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【レクトの授業】〜4つの種族〜

「おーし、授業始めんぞー」


 教室の扉が勢いよく開かれ、教科書を手にしたレクトが現れた。しかしながら、生徒のうち数名は若干ながらレクトのことを白い目で見ている。

 その理由に関しては、扉から一番近い席に座っているエレナの口から語られることになった。


「先生。授業開始のかねが鳴ってから、既に1分は経ってます」


「そうカタいこと言うなって」


かたくはないです。当たり前のことです」


 人としてもっともな指摘をするエレナ。だが当のレクトはというとそんな指摘もなんのその、あっけらかんとした様子で教卓の前に立つ。


「あ、ちなみに今日は教科書出さなくていいぞ。俺の方で全部説明するから」


「教科書がいらないって、どういうことですか?」


 唐突な発言に、フィーネが質問を投げかける。授業であるのに教科書がいらないとはどういうことなのか。


「今日は、種族の話でもしようかと思ってる」


「種族って、要するにヒューマとか、タウロスってことですよね?」


「そうなるな」


 確認するようにフィーネがたずねたが、どうやら内容的にはそれで間違いはないらしい。

 だが、そのことについて今度はルーチェから指摘が入る。


「そんなもの、初等学校で習いますけど」


 専門的な部分はともかくとして、種族の違いというのはルーチェの言うように初等教育の中で学習する内容だ。当然だが、レクトだってそれぐらいのことはきちんと把握している。


「そう言うなって。それに、俺が話せるのは本の知識だけじゃないぞ。特にダイロン族の話なんて、滅多めったに聞けるようなもんじゃないぜ」


「ダイロン族…ですか」


「まぁ、確かに」


 ダイロン族というワードを聞いて、数人の生徒は納得したような表情を浮かべる。しかしながら、ただ1人ベロニカだけはいまいちピンときていない様子だ。


「ダイロン族…ってなんだっけ?」


「ドラゴンの血を引くといわれている、希少な種族よ」


「ふーん」


 とりあえずはルーチェから簡単な説明が入るが、ベロニカはまだピンときてはいないようだ。とはいえ、他のメンバーにしてもダイロン族のことはあまり詳しくは知らないということもあり、それ以上は説明のしようがない。


「けど、なんでセンセイがそんな希少種族のこと知ってんの?」


 ベロニカから別の質問が飛んでくる。だが、これに関しては他のメンバーにはその理由がわかっており、レクトの代わりにリリアが答える。


「かつて先生の仲間だった四英雄の武闘家テラ=ヒルは、ダイロン族よ」


「へぇ、そうなんだ」


「むしろ、その事実を知らないあんたにビックリよ」


「う、うるさいな!」


 リリアの余計な一言に、ベロニカも過剰に反応してしまう。だが、そんなことなどはお構いなしにレクトは話を進める。


「さて。種族についてはお前らも知ってることはいくつかあるだろうが、念のために基本的な部分から説明していくぞ」


 そう言うとレクトは早速と言わんばかりにチョークを持ち、板書していく。


「まずはヒューマ族からだな。俺自身もそうだが、このクラスも7人のうち5人がヒューマだよな」


「そもそもこのクラスに限らず、世界の人口の半数以上がヒューマなんですよね?」


 フィーネが確認するように尋ねた。もっともこの事実に関しては、先程のルーチェの話にもあったように初等教育で習うような内容だ。


「その通り。ヒューマは世界全体の人口の大半を占める種族だ。具体的な数値が出ているわけじゃないが、全世界の人口のおよそ60%から70%を占めるだろうといわれている。多種族国家と呼ばれるこのフォルティスにおいても、人口の約40%がヒューマだからな」


「うちの学校も、全校生徒の半分くらいはヒューマだもんね」


 レクトの説明を補足するかのようにリリアが呟く。彼女の言うようにサンクトゥス女学園は全校生徒の約半数がヒューマであり、大抵のクラスはヒューマが半分、他の種族が半分といった構成だ。

