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勉強家?なレクト

 授業の合間の休み時間。S組の教室でも次の授業の準備をする者、おしゃべりに勤しむ者、読書をする者と、皆それぞれの時間を過ごしていた。

 だがそんないつも通りの時間も、アイリスがある物を発見したことで急変することとなる。


「あれ、先生の机の横に鞄がありますね」


 アイリスが見つけたのは、教卓の横に立てかけられていた革製の鞄であった。特に鍵などは付けられておらず、無防備な状態で置かれている。それに興味を持ったのか、近くにいたベロニカも教卓の近くへと寄ってきた。


「本当だ。センセイの机の横にあるってことは、センセイの鞄なんじゃない?」


 ベロニカの言う通り、普通に考えればレクトの物と見てまず間違いない。

 当のレクトはというと、つい先程授業を終え、次の授業の道具を忘れたとかで一旦職員室に戻っていった。そうなるとこの鞄は置き忘れたのか、いちいち持っていくのが面倒なので意図的に置いていったかのどちらかだろう。

 それならばレクトが戻ってくるまでそのまま放置しておけばいいものを、ここでベロニカの中に悪戯心が芽生えてしまう。


「面白そうだ、中身見ちゃおうぜ」


 そう言って、ベロニカはさっそく鞄を開こうと試みる。そんな彼女の言葉を聞いて興味が湧いたのか、他のS組メンバーも次々と教卓の周りに集まり始めた。


「ねえ、勝手に見ない方がいいんじゃない?」


「そうよ、見つかったら怒られるかも…」


 不安に思ったのか、エレナとフィーネがベロニカの行動について言及する。だがベロニカの手は止まることなく、それどころか2人の本心を見透かしたかのように、ニヤニヤしながら顔を上げた。


「そうは言うけどよ、実はお前らも気になってるんだろ?」


「なっ!?」


「そ、それは…!」


 図星だったのか、2人は何も言えなくなってしまった。口出しする者がいなくなったところで、ベロニカは改めて鞄の中身を調べ始める。


「んー?本がたくさん入ってるな」


 鞄の中には何冊もの本が入っており、本によって大きさや古さはまちまちである。中にはしおりがはさまっている本もあるので、少なくともレクト自身が読んでいることはまず間違いなさそうだ。

 とりあえず、ベロニカはその中の1冊を手に取ってみた。


「なんか難しそうだぞ、これ」


 本を数ページめくってみるが、何の事について書かれているのかはベロニカにはさっぱりわからなかった。一応、文の他にもたくさんの数式と飛行船の絵が載っている、ということだけはかろうじて理解できたが。


「ちょっと見せて」


 フィーネはベロニカからその本を受け取ると、同じように本をめくる。その内容は筆記試験において学園一の成績をほこるフィーネから見ても、明らかに高度な専門知識が必要な学問であると即座に理解できた。


「これ、航空物理学の本よ」


「航空物理学?」


 フィーネが本の内容について口にするが、ベロニカは何の事だかイマイチわかっていないようだ。そんなベロニカにも理解できるよう、フィーネはわかりやすく噛み砕いて説明する。


「飛行船の飛ぶ原理とか、飛行速度についての学問よ」


「うへぇー、むずかしそー」


 話の内容を聞いただけで、勉学の苦手なベロニカはげんなりした顔を見せていた。ただ、ベロニカでなくとも難しい内容であるということだけはその場にいた全員が理解できていたが。


「けど、先生がこんな本を読んでいるなんて意外ね」


 エレナが感心したように言った。確かに、航空物理学など普段のレクトのイメージからは遠く離れているというのは間違いないし、特に接点も浮かばない。また、それは他の生徒たちも同じ考えのようだ。


「他にはどんなのがあるかな…」


 そうこうしている間にも、ベロニカは更に鞄の中身を物色する。今度は先程のものよりももっと古そうな本を取り出すと、同じように内容に目を通し始めた。


「これも難しそうだなぁ。文章ばっかりじゃん」


「そもそも本ってそういうものでしょ」


 愚痴ぐちるように言うベロニカに対し、ごく当たり前の事をルーチェが指摘する。それを聞いたベロニカは少し苦い顔をするが、彼女自身が本の内容を理解できていないのも事実だ。


「そうは言ってもさ、難しいものは難しいんだよ。なんならルーチェ、お前この本に書かれてる内容って何なのかわかるか?」


 ベロニカはそう言いながら、持っていた本をルーチェに手渡した。どうやら、本が古そうな時点で自分で内容を確認することは諦めたらしい。ルーチェは渡された本を開くと、最初の数ページに目を通す。


