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英雄の食卓事情

「それでは、今日の授業はここまでね」


「「「ありがとうございました」」」


 授業の終了を告げるかねが鳴り、号令とともに家庭科担当のレアは教科書や資料をまとめると、S組の教室を後にした。この学園の家庭科に関しては、半数以上の授業を彼女が担当している。

 そんなこんなで、これから昼休みだ。生徒たちの話題は、当然のように昼食についてのことになる。


「お昼、どうする?」


「私は今日もお弁当だから」


「わたしは学食で食べますね」


「私も今日は学食」


 サンクトゥス女学園における昼食には、主に3つの選択肢がある。家から弁当を持参するか、購買でパンなどの軽食を購入するか、学生食堂を利用するか、のいずれかだ。

 学食の場合は早めに行かないと席が埋まってしまうというのは生徒たちの間ではもはや常識であるため、学食利用メンバーはやや急ぎ足で教室を出て行った。


「じゃあ、私たちも食べましょうか」


 教室に残った3人は、フィーネのその言葉を皮切りに自分のカバンから弁当箱を取り出す。

 そうして各々が談笑しながら弁当を食べていると、不意に教室の扉が開かれた。現れたのは、このクラスの担任であるレクトだ。


「あれ、先生?」


 急にレクトが現れたので、エレナが疑問を含んだような声を上げた。フィーネも同じような反応を見せるが、ルーチェだけは特に気にした様子もなく弁当を食べ続けている。


「ん?昼飯」


 レクトは手に持った紙袋を皆に見えるように掲げる。この学園に通う生徒なら誰しもが一度は目にしたことのある、購買で使われている袋だ。


「教室で食べるんですか?」


 フィーネからはもっともな質問が飛んでくる。

 とはいえ、別に教職員が食事をする場所が決められているということはなく、教師によっては自分が担当するクラスで生徒と一緒に食事をする者もいる。

 ただ、S組の場合はこれまでが生徒と教師の関係が決して良いものではなかったため、教師が教室で食事を摂ることが割と珍しいのだ。


「ジーナから、パンなら教室で食べろと言われてな」


「どうして?」


 フィーネからは質問が続く。もっとも、レクトの方は特に理由を隠すようなことはないが。


「レクトさんはまだ赴任ふにんしたばかりだから、もっと生徒のみんなと触れ合って仲良くなる機会を設けてください、だと」


「…そういうのって、私たちには直接言わないほうがいいのでは?」


「確かに。一理あるかもな」


 フィーネの指摘に対しても特に気にした様子もなく、レクトは教卓に座る。


「そういや、この時間は3人しかいないのか」


 紙袋の中から購入したばかりであろうホットドッグを取り出しながら、たずねるようにレクトが呟いた。


「いつも3人ってわけじゃないですね。私もそうですけど、何人かはお弁当の日もあれば、学食で食べる日もあります」


「ふーん」


 エレナの返答を聞きながら、レクトはホットドッグを一口かじる。作られてからまだそんなに時間が経っていないのだろう、コッペパンにはさんであるソーセージはまだ熱を持っていた。


「そういえば、この学校って食堂2つあるよな?メニューが違ったりするのか?」


 右手にホットドッグを持ったまま、レクトは左手の指を2本立て、いわゆるVサインの形を作った。そんなレクトの疑問に対し、エレナは弁当を食べつつ説明する。


「正確に言うと、食堂とカフェテリアです。カフェテリアの方はサンドイッチやパンケーキといった軽食が中心ですね」


「なるほど。ガッツリ食いたきゃ食堂の方に行け、と」


「そうなりますね」


 エレナの説明に納得した様子のレクトは、再びホットドッグをかじる。その流れで、今度はフィーネからS組の生徒たちに関する説明が入った。


「今日はアイリス、サラ、ベロニカの3人が食堂に行ってます。リリアだけはカフェテリアですが」


「1人でか?」


 リリアが1人だけカフェテリアに行ったという話を聞いて、レクトが首をかしげた。別に1人でカフェテリアに行くこと自体には何も問題はないのだが、その事に関してフィーネから更に補足説明が加わる。