 中でもS組は7人中5人がヒューマなので、他のクラスよりもヒューマの割合が大きいということになる。


「ヒューマはサル類から進化したといわれている種族だ。これといって大きな身体的特徴はないんだが、他の種族と比較して環境適応能力が高いっていうのがあるかな。だから、古の時代より世界各地で開拓を行ってきたのは大半がヒューマだっていう記録も残ってる」


 レクトは淡々と説明を続ける。普段はいい加減かつ適当な部分があるのに、こうやって説明を行っている間はちゃんとした教師に見えるのだから不思議だ。


「ヒューマ族はサルから進化したっていう説、よく聞きますけど本当なんですか?」


 再びフィーネが質問した。とはいえ授業中に質問をする回数は普段からフィーネが圧倒的に多いので、これに関しては今更おかしなことでもないのだが。


「学者に言わせると、骨格から見てほぼ間違いないそうだ。あと、何万年も人間のことを見てきたっていう、歳食った神なんかもそう言ってたらしい」


 学者の意見や考えというのはあくまでも仮説にすぎない部分もあるが、何万年も前から実際に見てきているとなると信憑しんぴょう性はかなり高い。とはいえ、神の名を冠する存在など普通の人間であればそもそも会う機会すらないのが普通なのだが。


「ちなみに、先生はそういった何万年も生きているような神様に会ったことがありますか?」


 今度はエレナから質問が挙がった。かつては女神を信仰する修道院にいた彼女としては、特に気になる部分なのだろう。

 だが、その質問に対するレクトの答えから話の流れが少々おかしな方向へと転がっていく。


「ある。ただ、その時は空気の読めない世間知らずのルークスが“ご老人”呼ばわりしたせいでブチギレして、大変な目にったけどな」


「勇者ルークスって、世間知らずだったんですか?」


 意外や意外といった事実に、エレナが驚きの反応を見せる。もちろん、驚いているのは他のメンバーも同様だ。もっとも、世界を救った勇者が実は世間知らずだったなどとても新聞に載せられるような内容ではないし、そんなマイナスイメージになるような話、誰も知りたくないようなことではある。

 もっとも、そんなマイナスイメージになりそうな話を平気で暴露ばくろするのがレクトという男だ。


「隣国ソリスの田舎いなかどころか、秘境って呼ばれてるぐらい山奥の村の出身。電気はおろか水道すら通ってないらしい。だから噴水も街灯も汽車も、旅に出てから初めて見たって言ってたな」


「大人になってから初めて噴水を見るって、どんな気持ちなんだろう…」


 レクトの話を聞いて、リリアがしみじみととした様子で言った。当然だが、街の中に噴水や街灯があるというのは彼女たちにとってはごく当たり前のことなので想像もつかない。しかしながら、レクトのこの話には更に続きがあった。


「俺は仲間になる前のことだから詳しくは知らないんだが、20歳の時に初めて街中で噴水を見て、“すごい!水が勝手に噴き上がってる!なんて豪華な井戸なんだ!”ってはしゃいでたらしい」


「うっわー。恥ずかしっ」


 世界を救った勇者には似つかわしくないエピソードを聞いて、率直な声をリリアが漏らす。こういった英雄に対するマイナスイメージのエピソードなど、仲間であったレクトだからこそ話すことができるというものだ。


「ま、ルークスのアホ話はまたの機会にな。それより今は種族の話だからな」


 世界を救った勇者を軽く貶しつつ、レクトは板書を続けた。


「次はカトゥス族。このクラスだとアイリスがカトゥス族だな」


 名前を呼ばれたアイリスの大きな耳がピクッと反応する。


「サルから進化したヒューマとは違って、カトゥス族はネコ科の動物から進化したとされている種族だな。この国では人口の約20%を占めている。種族としての最大の特徴は、頭部にネコ科由来の大きな耳を持ち、下半身からは長い尻尾が生えているところかな。一方で、体格に関してはヒューマよりもやや小柄な人間が多い」


