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初めての課外授業 ④

 銃弾を素手で止める男の存在がとにかく危険なものでしかないと直感したのだろう、はっと我に返ったハンターたちは迷うことなく撤退てったいを決め込む。


「な、なんかわからんがあの黒コート男はヤバい!」


「同感だ!皆の所へ戻るぞ!」


 2人のハンターは離れた位置にいるレクトに背を向けると、すぐさまダッシュで逃げ出した…はずだったのだが。


「ん?」


 ハンターたちの足が止まる。というのも、つい先程までは誰もいなかったはずの自分たちの背後に、いつの間にか見慣れないローブ姿の男が立っていたからだ。

 とはいえ、その見慣れない男はそれほど立派なガタイをしているわけでもなく、特別な武器を持っているわけでもない。腰元に細身の剣を一本携えている、というだけだ。

 ところが、その男の顔を見るなりハンター2人の顔色が変わった。


「げっ!」


 先程レクトに銃弾を止められた方の、小太りのハンターが声を上げた。なぜなら、目の前の薄ら笑いを浮かべている男の顔は肌色ではなく、明らかに人間のものではない青白い色をしていたからだ。

 このような肌をしている種族など、もはや一つしか考えられない。


「まっ、魔族!?」


「なんでこんな場所に魔族がいるんだよ!?」


 人ならざる者、魔族。かつて魔王が率いていた、人間と敵対していた者たちの総称だ。そんな招かれざる客の登場に、ハンターたちはひどくうろたえている。

 だがハンターたちが「魔族」という単語を口にした途端、それまで薄ら笑いを浮かべていただけの男の顔が、怒りと不快感に満ちた形相へと変化した。


「人間風情が、不愉快だ。そのような低俗ていぞく呼称こしょうを余に対して使うとはな」


 男は吐き捨てるように言うと、静かに目を閉じる。だが次の瞬間、風を切るような音と共に一筋の閃光が走った。


「え…あ…?」


 小太りのハンターが何か喋ろうとするが、言葉が続かない。それもそのはず、一瞬のうちに魔族の剣で右肩から左足にかけて大きく斬りかれていた。

 小太りのハンターは血しぶきを上げながら、地面に仰向けに倒れる。既に絶命しているのだろう、その身体はピクリとも動かない。


「うわあぁぁ!ジェイク!ジェイク!」


 もう1人のハンターが倒れた仲間の名を呼ぶが、当然のように返事はない。しかも既に仲間が殺害されている以上、次は自分が狙われるというのも容易に想像できる。


「ちくしょう!これでも喰らえ!」


 抵抗を試みるハンターは、魔族の男に銃口を向ける。だが猟銃の引き鉄を引こうとしたその瞬間、再び風を切るような音がしたかと思った直後に血しぶきが舞い上がった。


「ぎゃあああぁぁぁ!!」


 引き鉄を引こうとしたハンターの右手が、ひじごと無残に斬り落とされていた。


「た、助け…ああぁぁ!!」


 命乞いなど微塵みじんも興味がない様子で、魔族の男はハンターの胸元を容赦ようしゃなく剣で突き刺す。

 だがここで先程の叫び声を聞きつけたのだろう、森の入口で一緒にいた他のハンターたちが大急ぎでこちらへやって来た。


「おいジェイク、何があった!?」


「あ、あれ魔族じゃねえか!?」


「ロットとジェイクがやられてる!」


「た、助けねえと!」


 仲間が殺害されたという状況を理解した4人のハンターは、迷うことなくその襲撃者であろう魔族に銃口を向ける。だがハンターたちが銃の引き金を引くよりも早く、魔族の男が動いた。


「遅い!」


 魔族の男は一瞬でハンターたちとの間合いを詰めると、目にも留まらぬ早業で剣を振るう。


「ぎゃああぁぁ!!」


「く、来るな…あぁぁっ!?」


「げふっ…!?」


「ぐあぁぁぁ!!」


 怒涛どとうの剣技により、ハンターたちののどが、胸元が、背中が次々に斬り裂かれていく。時間にしてものの数秒であったが、ハンターたちはなすすべもなく魔族の男によって無惨むざんな姿へと変えられてしまった。


「ふん。不味まずそうな魂だ」


 魔族の男はつまらなさそうな様子で言い放つ。だが何故か自分の周りに倒れている人間ではなく、右手に持った剣の刀身を見つめながら口にしていた。

 そして今度はその視線を、ここまでの流れを黙って見ているだけしかできなかったS組メンバーへと向ける。


「やはり食らうのであれば強者か、もしくは若い女の魂に限るな」


 それだけ言って、魔族の男はもっとも近くにいたアイリスのそばへと一瞬で移動する。そして突然のことに対してどうすることもできない彼女に向けて、その凶刃を振り下ろした。

 彼女の横にいる男が、誰であるかも知らずに。


 ギィン!!


