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魔法の得意不得意 ①

 時刻は午前10時過ぎ。レクトはある授業を行うべく、S組の生徒たちを運動着に着替えさせて校庭に連れ出していた。


「先生。訓練って言ってましたけど、具体的には何をするんですか?的がいくつもありますけど」


 皆が気になるであろう授業の内容を、フィーネが真っ先に手を挙げて質問した。校庭には事前にレクトが用意していたのだろう、木でできた的のようなものがいくつも並べられている。


「あぁ、この前は白兵戦の実力を見せてもらっただろ?今回は魔法の実力を確認しようかと思ってな」


 レクトの説明を聞いて、生徒たちは納得したような様子を見せている。

 実際、白兵戦の実力=その人物の実力という図式は必ずしも成り立つとは限らない。白兵戦が不得手であっても、魔法1つで名を上げた戦士だって世の中にはきちんと存在している。

 ただ、授業の内容に関して今度はアイリスから別の質問が入った。


「でも先生、魔法って言っても色々ありますよね?」


「まぁ、そうだな」


 アイリスの言うように、一口に魔法と言っても『攻撃』『防御』『補助』『回復』とその役割は様々であり、更に言えばそれらに分類されないものも数えきれないほど存在する。魔法を専門に扱う職業である魔術師であっても全ての種類の魔法は使わず、ある程度まで自分の得意なものを絞り込んでいることが多いぐらいだ。


「魔法かぁ…普段から使わないもんなぁ…」


「わ、わたしも…」


 白兵戦の時とは打って変わってベロニカは露骨ろこつに嫌そうな顔をしており、サラも自信が無さそうな様子である。

 しかしレクトは二人の反応などおかまいなしに、授業内容についての説明を始めた。


「課題は『ファイヤーボール』。つまり火球だ。各自、一回ずつあの的に向かってファイヤーボールをってもらう」


 そう言って、少し離れた位置に並べられた的を指差す。課題の内容自体は非常に単純なので、生徒たちもすんなり理解できたようだ。


「ファイヤーボール?そんな簡単な魔法でいいの?」


 リリアがまるで拍子抜けしたように言った。もっとも、口にしたのはリリアだけであったが、実のところは内心では数名のメンバーも同じような事を考えていたようだった。その理由は他でもない、レクトの提示したファイヤーボールという魔法そのものにある。

 ファイヤーボールとは名前の通り燃え盛る火炎を球状にして放つという、極めてシンプルな魔法だ。同時に、誰しもが学校の授業などで最初に習うといっても過言ではない、基本的な魔法でもある。仮にファイヤーボールを習った、もしくは使ったことがありますか、と質問された場合、おそらく大半の大人はイエスと答えることだろう。ファイヤーボールとは、それほどまでに一般的かつ広く浸透しんとうしている魔法なのだ。


「あんまりファイヤーボールを馬鹿ばかにすんなよ?攻撃魔法としては基本中の基本だし、これが満足に使えない奴はそもそも攻撃の魔法自体が向いてないって事になる」


「まぁ…わからなくもないけど」


 珍しく真面目まじめな顔で、レクトはさとすように言った。リリア自身も少なからずそれに共感する部分があったのか、反論することなく素直にうなずく。


「じゃあ、まずは俺が手本を見せるとするか」


 そう言って、レクトは右の手のひらを的に向けて構えた。ところが、それを見たエレナはある事をたずねる。


「先生は剣士っていうイメージが強いですけど、魔法も使えるんですか?」


「才能はある方じゃないが、人並み程度には使えるつもりだ」


 そもそも魔法というのは、使おうと思えば年齢・性別問わず誰にでも使える。ただし、その得意不得意については生まれつきの才能に左右されやすく、才能があまりない人間は魔法を専門に扱う事を早々にあきらめてしまうことが多い。


「よっ、と」


 レクトが魔力を右手に集中させると、1秒も経たないうちに直径10センチ程の火球が出来上がる。一般人の平均からすれば十分な大きさだが、この程度であれば並の魔法使いなら誰にでもできるというレベルだ。