 レクトの説明を聞いて、クラスの全員が反射的にアイリスの頭部へと視線を向ける。別に種族差別をしているわけでも何でもないのだが、それでも少し恥ずかしかったのか、アイリスは思わず耳をおさえるようにして手をかぶせてしまった。


「そうだアイリス。お前、身長いくつ?」


「えっ、身長ですか?」


 レクトから唐突に質問が飛んできたので、アイリスはきょとんとしてしまう。もっとも、これについては先程の説明の中にあった“小柄な種族”という内容に関する質問なのだろう。


「えっと…一番最近の身体測定で測ったときは151センチでした」


 アイリスとしても別に隠すようなことではないので、事実をそのまま答えた。だがその答えを聞いたフィーネには、レクトの言いたいことがなんとなく理解できたようだ。


「それって、カトゥス族の中では別に低いというわけでもないんですよね?」


「そうだな。身長については俺もそんなに詳しいわけじゃないんだが、だいたい平均ぐらいじゃないかな」


 フィーネが質問するが、レクトもはっきりとした答えを知っているわけではなさそうであった。ただ、相変わらず無関係な情報は入ってしまうのだが。


「ちなみに余談になるが、カリダの奴はヒューマなんだが身長は135センチしかない上に胸はまな板。世間では、ああいう人間を幼児体型と呼ぶ」


「本当に余談ですね」


 まったく授業に関係のない余談を聞かされたせいか、言葉を発したエレナだけでなく数名から冷たい視線が注がれる。先程のルークスの田舎者エピソードといい、レクトの口からはかつての仲間たちの評価ひょうかを下げる話しか出てこないというのも困りものだ。

 だが、レクトの唯我独尊っぷりは止まらない。


「そういや、アイリスがいてるパンツってやっぱり獣人族用のやつ?」


「き、急に変なこと聞かないでくださいよ!」


 一般的にいえば間違いなくセクハラになる発言に、アイリスはひどく動揺している。そもそも生徒たちは全員が女子なので、質問されたアイリス以外のメンバーにとっても十分にセクハラ発言に値するのだが。


「というか、なんでそんなこと聞くんだよ!?」


 ベロニカがもっともなことを指摘する。ところが、どうやらこの質問に関してはレクトも別に他意があったわけではなかった。


「別に変なことじゃないって。カトゥス族もそうだけど、獣人族って尻尾が生えてる種族が多いからな。ヒューマ用のパンツだと、ものによっては尻尾が邪魔でうまく履けないことがあるらしい」


「あ、あぁ…そうなの?」


 一応の理由があったからか、ベロニカはなんともいえない複雑な表示を浮かべている。当然のことながら、年頃の女子に下着のことを質問するというデリカシーの無さは否めないが。


「そもそも先生、なんでそんなこと知ってるんですか」


 普段から少しツリ目がちなエレナが、更に目を細くしながら尋ねた。聞きたいような聞きたくないような、微妙な心境なのだろう。

 だが、エレナはこの質問をしてしまったことを後悔することになる。


娼館しょうかんで指名したカトゥスのねーちゃんが脱いだパンツが変わったデザインだったんでな。気になって聞いてみたら詳しく教えてくれた」


「ぶっ!?」


 レクトのぶっちゃけ発言に、仰天した様子のエレナは言葉を失った。当然のことながら、教室全体がなんとも言えない空気に包まれている。

 レクトはレクトでやっちゃった空気を感じ取っており、すぐさま胸の前で両手を交差させてバツ印を作った。


「あ、悪い。やっぱ今の話ナシで。教育上よろしくない」


「遅いですって!」


 反省の色がイマイチ感じられないレクトに、エレナが軽く怒号を飛ばす。レクトは小さく「悪い悪い」と呟くと、すぐさま黒板の方へと向き直った。


「話を戻すぞ。カトゥス族は聴力と脚力が発達していて、中でも聴力に関しては個人差はあるものの、遠く離れた場所の音を聞き取ったり、数枚の壁をへだてて聞いたピアノの音階を区別できるような者もいるぐらいだ」


