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騎士団屈指の実力者

「人がいっぱいいますね。大通りの方に向かっているみたいですし、みんなパレードを見に行く人たちでしょうか?」


 下校の途中、普段よりも街中にいる人の数が多いことに気づいたアイリスが言った。彼女の言うように、全員ではないにしろ大半はパレードを見に来た人間であろう。


「フラッドサーカス団って、世界中で公演を行ってるんだよね。次はどの国に行くのかな?」


「たしか、隣国のソリスじゃなかった?」


 サラとエレナは、サーカス団の次の行き先について話している。次の行き先がどこであるにしろ、世界中を旅しているとなると再びフォルティスで公演を行うのは数年先になるだろう。そう考えると、学校のイベントであったとはいえ良い経験をしたのだと改めて実感することができた。


「サーカス、すごかったですよねぇ。ピエロが玉乗りしながら盛大に火を吹いてましたけど、熱くないんでしょうか?」


 実際に見たサーカスの演目を思い返しながら、アイリスがつぶやいた。手品を多く取り入れたピエロの演目は、確かに見た目にも派手な演出が多かったことを他の3人も思い出す。


「たぶん、何か工夫があるんじゃない?普通にやったら間違いなく口の中が大火傷おおやけどになるだろうし」


 リリアが冷静に答える。確かに素の状態で火を吹いたとすれば、火傷はまず免れない。彼女の言うように何かしらの工夫がなされているのは間違いないだろう。


「わたしは猛獣もうじゅうショーが一番すごいと思ったけどなぁ。女の子を乗せた大きなトラがジャンプ台から飛び降りたりとか。なんて名前だったっけ?あの大きなトラ」


 サラが思い返していたのは、調教師と猛獣のショーであった。しかしながら、肝心のショーに出ていた猛獣の名前が思い出せないようだ。


「ブラックテイルタイガーね。自然界では極めて危険な猛獣らしいけど、あそこのサーカス団にいるタイガーは生まれたばかりの頃から人間に世話をされているから、人を襲うことはないんだって」


 サラの疑問に、エレナが答える。ブラックテイルタイガーとは、名前の通り尻尾が根元から真っ黒なトラで、3メートルを超える巨体が特徴的な獣だ。その猛獣に人が乗ってショーを行うというのだから、目の前で体感した彼女たちにとってはかなりの迫力があったことであろう。


「あとは空中ブランコが…」


「くそ!騎士団め!こんなところで捕まってたまるかよ!」


「えっ!?」


 エレナが言いかけたところで、唐突に茶色のコートを着た小太りの男が全速力で彼女たちの横を通り過ぎて行った。だが彼女たちが状況を理解する前に、男の後を追うように長髪の騎士が更に横を通り過ぎた。


「逃がさん!」


 言葉とともに、アイザックは地面を強く蹴る。すると一瞬だけ爆発的な加速が生じ、アイザックは一気に逃走中の男の正面に回り込むことに成功した。


「し、しまった!」


 追いつかれた小太りの男は、どうすることもできずに立ち止まった。だが男が次の行動へ移る前にアイザックは右手を開き、腰のあたりで構える。


灰熊の(グリズリー・)掌底(インパクト)!」


「がはっ…!?」


 相手に防御する隙も与えず、アイザックは男の腹部に強烈な掌底を叩き込む。攻撃をもろに喰らった男は3メートルほど吹き飛ばされ、そのまま地面に倒れ込んだ。


「隊長!大丈夫ですか!?」


 後からやって来た騎士が、隊長であるアイザックに声をかける。アイザックは攻撃に使用した右手を少し確認すると、軽く頷いて部下の騎士の方を向いた。


「問題ない。しばらくは意識を失ったままだろうから、今のうちに拘束しておけ」


「はっ!」


 アイザックに命じられ、部下の騎士は縛るためのロープを取り出しながら倒れている小太りの男の方へと向かう。アイザックは腕組みをしながらその様子を見ていたのだが、ここで唐突に背後から自身の名を呼ぶ声が聞こえてきた。


「アイザック!?」


 振り返ったアイザックの視線の先にいたのはブレザー制服姿の少女、リリアであった。彼女の方が年下であるのは誰の目から見ても明らかであるが、そんな彼女がアイザックのことを呼び捨てで呼ぶあたり、少なくとも単なる顔見知りだけというわけではなさそうだ。


「これはリリア嬢。ご無沙汰ぶさたしております。下校の途中でしょうか」


「う、うん」


 一方のアイザックは、年下であるリリアに対しても敬語で話している。リリアに対する呼称にも“嬢”と付け加えているので、相手が貴族令嬢であることをきちんとわきまえた上での態度であろうが、実は他にも理由があった。


