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実技指導 ①

 時刻は午前9時。サンクトゥス女学園の校庭では、ちょうどS組の授業が行われている最中であった…のだが。


「はぁっ…はぁっ…」


「ふっ…ふっ…」


「ゼェ…ゼェ…」


 校庭の中央付近では、運動着姿の生徒たちがある程度の間隔かんかくを空けた状態で腕立て伏せをしている。当然だが生徒たちのペースにも差があり、体力にも自信のある肉体派のサラは割と余裕、反対に生粋のインドア派で普段から読書ばかりのルーチェは早くも息を切らしている状態だ。

 しかしながら、全体的に生徒たちにはイマイチ活気が感じられない。その理由については、他でもない指導者の方に問題があった。


「どうした、ふっ、お前ら、ふっ、ペースが、ふっ、落ちてるぞ、ふっ」


 小刻みに呼吸を挟みながら、レクトが注意をする。なぜ呼吸が小刻みなのかは、レクトが今まさに行っている行動に理由があった。そしてそれこそが、生徒たちのやる気をいでいる大きな原因でもあるのだ。


「目の前でそんなことやられたら、誰だってやる気なくすわよ!」


 怒号を飛ばすリリアの視線の先では、なぜか大きな朝礼台を背負った状態のまま、高速でスクワットをしているレクトの姿があった。


 


 事の発端は、5分ほど前にさかのぼる。


「もっとペースを上げろー。そんなんじゃ日が暮れるぞー」


 いつもの黒コート姿のまま腕組みをしながら、レクトは腕立て伏せをしている生徒たちを叱責する。叱責といっても、少し気の抜けた様子で若干棒読み気味なのがどうにも気になるところではあるが。


「くっそ…。アタシらに過酷なことをさせておいて、自分は高みの見物かよ…」


 腕立て伏せをしながらも、ベロニカが文句を言う。もっともこの場合、どちらかというと文句というより、ぼやきというべきだろうか。だが、声量を間違えてしまったのか、そのぼやきはレクトの耳にも届いてしまう。


「なんだ。納得いかない奴がいるみたいだな」


 レクトのその言葉に、ベロニカがビクッと反応する。しかしレクトは注意をするどころか、こめかみに指を当てて何かを考えていた。そして数秒経って何かを思いついたのか、レクトは再び腕組みをする。


「よしよし。つまり、俺がお前らよりも過酷なことをすればいいんだな?」


 1人で勝手に納得した様子のまま、どういうわけかレクトは校庭の中央から少し離れた位置へと向かった。そしてある物の前で足を止め、離れた位置にいる生徒たちにも聞こえるようにやや大きめの声で確認するように言う。


「これって、いわゆる朝礼台ってヤツだよな?」


 レクトが手を添えているのは、階段の付いた金属製の大きな台だ。少し大きめであるが、特別な仕掛けや装飾などは無く、それこそどの学校にでもありそうな代物である。


「はい、そうですけど?」


 フィーネが質問に答える。正確に言えば朝礼以外にも使われているものであるが、彼女たちも校庭で全校生徒を集めた集会を行う際に校長であるクラウディアをはじめ、教職員や生徒たちの代表者が台の上に登る姿は何度も見てきている。

 そんな台を、レクトは間違った使い方で利用しようとしていた。


「よっ、と」


「えぇっ!?」


 いきなりレクトが台を持ち上げたので、フィーネは思わず声が裏返ってしまう。当然のことながら、かなりの重量になる金属製の台をいとも簡単に持ち上げることも凄いのだが、この場合はまずレクトの行動そのものがぶっ飛んでいるので、驚きのうち9割は後者である。

 しかしレクトは平然とした様子で台を背負った状態のまま、生徒たちの方へと戻ってきた。


「よし、条件を変えるぞ。俺がこれを担いだ状態で1000回スクワットをするから、お前らはその間に腕立て200回終わらせろ」


「「「えええぇぇぇ!!?」」」


 レクトの提案、もとい要求に対し、全員が驚愕きょうがくの声を挙げる。当然だが、驚いている内容は“台を担いだままスクワットをする”ことなのだが。


「よっ、ほっ、はっ…」


 生徒たちの声を軽く無視して、レクトは早速と言わんばかりにスクワットを始める。その光景を見て、生徒たちは腕立て伏せをするどころか、開いた口がふさがらない状態だ。


「ほ、本当にやってます…」


「しかも、物凄いスピードで」


 アイリスとエレナが、ある意味で精一杯の実況を行う。こうして、S組の生徒たちは“この男に一般常識は通用しない”という事を少しずつ学習していくのであった。


 


