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初めての課外授業 ⑤

つらぬかれるのは頭がいいか?それとも心臓か?特別に好きな方を選ばせてやろう」


 ラドリオンがレクトに問う。質問の内容からして、完全に自分が勝利するという前提だ。しかしながら、問われた側の男も自分が負けることなどまったくもって考えてはいないようであるが。


「じゃあ俺も選ばせてやろうか。首から上をつぶされるのと、首から下を潰されるの、どっちがいい?」


「ふん。威勢いせいだけはいいようだな」


 恐怖心というものをまるで感じていない様子のレクトを見て、ラドリオンは嫌悪感をあらわにする。


「いくぞ、英雄よ」


 これ以上の対話は不毛なものでしかないと判断したラドリオンは、言葉を発した直後、いきなりレクトに斬りかかる。相変わらずのとてつもないスピードであるが、レクトは絶妙なタイミングで大剣を構え、その斬撃を受け止めた。


「へぇ」


 レクトが少しだけ感心したような声を上げる。というのも、たった今受け止めた魔族の男の攻撃が、先程までのものと比較するとパワーが段違いになっていたからだ。

 しかし、あくまでも"少し感心した"だけである。何か特別な力が付与されたというわけではなく、純粋なパワーアップであるということを把握したレクトは、すぐさま攻撃を受け止めた大剣を振り抜く。


「ふん!」


 レクトのカウンターをギリギリで回避したラドリオンは、バックステップで一旦距離を取った。とはいえ別に焦っているような雰囲気はなく、まだまだ余裕さえ感じられる。


「なるほど。確かに強いな」


 レクトはそう言って、右手だけで握っていた大剣を両手持ちに切り替える。


「余の強さが理解できたか?」


 英雄が自分の強さを素直に認めたからか、ラドリオンはこれまで以上に余裕の姿勢を見せていた。もっとも、余裕なのはラドリオンだけではなかった。


「あぁ。もしかしたら俺の本気の20分の1くらいには相当するかもな」


「…なんだと?」


 思いがけないレクトの発言に、ラドリオンは眉を釣り上げる。


「つまり、貴様の強さは余の20倍であると?」


 言い換えれば、そういうことだ。2倍や3倍ならばともかく、20倍となると相当な差があるということになる。ハッタリという可能性も考えられないことはないが、それにしたって随分ずいぶんと思い切った数字である。

 だが、その程度では終わらないのがレクトという男だ。


「なんだ。魔族のくせにちゃんと計算できるのか。安心したぜ」


「貴様…!」


 馬鹿にしたような発言を繰り返すレクトに対し、ラドリオンは怒りにふるえている。頭では挑発であるということはわかっているのだが、終始変わらないレクトのその余裕の態度が余計に腹立たしさを増幅させていた。


「勘違いすんなよ。これでもちゃんとめてるんだぜ?俺の20分の1っていったら、相当な戦闘能力の持ち主だからな」


 フォローする気があるのか無いのかよくわからないレクトの発言に、ラドリオンの堪忍袋は限界を迎えていた。それが怒りによるものなのかは定かではないが、これまでとは比べものにならないほどの強大なオーラを身にまとい、レクトに剣先を向ける。


「そうか!ならば見せてみよ!貴様の言う、余の20倍の力とやらを!」


「いいけど、後悔するぞ?」


 レクトの軽口など無視し、ラドリオンは文字通り全身全霊の一撃を放つ。

 周辺の大気がビリビリと振動するほどに強力無比なオーラであったが、レクトはまったく動じることなく大剣を振りかざし、真っ正面から受けて立つ姿勢を見せた。そして相手が自身の射程距離内に入ったと同時に、一気に振り下ろす。


獅子しし王斬おうざん


 ドッ!