 先程のおふざけモードとは打って変わって、レクトは淡々と説明をしている。人間的には色々と問題があるが、教えるべき部分はキッチリ教えるのがレクトの授業の特徴だ。


「アイリスって、今のセンセイの話に出てきたピアノの音の区別ってできる?」


 ベロニカが横に座っているアイリスに問う。今は教室の中にはアイリスしかカトゥス族の人間がいないので、他に聞ける相手が存在しないというのもあるが。


「えっと、それぐらいだったらできますね」


「まじか、すごいなぁ」

 

 割と当たり前のように答えるアイリスだったが、それを聞いたベロニカは素直に称賛している。

 ちなみにS組のメンバーには誰かと誰かの仲が悪いということは特にないのだが、反対にベロニカと一番仲が良いのは実は他でもないアイリスだったりする。


「あと種族全体の特徴として手先の器用な人間が多く、職人や技師として働く者が多いな。他にも最近では優れた聴覚を活かして、作曲家や楽器の調律師のような音楽関係の職業に就く者も増えてきている」


「この学校でも、音楽の担当のアリア先生はカトゥス族ですね」


「あたしのバイオリンの調律をしてる先生もカトゥスだわ」


 レクトの説明を聞いて、フィーネとリリアが音楽業界で働くカトゥス族に関する身近な例を挙げた。特に音楽を担当している教師ともなれば、クラス全員にとって知っているのは当たり前の人物だ。


「カトゥス族はもともと森林地帯で生活していた狩猟民族だからな。視界の悪い森林で獲物が立てた音を聞き逃さないために、自然と聴覚が発達していったっていう説がある」


「環境に適応した結果ってことですね」


 フィーネが納得した様子で言った。といっても、レクトが言ったのはあくまでも1つの学説に過ぎないのだが。

 ここで、レクトの解説が少し違うベクトルのものに変わる。


「だが一方で、劣悪れつあくな環境で育ったカトゥス族の若者たちは身軽で手先が器用であることを悪用し、スリや盗賊に身を堕としてしまっていることが社会問題になっているな」


 先程とは一転して、レクトは種族固有の闇とでもいえるべき問題に触れた。この点については知らなかった者も多かったようで、半数以上の生徒たちが驚いたような反応を見せている。


「え、カトゥスって盗賊が多いの?」


「なんか、カトゥス族のイメージが少し変わりますね」


 ベロニカとサラが、率直な反応を示した。もちろん2人には悪意など一切ないのだが、そのカトゥス族であるアイリスは少し気まずそうな表情を浮かべている。

 ただレクトもそうなることは想定済みだったようで、すぐさまフォローを入れた…のだが。


「おいおい、カトゥス族イコール悪い種族みたいな言い方すんなよ。例えば俺が学生時代にボコった不良グループは大半がヒューマだったし、定食屋でボコった地上げ屋もヒューマだったぞ。あと最近だと俺がフォルティスに帰ってきた日にボコったギャングもヒューマだったし、その側近はタウロスだったからな」


「冠詞が全部“ボコった”なのが気になるんですけど」


 フォローの内容が微妙だったようで、すぐさまルーチェから指摘、もといツッコミが入る。とはいえ、そんなレクトの無茶苦茶発言によって先程の気まずい空気はすっかり無くなっていた。


「ま、要するに俺が言いたいのは種族に関係なく、結局のところ悪い奴は悪いもんなんだってことだよ」


「ちょっと強引にまとめましたよね?」


 再びルーチェから指摘が入った。しかし当のレクトはというと、しれっとした様子で黒板に文字を書き足していく。


「次はタウロス族だが、このクラスだとサラが該当するな。タウロスは牛から進化したとされている種族で、この国では人口の約10%を占めている」


 レクトの説明の通り、人口全体におけるタウロス族の占める割合はカトゥス族よりも少ない。S組は他のクラスよりも生徒の人数が少なく、カトゥス族とタウロス族の在籍生徒が1名ずつであるためわかりにくいが、学校全体で見るとタウロス族の生徒の割合はかなり低いのが事実だ。


