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おまけ 課外授業〜after episode〜

「お待たせしました。こちら、ラズベリーソースのパンケーキになります」


「わぁ、ありがとうございます」


 アイリスの前に、パンケーキの乗ったプレートが置かれた。パンケーキの上には多過ぎるのではというぐらいのバニラアイスが盛られており、その周りにはあざやかな赤色のソースがかかっている。


「ご注文の品は以上でお間違いないでしょうか?」


「「「はーい!」」」


 店員の質問に、S組メンバーが笑顔で答える。ルーチェだけはいつも通り若干ローテンション気味であるが、それでも嬉しさは完全には隠せていないようだ。

 王都オル・ロージュの西区にあるケーキ店『パティスリー ルミナス』は、かつては貴族のお抱えシェフけんパティシエであったという店主が退職後に趣味で始めた店である。しかしながらその熟練じゅくれんの腕前を存分に振るったことで、開店からわずか一年足らずであっという間に雑誌で紹介されるほどの人気店となった。

 材料にもこだわりがあり、値段も決してリーズナブルとは言い難いが、それを差し引いても食べる価値のあるスイーツとして有名である。


「それじゃあ先生、いただいてもいいですか?」


「好きにしろ」


 そわそわしながら尋ねるフィーネに、レクトは端的たんてきに答えた。そっけない態度というよりは、"どうぞご自由に"といったような感覚であろう。

 生徒たちはというと、それぞれ自分たちの前に並べれたスイーツに対して目の色を変えている。


「「「いただきます!」」」


 言葉とともに、少女たちは早速スイーツにありつく。スイーツと一口に言っても好みはバラバラであり、皆それぞれ自分の好きなものを注文した形だ。


「そっか…もしかして、生地きじに水は使ってないのかな?牛乳だけ?クリームにはバニラオイルを…」


「ちょっと、いちいち分析しないでよ。美味おいしさが台無しになるじゃない」


 シュークリームを一口食べるごとに味や作り方を分析しているフィーネに、同じシュークリームセットを食べているエレナが文句を言う。料理好きかつ真面目というフィーネの人間性が、この時ばかりは完全に悪い方向に働いていた。


「アイリスのパンケーキも美味うまそうだな〜」


「あ、じゃあちょっと交換します?」


「まじ?やった!」


 ベロニカとアイリスは、互いのアップルパイとパンケーキを少しずつシェアしている。レクトの目から見るとどちらのスイーツも1人で食べるには少々量が多いような気がしないでもないが、甘い物は別腹といったことなのだろうか。


「でね、紅茶をれるときはちゃんと熱湯を沸かさないといけないの。中途半端な温度で淹れると、えぐみとかの原因になっちゃうから…」


「へぇ〜」


「…」


 紅茶にうるさいリリアのウンチクをサラが感心しながら聞いている中、ルーチェは黙々とフルーツパフェを食べている。ちなみにリリアはモンブラン、サラは苺のショートケーキを注文した形だ。

 そうやって女子生徒たちが絶品スイーツを堪能たんのうする中、引率の教師は1人カプチーノをすすっている。しかしながら、レクトの目の前にはスイーツは置かれていなかった。


「先生は食べなくてもいいんですか?」


 唐突にアイリスが質問する。ウサギ狩りの報酬ほうしゅうからいうと決して人数分ギリギリという金額ではないと思われたのだが、それにもかかわらずレクトは飲み物だけを注文した形だ。


「俺はウサギ1羽も狩ってないから。ちゃんと仕事をしたお前らが食えばいい」


「そ、そうですか…」


 レクトは至極当然といった様子でアイリスに答えた。

 とはいえ、実際には狩ったウサギの血抜きをしたり、森の外まで運んできたのは他でもないレクトだ。まったく仕事をしていない、と言われるとそれはそれで疑問が残る。

 我慢がまんしているだとかそういったものではなく、単純に"生徒たちに対するご褒美ほうび"という感覚なのだろう。




 最初は量が多過ぎると思われたスイーツも、ものの15分ほどで全てなくなってしまった。メンバーはそれぞれ、紅茶とコーヒーで食後の余韻よいんを楽しんでいる最中だ。


「先生。あらためて、ありがとうございました」


 フィーネがレクトに礼を言う。もちろん、レクトに感謝しているのは彼女だけではなく、この場にいる全員がそうだ。

 だが、レクトは感謝など必要ないと言わんばかりに首を横に振る。


「お前らの仕事で稼いだ賃金だからな。お前らが使うのは当然のことだろ」


 そう言って、冷水の入ったグラスに口をつける。


「でも、あんな事があった後なのに…」


 不意に、サラがポツリと漏らす。スイーツを堪能している間はみな笑顔であったが、それでもあれだけの出来事があった後となると、どうしても心の中に引っかかってしまうものがある。