「人数とかに関係なくリリアはほぼ毎日、昼休みにはカフェテリアに行ってますよ」


「どうしてまた?」


 侯爵令嬢、つまりは生粋のお嬢様であるはずのリリアが学校のカフェテリアに通いめていると聞いて、レクトは怪訝そうな表情を浮かべている。


「リリアって、無類の紅茶好きなんですよ」


「まぁ、それはなんとなく想像がつく」


 フィーネの話を聞いて、レクトはリリアの父親であるエルトワーズきょうが話をする時によく紅茶を飲んでいたことを思い出す。おそらく、リリアが紅茶好きというのは少なからず父親の影響もあるのだろう。


「カフェテリアは食堂よりもメニューの種類は少ないんですけど、代わりに色々な種類の紅茶やコーヒーがそろってるんです」


「なるほど。それで毎日のように紅茶をたしなんでいる、と」


「そういうことですね」


 紅茶そのものは大衆にも浸透しているが、貴族の中には毎日決まった時間に紅茶を飲むことを習慣にしている者も少なくはない。それにカフェテリアに紅茶の種類が充実しているとなると、紅茶に合う料理やスイーツも豊富に取りそろえているに違いないだろう。

 と、ここでリリアの件とは別の疑問がレクトの頭に浮かぶ。


「逆に、いつも弁当って奴はいるのか?」


「私は基本、毎日お弁当です」


「右に同じく」


 レクトの質問に、フィーネとルーチェが即答した。エレナに関しては先ほど食堂を利用することもあると言っていたので、聞くまでもないが。


「なんで?」


「なんでと言われましても…」


 率直なレクトの質問に、フィーネは返答に困ってしまう。別にやましいことがあるわけではないようだが、どう答えればいいかわからないのだろうか。


「フィーネは単に料理好きなだけです」


 困っているフィーネの代わりに、エレナが答えた。それを聞いたレクトは食べ終えたホットドッグの包み紙を小さく丸めながら、改めてフィーネに尋ねる。


「ということは、弁当も毎日自分で作ってるのか?」


「はい、そうです」


 どうやら、フィーネの弁当はお手製らしい。レクトの座っている位置からだと弁当の中身までは見えないが、堂々と広げながら食べているあたり、少なくとも人に見せられないようなものではないようだ。


「ちなみにルーチェは?」


「私も自分で作ってます。といっても、おかずの大半は孤児院の子供たちの昼食用に作り置きしたものですけど」


 流れでレクトはルーチェにも尋ねるが、当の本人はさらっと答えた。ルーチェにとってはごく当たり前のことなのだろう、特に何の感情も抱いていないのうな返答だった。


「自分で作ってることに変わりはないだろう」


「まぁ、そうですね」


「そもそも、子供たちの食事を作ってるってことは、ルーチェもそれなりに料理はできるってことだよな?」


 料理のできない人間が子供の食事を用意するなど、常識的に考えてもあるはずがない。ただ、ルーチェからは何とも言えない答えが返ってくる。


「できる、できないで言えばできますけど、好きではないですね」


「そうなのか」


「孤児院では食事は当番制なので、仕方なくやっているって感じです。作る量も多いし、できればやりたくないっていうのが本音ですね」


「なるほど」


 やや愚痴ぐちっぽくなっているルーチェの話に相槌をうちながら、レクトはベーコンレタスサンドの包み紙を開く。だがここで、ルーチェとは対照的に料理が好きなフィーネから指摘もといアドバイスが入った。


「作業だと思うから嫌になるんじゃない?自分の技術の向上になるとか、将来的に役に立つって考えれば前向きにできるかもよ?」


「イモの皮剥かわむきなんかでスキルが向上するとは思えないけど」


 せっかくの助言をルーチェはバッサリと斬り捨てる。毎日イモの皮剥きをしている修行中の料理人に対して失礼だろ、と一瞬レクトは言おうかと思ったが、どのみち言ったところでルーチェの意見が変わるとも思えないのでやめておいた。


