつかの単語をカタコトのように口にするだけだ。一応、同じ種族間では何らかのコミュニケーション手段を持っているという場合もあるが。


「ただ、そういう連中の中にもたまに高い魔力や知能を有していて、会話も可能な個体がいるということがある。そういった個体も高位魔族として扱われるな」


 レクトが言ったように一般的に知能が低いとされる種族の中にも、人語を解する個体もごくまれにであるが存在している。そのような個体は群れを従えるリーダーとなったり、場合によっては他の種族を支配するといったこともあり得る。


「先生はそういった特殊な個体に遭遇したことはありますか?」


 フィーネが質問した。とはいえ、魔王軍との戦いの中で幾度となく魔族と対峙してきたレクトだ。そんな経験など、無いという方がおかしい。


「何度かあるな。中には、ビックリするような奴を見たこともあるぞ」


「へぇ、どんな?」


 興味津々といった様子でベロニカが食いついた。無論、他の生徒たちも興味があるというのは当たり前のことであるが。

 というか、先程のヤマトの話といい、レクトの経験は話題の宝庫である。


「2年ぐらい前かな。高い魔力を持ったゴブリンが、その地域に古くから伝わる邪神を崇める宗教団体を作って、教祖きょうそを務めてたってのがあった」


「本当ですか」


 想像もできないようなエピソードを聞いて、フィーネは目を丸くしている。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。

 もちろん、レクトの話がこれで終わりになるはずなどない。


「それで配下のゴブリンたちに命じて近隣の村で略奪りゃくだつ行為を繰り返していたってんで、たまたま訪れた俺たちに討伐依頼が来てな」


 現実問題、魔族の討伐依頼というのは珍しいことではない。モンスターの討伐と同じように、傭兵やハンターが依頼を受けて討伐するという形式だ。

 ただ、モンスターと違って魔族には意思の疎通が可能なことがあるので、時と場合によっては討伐ではなく交渉で済むというケースも少数ながら存在している。


「やっぱり、強かったんですか?」


 レクトが話した教祖のゴブリンについて、エレナが根本的なことをたずねた。しかし問われたレクトはというと、難しそうな表情を浮かべて腕組みをしている。


「ぶっちゃけ、わからん」


「どうして?」


「ルークスの野郎が穏便おんびんに済ませたいとか言い出したんで、戦う前に村から手を引くように警告したら、有無を言わせずいきなり襲ってきたんだよ」


 エレナが理由を尋ねると、レクトはなぜか呆れたような様子で話し始めた。もちろん、質問したエレナに対して呆れているわけではない。


「そこは結局、ゴブリンの知能だったってことですか?」


 ルーチェが質問する。いくら知能が高くとも、所詮しょせんはゴブリンだったということか。そう考えると、ルーチェの言い方にもかなりのトゲがある。もっとも、ルーチェの毒舌は今に始まったことではないのだが。

 そんなルーチェの質問に対し、レクトは肩をすくめる。


「さぁな。話をする時間もなかったし。なにしろ、逆上したカリダの奴がとんでもなくバカでかい炎の塊をぶちかましたら、配下のゴブリンごともれなく全員消し炭になったからな」


容赦ようしゃないですね」


 あっけない事の顛末に、ルーチェは率直な意見を口にした。当然というか、この点に関してはレクトもまったくの同意見のようだった。


「まったくだ。あいつは魔力のコントロールは完璧だっていうのに、肝心の手加減って言葉を知らないからな」


 レクトは愚痴ぐちをこぼすように言った。

 一見するとレクト自身も手加減という言葉とは無縁のようにも見えるが、実際には圧倒的なパワーを持ちながらも生徒たちとの模擬戦で一切の怪我を負わせることなく対応できているあたり、むしろ手加減とコントロールに関してはほぼ完璧ともいえる。


「おっと、 また話が逸れたな。というより、ここからが重要だ」


 そう言って、レクトは唐突に円グラフを描き始めた。グラフの割合はおよそ5割、4割、1割といった具合に3分割されている。


「魔族イコール魔王の部下って勘違いしてる奴も多いが、実際に魔王に加担して世界を支配しようとした者は魔族全体のおよそ4割程度だといわれている」


「えっ、そうなの?」

 

 その事実に、ベロニカは拍子抜けしたような声を出した。まったく知らなかったという、わかりやすい反応だ。

 レクトはグラフの4割の部分に「魔王軍」、そして5割の部分に「無関心」と書き足す。


「意外と知られていないんだが、実は魔族のおよそ半数は人間に対しては基本的に無関心でな。世界の支配にもまったく興味がなかったんだ。だから魔王の誘いにも乗らず、人間との戦争に対しては我関せず状態」


「へぇー、そうだったんですね」

 

 説明を聞いて、サラが感心したような声を上げた。

 元々、魔族そのものを毛嫌いする人間は昔から存在していたのだが、ここ数年は魔王軍の侵攻により世間的には「魔族は悪」というイメージが特に強く根付いてしまったという背景がある。特に彼女たちのように、魔族に会った経験がほとんどない若い世代にはその傾向が顕著だ。