「種族全般の特徴としては他種族よりも大柄で立派な体躯を持ち、頭部には牛のものと形状が似た角が生えているってことかな」


 実際に、タウロス族であるサラはS組の生徒たちの中で一番背が高い。2番目に高いベロニカと比較すると10センチ近くの差があり、また180センチ以上あるレクトと比べても少し低いというだけだ。

 その点に関して、フィーネがあることをレクトに質問した。


「サラも身長は高いですけど、それは種族としての特徴であって、サラ自身が飛び抜けて背が高いというわけではないんですよね?」


「そうだな。サラぐらいの身長のタウロス族の成人女性だったら、街中でもそこまで珍しくはないし」


 レクトが答えたように、サラと同じくらいの身長のタウロス族の成人女性はさほど珍しくはない。むしろ、タウロス族と同じくらいの身長のヒューマ族やカトゥス族の女性がいたら、その女性が高身長だと言われるくらいだ。もちろん、この点に関しては男性も同様である。

 ただレクトとしても少し気になったのか、サラに対してアイリスの時と同様の質問を行う…はずだったのだが。


「ちなみにサラ。お前、身長いくつ?」


「178センチです」


「バストは?」


「え!?えっと…ひ、103センチです」


 完全に悪ノリでレクトは流れに任せて余計な質問を続けたのだが、サラの方も唐突な質問だったというのもあり、恥ずかしがりながらも流されるように答えてしまう。

 そして、そんなサラの返答を聞いた他の生徒たちはというと。


「うわっ!でっか!ひゃくって!」


「センチっていうか、メートルの域ね」


「す、すごいですね…」


「やっぱサラだとそれぐらいあるかー」


 サラの圧倒的なバストサイズを聞いて、ベロニカ、ルーチェ、アイリス、リリアの4名がそれぞれ率直な感想をらす。もちろん4人は反射的に口にしただけであって特に悪意があったり冷やかしているわけではないのだが、それでもやはり恥ずかしいのかサラは下を向いてしまった。


「うーむ。女子校ならではの反応か」


 4人の反応を見て、レクトはまるで新鮮なものでも見たかのような発言をする。確かに共学だったとしたら周囲の反応も違っていたかもしれないし、男子がいたとしたら下品な歓声を上げるような奴もいるだろう。

 その点、レクトは男性ではあるものの、流石にいい年した大人なので反応そのものは冷静であった。


「その前に先生、バストサイズなんて聞く必要ありました?」


 当然のような質問がエレナから飛んでくる。もちろん返答を聞かずとも、そもそもレクトの質問そのものが特に必要のない余計なものであったということは、誰が考えても容易に理解できることだ。


「完全に冗談のつもりだったんだがなぁ。答えてくれるとは、流石に俺も予想外だった」


「えっ、じ、冗談だったんですか!?」


「そりゃそうでしょ」


 驚くサラに、リリアが冷静に指摘を入れる。いくらこの場に見知った人間しかいないからとはいっても、ある意味では少しばかりだまされやすいというのがサラの欠点であると言えるかもしれない。


「少し脱線したが話を戻すぞ。タウロス族は身体能力も高く、腕力においてはヒューマの倍以上だともいわれている。特に男性は闘争本能が極めて強く、恵まれた体格や腕力を活かして傭兵や剣闘士、スポーツ選手として活躍する者が多いな」


 タウロス族が身体能力に優れているというのは、一般的にもよく知られている事実である。無論、この場にいるサラも例外ではない。


「サラもパワーは半端じゃないもんね」


「そ、そんなにすごいことじゃ…」


 どうにもめられることに慣れていないのか、エレナの素直な称賛に対してもサラは恥ずかしそうに下を向いてしまうだけだった。ただ、そんなサラに対して諭すように言ったのは意外にもレクトであった。