「お会いするのは4年振りですかな。エルトワーズ前団長には色々とお世話になりました。もっとも、今も議員として接する機会は…」


挨拶あいさつはいいから。仕事中なんでしょ?」


 長くなりそうだと思ったのか、リリアはアイザックの話を途中でさえぎる。アイザックは思い出したようにうなずくと、アイザックはつい先ほど気絶させた男に目をやった。ちょうど部下の騎士が男の手足を縛っている最中だ。


「そうでした。指名手配犯を追っている途中でして」


「指名手配犯!?」


 リリアは驚きを隠せないようだった。実際のところ、街中の掲示板などに犯罪者の手配書が貼られていることも無くはないのだが、いざ自分がその現場に遭遇することなど想像もできなかったことであろう。しかも西区は王都の中でも特に静かな地区であるので、そういった犯罪とはもっとも縁遠い場所なのだ。


「地下闘技場などで使用される違法薬物の売人ブローカーです。今日、西区で取引があるという情報が入りましてね。3人組のグループなのですが、1人はつい先程に捕縛ほばく、そしてたった今2人目を捕らえたところです」


 一般人に話せる範囲で、アイザックは状況を説明する。しかしそれを聞いたリリアは、ある一点に疑問を抱いたようだった。


「ということは、あとの1人はまだ捕まってないの?」


 3人中2人が捕まったということは、逆に言うとあと1人はまだ捕まっていないということになる。しかしながら、アイザックはあまり心配したような様子は見せていない。


「えぇ。ですが、人相はわかっています。今日はサーカス団のパレードがあるので街中にも警備の騎士団があちこちに配置されていますし、すぐに捕まることでしょう」


「そっか」


 アイザックがそう言うのであればと、リリアも納得したような表情を見せている。そもそも手癖の悪い泥棒どろぼう冷酷れいこくな殺人鬼ならともかく、相手は違法薬物の売人ブローカーだ。犯罪者であることに変わりはないが、民間人に対する危険性はさほど高くはないだろう。


「ではリリア嬢。何も心配することはないと思われますが、帰り道にはお気をつけて」


「うん、わかった」


 リリアの返事を聞いたアイザックは、少しだけ笑顔になると売人の男を縛り上げた部下の方へと歩いて行った。それを見届けたリリアも、少し離れた位置で待っている学友のもとへと戻る。


「ごめん、待たせちゃったね」


「うん、それは別にいいんだけど」


 謝るリリアであったが、エレナは首を横に振る。待たせたといっても1、2分程度なので、大した時間の長さではなかったからだ。

 リリアが戻ってきたところで、4人の下校トークが再開される。


「あの騎士の男の人、知り合い?」


 道を歩きながら、エレナがリリアにたずねる。おそらくはサラとアイリスも気になっていることであろう。


「パパが騎士団にいた頃の、部下だった人」


 特に隠すことようなことでもないので、リリアは端的に答えた。リリアの父親が王国騎士団の前団長であったのは有名な話で、もちろん級友である3人もその事は知っている。


「すごい動きだったね!あっという間に回り込んで、こう…ドンって一撃で!」


 サラはつい先程に目の当たりにしたアイザックの動きを、手振りを交えながら表現している。説明が少しばかり舌足らずなような気もするが、それだけ興奮しているということの表れであろうか。


「若手の中でも指折りの実力者だって、パパが言ってたわ。それに、学生時代にも剣術の大会で何度も入賞していたらしいし…」


「入賞?優勝じゃなくてですか?」


 リリアの話を聞いて、アイリスは頭に疑問符を浮かべている。あれだけの実力がありながら学生時代には大会で優勝できなかった、というのがいささか不思議に感じるのだろう。ただ、その事実にははっきりとした理由があった。


「彼と同い年で、もっと優れた人がいるのよ。当時はほとんど王都の大会で、その人が優勝していたから」


 心なしか、説明するリリアは少し嬉しそうだ。恐らくはその“優れた人”と何かしらの関係があるのだろう。だが、決して悪意のないサラの一言がリリアの機嫌を一気に損ねてしまうことになる。


「それってもしかして、レクト先生のこと?」


 サラはここ最近で出会った人間の中でも、飛び抜けた実力を持った人物の名前を挙げた。もちろん勇者と共に魔王を倒した英雄の1人であるのだから、過去に大会で名を残していたとしても何ら不思議ではない。ところが、レクトの名前を聞いた途端にリリアの声色が変わる。


「そんなわけないでしょ。優勝どころか、入賞したって話すら聞いたことないわよ」


「ご、ごめん…」


 どことなくリリアの声が威圧的だったので、サラも反射的に謝ってしまう。それを見て未だにリリアがレクトを認めていないことを察したエレナは、やれやれといった様子で肩をすくめている。一方、アイリスは今の会話の中でのある点について疑問を抱いていた。


(あれだけの実力がありながら大会での実績がないなんて、何か理由があるのかな…?)