 レクトはそのまま、出来上がった火球を的に向かって放つ。火球はもうスピードで飛んでいき、木でできた的を粉々に吹き飛ばした。


「ま、大体こんな感じだ」


 生徒たちの方を向き、レクトが言った。ただ、先日の実戦訓練の時のような圧倒的な印象ではなかったからか、生徒たちはどこか拍子抜けしたような顔をしている。


「もしかして、今のが先生の本気?」


 少し嫌味を含んだような口調でリリアが言った。馬鹿にしている、というよりは茶化していると言った方が正しいか。


「本気じゃないが、仮に本気出したとしてもせいぜい今の1.5倍ぐらいだろうな。本職の魔術師には遠く及ばねえよ」


 魔法はあまり向いていないという自覚があるので、レクトには悔しいという気持ちは微塵みじんもないようだ。実際のところ、あれだけの剣の腕前があればそもそも魔法を使う必要性すらないのだろうが。

 兎にも角にもお手本を見せ終わったということで、今度は生徒たちに対してレクトの方から指示を出す。


「じゃあ次はお前らの番だ。まずはリリアから」


「えっ?あたし?」


 いきなりレクトに指名され、リリアは少し驚いたような様子を見せた。


「出来ないのか?」


 レクトは少し挑発ちょうはつめいた口調で言ったが、今回は内容が内容だ。リリア本人にとってもなんら難しい要素は何一つ無いようなので、ムキになることもなく至って冷静な様子、むしろ余裕の笑みさえ見せている。


「冗談言わないでよ。こんなもの、目を瞑ったってできるわ」


 リリアはそう答えると的の真正面に立ち、両手を構えて魔法の詠唱えいしょうを始める。やがて手の先には先程のレクトの時と同じように火球が出来上がるが、その大きさはレクトが作ったものよりも一回り大きかった。


「はっ!」


 掛け声と共に、火球が放たれる。火球は真っ直ぐに飛んでいき、直撃した木の的を粉砕した。その様子を確認したリリアは、得意げな様子で改めてレクトの方を向く。


「どう先生?これでいい?」


「上出来」


「えっ?あ、うん…」


 あまりにもレクトが素直にめたので、リリアは少し驚いているようだ。だがレクトはそんなことなどお構いなしに、更にリリアに尋ねる。


「リリアは攻撃魔法が一番得意なのか?」


「え?あっ、そうね。火、水、風、土…一通りは使えるわ」


 ファイヤーボールは見た目通り炎の魔法だが、攻撃の魔法は他にも冷気、風、雷など様々な属性のものがあり、規模や威力によって習得の難易度も異なる。上位の魔法になるほど習得が難しく、使用した際の消耗も激しい。

 とはいえリリアの放ったファイヤーボールは結果としては申し分なかったので、レクトはさっそく次の生徒を指名する。


「次。ベロニカ」


「げっ、アタシかよ!?」


 唐突に指名され、ベロニカは嫌そうな声を上げた。先程の反応といい、おそらく魔法はあまり得意ではないのだろう。気の進まない様子のベロニカに、レクトはさとすように言う。


「どうせ全員やるんだ。順番なんて関係ないだろ?」


「そりゃまあ、そうかもしれないけどさぁ」


 レクトにうながされ、ベロニカは渋々ながら的の前に立った。両の手のひらを前に突き出し、魔法の詠唱を始める。


「ふんっ!」


 ベロニカは気合のこもった声を出すが、出来上がった火球はレクトがお手本として作ったものと比べると半分ほどの大きさしかなかった。ただ、きちんと形にはなっているので、ベロニカは出来た火球を的目掛けて放つ。


