表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/71

戦いと羞恥心

 S組における朝イチの授業。この日の授業内容は実戦訓練であるのだが、今日の授業はいつもとは明らかに違う部分が一点だけ存在していた。

 その事に対して、アイリスがおずおずと手を挙げて質問する。


「先生、どうして今日は運動着じゃなくて制服のままなのでしょうか?」


 普段の実戦訓練は運動着に着替えてから行うのだが、今日はレクトの指示で何故か全員ブレザーの制服のままである。もちろんレクトも単なる気まぐれでやっているというわけではなく、これにはちゃんとした理由が存在していた。


「おう。今日は街中とか、普段着の時に戦闘になったという想定の訓練をしようと思ってな」


 レクトはその質問を待ってましたと言わんばかりに、説明を始める。要するに、今日は戦場ではなく街中で普段着のまま戦闘になった時の対処方法を学ぼうということらしい。

 それを聞いた生徒たちは、この授業はレクトの悪戯心ではなく純粋に目的があるということなのでひとまず安堵あんどする。


「つっても、やることは普段と大して変わらない。運動着より動きにくい制服のままで、いつもみたいに俺にかかってこいってことだ」


 そう言って、レクトはいつものように練習用の大剣を構える。それを見たS組メンバーも皆、訓練用の木製武器を構えた…のだが。


「どうした、早くかかってこいよ」


「あ、いや…」


 フィーネが少し戸惑ったような声を出した。また、戸惑っているという意味では他のメンバーも同じようである。

 だが、レクトはその理由もきちんと理解していた。というより、本当はその部分も今日の授業の内容に含まれていると言ってもいい。


「誰からでもいいから、早くしてくれよ。このまま何もせず何十分も過ごすつもりか?」


「わ、わかりました!」


 レクトが急かすように言うので、意を決したフィーネはレイピアを構えた。それを見た他の生徒たちもようやく腹を決めたのか、各々の武器を構える。といっても、普段から実戦訓練に対して消極的なルーチェだけは相変わらず乗り気ではないようだが。


「行きます!」


 少しだけ上ずったような声を上げながら、フィーネはレクトに向かっていった。

 とはいえ最初にレクトが言ったように、やっていることはいつもの実戦訓練と変わりなかった。レクトの方もいつも通りといった様子で皆の攻撃を木剣一本でさばきながら、個々に適切なアドバイスを与えていく。


「エレナ!手首を戻すのが遅い!弾かれたら反射的にすぐ引き戻せ!」


「は、はい!」


「サラ!踏み込みが甘い!攻撃が浅くて、こんなんじゃ大したダメージにはならない!」


「す、すみません…」


「リリア!なんだその足さばきは!?そんなんじゃあっさり反撃喰らって終わりだ!」


「わ、わかってるけど…!」


 心なしか、いつもよりも生徒たちの動きが鈍い。単純に動きにくい制服を着ているからというのもあるのだろうが、それにしても一部のメンバーは特に動きが悪すぎる。

 もっともレクトにはなぜ皆の動きが悪くなっているのかなど、訓練を始める前からわかりきっていたことだが。


「そろそろ、頃合いか」


 レクトはボソッと呟くと、タイミングよく自分にかかってきたフィーネの一撃をかわして、彼女に素早く足払いをかける。


「あっ!」


 想定外の方向からのカウンターであったためか、フィーネは受け身を取れずに半回転するように勢いよく転んでしまった。だがレクトはすぐさまフィーネの右足首を左手でつかむと、そのまま逆さ吊りの要領で持ち上げたのだった。

 足を掴まれて身動きの取れなくなったフィーネは、レクトに宙吊りにされる形で他のメンバーと向き合うようにさらされていた。


「あっ、いやっ!」


 運動着ならともかく、今はスカートの学制服だ。宙吊りとなってしまっているので、当然のように重力に従ってスカートが盛大にめくれ上がる。あまりの恥ずかしさからフィーネは無意識にレイピアから手を離し、両手でスカートの前を押さえた。当然ながら、レイピアは乾いた音を立てて地面に落ちる。


「ふん」


 だが、フィーネのその行動を見たレクトは鼻を鳴らしながら顔をしかめた。足を掴んだままのフィーネをゆっくり地面に降ろすと、その事について指摘する。


「フィーネ。無意識かどうかは知らねえが、とっさにスカートを押さえようとしてレイピアを手放したな?」


「えっ!?あ、はい…その…」


 レクトが指摘した通り、彼女がレイピアから手を離してスカートを押さえたのは完全に無意識下の行動であった。1人の女子としてはごく自然な行動ではあるのだが、レクトから見ればその行動自体に大きな問題があった。


「論外だ。今後はするんじゃねえ」


「ご、ごめんなさい…」


 レクトに注意された事に対して、フィーネは素直に謝る。しかし、それを見ていた他のメンバーはやや不服そうな顔をしていた。


「けど、今のはフィーネだけの事じゃねえ。自覚のある奴もいるだろうが、スカートだからっていちいち自分で動きを制限するな。それじゃあ満足に戦えないだろ」


 いつものような人をからかう態度ではなく、レクトは真顔のまま言っている。だが、他の生徒たちは今の言葉が信じられないといった様子であった。中でもエレナはひどく憤慨ふんがいした様子を見せている。


