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おまけ 猛獣事件〜after episode〜

 時刻は夜の10時、フォルティス王城からほど近い場所にある酒場にて。


「ほら、だから言っただろ?ちゃんとした理由があったんだってば。それなのに最初ハナっから俺が悪いみたいに決めつけやがってよう」


 半分ほどビールの残っているジョッキを片手に、レクトは隣の席に座っているアイザックに向かって嫌味を言った。理由というのはもちろん、昼間の事件で人々が倒れていたことについてだ。


「しつこいな、お前も。それに関しては悪かったと言っているだろう」


 バツの悪そうな様子で謝罪しゃざいの弁を述べながら、アイザックはこんがりと焼かれた豚のモツを口へと運ぶ。少々癖のある一品ではあるが、酒飲みのリピーターも多いというこの酒場の人気メニューだ。


「しかしながら、まさか違法薬物の売人ブローカーがサーカス団のブラックテイルタイガーとぶつかったことが原因だったとは。部下が2人怪我をしたものの、民間人の中では猛獣使いの少女が軽い脳震盪のうしんとうだけで済んだのは不幸中の幸いだったな」


 キンキンに冷えたアイスティーを飲みながら、アイザックが言った。それを聞いたレクトは皿の上に置かれた大きなサラミを手に取ると、一口かじる。


「そうそう。あのヒョロい男、どうなった?」


 レクトの言う“ヒョロい男”というのは、もちろん事件の発端となった売人ブローカーのことだ。当然のように騎士団に拘束されたようだが、その後にどうなったのかはレクトの知るところではない。


「腕の骨を折って全治1ヶ月だが、命に別状はないそうだ。もっとも奴は指名手配犯だし、怪我けがを負わせたブラックテイルタイガーも自分の主人を守ろうとしただけだから、骨折に関しては自業自得といったところか」


 説明をしながら、アイザックは左手で何かを摘むようなジェスチャーをする。レクトもそれが何を意味しているのかをすぐに理解し、自分の目の前に置かれていたサラミの皿をアイザックに差し出す。


「今回の件は貸しイチだからな、アイザ」


 さも当然といった様子で言いながら、レクトは食べかけのサラミを口の中に放り込む。確かに昼間の件に関してはレクトのおかげで被害は最小限に食い止められたことは間違いないのだが、“貸し”という部分についてはアイザックにも反論があった。


「ちょっと待て。単純に貸しということで言えば、学生時代に私たちが何度お前の問題行動に対する尻拭しりぬぐいをさせられたと思っている。むしろ、今回の一件でお前が貸しを1つ消化したといったところだろう」


 サラミを一口かじりながら、アイザックが言った。彼の言う尻拭いの中には、一昨日に王城で話にあった掃除の罰ももちろん含まれるのだろう。しかしレクトは真顔のまま正面を向き、ボソッと呟く。


「7年か8年も前の話だろ。とっくに時効だ」


「なにが時効だ!勝手なことを言うな!」


 身勝手なレクトの言い分に、アイザックの声が大きくなった。もっとも酒場としては満席になるような時間であるので、周りの席でも大きな声でドンチャン騒ぎをしている客も多く、アイザックの怒鳴り声など誰一人として気にも留めない。

 いや、正確に言えばただ1人だけ反応している人物がいた。


「はっはっは!お前さんたちのやり取り、何年経っても変わんねえなぁ!」


 2人の会話を聞いていた大工と見紛うほどにガタイのいい酒場のマスターが、笑い飛ばしながら言った。


「議員殿にも同じこと言われたぜ」


 昼間のエルトワーズの言葉を思い返しながら、レクトはジョッキに残っていたビールをグイッと一飲みする。そして空になったジョッキをカウンターの上に置くと、追加の注文を口にする。


「マスター、ビール追加ね。あとイカ刺し」


「あいよ!」


 注文を受けたマスターは、レクトから受け取ったジョッキにビールを並々と注ぎ始めた。その様子を見ながら何かを考えていたアイザックは、唐突にスッと手を挙げた。


「マスター、私にはワインを」


「おう!珍しいな。ワインだな?」


 マスターはレクトの目の前にビールの入ったジョッキを置くと、後ろの棚からワイングラスを1つ取り出した。そうして今度は新品のワインボトルから慣れた手つきでコルク栓を抜くと、グラスに注いでいく。

 その様子を横目で見ながら、レクトはアイザックに問う。


「お前、下戸げこだろ。大丈夫なのか?」


「酒の席での付き合いもあるからな。レクトが旅に出ている間に、少しは飲めるようになったよ」


「ふーん」


 目の前に置かれたワイングラスを手に持ち、アイザックはそれをレクトに向かって軽く傾ける。既に酒場に来てから1時間近く経過しており、乾杯をするには今さらという部分もあるが、レクトもこういったノリは嫌いではない。手に持ったジョッキを、アイザックのグラスに軽くぶつける。