 金属音と共に、小さな鈍い音が響く。それはラドリオンの持つ魔剣の刀身が折れた音と、魔剣の持ち主が深々と大剣で斬られた音であった。


「バカ…なっ…!?」


 吐血しながら、ラドリオンは地面に膝をつく。折れた魔剣の刀身はその勢いのままに宙を舞い、主が倒れるよりも前に地面に突き刺さった。


「ほら、だから言っただろ。後悔するって」


 決着がついたことを悟ったレクトは大剣を握ったまま、斬り伏せた魔族の男のもとへゆっくりと歩み寄っていった。


「どうだ?圧倒的な力に敗北した感想は?」


 レクトの無情な問いかけにも、ラドリオンは答えない。いや、答えられないと言った方が正しいか。既に息も絶え絶えで、もやは口を動かすことすらも叶わないようだ。


「そうだ。冥土の土産みやげに教えといてやるけど」


「…ぅ?」


 思いがけないレクトの言葉に、ラドリオンは消え入りそうな声を絞り出す。


「お前の師匠を倒したのは俺じゃなくて、仲間ツレのちんちくりん魔術師だから。俺はそもそも戦ってすらいない」


「…」


「といっても、俺がお前の同胞たちを数え切れないほど斬ってきたのは事実だからな。つまり、お前が俺をうらむ理由は十分にあるわけだが」


 言ってしまえば、レクトとラドリオンは互いに数多の同胞を殺された敵同士だ。個人的な因縁があろうがなかろうが、相手を斬る理由などいくらでも存在する。

 しかし、レクトの口から飛び出したのは意外な言葉であった。


「ちなみに言っておくぞ。お前もこれまでにも多くの人間を斬ってきただろうけど、俺は別にお前に対して恨みとかはこれっぽっちも感じていない」


 既に相手と言葉を交わすことは不可能であると理解しつつも、一方的に話を続ける。


「俺がお前を斬った理由はな」


 レクトは一呼吸おく。


「お前が俺の領域テリトリーに踏み込んできたからだ」


 静かに、だが強い口調で言い切った。既に決着はついているために怒りなどは感じられないが、それでもなお瀕死のラドリオンに対して敵意をき出しにしたような気迫がある。

 その一言が聞こえたのかどうか定かではないが、直後にラドリオンの呼吸が完全に止まった。


「…この辺にしておくか」


 そう言って、なぜかレクトは大剣を頭上に振りかざした。もちろん既にラドリオンが絶命しているということは誰の目から見ても明らかなので、これ以上の攻撃は無意味なようにも見える。その光景を見て、生徒たちも少しばかり戸惑っているようだった。


「じゃあな」


 ドン!!


 レクトが大剣を振り下ろしたと同時に、強烈な衝撃波が地面に向かって放たれる。舞い上がった土埃が晴れると、そこにはもう魔族の亡骸は無く、ただ地面が大きく抉られているだけであった。

 完全に始末しきったことを確認したレクトは大剣を背中に戻し、S組メンバーの方を向く。


「課外授業は終わりだ。帰るぞ」


 そう言って、レクトは砂埃を落とすようにパンパンと手をはたく。だが、生徒たちにとってはやはり先程のレクトの行動に疑問が残るようだった。


「…先生。その…どうしてさっき、魔族の死体に攻撃を加えたんですか?」


 小さな声でフィーネがたずねた。もちろん、疑問に思っているのはフィーネだけではない。


「そうですよ、もう決着はついていたのに」


 サラの言うように、レクトが獅子王斬をヒットさせた時点で勝敗は決していた。しかもそれによって与えたダメージは間違いなく致命傷であり、現にその直後にラドリオンは生き絶えている。にもかかわらず、レクトは死体を完全に消滅させるような攻撃を更に加えたということになるからだ。

 ところが、そうやって生徒たちが戸惑っている中、ルーチェだけはレクトの意図をしっかりと理解しているようだった。


「復活するのを防ぐためよ」


「復活…?」


 ルーチェの言葉に、サラは首をかしげる。一方、その意味を理解したフィーネとエレナはハッとしたような反応を見せていた。


「ルーチェ、正解」


 レクトが言った。どうやらルーチェの予想は合っていたらしい。ただ、その意味がまだよくわかっていないサラから質問が飛んでくる。


「先生、復活ってどういうことなんですか?」


「あぁ。魔族の中には、仮死状態になってから復活するような奴もいる。要するに、倒したと思ったら実は生きてましたってことだな」


 レクトが説明したように、魔族の中には一度倒しても復活することのできる者が少なからず存在している。復活の方法そのものは種族としての特性、魔法、呪術など様々であるが、そのいずれにも共通して必要な条件が、死体や仮死状態となった肉体が存在していなければならない、ということだ。


「だから、死体にもう一度攻撃を加えたんですか?」


 確認するようにたずねたサラに向かって、レクトははっきりとうなずく。


「そういうこと。奴がそうやって復活できるような魔法が使えたり、そういう種族なのかは知らないが、念には念をってな」


 要するに、レクトが息絶えた魔族に対して更に攻撃を加えたのは決して遊びや私怨ではなく、れっきとした目的があったというわけだ。


「さ、辛気くさい話は終わりだ。帰るぞ」


 レクトはそう言って、生徒たちに対して帰還を促す。実際、本来の目的であったウサギももう十分な量を狩ったのでここに滞在する理由は残っていない。

 だがここで、アイリスがおずおずと手を挙げた。


「先生。その…ハンターの人たちはどうしますか?」


 そう質問して、離れた位置で倒れているハンターたちを指差す。彼ら全員が既に息は無く、医者としてできることは何もない。かといって、遺体をこのまま森の中に放置していくわけにもいかないというのもある。

 だが、そんな彼女の質問に対するレクトの返答は思いもよらないものであった。


「放っておけ」


「えぇっ!?」


 無情ともいえるレクトの判断に、アイリスは驚きのあまり言葉を失う。当然のことながら、絶句しているのは他の生徒たちも同様だ。

 とはいえ、レクトだって単に面倒くさいからといったような理由で言っているわけではない。


「時間の無駄だ。それよりも、この森で起こったことを近くの村や王都の人間にいち早く知らせる方が重要だろうが」


「それは…そうですが」


 あくまでも状況を見て合理的な判断を下したレクトであったが、アイリスはまだ納得がいかないようであった。というより、納得がいっていないのはアイリスだけではない。ほとんどのメンバーがハンターたちの遺体を放置していくことに何かしら思うところがあるように見える。

