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初めての課外授業 ①

「課外授業するぞ」


「「「はい?」」」


 朝のホームルームで唐突とうとつにレクトが発した言葉に、S組メンバーの全員が頭上に疑問符を浮かべる。当然のことながら、生徒たちにとっては寝耳に水の話だ。


「いや、お前らも俺の授業に慣れてきた頃だろうし、そろそろ課外授業をやってもいいかと思ってな」


 確かにこれまでのレクトの授業はというと教室内での座学か、校庭や訓練場で行うものだけであった。課外授業、つまるところ学園の外に出ての授業というものはまだ一度も行われていない。


「それを言うなら、先生がこの学校に慣れてきた、じゃないんですか?」


「どっちでもいいだろ、そんなこと」


 ルーチェの指摘をレクトは軽く受け流す。実際のところ、どちらも完全には間違ってはいないのだが。

 だが、ここで1人の生徒がレクトに対して真っ向から意見する。


「その前に、こっちは何も準備してませんよ!課外授業をやるなら、前もって教えてもらわないと!」


 エレナが声を張り上げた。確かに授業の内容そのものは担任であるレクトが決めてもいいのだが、事前に何の告知も無しに今から課外学習に行くとなれば、生徒たちから不満の声が上がるのも当然のことである。

 そう、今から行くとなれば、だ。


「いや、だからこうして前もって教えてるじゃん」


「えっ?」


 呆れたように言うレクトを見て、エレナはきょとんとする。


「俺は“今から行く”って言ったか?」


「あっ…」


 自分が早合点していたことに気づいたからか、エレナの顔が少し赤くなった。確かにレクトは課外学習に行くと言っただけで、具体的にいつ行くとは言ってはいない。

 とはいえ、そうなるとレクトの説明が足りなかったことも事実ではある。


「ですが先生。“課外授業をする”だけでは不十分です。主語も修飾語も足りません」


「ふむ。真っ当な意見だ」


 理屈の通ったフィーネの指摘に、レクトも頷く。当たり前のことではあるが、説明が足りなかったという自覚はしっかりとあるらしい。


「それじゃあ、ちゃんとした説明をするぞ。明後日、ペリルの森で『ペリルラビット』の狩猟を行う」


 ペリルの森というのは、王都オル・ロージュを出てから徒歩でおよそ2時間ほどの距離に位置する森だ。すぐ近くに村もあり、人の出入りは割と多い場所である。

 オオカミが生息してはいるものの、それ以上に凶暴なモンスターは森の中には存在していないので、駆け出しのハンターの練習場としてもよく利用されている。


「ペリルラビット?あの少しデカいウサギ?なんかしょぼくない?」


 ベロニカが少し嫌そうに言った。この場合は面倒くさいのではなく、単に相手として物足りないということなのだろう。


「そう言うなよ。一応、狩猟ハンター組合ギルドを通して国が出してる正式な依頼だぜ?」


「うーん…」


 完全に納得したわけではないが、レクトに諭されたことでベロニカも渋々ながら頷く。そもそもこれはれっきとした授業なので、よほど無茶苦茶な内容でもない限り彼女たちに拒否権はないようなものなのだが。


「でも先生、どうしてペリルラビットなんですか?」


 アイリスから別の疑問が挙がった。もちろん、アイリス以外にもその理由を疑問に思っている生徒が半数以上だ。


「少し前に、付近の安全確保の為に森で大規模なオオカミ狩りが行われたらしくてな。ところが、オオカミはペリルラビットの天敵でもあるから…」


 レクトの説明を聞いて、数名がその理由に気づいたようだった。その点について真っ先に口を開いたのはフィーネだ。


「天敵がいなくなってペリルラビットが異常繁殖した、ってところですか?」


「そういうこと」


 自然界においては、何かのきっかけである生物が激減したり、反対に異常に増加した場合、多かれ少なかれ他の生物にも影響が及ぶ。大抵の場合は時間の経過で元に戻るものだが、あまりにも影響が大きいとバランスが崩れたままになってしまうこともある。


「ペリルラビット自体は人間を襲うことはめったにないが、あまり増えすぎると森がダメになっちまうからな。森の草木が食い尽くされる前に、早い段階で狩っておこうっていう話だ」