謙遜けんそんしなくていい。それに、お前のパワーは同年代のタウロスの女子と比べても頭二つ分くらいは飛び抜けてるからな。そこは自慢してもいいところだ」


「あ、ありがとうございます…」


 レクト自身もサラの一撃をその身で体感しているので、彼女のパワーが並ではないということは十分に理解している。ただしレクトの場合、体感しているといっても攻撃をもろに喰らってしまったというわけではないのだが。


「サラの全力を指だけで止めてしまう人が言っても、イマイチ説得力が無いような気がするのですが」


 ルーチェが少しばかり嫌味っぽい指摘を入れた。しかしレクトはレクトで、謙虚さなどこれっぽっちも感じられない様子で堂々と返す。


「俺は最強なんだから仕方ないだろ。なんなら、その最強の俺にめられたという事実をほこればいい」


「自分で言っちゃったよ!この人!」


「否定ができないからツッコミづらいわね」


 傲慢ごうまんにも程があるレクトの返答に、ベロニカとリリアが率直な感想を口にする。特にリリアの言うように、レクトが最強ではないという証明など極めて難しいので、この指摘に関しては皆が共感できるようだった。

 そんな事はさておいて、レクトはタウロス族についての説明を続ける。


「話を戻すが、タウロス族は優れた身体能力に対して魔法に対する適正はあまり高くなく、魔術師になれる程の魔法の才能を持つ人間はごくまれだ」


「わ、わたしもあんまり得意じゃないです…」


 サラが申し訳なさそうに言った。とはいえ魔法の適正に関しては生まれもってのものであり、別にサラ自身に非があるわけでもない。それにレクト自身も魔法の適正は大して高くはないため、どちらかというとサラと立場は近い方になる。


「そこは別に気にするところじゃねえ。俺はタウロスじゃないが、魔法の才能なんて無いし」


「アタシも〜」


 レクトに同意するようにベロニカが手を挙げた。サラとは違い、ベロニカは自分に魔法の才能が無いことについては何とも思っていない様子である。

 魔法の才能についての話は置いておいて、レクトの説明は更に続く。


「それと、ここからは歴史の話も絡んでくる。タウロス族は元々、原始の時代ではその力をもって大陸の覇権はけんを握っていた種族だ」


「タウロス族が他の種族を支配してたってことですよね?」


「そういうことだ」


 エレナの質問に答えつつ、レクトは板書を続ける。


「ところが、やがてヒューマをはじめとした他種族の中で魔法や科学技術が発達していくと力関係は次第に逆転していき、遂にはタウロス族は奴隷どれいとして扱われるまでになってしまう」


 その話を聞いて、教室の空気が少しだけ変わった。それまでが少しばかりおちゃらけた雰囲気であったというのもあり、それが急にシリアスな話に切り替わったので戸惑いのようなものがあるのだろう。


「現在でも、一部の国ではタウロス族を奴隷として扱っている。それだけじゃなく、そういった国から来た人間の中にはタウロス族を差別的な目で見ている者も決して少なくはない。“奴隷牛どれいうし”なんて蔑称べっしょうで呼ぶ奴もいるぐらいだからな」


 フォルティス王国では、タウロス族に限らず奴隷の売買そのものが禁止されている。だがそれは国内のみの話であり、国外では普通に奴隷の売買を行っている地域は存在する。また、国内で禁止されているのはあくまでも奴隷の“売買”のみなので、他国からやってきた商人が奴隷を連れているというケースも稀にある。


「先生。いくら史実であるとはいえ、タウロス族であるサラの前でそういった話をするのはどうかと思います」


 タウロス族であるサラを思ってのことだろう、エレナはレクトの説明に対して苦言を呈するように言った。

 ところが、それまでは何を指摘されてもあっけらかんとしていた筈のレクトが、そのエレナの発言を聞いた途端に口調を変える。


「じゃあ何か?“それぞれの種族は特に争うことなく今日まで平和に暮らしてきました”みたいな適当な嘘でも言えばよかったのか?」


「そ、そういうわけではありませんけど…」


 急にレクトの雰囲気が変わったことに気圧けおされてしまったエレナは普段の強気な態度はどこへやら、しどろもどろになりながら反応に困ってしまった。こればかりはレクトの方が間違っているとは思わなかったのか、他の生徒たちも黙っている。