「それで、残りの1割は人間との共存を望む親人間派の魔族な。魔王軍の人類侵攻に対しても、強く反発してたんだ」


 レクトは円グラフの中の残った1割の部分に「親人間派」と書き始めた。それを書き込み終えたところで、フィーネが手を挙げて発言する。


「そういえば、人間の街で生活する魔族もいるって聞いたことありますけど」


「確かにいるな。俺が知っている中では娼館しょうかんで働くサキュバスとか、傭兵稼業をやっているオーガ、あとは芸術家として活動するヴァンパイアなんかだな」


「げ、芸術家…」


 あまりの衝撃の大きさに、フィーネは開いた口が塞がらないようだった。前者2つはわからないでもないが、ヴァンパイアが優雅ゆうがに風景画をえがいている様子など、まったく想像できないというのも事実だ。


「あれだろ、多分。芸術を愛する心に種族は関係ないとか、大体そういうことだろ」


「そうかもしれませんけど」


 雑にまとめたレクトに、フィーネも少しばかり困惑しつつも頷く。確かに魔族にも人間の言語が理解できるのであれば、同じように人間の文化を理解することができてもそれほど不思議なことではない。


「ただ、そういった親人間派の考えを持った奴らは高い知能を持つ高位種族がほとんどだ。反対に知能の低いゴブリンやオークは、基本的に人間を外敵がいてき食糧しょくりょうとしてしか見ていない」


 説明を続けながら、レクトは黒板の上でゴブリンやオーク、グールなどの知能の低いとされる魔族を1つのわくにまとめた。

 そして、本日の授業においてもっとも核心的な部分に触れる。


「実際のところ、人間と魔族の共存っていうのは課題…というか問題がかなり多い。もともと魔族に対して差別意識を持ってる人間も少なくないし、さっきも言ったように魔王軍の侵攻でその軋轢あつれきはより大きくなった。基本的に種族差別をしないこのオル・ロージュですら、魔族が歩いている姿を見ることはないからな」


 淡々と語ってはいるが、どうやらこの問題に関してはレクトにも少なからず思うところがあるのか、珍しく難しい表情を浮かべている。

 それを見たルーチェが、レクトに対してある事を質問した。


「先生、1つ聞いてもいいですか」


「なんだ」


「先生は魔族との共存には賛成派ですか?それとも反対派ですか?」


 世間的な話ではなく、レクト個人の意見を問うルーチェ。実際のところ、レクト自身も戦いの中で魔族に殺される人間を何度も見てきているはずである。

 だが、当のレクトの回答はというと。


「俺は基本、人間だとか魔族だとかはどうでもいい。気に入った奴は守るし、歯向かう奴は叩き潰す、そんだけ」


「実に先生らしい回答、ありがとうございます」


 正にレクトの思考、とでもいうべき回答に、ルーチェは真顔で礼を言う。ただ、フィーネやリリアはレクトが魔族という存在そのものを否定しなかったことに対して少しばかり安堵あんどしたような表情を浮かべていた。


「まぁ、魔族だからっていう理由で差別したり否定する気はまったくないよ。もちろん魔族のことは数え切れないぐらい斬ってきたから、向こうが俺のことをどう思うかはまた別の話だけど」


 それこそレクトは、魔王軍との戦いの中で何百、何千という数の魔族を倒してきた人間だ。彼のことを恨んでいる魔族など、星の数ほど存在していてもおかしくはない。


「でもそれは、相手が人間に敵対する存在だったからですよね?わたしたち人間だって、魔王軍との戦いの中で多くの人々が犠牲ぎせいになってますし」


「それは確かにそうなんだけどな」


 サラがフォローするように言うが、理由はどうあれレクトがこれまでに多くの魔族を葬り去ってきたというのは紛れもない事実だ。

 もちろん、多くの仲間たちを殺されたというのは人間側も同じだ。そういった部分があるからこそ、たとえ人間と争う意思が無いという魔族に対しても敵対心や差別意識を持つ人間が存在しているのもまた事実である。


「…っ」


 生徒たちが真面目にレクトの話を聞く中、アイリスは唇を噛みしみて複雑な表情を浮かべていた。

 なにしろ、彼女は魔族に肉親を殺されている。人間と魔族の軋轢というのが大半のS組メンバーにとっては1つの世間的な話であっても、アイリスにしてみれば決して他人事ではないのだ。

 そんな彼女の様子に気づいているかどうかはわからないが、レクトはある事を口にする。


「でも、俺は魔族そのものを嫌いになるってことは多分ないと思う」


「どうして?」


 ベロニカが理由をたずねる。肝心のその理由というのは、単純ではあるが、意外なものであった。


「俺、魔族に命助けられたことあるから」


「そうなんですか?」


 フィーネは少し驚いたように言った。レクトが誰かに助けてもらうということ自体がイマイチ想像できないというのもあるが、それを踏まえても魔族に命を助けられたという事実は意外なことこの上ない。


「ちなみに、どんな経緯で?」


 流れとしては当然だが、ルーチェが質問する。しかしこの話に関しては、今はレクトも説明する気が無いようだった。


「この話長いから。また今度な」


「「「えぇー」」」


 当たり前のように、生徒たちからは不満の声が上がる。


「先生って、授業に関係ない事に関しては肝心な部分を先送りにすること多いですよね」


 エレナが率直な意見を口にするが、当のレクトはというとまったく反省の色を見せる様子がない。


「俺、さんざん期待させてから一気に落とすのとか好きだから」


「人を見下す、外道の極みですね」


 レクトには一切通用しないというのは既に理解しているが、それでもルーチェはやんわりと毒を吐く。

 結局のところ、レクトというのはこういう男なのだ。

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