 結局のところ、レクトのスクワットよりも早く腕立て伏せを終えた生徒は誰一人としていなかった。とはいえ、これに関しては彼女たちがだらしないというわけではなく、単純にレクトのパワーとフィジカルが常軌じょうきを逸しているというだけの話なのだが。


「よし、それじゃあ次だな」


 レクトの方も想定内であったのだろう、特にペナルティを課すこともなく授業を続ける。生徒たちは皆、レクトと最初に出会った際にも使っていた各々の練習用武器を手に持って並んでいる。


「先生。言われた通り武器を持ちましたけど、この後は何をするんですか?」


 フィーネが率先して質問した。武器を持たされているということは、それを用いた訓練になるというのは容易に想像できる。だが、それでも具体的に何をするのかまではわからない。


「俺としては、まずお前らの実力を知っておきたいっていうのがあってな。各自、自由な方法で俺に攻撃してもらいたいと思う。あ、もちろん魔法はナシな」


「それ、前にやりましたよね?」


 レクトの説明を聞いて、エレナが指摘をする。前にやった、というのはもちろん彼女たちが初めてレクトと出会った日の事だ。当然といえば当然であるが、レクトもその点についてはきちんと理解している。


「心配するな。あの時はお前らに実力の差を見せつける目的で遊び半分な部分もあったが、今日はちゃんとした指導をするつもりだ」


「遊び半分って、よくもまあ隠さずに堂々と言いますね」


「ま、事実なんでな」


 嫌味っぽいルーチェの一言を、レクトは悪びれもせずに肯定した。無論、ちゃんと指導をするというのも本当のことであろうが。

 また、レクトが実践形式の授業を提案したことにはもう1つの理由があった。


「それに、だ。フィーネ、アイリス、ルーチェの3人に関しては、まだどういう動きをするかをまったく見ていないからな」


「そういえば、そうでしたね」


 名前を挙げられたフィーネは、納得したように頷く。確かにあの時はグリーンドラゴンの一件があったので、最終的にレクトに挑んだのはリリア、サラ、エレナの3名だけであった。


「あれ、ベロニカは?」


 ここでふと、サラがベロニカの名前を挙げる。当然のように名前を呼ばれたベロニカはピクッと反応するが、彼女よりも先にエレナがサラの疑問に答える。


「ほら。昨日、言ってたじゃない。惨敗して大泣きしたって」


「あ、そういえば…」


「いちいち口に出して言うなよ!」


 やはり本人にとっては思い出したくないことであるのか、2人の会話を聞いたベロニカは声を荒げた。とはいえ2人ともレクトに対しては手も足も出なかったのは同じなので、ベロニカのことを馬鹿にしているわけではないのだが。


「それで先生、具体的にはどういう事をするんですか?」


「あぁ」


 フィーネが話を戻すと、レクトは右の人差し指、中指を立て、いわゆるVサインの形を作った。


「これから俺が2人ずつ指名するから、呼ばれた2人は好きなタイミングで俺に挑んでこい。人数の関係上、最後は1人になるがな」


「えっ、2人同時に相手をするんですか?」


 説明を聞いて、アイリスが少し驚いたように言った。今回は最初に会った時のようにハンデを設けているわけではないのだが、それでも彼女たちにしてみれば実践形式の授業で教師が生徒2人を同時に相手にするというのは初めてであった。


「お前ら程度なら、俺は2人どころか7人同時でも相手にできるっての」


「…」


 驚く生徒たちとは対照的に、レクトは至極当然といった様子で言い切る。最初に会った時であれば間違いなく挑発ともとれるような発言であったが、既にレクトの実力を知っている生徒たちからすれば否定も反論もできないのは事実だ。