 そんな中、口を開いたのは他でもないサラであった。


「エレナ、わたしは平気」


「サラ…」


「だって、わたしは奴隷として扱われたことはないから」


 強がりでもなんでもなく、サラ自身は本当に平気なようだ。確かに彼女は生まれも育ちも奴隷とは無縁のフォルティス王国なので、奴隷に関する辛い過去や経験があるといつわけではない。

 レクトの方も、それを理解した上での授業なのだろう。


「どんな内容であろうと、史実は史実だ。ここ数年間の魔王軍との戦争だって、いずれは歴史の教科書にることになるだろうからな」


 当然のことであるが、歴史を揺るがすほどの大きな事件や戦いは記録に残るものである。レクトの言うように、ほんの数ヶ月前に終わったばかりである人類と魔王軍の戦いは間違いなく歴史書に記されることになるであろう。

 だが、その事に関してアイリスからある疑問が挙がる。


「それって、もしかするとレクト先生の名前が歴史書に載るってことですか?」


「そういや、そうなるかもしれないな」


 歴史に名を残すなど、普通に考えれば大きいだとか小さいといったレベルの話ではないのだが、興味がないのか当事者であるレクトはまるで他人事であるかのような反応だ。

 そんなこんなで、授業の内容は次の種族についての説明に移行する。


「さて、お待ちかねのダイロン族の話をしようか。これは多分、初等部や中等部の教科書にもほとんど載ってなかっただろうからな」


「そうですね。ドラゴンの血を引くといわれている希少種族、程度のことしか書かれていませんでした」


 ダイロン族については初等科の教科書にその名前こそ記載されているものの、エレナが答えたように簡単な事しか書かれていないというのが事実だ。これに関しては意図的に記載していないというわけではなく、単純にわかっていることが少ない、というのが大きな理由である。


「ダイロン族の身体的特徴としては、まずタウロス族を軽く上回るほどに大柄な体格と、褐色の肌だろうな。それと前頭部にはタウロスとは大きく形状の異なる角が生えていて、瞳の色は基本的に赤、ってところか」


 レクトはダイロン族の身体的特徴を箇条書きで板書していく。生徒たちにとっては他の種族よりも気になる部分は多いのだろうが、やはりここでも真っ先に手を挙げたのはフィーネだった。


「大柄って、具体的にはどれくらいですか?」


「テラの奴は自分で身長が215センチあるって言ってたけど、それでもダイロン族の中では平均レベルらしい。故郷の里の中には自分よりも頭一つ分は大きい奴もいたとか」


「2メートル超えが平均レベル…」


 フィーネは小さく呟きながら、さっそくノートに書き込んでいる。だがそれを見たレクトは、念のためにある事を告げた。


「テストには出さないぞ」


「まぁ、一応ということで」


 フィーネとしてはテストに出るかどうかだけでなく、純粋に知識として書き留めておきたいのだろう。この辺りに関しては彼女の真面目な部分が出ているともいえる。


「それだけの高身長となると、普段の生活とかも苦労が多そうですね」


 ルーチェが素朴な疑問を口にした。実際、彼女の発言はかなり的を射ており、レクトもその事については心当たりがありすぎるようだった。


「そうなんだよ。馬車や列車に乗る度にいつも狭いって文句言ってたな。扉とかもかがまないと通れないことも多かったし」


「ふ、不便そうですね…」


 ダイロン族特有の苦労話を聞いて、サラが率直な感想をらす。タウロス族にも身長が2メートルを超える者はまれにいるので彼女にもその苦労がなんとなく理解できるようだが、それにしても種族全体でそのような大柄な体格となると、生活スタイルそのものから違ってくるというのは容易に想像がつく。