「サラ、それはもう言わないって約束だったでしょ」


「そうだけど…」


 リリアがその事について言及するが、やはりサラは割り切れないようだった。もっとも、割り切れないのはサラだけではないというのも事実だが。

 無論、レクトだってそれぐらいのことは把握はあくしている。


「まぁ、お前らの言いたいこともわかる。目の前であれだけの事が起こったんだ、ショックを受けるなっていう方が無理だ」


 森の中ではハンターたちの遺体をそのまま放置するという非情ともいえる判断をしたレクトであったが、それはあくまでも状況から下した判断であって、レクト自身は生徒たちの心情もきちんと理解しているつもりだ。


「けど先生、本当に王城まで今回の件を知らせに行かなくてもいいんですか?」


 エレナが別の質問をする。今回のペリルの森での一件は、既に近くの村に駐在している騎士や王都の門を守護する兵士たちには報告済みだ。門にいた兵士たちからはすぐに王城へ報告に行くようにも頼まれたが、レクトの「後で知り合いの騎士に話しておくから」の一言で一蹴されてしまった形であるが。


「一応、門番には話したからな。とりあえずはあいつらが騎士団に説明してくれるだろうし、どのみち後で俺が出向かなきゃいけないのは当たり前のことだから」


 レクトは傍若無人ではあるが、常識の欠如けつじょした人間というわけではない。数年前も、何か事件に遭遇した時は当時の騎士団長であるエルトワーズにきちんと報告はしていた。彼が騎士を引退した今は、報告する相手が騎士団の部隊長かつ自身の友人であるアイザックに変わったわけであるが。

 と、ここでそれまで黙ってレクトの話を聞いていただけのベロニカがあることに気づく。


「どしたん、ルーチェ。難しい顔してずっとセンセイのこと見て」


 言われてみると、確かにルーチェは先程から一言も発さず、難しい表情を浮かべたままただ黙ってレクトのことを見ているだけだった。


「先生」


「なんだ?」


 不意に、ルーチェが口を開く。レクトの方もおそらく何かしらの質問が飛んでくることは予想していたが、その質問というのが他の生徒たちにとっては思いもよらないものであった。


「今日の課外授業、もしも引率の先生がレクト先生じゃなかったら…私たち、今ごろ生きてはいませんよね?」


「ちょっと、ルーチェ…」


 ルーチェが唐突に演技でもないことを言い出したので、思わずリリアは咎めようとする。しかしながら、問われたレクトはというとルーチェのことを叱るでもなく、冷静な様子で答えた。


「そうだろうな」


「先生…」


「実際、俺たちとは直接的な関係はないとはいえ、死人だって出てるわけだし」


 いっさい否定することなく言い切ったレクトを見て、アイリスは複雑な表情を浮かべている。しかし、レクトはただ冷静に事実をべたというだけではなかった。


「確かに結果的にはあのハンターたちは救えなかったが、それでも俺は今回の件に関しては後悔の気持ちは無い」


「どうしてですか?」


 レクトがそう言った理由がわからず、アイリスがたずねる。だが返ってきたレクトの答えはというと、生徒たちの想像を軽く超えてくるものであった。


「俺が強かったから、お前らを守れた」


「お、おぉ…」


 レクトが堂々と言い切ったのを見て、アイリスは唖然あぜんとしている。というより、大半のメンバーが呆気にとられていた。

 ただ、いくら英雄の言葉といえどもさすがに客観的に見るとクサいと思う部分があったのだろう、リリアがからかうような口調で言及する。


「自分で言っててずかしくない?」


「俺は自分が強いことに関しては1ミリも否定する気はない。もちろん、謙遜けんそんする気もない」


「そ、そう…」


 まさか普通に切り返されてしまうとは思っていなかったので、リリアは少し戸惑っている。しかしリリアのその言葉がレクト節に火を付けてしまったのか、なおもレクトの話は続く。