「むっ!?」


 振り下ろした剣が、レクトの大剣によって止められる。生徒たちにとっては目にも留まらぬ早業であろうとも、最強の傭兵にとってはこの程度は朝飯前だ。


「先生!」


「アイリス!下がってろ!」


「は、はい!」


 いつになく緊迫きんぱくしたレクトの声に、アイリスは慌ててその場から離れる。当然だが、その空気を察した他のメンバーも同じようにレクトから距離を取った。


「余の邪魔をするか、人間風情が!」


 魔族の男の声が荒くなる。それでも余裕はあるのだろう、表情は薄ら笑いを浮かべたままだ。

 もっとも、余裕の態度を保っているのは対峙たいじしているレクトの方も同じであるが。


「ウチの娘どもはお触り厳禁だ!女が目当てなら他を当たりな!」


「ならば、余の愛刀のさびとなるがいい!」


 ガキィン!キィン!


 魔族の男は目にも留まらぬ速さで剣技を繰り出しすが、レクトの方もそこは流石というべきか、極めて冷静な様子で攻撃を防いでいる。しかも、互いにまだ本気は出していないようだ。


「ほう。余の剣技に対応できるとは。人間にしてはそれなりに腕が立つようだな?」


 攻撃の手を休めることなく、魔族の男が感心したように言った。あくまでも人間を見下したような傲慢ごうまんな態度は変わらないが、傲慢さでいえばこの男だって負けていない。


「バカなこと言うな。俺が合わせてやってるんだよ。本気出せばテメーなんざ一瞬でサヨナラだ」


「戯れ言を!」


 レクトの挑発ちょうはつに乗せられた魔族の男は、斬撃の威力とスピードを更に高めた。

 もちろん、レクトもこの攻撃に即座に対応する。


「ほう!これでも防ぐか!」


「ちょっと速くなっただけだろ」


 普通ならあっという間に八つ裂きにされて終わりであろうが、そこは英雄と呼ばれる男、軽口を叩きながら顔色一つ変えずに難なく対応している。


「ふんっ」


 ザッ!


 それまで激しい攻撃を続けていた魔族の男は、急に手を止めてレクトと距離を取る。といっても怖気付いたというわけではなく、改めてレクトと向き合いつつ剣を構えた。


「余は魔王軍精鋭部隊隊長、ラドリオンⅢ世なり。強き人間よ、名乗るがいい」


「はぁ?」


 唐突とうとつに魔族の男が名乗ってきたので、レクトは少しだけ拍子抜けしたような反応を見せている。相変わらず魔族の男、ラドリオンが上から目線であるのも気に入らないようであるが。

 ラドリオンの方も自らが名乗ったその意味をレクトが理解していないと思ったのだろう、その意図を説明する。


「力有る者を倒す時は自らの名を名乗り、そして相手の名を聞くのが余の流儀でな」


「なんでお前の流儀に俺が合わせなきゃならないんだよ」


 魔族の男が示した戦いにおける流儀を、レクトは一蹴する。割と真面目な理由であったが、そんなことはレクトにとっては至極どうでもいい話だ。

 それよりも、レクトには気になる話が1つあった。


「というかお前、魔王軍の残党かよ」


 魔王軍の精鋭部隊、しかもそれが隊長となると、かなりの手練てだれということはまず間違いない。普通に考えれば恐怖の対象でしかないのだが、今回ばかりは相手が悪かったようだ。


「残党ではない!余は魔王様、そして魔将軍ベルフェス殿の意思を継ぐ者だ!」


 レクトの"残党"という呼称がよほど気に障ったのか、ラドリオンの表情が先程"魔族"と呼ばれた時とは比較にならないほどに険しくなり、声も荒くなった。

 その強大な威圧感は、離れた位置で見ているS組メンバーですら恐怖を覚えるほどだ。もっとも、目の前の男だけは相変わらずブレないが。


「残党っていうのはー、簡単に言うと敗北した側の残ってる人たちのことを言うのね。君は魔王軍にいたわけでしょ。そんで魔王は俺らに負けたと。これを残党と呼ばずして何と呼べば?」


「貴様…!」


 互いを指差しながらおちょくるような態度で残党呼ばわりしてくるレクトに、ラドリオンの怒りは限界突破しそうな勢いだ。だがそれは見方を変えれば、完全にレクトのペースになっているともいえる。


あおってる、センセイめっちゃ煽ってる!」


「これじゃあ、どっちが悪者なのかわからないじゃない」


 対峙する2人のやり取りを見て、ベロニカとリリアが率直な感想をらす。最初の緊張感はどこへやら、完全にレクトのペースになったことでツッコミを入れる余裕すら出てきたようだ。