「これ、歴史書じゃない?数百年前の魔導大戦の事とか書かれてるし」


 ルーチェが読んだページには、言葉の通り数百年前に起きたとされる戦争についての記述がっていた。隅々まで読んだわけではないが、どうやら戦争の内容の他にも歴史研究家の考察などが書かれているようだ。


「さっきの本とはまた随分違うわね。分野も全く別だし」


 言いながらルーチェは本を閉じ、教卓の上に置いた。


「おーし。それなら次は、っと」


 性懲しょうこりもなくベロニカは鞄の中を漁り、3冊目の本を取り出す。こちらは先程の歴史書とは違い、比較的新しい本のようだ。


「はい。アイリス、読んで」


 もう自分では読む気すら無くしたのか、ベロニカは本を開くことなく近くにいたアイリスに手渡す。受け取ったアイリスが本の内容を確認すると、そこに書かれていたのは彼女がよく知る学問についての文章であった。


「これ、医学書です!内容は疫病や伝染病と、その治療法に関するものですね。わたしも読んだことあります」


 アイリスの言うようにその医学書には様々な伝染病の原因や症状、治療法について事細かく書かれていた。ただ、医者志望であるアイリスならば読んでいても別に不思議なことではないのだが、元傭兵のレクトがこれを読んでいたとなるとやはり違和感がある。


「またさっきとは分野が全然違うのね」


 エレナはかなり驚いたような様子だ。とはいえ、あのレクトが物理、歴史、医学と全く異なる分野の学問の本を所持していたというのだから無理もないだろう。

 もっとも、これだけ幅広いジャンルの本を読んでいるという事実が、レクトが博識なことの裏付けであると言えなくもないが。


「まだ本はたくさんあるけど…ん?」


 ベロニカは飽きることなく新たな本を探すが、ここで他とは少し雰囲気が違う1冊の本に気づく。


「この本だけ随分ずいぶんと真新しいなぁ」


 そう言いながらベロニカが取り出したのは、彼女の言うようにこれまでの本よりも真新しく、かつ比較的薄めの本であった。


「リリア、ちょっと見てみて」


「あんたもう、自分で確認する気はないわけ?」


 相変わらずベロニカは自分では確認する気がないようで、本を即座にリリアに手渡す。リリアはとりあえず適当なページを開いてみるが、その内容を一目見た瞬間に固まってしまった。


「な、な、何よコレ…!?」


 リリアは声にならない声を上げた。というのもその本に載っていたのは長ったらしい文章などではなく、限りなく裸に近い格好をした女性が縄で縛られている状態の写真であった。しかも横にはご丁寧に注意書きまで付いている。

 その反応が気になったのか、ルーチェが横から覗いて本の内容を確認した。


「えーっと、『攻めの際には必ず専用のむちを使いましょう。武器として一般に売られている鞭は肌を傷付けてしまうので、絶対に使わないで下さい』ですって」


「ですって。じゃないっての!何を音読してるのルーチェ!」


 極めてアブノーマルな内容をルーチェが無表情のまま読み上げたので、リリアは思わず怒鳴ってしまった。

 よほど取り乱していたのか、リリアは怒鳴った際に手に持っていた本を取り落としてしまう。床に落ちた衝撃で、本は数ページに渡ってパラパラとめくれた。


「なっ!?」


「あぁっ!?」


「えー!?」


 どのページにも際どい格好をした女性の写真がっており、しかもそのどれもがしばられたり喘いだりしているようなものであった。酷く卑猥ひわいな本の内容を見てしまった少女たちは、ことごとく悲鳴のような声を上げる。

 そんなS組メンバーが言葉を失ってしまった最悪のタイミングで、教室の扉が開かれた。


「さーて、授業の時間だぞー。ん?お前ら何やってんだ?」


 次の授業で使用する大きな世界地図を抱えながら教室に入ってきたレクトの目に入ったのは、教卓の周りに集まった生徒たちが固まったように立ち尽くしているという奇妙な光景であった。しかも一部のメンバーに至っては口元を押さえている。

 状況が全く飲み込めないレクトであったが、こういう物が生理的に許せないのであろう、エレナが床に落ちたままの本を指差して怒鳴るようにレクトに尋ねる。


「せ、先生!何ですかこの卑猥な本は!?」


「卑猥な本?」


 エレナの指差した先をレクトが見ると、床には1冊の本が落ちていた。ちょうど見開かれているページには、ほぼ裸の状態で台の上にいつくばって喘いでいる女性の写真が載っている。