「強さは誇りだ。強くなれば、それだけ多くの命を救える可能性が増える」


「「「おぉー!」」」


 力強いレクトの言葉を聞いて、数人の生徒たちが感心したような声を上げる。まさにこれこそ、英雄の言葉にふさわしいといえるだろう。

 サラにいたっては何か心の底から響くものがあったのか、目を輝かせている。


「もしかして先生がそこまでの強さを手に入れたのって、一人でも多くの命を救うためなんですか?」


「いや、それは違うけど」


「違うんですか!?」


 きっぱりと否定するレクトを見て、サラはひどくショックを受けていた。というか、気持ちの落差がすごい。


「今、絶対その流れだったじゃん!」


 ベロニカも思わずツッコむ。確かに彼女の言うように、話の流れからすればかなりの美談になっていたはずだ。

 とはいえ、ある意味でレクトらしいといえばらしいのだが。


「強くなれば人を救えるってわかったのは、あくまでも結果論だからな。俺がここまで強くなったのはまた別の話だよ」


 別に照れているわけでもなく、レクトは割と本気のテンションで話している。そのことについて、エレナは当然とでもいうべき疑問をレクトにぶつける。


「じゃあ、先生がここまで強くなった理由って一体なんなんですか?」


「んー。生きるため、かな」


「生きるため?」


 抽象的すぎるレクトの回答を聞いて、エレナは頭に疑問符を浮かべている。単に生きるためと言われたところで、それが具体的にどういった意味で言っているのかがまるでわからない。

 もっとも、今はレクトもそのことについて一から話をする気はないようだった。


「これに関しては話すと凄い長くなるから。また今度な」


「「「えぇー…」」」


 生徒たちの不満の声を完全に無視して、レクトはテーブルの上に置かれた伝票を手に取る。


「あらら。ウサギ狩りの報酬、ほとんど残らねえじゃん」


 記載されている会計の金額を見て、レクトが呟いた。


「えっ、本当ですか?」


「あぁ。どうやら、9割近く使っちまったっぽい」


 フィーネの質問に、レクトは9割という具体的な数字を示す。スイーツだけならともかく、合わせて頼んだ紅茶やコーヒーといった飲み物にいたっても意外と高くついたらしい。

 ただ、9割ならばギリギリ報酬の金額内に収まって良かったと言えなくもない。仮にオーバーしてしまったとなると、超過分を誰かが支払わなければならない。いい加減であるが責任感は持っているレクトの場合、生徒たちに払わせることはまずないだろうが。


「いいんですかね?一応は学園に寄付しなければならないのに…」


 アイリスが申し訳なさそうに言った。一応、事前に使ってもよいと校長からも許可は出ているものの、さすがに半分どころか9割も使ってしまったとなると少しばかり申し訳ない気持ちがあるのだろう。

 もっとも、この男に関してはそういった気持ちなど微塵みじんも持ち合わせていないようだが。


「そもそもいらねえだろ、寄付なんて。あんなに豪華な学校、王都どころか国内探したって絶対に見つからないぜ?」


 王立学校ということで国から補助が出ているというのはわかるが、それにしたってサンクトゥス女学園は色々と豪華すぎる部分が多い。少なくとも、校長であるクラウディアが国王に対して何かしらのコネを使ってどうこうしているものだとレクトは推測している。


「あ、やっぱりうちの学校って豪華なんだ」


「豪華すぎるっての」


 素で当たり前のことを言い出すリリアに、思わずレクトが言及した。彼女の場合、家がとんでもない大きさの屋敷らしいので、感覚が若干ズレている可能性があるというのも否めないが。


「それじゃあ、休憩きゅうけいも済んだことだし、学校に戻るとしますかね」


 そう言って、レクトは立ち上がる。雰囲気的に課外授業などとっくに終わったような空気であるが、形式的には一旦学園まで戻り、ホームルーム等を終えなければならない。


「やっぱり戻らないとダメ?めんどうじゃない?」


 ベロニカが少し嫌そうな表情でレクトに尋ねた。口にしたのベロニカだけであったが、おそらくは同じような気持ちを抱いているメンバーは他にもいるかもしれない。

 しかしながら、レクトは至極当然といった様子でベロニカの意見を一蹴する。


「当たり前のことをいちいち聞くなよ。学校に帰るまでが課外授業だからな?」


「おぉ、教師っぽいセリフ…」


 レクトの口からそのような言葉が出たのが意外だったのか、ベロニカは少し驚いているようだ。もっとも、そんな驚きもその後のセリフで台無しになってしまうわけであるが。


「こういう時はそう言っておくようにって、ジーナの奴が」


「だから、それを私たちに言ったら台無しなんですって」


 結局はレクト自身の言葉ではなかったという事実を知って、エレナは呆れたような口調で指摘している。

 やはり、レクトは最後までレクトであった。

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