「ん…?」


 一方、怒りで我を忘れそうになっていたラドリオンは、ふとある事に気づく。それによっていくらか冷静さを取り戻したのか、改めて目の前の人間にたずねた。


「貴様、先程"俺らに負けた"と口にしたか?」


「あぁ、そういや名乗れとか言われてたんだっけ」


 レクトが余裕に満ちた表情で答える。どうやら相手の魔族の男が何に気づいたのかを理解したようで、あえて先程の質問を引っ張り出してきたのだ。


「レクト・マギステネルだ」


 静かに、しかしどこか威圧感が感じられる様子でレクトは名乗る。そしてどうやらその名は、目の前の魔族の男が求めていた答えでもあったようだった。


「そうか…!貴様が、レクト・マギステネル…!」


 その名前を聞いたラドリオンが歓喜の、いや、狂気の笑みを浮かべる。だが、この反応はレクトにとっても想定内のようであった。


「おっ、何?もしかして俺に何か因縁でもある系の話?」


 わざとらしい口調で、レクトは魔族の男に向かって問いかける。当のラドリオンはというと、その笑みの理由を隠す様子など微塵みじんもないようだった。


「貴様が我が師、魔将軍ベルフェスを亡き者にした四英雄の一人か!」


「魔将軍…」


 魔族の男が口にした名前に聞き覚えがあったのか、レクトは小さくつぶやきながら記憶をたどる。どうやらその人物は印象の強い相手だったようで、思ったよりも早く思い出せたようだ。


「あぁ、なんかいたねぇ。赤い鎧着てたデカブツか。お前、あいつの弟子なのか」


 魔将軍ベルフェスは魔王軍における実質的な最高指揮官であり、同時に剣の達人でもあった。人類側から見れば、魔王軍の中でも特に恐るべき敵、という立ち位置でもあったのだが、レクトにとっては所詮しょせん、"自分に楯突く邪魔な存在"の1人でしかなかったようだ。

 ともあれ、ラドリオンにとってはこのレクトとの邂逅かいこうは幸運以外の何物でもなかった。


「本来であれば、今日はこの先の村で人間の魂を集めるだけのつもりだったのだがな。まさか偶然に立ち寄った森で我が師のかたきに遭遇するとは」


「仇、ねぇ…。まぁいいか」


 歓喜するラドリオンとは対照的にレクトは何か言いたそうな様子であったが、どうせすぐに倒す相手だから、という至極単純な理由で言葉を止める。


「これで、貴様を殺す理由が1つ増えたということになるな」


 そう言って、ラドリオンは剣の切っ先をレクトへ向けた。自分の邪魔をした、という事実に加えて目の前の剣士が師の仇ともなれば、生かしておく理由など一切ない。

 もっとも、レクトはレクトでいつも通り自分が負けることなどまったく考えていないのだが。


「お前、頭は大丈夫か?理由が増えたところで、結局は勝てなきゃ意味ないんだぜ?」


 相変わらずの傲慢な態度で、レクトは相手を煽りにかかる。しかしながら、先程の攻防ではレクトがラドリオンの連撃を余裕でさばいていたというのも事実だ。

 だが、ラドリオンにはまだ奥の手があるようだった。


「その減らず口が、いつまで続くか見ものだな」


「なんだ、何かあるのか?」


 レクトの疑問に答える代わりに、ラドリオンは手にした剣を水平に構えた。そして、刀身をなぞるようにして指を這わせていく。


「死魂解放!」


 ラドリオンが叫ぶと同時に、刀身からは紫色をした禍々しいオーラが吹き出す。オーラはそのままラドリオンの腕を絡みつくようにして侵食していき、やがてそれは全身へと広がっていった。


「なに!?あのオーラみたいなの!」


 初めて目の当たりにする異様な光景に、エレナをはじめとしたS組メンバーは只ならぬ雰囲気を感じているようだった。それは通常の魔力ともまた少し違ったものであり、得体の知れないものであるということを余計に際立たせている。

 ただ1人だけ、まったくブレない男がいるというのも事実であるが。


「なんだよ。その剣に何かビックリ箱的な仕掛けでもあるのか?」


 誰がどう見てもヤバい剣であるというのは一目瞭然なのだが、それを玩具呼ばわりするあたり、レクトの方は相変わらずといったところか。


「これこそが我が愛刀、魔剣アガーベイルの力だ。殺した相手の魂を吸収し、またそれを解放することで使い手の能力を飛躍的に上げることができる」


「説明どーも」


 魔剣の力について得意気に話すラドリオンであったが、レクトは気の抜けたような言葉を返す。自分で質問しておいてその態度はどうなのかという部分もあるが、彼の人となりがわかってきたS組メンバーはもはやツッコむ気すら起きないようだ。

 ただし状況が状況なので、口を挟むことすらはばかられるのかもしれないが。


「覚悟するがいい、英雄レクト・マギステネルよ。この状態になった余の力は、先程の倍では済まないぞ」


 改めて、ラドリオンは剣を構える。離れた位置に立っている少女たちにも伝わるほどの強大なプレッシャーを放っていたが、そんなことでおくするようなレクトではない。


「念のために忠告しておくぞ。10が20や30になったところで、結局のところ10000には届かないぜ?」


 魔族の男の高圧的な態度を更に上回る傲慢さを見せながら、レクトも大剣を構えた。

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