「逆に、先生って料理できるんですか?」


 話題を変えようとしたのか、今度はエレナがレクトに話を振った。


微妙びみょうなところだな。できないことはないが、上手いかと言われると決して上手い方ではないと思う」


 右手にベーコンレタスサンドを持ちながら、レクトは左手をパタパタと振った。なんとも言えない返答であったが、すぐさまルーチェから指摘が入る。


「それって、要するに普段は作らない人のセリフですよね?」


「まぁ、そうなるかな」


 別にはぐらかすようなつもりはなかったのか、レクトはあっけらかんとした様子で答えた。だが、今度はフィーネから別の質問が飛んでくる。


「それなら、普段の食事ってどうしてるんですか?」


「食事ねぇ」


 まだ会ってから数日なので当然といえば当然であるが、生徒たちにとってはレクトのプライベートにはわからない部分が多い。

 とはいえ、レクト自身は別に王族でも貴族でもない。超が付くほどに高級な食事を毎日のように食べるといったことはなく、普通に大衆酒場で食事をするような人間だ。


「外食もすることはあるけど、今は泊まってる宿屋で出してもらえるからな。どちらにせよ、自分で作る機会はほとんどないかなぁ」


「泊まってる?」


 質問に対する返答としてレクトが何気なく発した言葉に、エレナが反応した。だがレクトにとっては隠すほどのことでもないので、流れでそのまま説明する。


「この学校から少し歩いたところに大聖堂があるだろ?」


「ありますね」


「その大聖堂のすぐ近くに『白い仔馬亭』っていう宿屋があるんだよ」


 レクトは何の気なしに宿屋の名前を挙げる。だが、エレナはすぐに具体的な場所が思い浮かんだようだ。


「それって、入り口に馬のブロンズ像が置いてある白い屋根の建物ですよね?」


「よく知ってるな」


「たぶん、私だけじゃなくてみんな見たことあると思います」


 そんなエレナの言葉に、ルーチェとフィーネも同意するように頷く。

 そもそも、彼女たちは詳しくないどころか地元の人間だ。特に西区の地理に関しては、レクトよりも詳しいのは当たり前のことである。


「その宿屋に一年分の代金を前払いして部屋を借りてる」


「「「一年分!?」」」


 レクトの発言を聞いて、3人の声が揃った。もちろん彼女たちはレクトの懐事情などはまったく知らないのだが、それでも一年分の宿泊代を一括で払うとなると決して安い金額ではないということは容易に想像できる。


「というか、わざわざ宿屋じゃなくても借家とか探せばあるとは思うんですけど」


 エレナの言うことももっともだ。部屋の広さや間取りによって多少は金額が変わるだろうが、それでも宿屋に一年間宿泊するよりは安くなるだろう。

 といっても、レクトにはレクトなりに宿屋を選択した理由があった。


「さっき言ったように、その宿屋は必要な時にはメシも出してくれるからさ。あと、そこはサービス良くてな。洗濯もやってくれるんだ」


「そんな宿屋もあるんですね」


「老夫婦が2人で切り盛りしてる宿屋だからな。もうけるためにやってるんじゃなく、老後の趣味の範疇はんちゅうなんじゃないか?」


「なるほど」


 説明を聞いて、フィーネは納得したような表情を浮かべている。そんな話でレクトの食卓事情についてはなんとなく理解できたのだが、ここでルーチェから今更ながらの質問が入る。


「そんなことより、教師が住んでる場所を生徒に教えてしまってもいいものなんですか?」


 それを聞いて、エレナとフィーネは同時に「あ」と気づいたような声を挙げる。問題のレクトはというと、サンドイッチの最後の一口を飲み込むと同時にその質問に答える。


「よくないだろうなぁ」


「じゃあなんで教えたんですか!」


「まぁ、その場のノリというヤツ?」


 エレナの指摘にもまったく反省の色を見せることなく、レクトは食べ終わったサンドイッチの包み紙をくしゃくしゃに丸めた。


「でもさ、お前らは興味本位でその宿屋に押しかけるほどガキでもないだろ?」


「まぁ…そうですね」


「なら別に問題ないだろう」


 至極当然といった様子で言い切るレクトに、エレナは反論もできないようだった。

 確かに物心のついていないような子供ならともかく、十代も後半の彼女たちが興味本位でレクトの家を訪ねるなどまずないし、それがどういう事であるかというのも十分に理解できる年齢だ。


「あ、でも俺の住んでる場所はあんまり言いふらすんじゃねえぞ」


「そこはあんまりじゃなくて、絶対に口外するな、とか言ってくださいよ」


 どうにもいい加減な部分の多いレクトの発言に、エレナは本日何度目になるかわからない指摘、もといツッコミを入れた。

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