 もちろんそれは、彼女も同様である。


「腹立たしいけど、この人ならマジでやれるからね」


 相変わらずの様子で、リリアは不満をぶちまける。ただ、昨日までとは1つだけ決定的に違う部分があった。


「リリア、やけに素直じゃない?」


 悪態をついていても否定そのものはしなかったので、そのことを不思議に思ったエレナが言及する。


「別に。実力の差をきっちり理解したってだけよ」


 指摘されたリリアはそっぽを向くと、やや小さな声で答えた。

 もっとも、レクト自身も単なる思い付きで2人と指定したわけではない。何も考えていないようで、意外に計算高いのがレクトという男なのだ。


「なぜ2人なのかっていうと、今回はお前らが攻撃している間に、俺がダメな点とか直した方がいい部分を見つけるっていう目的がある。そうなると、人数が多くなると指導がしづらいと思うんだ」


 つまるところ、単に相手をするだけであれば7人同時でも余裕であるが、そこに指導を挟むとなると話が変わってくるということだ。一度に相手にする人数を2人に絞ったというのも、実はレクトなりに合理的に判断した結果であった。


「意外とマジメな理由だったんですね」


「ルーチェ、お前は俺を何だと思ってるんだ」


 ルーチェが素直な意見を述べるので、レクトは呆れたように言う。

 そんなこんなで、レクトは校庭の中央にある円形の試合スペースの中央に立つ。試合スペースといっても、地面に白線を引いただけの簡易的なものだ。


「じゃあ、最初はエレナとフィーネにしとくか」


 早速といわんばかりに、レクトはエレナとフィーネの2人をそれぞれ指差した。


「しとくか…って何か適当じゃないですか?」


「細かいことは気にすんな」


 指名されたエレナの質問を、レクトは軽く一蹴する。これ以上は聞いてもあまり意味はなさそうであるし、流石にこの順番に関しては特に深い意味はないと思われるので、エレナとフィーネの2名は素直に試合スペースの中に入っていった。


「よし、いつでもいいぞ」


 レクトが合図をする。だがそれと同時にいきなりエレナが動き、手にした鞭を大きく振った。鞭は大きくしなりながらレクトの背後を襲うが、その先端は素早く伸ばしたレクトの左手にあっさりとつかまれてしまう。

 しかし、この攻撃に関するレクトの評価は決して悪いものではなかった。


「そうだ。それでいい。学習したな、エレナ。相手の視界の中で、事前に攻撃の軌道きどうを目視で確認するのは良くないからな」


「どうも!」


 レクトが鞭の先端から手を離すと同時に、エレナは鞭の先端を自分の方へと引き戻す。しかしエレナの方を見ていたレクトの隙を狙い、今度はフィーネがレクトの右側からレイピアの突きを繰り出した。


「これで!」


「甘い」


 レクトはこの攻撃も横目で確認しており、即座に右手を軽く振ってフィーネのレイピアを弾き飛ばす。弾かれたレイピアは宙を舞い、カランと音を立ててフィーネの数メートル後ろに落下した。


「フルーレやエペだけじゃなく、やりなんかにも言えることなんだが、“突き”を主体とする剣技は意外と横からの攻撃に弱い。フェンシングの試合ではそんな経験はないかもしれないが、実戦だと何があるかわからないからな」


「は、はい…」


 真っ当な注意を述べるレクトに反論の余地もなく、フィーネは小さく返事をする。だがその直後、レクトの後方からは足元を狙うようにして再びエレナの鞭が飛んできた。


「これで!」


「ほう」


 レクトは感心するような声を漏らしつつ、1歩だけ左に移動する。だがその1歩分の移動により、レクトの右足に当たる筈の軌道を描いていた鞭の先端はそのまま地面にぶつかった。


「話してる最中に卑怯ひきょうだろ…と言いたいところだが、実戦では卑怯もへったくれもないっていう状況は多いからな。特に相手が格上の場合は、いかに隙を探すかってことが重要になってくるし」


「心得ておきます」


 エレナは返事をしつつ、鞭を自分の方へと引き戻す。その間にフィーネは先程レクトに弾かれた自分のレイピアを拾い上げ、まっすぐに構えた。


「さて、次はどう来る?」


 思考を巡らせる2人に、余裕のある態度でレクトが声をかける。

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