 ある程度状況を理解したレクトは、ニヤつきながら皆を見る。


「何だよお前ら、そういうのに興味があるお年頃?」


「「「違う(います)!!」」」


 レクトの質問に、全員が全力で否定した。よっぽど動揺しているのか、あたふたした様子のリリアが更にレクトを問い詰める。


「というか、なんでこんな本持ってるわけ!?しかも学園内に持ちこんでるなんて、どういう神経してんの!?」


 リリアの質問もある意味当然といえよう。おそらく他のメンバーもその理由が気になっているに違いない。


「もちろん、勉強の為だよ。俺にとってはこれも立派な勉強だぜ?」


 レクトから返ってきた回答は、到底一般人に理解できるようなものではなかった。

 生徒たちがなかば呆れるような目でレクトを見る中、ふとアイリスが言葉にするのも恐ろしいことをレクトに質問した。


「先生まさかこれ、わたしたちに対して試す予定、とかじゃないですよね…?」


 その言葉を聞いた瞬間、他のメンバーはギョッとした顔を見せる。心なしか、聞いたアイリス本人は涙目になっているようだ。

 そりゃあ担任の先生が自分たちにこんな事をするとなったら、最早正気の沙汰さたどころではない。そんな彼女たちの心配をよそに、レクトは笑いながら答えた。


「心配すんなって、お前ら相手にはこんなんするつもりなんて全くねえからよ」


 無論、そんなもの当然と言えば当然のことなのだが、ここで更にルーチェが聞かなくてもいい事を尋ねてしまう。


「先生、こんな事勉強して何の役に立つんですか?」


 ルーチェのとんでもない発言に、他のメンバーは「なんで聞いてんのよ!」とでも言いたげな表情を浮かべている。一方で聞かれた側のレクトは、かすかな笑みを浮かべてルーチェを見た。


「聞きたいか?」


「…やっぱり、遠慮えんりょしておきます」


 レクトのその笑顔に嫌な予感がよぎったのか、ルーチェは丁重に断りを入れる。その言葉に、周りの生徒たちもどことなくホッとしたような表情を浮かべていた。

 ここでサラが、皆が抱いていたであろう根本的な質問をレクトにぶつける。


「というか先生。いろんなジャンルの本を読んでるみたいですけど、何か理由があるんですか?」


 性的嗜好はともかくとして、航空物理学、大昔の魔導大戦、伝染病の治療法と、どれも傭兵にとってはあまり関係のなさそうな分野だ。

 無論、レクトだってそれは理解している。


「理由っていう理由は無いんだけどな。単純に知識は足りなくて損をすることはあっても、多すぎて困るってことは基本ないからさ」


 レクトの言うように、知識というのはあって困るようなものではない。とはいっても、それが本当に役に立つかどうかはまた別の問題だ。


「それって、実際に役に立つんですか?」


 エレナが率直な疑問をぶつける。問われたレクトは「んー」と少しだけうなると、苦笑しながら肩をすくめた。


「ぶっちゃけると、本で勉強した内容のうちの9割は役に立ったことはないかな。例えば航空物理学とかはそもそも飛行船の技師か、整備士とかじゃないと使うことのない知識だし」


「そりゃあ、そうですよね」


 エレナは納得したように言った。レクトがスパナ片手に作業員のツナギを着たまま飛行船の整備をする姿など、とてもじゃないが想像できない。


「じゃあ、何のために読んでるんです?」


「単なる趣味だ。役に立つかどうかなんてのは基本的に考えてない」


 フィーネの質問に、レクトは端的に答える。実際問題、役に立つかどうかなど関係なく読書を趣味にしている人間など大勢いるので、レクトが言っているのも別におかしなことではない。


「ルーチェだってそうだろ?」


 同じく読書を趣味とするルーチェに、レクトは同意を求める。


「私は大半が小説ですけどね。それも創作フィクションが多めの」


「俺とは真逆だな」


 同じ読書を趣味とする者であっても、創作小説を好むルーチェと学術書などを好むレクトでは方向性がかなり異なるようだ。


「さて、この話はここまでだな。授業始めんぞ、全員席につけ」


 レクトに言われ、生徒たちは出しっ放しにしていたレクトの本を片付けると、皆すぐに自分の席へと戻っていった。

 全員が着席すると、タイミングよく授業の開始を知らせる鐘が鳴った。だがここでレクトのドS心がくすぐられたのか、少し悪い笑みを浮かべる。


「おーし、それじゃ今日の授業の内容は『敵に捕らえられた時の拷問について』だ」


 そのセリフを聞いた瞬間、S組メンバー全員が固まってしまった。特にエレナは怒りに打ち震えたような形相をしており、アイリスに至っては今にも泣き出しそうだ。

 教室内の空気が最悪になってしまったと流石に理解したのか、レクトはやれやれといった様子で頭をかく。


「…冗談だから、誰かツッコんでくれ」


「「「先生!!」」」


 レクトなりの軽いジョークのつもりだったが当然そんな事が通じるはずもなく、この直後にレクトはS組の生徒全員から非難轟々を浴びたのは言うまでもない。

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