 レクトもそれを察したのか、やれやれといった様子で頭をかくと、いつになく真面目な口調で話し始めた。


「いいか、よく聞け。死んだ人間の身なりを整えて、それを牧師や修道女シスターが送り出してくれるのは街や村の中だけだ。もちろん、埋葬が無理でも水葬や火葬といった方法も無くはないがな」


 フォルティス王国では人が亡くなると、遺体を棺の中におさめて埋葬するのが一般的である。国によっては火葬が主流であったり、海の神を信仰する地域では水葬を神聖なものとしている場所もあるが、流石に森の中に遺体を放置することを良しとする国は存在しないだろう。

 とはいえ、今は状況が状況である。


「だが、ここは森の中だ。死体を焼いてやることもできない。こいつらの末路はおそらく、野生のオオカミに喰われて終わりだろうな」


 冷たい言い方であるが、レクトは決して嫌味や皮肉で言っているわけではなく、あくまでも現実的な目線での話をしているだけだ。

 しかしここで、ルーチェがある質問を投げかける。


「先生は、こういうことには慣れているんですか?」


 もちろん、これも嫌味や皮肉で言っているわけではない。むしろ、レクトがこれまでの戦いの中で何を見てきて、そしてどう感じたのかという純粋な疑問だ。

 レクトもそれを察したのか、自分が今までに見てきた現実の中でも特に酷かったものを1つ挙げる。


「俺は戦争が終わった後の、敵味方問わず数えきれないほどの死体が転がる荒野を歩いたことがある」


「戦争…」


 アイリスが小さく呟いた。レクトが言っている戦争というのは当然のようにここ数年間で繰り広げられていた人間と魔王軍との戦いの1つであり、またアイリスも魔王軍との戦いの中で肉親を亡くしている。


「怪我による出血多量が原因で死亡、それから数日が経過した死体を見たことはあるか?酷いもんだぜ。腐臭は当然のこと、蛆虫うじむしは這いずり回ってるし、猛禽類もうきんるいに死肉を喰われてることだってある」


 遠回しな表現を一切使わないストレートな内容ではあったものの、レクトはS組の生徒たちが受け入れなければならない事を、実体験を踏まえて諭しているだけだ。


「それが現実だ。理解できたら、そこに倒れてるハンターのことは放っておけ。無情とかそういう問題じゃなく、これが最善なんだ」


 レクトははっきりと言い切った。もちろん、生徒たちだってレクトの言っていることが理解できないというわけではない。ただ、理解することと納得することは同じではないのだ。

 誰も声を発さず、風の音だけが静かに森へ響き渡る中、沈黙を破ったのはエレナであった。


「けれど、先生」


 ハンターたちの遺体が転がっている方向を向き、前に出る。レクトの判断に不満があるというよりは、何かを決意したような目だ。


「何だ?」


 どうやら、レクトもエレナの雰囲気に何か感じるものがあったようだ。エレナはその質問に答える代わりに、両手を首の後ろに回す。そして小さな金属音がした後、彼女は胸元から何かを取り出した。


「これくらいだったら、構わないですよね?」


 そう言ってエレナがレクトに見せたのは、銀製の十字架だった。司祭の娘であるからか、それとも修道院での教えなのかはわからないが、普段からネックレスとして持ち歩いているのだろう。


「そうだな。死んだそいつらも少しは浮かばれるかもな」


 彼女の意思を理解したレクトは、腕組みをしながら空を見上げる。といっても、実際には木々が生い茂っていて空などほとんど見えないのだが。

 エレナは倒れているハンターたちの近くで跪き、祈りを捧げる。周囲はいたって静かであり、時折風が吹いて木々が揺れたり、草むらで小さな動物が動くようなガサガサとした音が聞こえてくるだけだ。




 エレナの祈りが済んだところで、レクトは大量のペリルラビットが乗せられた荷車に手をかける。


「ウサギはちゃんと持って帰るのね」


 少しだけ嫌味を含んだような口調でリリアが言った。先程のレクトの話に納得がいかなかったというわけではないが、やはり死者を森の中に放置するという行為そのものには抵抗があるのだろう。

 無論、レクトはレクトで自分勝手に振る舞っているのではなく、きちんとした理由があった。


「仕事は仕事だ。俺は受けた依頼はキッチリ遂行するタイプだからな」


「さ、さすがは世界最強の傭兵…」


 真っ当な意見を述べるレクトに、フィーネが小さくつぶやいた。

 現実的に考えれば、仕事の途中で魔族の襲撃があったとなると即刻中断して逃げるのが当たり前だ。ただ、それはレクトにとっては森の中でオオカミに襲われたのと大して変わらないレベルの問題なのだろう。

 とはいえ、自分たちと無関係な人間であるとはいえ死人が出ている以上、流石のレクトも楽観的に考えているわけではなさそうであるが。


「よし。それじゃあ、まずは森の出口に向かうぞ。近くの村に業者が来てるはずだから、ウサギを引き渡した後に駐在してる騎士に報告するか」


「「「はい」」」


 ウサギが乗せられた台車を引くレクトに続き、S組の生徒たちも森の出口へと向かって行く。

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