「なるほど、話はわかりました」


 レクトの説明を聞いて、フィーネが納得したように言った。ただ、理由がわかったとはいえ、先程のベロニカのように授業内容に物足りなさを感じている生徒がいるのも事実だ。


「でも先生。ベロニカが言ったように、ペリルラビット程度では今さら戦闘の訓練にはならないと思うのですけど」


「そうよ。ペリルラビットなんて、やろうと思えば10歳ぐらいの子供でも勝てる相手じゃない」


 サラの意見に、リリアも同調する。

 ペリルラビットは全長1メートル前後とウサギにしてはかなり大きいが、リリアの言うように子供がナイフ1本だけで立ち向かっても勝てないことはない。むしろ、武術の大会で入賞するレベルの彼女たちにとっては文字通り楽勝というレベルの相手だろう。

 もちろん、百戦錬磨のレクトがそのようなことを理解していないはずもないのだが。


「んな事はお前らに言われなくてもわかってる。第一、今回の課外授業は戦闘経験を積むのが目的じゃないからな。森でのフィールドワークと、あとは社会貢献が目的だ」


「社会貢献、ですか」


 レクトの発した社会貢献という言葉に、アイリスは少し感心しているようだった。

 話はまとまってきたが、ここでフィーネからは別の疑問が挙がる。


「ちなみに先生。組合ギルドの正式な依頼ということは、報酬も出るということですか?」


 通常、この手の狩猟の依頼はほとんどが組合ギルド内で解決できるものなので、外部の人間に依頼することはあまり多くはない。それを外の人間に依頼するというのは、報酬が少なくて組合ギルド内に希望者がいないか、内容があまりにも過酷すぎて組合ギルドでは手に負えないかのどちらかだ。

 今回の場合、内容がウサギ狩りということで過酷とは程遠く、明らかに前者であることは間違いない。


「ウサギ1羽あたり15オーロだ」


「それ、安くない?ジュース2本くらいしか買えないじゃん」


「子供でも勝てる相手だからな。相場はそんなもんだ。一攫千金は諦めろ」


 金額の安さに対するベロニカの不満を、レクトはばっさりと斬り捨てた。そもそもが課外授業であり、しかも目的はレクトの言ったように社会貢献なので、一攫千金もなにもないのだが。


「ちなみに完全な余談になるが、グリーンドラゴンなら正式な討伐依頼だった場合、一頭でも最低10万オーロ前後は貰えるぞ」


「「「10万オーロ!?」」」


 ついこの間レクトが倒したグリーンドラゴンの相場を聞いて、生徒たちが驚愕の声を上げる。それこそ、ジュースがどうというレベルの金額ではない。


「先生、10万オーロも貰ったんですか!?」


「残念ながら、この前の件は討伐依頼も何も出てないからな。完全なタダ働きだ」


 サラの質問に、レクトは肩をすくめながら答えた。実際、あの時は唐突に飛来したグリーンドラゴンを、暴れる前にレクトが仕留めてしまったという流れなので、討伐依頼も何もない。

 それでも街を救ったことは事実なので、国からは一応の配慮があったらしい…のだが。


「一応は感謝状くれるって話があったらしいんだけど、それも騎士団にいる仲間ダチが勝手に断りやがった」


「勝手に断ったぁ!?」


 今度はリリアの声が大きくなった。無理もないが、先程から生徒たちは色々と驚きっぱなしである。


「どうせ面倒くさがって取りに来ないのだから表彰するだけ紙と時間の無駄遣い、だとさ」


「それ、普通に怒っていいレベルの扱いだと思うんですけど」


 ルーチェの言うように、国からの表彰を知人が勝手に断るなど、普通に考えれば言語道断とでもいえるべき所業だ。ただ、当のレクト自身はそうは思ってはいないようであるが。


「んー。まぁ、実際に表彰があってもバックれてたのは間違いないだろうし。そいつ、俺のことよくわかってるから正しい判断だと思うけどな」


「「えぇ…」」


 予想外ともいえるレクトの返答に、フィーネとエレナの真面目コンビはなんともいえない表情を浮かべている。


「先生の友達っていうぐらいだから、その人の感覚もちょっと変わってるのかもしれませんね」


 一方で、アイリスはその事実を割とあっさり受け入れているようだった。確かにレクトの友人となると、まともな感覚を持った人間というは若干想像しづらいというのは否めない。