「でも先生、それって完全にセクハラじゃないですか」


 何しろ先程のレクトの言い方を変えれば、"下着を見られる事ぐらい我慢しろ"という事になる。レクトは平然と言い切っていたが、年頃の少女からすれば恥ずかしいに決まっている。しかもその事を男性であるレクトが言い出すのだから、女子生徒からすればセクハラ以外の何物でもないと思われるのは当然だ。

 ところが普段のように皆をおちょくっている時の様子とは違い、今のレクトの目はひどく冷たかった。エレナを軽くにらむような目つきになると、静かに口を開く。


「エレナ。お前それ、自分を本気で殺しに来てる魔族にも同じこと言えるか?」


「なっ…!」


 思いがけないレクトの質問に、エレナは驚いたよつな声を上げた。それに対して彼女が答えを言う前に、レクトは更に質問の内容を掘り下げる。


「敵にパンツ見られるのと、敵の目の前で武器を手放すの、お前はどっちがいいのかって聞いてるんだが」


「そ、それは…」


 改めてたずねられ、エレナは言葉に詰まってしまう。デリカシーもへったくれもないような表現はともかくとして、レクトの言っていることに返す言葉も無かったからだ。


「例えば、さっきのフィーネのケースだが。あの時お前はスカートをおさえることを優先したが、それよりも俺が超の付くほどの近距離にいたんだ。とっさにレイピアを突き刺すぐらいのことはできたんじゃないか?」


「そ、それは…」


 レクトの言うことももっともであった。実際に通用していたかどうかは別問題として、あの時のレクトはフィーネを持ち上げるために左手が塞がっている状態で、しかもかなりの近距離にいた。吊るし上げられながらであっても、十分にレイピアの一撃が届く距離だ。

 そのやり取りを見ていた他のメンバーも、ようやくこの授業の本当の意図がわかってきたようだった。それを察したレクトは、今回の授業の中で一番伝えたかった内容を口にする。


「いいか、戦いの中ではどんなはずかしめを受けようと戦うことから目を背けるな。動揺を見せるってことは、結果的にそれだけ敵にチャンスを与える事になる」


 レクトが話す戦いの中での心構えを、生徒たちはただ黙って聞いていた。重みを含んだレクトの言葉にメンバーの大半はその自覚があったのか、反省の色を見せたり、うなだれている。


「自分の命よりも羞恥心の方が大事だって言うんなら勝手にしろ。ただ、そんなくだらない価値観のせいで仲間を巻き込む事になったら後悔だけじゃすまねえからな」


 話の内容が内容であるだけに、授業の雰囲気も一転してとても重い空気になる。ただ、他でもないレクト自身がそのような雰囲気を嫌がったのか、最後はいつもの調子に戻って余計な一言を付け足した。


「あとフィーネ。さっきの場合、スカートを押さえるんだったら前じゃなくて後ろだろ。正面にいたみんなからは見えなかったかもしれないけど、後ろで持ってた俺からは白い布が丸見えだったぞ」


 レクトは意地悪そうな顔をしながら、からかうような口調で言う。それを聞いたフィーネは耳まで真っ赤になった。


「恥ずかしいから口に出して言わないでくださいよ!」


「先生、今のは完全にセクハラです」


 怒るフィーネに続いて、白い目をしながらエレナが指摘する。先程はともかく、今のは完全にセクハラと言う他ない。しかしレクトはあっけらかんとした様子で武器を構えると、再度生徒たちの方を向く。


「さて、それじゃあ続きといこうか。今度は恥ずかしいとか思うんじゃねえぞ?」


 その言葉を皮切りに、先程の一件のせいか少しムキになった様子のフィーネが一目散に動いた。

 それからのS組メンバーの動きは、前半とは見違えるように良くなっていた。というよりも、この場合は恥じらいを捨てて普段通りの動きができるようになってきた、とでも言うべきか。

 だが、相変わらずのドSのこの男は生徒たちを辱めるために授業の傍らにも容赦ようしゃ無く牙をく。


「ベロニカ!もっと勢いよく踏み込め!ピンク色を盛大に晒すぐらいキビキビ動いてみろ!」


「うっさい!色を言うな!!」


「アイリス!そのステップじゃ反撃を喰らうぞ!それとも水玉だから見られんのが恥ずかしいってのか!?」


「ち、違います!!」


 時折レクトからの辱めを受けながらも、生徒たちは必死になって動く。その甲斐かいもあってか、動きに対するレクトの怒号は後半になるにつれて徐々に減っていったのだった。

 そうやって訓練を続け、メンバー全員の息が上がってきたところでレクトが口を開く。


「よし、ここまでにするぞ」


「やっと終わったぁー」


「ふぅ…長かった」


 レクトからの終了宣言を聞いて、生徒たちは糸が切れたかのようにその場にへたり込む。レクトを相手にした実戦訓練自体は既に何度も行ってはいるものの、やはり疲れるものは疲れるようだ。当然というか、強さがバケモノ級のレクトは呼吸1つ乱れていないが。