「ほいレクト!イカ刺しな!」


「おう」


 マスターの大きな声と共に、イカ刺しの入った小鉢がレクトの前に置かれた。マスターによれば、今朝水揚げされたばかりの新鮮なものだそうだ。


「マスター!ビールとソーセージ追加!」


「あいよ!少し待ってな!」


 別の客からのオーダーを受け、マスターは後ろにあった冷蔵庫を開ける。レクトは目の前に置かれたイカ刺しを少しだけ自分の小皿に移すと、まだ半分以上は残っているイカ刺しをアイザックに差し出した。


「食う?」


「いや、私はいい」


 せっかくの好意を遠慮しつつ、アイザックは皿に残っていた豚のモツを口に運ぶ。しかしレクトも断られたことに関しては特に不満そうな様子は見せず、むしろ少しからかうような様子でイカ刺しをはしで摘み、持ち上げてみせる。


「相変わらず生の魚介類はダメか?」


「食べられないということはないんだが、あまり気が進まないな」


 イカ刺しを堪能たんのうするレクトを他所に、アイザックはワイングラスに口をつけた。そのチビチビと飲む様から、普段あまり酒を飲まないということが容易に想像できる。


生牡蠣なまがきで腹下して大会に出られなかったことが、そんなにトラウマかぁー」


「だから、嫌なことを思い出させるんじゃない」


 レクトがからかうように言うので、アイザックは不満そうな様子のまま皿に残っていた最後のモツを口へと運ぶ。目の前にある皿が空になったところで、アイザックはふとある事をレクトに言う。


「なぁ、レクト。王国騎士団に来る気はないか?」


「あ?」


 唐突な騎士団への勧誘であった。しかしながらレクトは間髪入れずに、それこそ決まり文句であるかのように返事をする。


「んなもん、あるわけないだろ」


「やっぱりか」


 予想通りの返答であったので、アイザックは苦笑している。というのも、レクトが王国騎士団に勧誘されるのはこれが初めてのことではなかった。


「そもそも、俺が学生時代から団長殿にしつこく勧誘されて、その度にあしらってきたのはお前も知ってんだろ」


「“前”団長殿、な」


「あの時は団長だったからいいんだよ」


 アイザックとのやり取りの中で、レクトは学生時代にエルトワーズから王国騎士団への加入を提案されたこと、もとい何度も勧誘されたことを思い出す。当然のようにその度に断り、最終的には騎士ではなく傭兵になったというわけだ。


「なら、なぜ教師の仕事は引き受けた?」


 そのまま話の流れで、アイザックはレクトの“現在”について問う。レクトはジョッキに残っているビールを一口飲むと、能天気な様子でアイザックの方を見た。


「決まってんだろ。だって相手はピチピチの女子だぜ?」


 さも当然といったようにレクトは言う。もちろんレクトの女好きについてもアイザックはよく知っているし、その事で困らされた経験も数えきれないほどある。

 だが、それを聞いたアイザックは急に真面目な顔つきになった。


「うそぶくな。リリア嬢くらいの年頃の娘だと、お前は性の対象として認識はしないだろう」


「…へぇ」


 アイザックの指摘に、レクトの声が少し小さくなった。レクトは肯定も否定もしなかったが、付き合いの長いアイザックはそれがどういうことを意味するのかというのももちろん理解している。

 だがレクトが答えを返す前に、アイザックはおもむろに立ち上がった。


「まぁ、別に無理して答えなくてもいいぞ。お互いしばらくの間は西区を拠点に活動することになりそうだし、その内にまた会うことになるだろう」


 そう言って、ポケットの中から財布を取り出す。少しずつ飲んでいたワインのグラスも、いつの間にか空になっていた。


「マスター。勘定かんじょうはカウンターの上に置いておくぞ」


「あいよ!」


「ん?帰るのか、アイザ」


 アイザックが代金をカウンターの上に置くのを見て、レクトはビールの入ったジョッキを手にしながら問う。


「明日は国境警備部隊との合同演習でな。その準備のために、いつもより早めに出勤しなければならないんだ」


「ふーん、大変だねぇ」


 適当な返事をしながら、レクトはジョッキに残っていたビールを一気に飲み干す。しかし、アイザックの視線は少しばかり冷ややかだ。


「というより、明日は平日だぞ。レクトも仕事だろう」


「そーだなー」


「まったく、気楽な奴め」


 相変わらずマイペースな、というよりも唯我独尊を地で行くレクトに、アイザックはもはや注意することすら放棄しているようだ。だが、店の出入口へと向かおうとしたところで、ふとアイザックは足を止める。


「そうだレクト。()()()にはもう行ったか?」


「あー…」


 アイザックは具体的に“誰の”とは示さなかったが、レクト自身は何のことだかはっきり理解しているようだった。


「いや、まだ行ってない。とりあえず、身の回りの事がひと段落してからにしようと思ってる」


「そうか」


 レクトの返答を聞き、アイザックは納得した様子で店を出て行った。店に残ったレクトはカウンターの上にジョッキを置き、他の客の相手をしているマスターを呼ぶ。


「マスター。ビール、もう一杯」

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