 だがそれに対するレクトの答えはというと、これまた彼女たちの予想とは大きくかけ離れたものだった。


「いや、ところがそいつは俺とは真逆の超カタブツ。なんていうか、正義感が人の形をして歩いてるような奴」


「へぇー」


 サラが意外そうな反応を見せた。当然かもしれないが、意外そうに思っているのはサラだけではなくこの場にいる全員なのだが。


「こう言うのもおかしいんですけど、先生の友達が真面目な人って、ちょっと想像できないです」


「言いたいことはわかるぞ」


 やや辛辣しんらつなエレナのコメントを、レクトは割と肯定的に受け止めている。おそらくはレクト自身にも自覚があるのだろう。

 話が少しばかり脱線していたが、ここでフィーネによって話は本来の課外授業へと戻される。


「それで先生。その課外学習で貰った報酬ってどうなるんですか?」


 1羽あたり15オーロと決して高くはない金額であるとはいえ、それを7人で数時間も行えば結構な金額になることも十分に考えられる。ただし扱いとしてはあくまでも学校の授業なので、稼いだ報酬がどうなるのかというのは気になるところではある。


「基本、学校の授業で稼いだ金銭は全て学校に寄付っていう形になる」


「そりゃそうなりますよね」


 この辺りは想定内だったのだろう、レクトの説明を聞いたサラは割と納得した様子で答えた。もちろん、他の生徒たちも同じように納得したような表情を浮かべている。

 しかしながら、どうやらレクトの話はこれで終わりではないようだった。


「ただ、校長が言うには個人的じゃなく、クラス単位で使うのは構わないとさ」


「クラス単位で使う?」


「それって、どういうことですか?」


 レクトの言っている意味がよくわからなかったようで、リリアとアイリスが頭に疑問符を浮かべている。ただ、その内容そのものは至極単純なものであった。


「貰った報酬使ってさ、学校に帰る前にどっかで何か食べて帰るとかいいかなって思ってる」


「おっ、まじ?」


 レクトの提案に、ベロニカのテンションが目に見えて上がる。今日これから行くわけでもないのに、楽しみ1つ増えたというだけで先程の不満そうな態度がウソのようだ。

 ただ、全員が全員喜んでいるわけではないようだった。不服なわけではないのだが、どちらかというと心配になっているようだ。


「そんなことをして大丈夫なんですか?」


 授業で稼いだ金銭を勝手に使うことに抵抗があるのだろう、エレナが少しばかり怪訝けげんそうな顔をしながら言った。

 とはいえ、この件に関してはレクトの方もぬかりはないようだ。


「それもちゃんと校長の許可は得てる。万一、役所の人間とかがあーだこーだ言ってきた場合は俺が実力行使で黙らせてやるから心配するな」


「それ、冗談ですよね?」


 最終的には力尽くで片付けようとするレクトの発言を聞いて、ルーチェが念を押すように尋ねた。もちろん冗談だとは思われるのだが、彼女たちも既にレクトの破天荒はてんこうっぷりはある程度理解してきているので微妙びみょうに信用できない部分があるのかもしれない。

 そうやって相変わらずのペースで、レクトの説明は続く。


「行くのは明後日になる。当日はまず普通に登校して、午前中に馬車でペリルの森へ向かう予定だから、実際に到着するのは正午より少し前になるかな」


「昼食はどうするんですか?」


 フィーネが手を挙げて質問した。正午より少し前に森に到着するとなると、昼食がどうなるかというのは皆が気になるであろう部分ではある。


「全員、弁当持参な。家の都合で弁当を用意できないっていう奴は出発前に購買でなんか買ってこい」


「また随分と適当ね」


 リリアが呆れたように言った。レクトの方も決して間違ったことを言っているわけではないのだが、この場合は単純にレクトの言い方自体に問題がある。

 もっとも、そう指摘されたところで素直に反省するような男でもないのだが。


「俺は発言の半分が適当で、もう半分はいい加減な人間だから」


「それだと、まともな発言の割合が0%ってことになりますけど」


「そうだな〜」


 ルーチェの辛口なツッコミを、レクトは軽く受け流す。この男を更生させるのは不可能だろう、この場にいる誰もがそう思った。


「それじゃあ、最初の授業は数学だからな。全員、時間通りにきちんと着席しとけよ」


「一番時間を守らない人が言わないでください」


「そうだな。気をつけるとしよう」


 エレナの注意を話半分に、レクトはいったん職員室に戻るためにS組の教室を出て行った。

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