「あと、ダイロン族は長寿な種族でな。ヒューマのおよそ2倍ほどの寿命を持つといわれている。その反面、繁殖能力は低くて全体の人口は他の種族と比較するとはるかに少ないんだが」


 実のところ、かつてのレクトの仲間であるテラの年齢は60歳を超えている。とはいえ、今のレクトの説明にあったようにダイロン族の寿命はヒューマの約2倍なので、ヒューマの年齢に換算すると30歳過ぎといった具合だ。


「人口が少ないって、具体的にはどれくらいですか?」


「はっきり言うと不明だ。一般には知られていない隠れ里も少なくないからな。俺自身、ダイロン族の里の場所は1つしか知らないし」


「そうなんですか…」


 フィーネが質問したが、まさかのレクトですら知らないようだった。当然だがレクトが無知ということではなく、ダイロン族の生活様式の方に理由がある。


「そもそも、ダイロン族のことが世間にあまり知られていないのには大きな理由がある。ダイロンは他の種族とはあまり関わりを持たず、他の種族では住むのも困難な険しい山岳地帯で部族ごとに集落を作り、大抵の人間はその中で一生を過ごすからな」


 レクトが言ったようにダイロン族の里は険しい山岳地帯に点在しており、それこそ外の人間が行くのは容易ではない。ダイロン族のことが世間にあまり知られていないのは、実際に里に行ったことのある人間が極めて少ないというのも大きな理由の1つとなっている。


「ただ、近年では外界に興味を持ち、集落を離れて旅に出る者も少数ながら存在しているみたいだ。テラの奴も、里を離れて武者修行の旅をしている途中にルークスに出会ったらしいからな」


「へぇー」


 リリアが少し意外そうな反応を見せた。もっとも、当然のことながら彼女たちは旅などした経験は無いので、ピンとこない部分があるのかもしれない。


「あと、これはテラの奴に聞いた話なんだが、ダイロン族は部族ごとに喋り方やイントネーションなんかがかなり違ってるらしい。中には独自の言語を使う部族もいるとか」


「いわゆるなまりですか?」


「平たく言えばな」


 確認するようなサラの疑問にレクトが答えると、今度はフィーネの方から別の質問が飛んでくる。

 

「ということは、テラ様にも訛りがあるんですか?」


「あるにはあるが、あいつは里を出てから何年も各地を放浪してたからな。最初は言葉が上手く伝わらなくて苦労したらしいが、数年も旅をするうちに今はかなりヒューマの喋り方に近くなったって言ってたよ」


「へぇ…そうなんですね」


 説明を聞いて、フィーネは納得したように言った。

 そうやって話が一通り済んだところで、レクトは壁にかかっている時計を見上げる。


「っと、時間か。結局、4つの種族しか話ができなかったな」


 時刻を確認すると、授業終了までおそよ2分ほどとなっていた。レクトとしては本当は更に別の種族についての話をしたかったようだが、時間は時間だ。長引かせてしまうと、この後の時間割にも影響が出てしまう。


「ちなみに先生、今日の内容はテストに出ますか?」


 フィーネから優等生らしい質問が飛び出す。もちろん、テストに関する情報となればフィーネに限らず皆が欲しい話であるが。


「既に初等科で学習済みの種族の身体的特徴とかは今更やっても仕方ないから出さないが、人口とか就業関係の話は少し出すかもな。ただ、ダイロン族の話については出題する予定はない」


「なるほど、わかりました」


 こういう質問に関しては、レクトははぐらかさずにきちんと答える。もちろん絶対に出すとは明言しないが、それはどの教師であっても同じことだろう。


「あと、ルークスの田舎者エピソードとカリダの幼児体型話も一切出さないからな」


「それは言われなくてもわかってます」


「というか、出さないでください」


 結局のところ最後は冗談で締め、フィーネとエレナの生真面目コンビに指摘されたところで授業の終了を告げる鐘が鳴った。

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