「あっ!」


 ここで、ベロニカが短く叫んだ。狙いが少しズレてしまったのか、火球は的の中心ではなく上部にヒットし、的の上半分だけを吹き飛ばした。


「うわー、なんか中途半端だな」


 半分だけ残った的を見て、ベロニカは“やっちゃった”感のある表情を浮かべている。もっとも、今回の授業では合格不合格の基準自体は特に設けられていないので、結果としては別に問題はないのだが。


「ベロニカは魔法が苦手そうだな?」


 結果を見たレクトが、率直な感想を述べた。実際、魔法が苦手というのも間違ってはいないのだが、ベロニカ本人としてはやはり他人から指摘されるのはいい気分がしないらしい。少しムキになりながら、レクトに反論する。


「全くできないってわけじゃないぞ!ただ戦闘では剣で斬った方が手っ取り早いってだけだ!それはセンセイも同じだろ!」


「ま、否定はしないな」


 魔法を使うよりも剣で斬った方が早いという点に関しては、レクトもベロニカに同意せざるを得なかった。

 本人の言う通り中途半端な結果にはなってしまったものの、ファイヤーボールを的に当てるという目的自体は達成されていたので、レクトは次の生徒を指名する。


「じゃあ次、アイリス」


「あ、はい!」


 アイリスは少し緊張きんちょうした様子で返事をすると、2人と同じように的の前に立った。そうして深呼吸をすると両手を正面にかざし、魔法の詠唱を始める。数秒経って出来上がった火球は、先程のベロニカのものよりも一回り大きかった。


「えいっ!」


 掛け声と共に、アイリスは的に向かって火球を放つ。火球は的の中心から少し上の辺りに直撃し、的の8割程を吹き飛ばした。


「えっと、先生。これでいいですか?」


「おう、いいぞ」


「ふぅ…よかったです」


 レクトの返事を聞き、アイリスは安堵したような顔になる。魔法自体の威力としてはお世辞せじにも実戦レベルとまでは言えないが、それでもしっかり形にはなっていた。


「アイリスも攻撃の魔法はあまり得意じゃなさそうだな?魔法の詠唱自体は割とれた感じがあったんだが」


 レクトの見た限りではアイリスの魔法は威力がやや低いだけで、構えや詠唱はむしろ上々と言える出来であった。


「わたしはどちらかというと、補助の魔法の方が向いてます」


 アイリスの言う補助の魔法とは、仲間の能力を上げたり、感覚を鋭敏化させるといったサポート向きの魔法の事だ。地味ながらも戦闘における有用度は高く、魔術師によっては攻撃や回復の魔法よりもこちらを専門にしている者がいるほどである。

 そんなこんなで、これで折り返しといったところだ。続いてレクトは、4人目の生徒を指名する。

 

「次はそうだな…エレナ」


「はい」


 エレナは返事をすると、的の前に立つ。両手を構え、これまでのメンバーと同じように魔法の詠唱を始めた。

 出来上がった火球は、レクトのお手本とほぼ同じくらいの大きさであった。エレナは無言のまま、火球を的に向かって放つ。火球は的の中心に当たると、的を粉々に吹き飛ばした。


「先生、終わりました」


「うん、オッケー」


 エレナは真顔で報告する。レクトとしても結果については申し分ないし、彼女自身の魔法の使い方もかなり綺麗きれいだという事が見てとれた。


「エレナは魔法が結構使えるみたいだな?」


「苦手ではありませんね。ただ、どちらかといえば光の魔法や回復魔法の方が得意なので、炎の魔法はほとんど使いません」


「なるほど」


 返答を聞き、レクトは納得したような表情になる。修道院で行われる修行というのは礼儀作法や勉学だけでなく、場所によっては光の魔法や回復魔法など、聖なる力に由来する術を学ぶ事もある。おそらくはエレナも修道院でそういった魔法を学んだのだろう。


「確かに、魔法も人によって得意不得意があるしな」


 そう言ってって、レクトは残りの3人の方を見る。

 後にひかえているのは特に不安そうな様子を見せていないフィーネ、見るからに自信のなさそうなサラ、無表情でいまいち思考が読めないルーチェの3人だ。

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