 地面に座り込んでいる生徒たちを見渡しながら、レクトは指摘する。


「後半はかなりマシになってはきたが、それでもまだ恥ずかしさが抜けてねえな」


 それを聞いたS組メンバーは少し不服そうな表情を浮かべるが、それでも事実ではあったため反論はできないようだ。

 ただ今日の訓練に関していえば、制服のままといった特殊な状況下で戦うことなど本当にあるのか、少なからず疑問に思う部分があるのは確かであるが。


「先生。実際のところ、制服を着た状態で戦うことなんてあるんですか?」


 サラがその点について質問する。しかしその質問に対するレクトの回答はというと、生徒たちの予想のはるか斜め上をいくものであった。


「俺、制服どころかバスローブだけでバカでかいゴーレムと戦ったけど。しかも割と最近に」


「どんなシチュエーションですか」


 さっぱり背景が想像できない話を聞いて、ルーチェが指摘する。そもそも巨大なゴーレムとバスローブと言われても、まったく接点が見えない。全て事実なのだが。


「んー、えっと…大人の店で?」


「いや、遠回しに言わなくてもわかりますから。もう娼館しょうかんって普通に言っていいですよ」


 もはや呆れるしかないのだろう、レクトの遠回しな表現をルーチェはバッサリと斬り捨てた。そもそも教育者が生徒たちの前で娼館に行った話をするなど常識的に考えておかしいのだが、残念なことにS組メンバーにとってこの男の頭が少しばかりおかしいというのは周知の事実だ。


「さて、もう十分に休めただろ」


 何はともあれ生徒たちが十分に休めたと判したレクトはさっさと次の指示へと移るが、相変わらずこの男は自重というものを知らなかった。


「まぁ、結果的には今日の授業は上々だな。お前らも大事な事はしっかり学べただろうし、俺もお前ら全員分のパンツの色が確認できたからな」


 不意打ちのようなレクトの言葉に、それまで真面目に話を聞いていた生徒たちは当然ながら非難や怒りの声をあらわにする。


「このヘンタイ!それが目的かよ!」


「セクハラです!訴えますよ!」


「ひ、ひどいですよ!」


「サイッテー!!」


 生徒たちからは次々に罵声が浴びせられるが、レクトは反省の色を全く見せない。それどころか、この男は更なる爆弾発言を投下した。


「おい、勘違いすんな。俺は決してお前らのパンツ見て楽しんでる訳じゃねえ。その事を言われて恥ずかしがったり、ムキになるお前らの反応を見るのが楽しいんだ」


「余計タチ悪いわよ!このドS!」


 手のつけようがない外道を、激昂したリリアが指を指しながら大声で罵倒する。しかしレクトはそれを軽くスルーすると、自身の木剣を片付けながら校舎上の時計を見上げた。


「さーて、次は数学か。早く教室戻るとすっか」


 レクトはとりあえずこれで授業を終わりにしようとするが、ふと何かを思い出したように人差し指を立てた。


「あと、お前らのブレザーは汗まみれでとてもにおいなんぞげたもんじゃないだろうから、特別にこの後の授業は運動着で受けていいぞ。俺としても教室中に年頃の娘の酸っぱい変な匂いが充満してるってのは忍びないからな」


 着替えてもよいという申し出自体は非常にありがたいのだが、いちいちらない表現が多過ぎるレクトの言葉に、ベロニカが顔を赤くしながら憤慨ふんがいしている。


「もうちょっと言い方考えろよ!女子に臭いとか言うなっての!」


 そんなベロニカを見てレクトはケラケラ笑っているが、ここでルーチェが真顔のままベロニカに指摘した。


「落ち着きなさいベロニカ。この人はあんたのそういう表情が見たいのよ?」


 その言葉を聞き、ベロニカはハッとする。だがここで悔しがってもそれはそれでレクトを喜ばせてしまうのは間違いないので、なんとも言えない渋い顔をする他なかった。

 一方レクトは自分の意図を正確に見抜いたルーチェに対して賞賛の言葉を送る。


「さすがだな、ルーチェ。よくわかってんじゃねえか」


「こんなことでめられてもまったくうれしくありません」


 皮肉を返しながら、ルーチェは立ち上がって服に付いた砂埃すなぼこりを払う。それを見た他のメンバーも次々に立ち上がると、同様に砂埃をはたき始めた。


「それじゃあ、15分以内に教室に集合。さっきも言ったが、着替えるのは自由だ。俺に汗の匂い嗅がせたいっていう変態がいたらブレザーのままでもいいぞ」


「いるわけないでしょ!」


 レクトに反論するリリアの大声が、訓練場に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