 そんな疑問を抱いていると、ふとリリアが立ち止まる。道が十字路になっており、リリアは大通りへと続く道を指差した。


「じゃあ、あたしは楽器屋が向こうにあるから」


「うん、またね」


 挨拶を交わし、リリアは3人と別れて目的の楽器屋へと向かって行った。


 


 



 アイザックは気絶したままの売人ブローカーの男を、放り投げるようにして馬車の荷台に乗せたおりの中へ入れた。男はまだ起きる気配がないが、アイザックは気にせず扉を閉め、鍵をかける。


「よし、連れて行け」


「はっ!」


 アイザックの合図によって、馬車が出発した。その様子を見届けながら、先ほど売人ブローカーの男を縛り上げた部下の騎士が口を開く。


「流石ですね、隊長」


 流石というのは、もちろん数分前にアイザックが男を一撃で気絶させたことである。しかしアイザックはまったく喜ぶ素振りなどは見せず、首を横に振った。


「確かに相手は犯罪者だが、戦闘に関しては素人に毛が生えた程度だからな。大したことではない」


「ですが、隊長の若さでここまでの実力を持った騎士を今までに見たことがないので…」


 慢心の見られないアイザックであったが、部下の騎士としては純粋にすごいと感じたのだろう。だが、アイザックには決して自分を過大評価しないもう1つの理由があった。


「そんなことはない。それに、純粋な実力で言えば私よりもフィオリーナの方が上だからな」


「フィオリーナ殿、ですか」


 アイザックの挙げた騎士団屈指の実力者の名前を聞いて、部下の騎士も納得したような表情を浮かべている。


「彼女は天才だよ。力で劣る女性の身でありながら、それをものともしない卓越した技術と判断能力を持ち、羨ましいことに私と違って魔法の才能もある。私も学生時代から彼女とは何度も手合わせする機会があったが、通算では大きく負け越しているからな」


 アイザックの口から“羨ましい”という言葉を聞いたのは初めてのことであったからか、部下の騎士は少し驚いている。もっとも、彼が羨ましいと思っているのはあくまでも魔法の才能についてであろう。体力や技術というものは鍛錬たんれんによって後天的に得ることができるが、魔法については生まれ持っての才能によるところが大きい。

 だがここで、部下の騎士が少し水を差すような発言をする。


「しかし、四英雄レクト・マギステネルには…」


 数日前のことだ。英雄レクトの国王に対するあまりにも無礼な態度たいどに怒ったフィオリーナであったが、最終的にはレクトにいいように手玉に取られる結果となってしまった。


「あの化け物は論外だ。強いとか弱いとか、レベルが違うだとか、最早そういう次元の話じゃない。基本的に、あいつは比較対象に挙げていいような人間ではないからな」


 色々と思うところがあるのか、アイザックはやれやれといった様子で首を横に振る。世界を救った英雄を化け物呼ばわりするのもどうかというところではあるが、長い付き合いの彼だからこそ口にできるのだろう。


「そういえば、レクト殿もアイザック隊長とは同級生なのですよね?彼が剣術の大会に出ることはなかったのですか?」


 英雄レクトの学生時代のことはよくは知らないが、あれだけの実力があれば学生時代にも名のある大会で結果を残していてもおかしくはない。実際、アイザックとフィオリーナはいくつもの大会で結果を残しているのだが、同年代であるレクトの名前は聞いたことすらない。

 もちろん、その理由についても級友であったアイザックはよく知っていた。


「あいつはとにかく競争や勝負事に関心のない奴でな。“どうせ俺が勝つんだから、やるだけ時間の無駄むだだろ”の一点張りだったよ」


「な、なるほど…」


「由緒ある大会で優勝してトロフィーやメダルを貰うよりも、違法賭博いほうとばくを行っている地下アングラの闘技場で戦って小金を稼ぐ方がよっぽど有意義なんだと」


「うわぁ…」


 アイザックの話を聞いた部下の騎士はドン引きしている。既に先日の国王の間での一件でレクトの人となりはある程度見えてはいたものの、どうやら彼の無茶苦茶なエピソードは掘り返せばいくらでも出てくるようだ。


「さてと」


 売人ブローカーの男を乗せた馬車が見えなくなったところで、アイザックは大通りの方へと目を向けた。これからパレードを見に行くのだろう、様々な人々が何十人と歩いている。


「世間話はここまでだ。最後の1人も探し出すぞ!」


「はっ!」


 部下の騎士を引き連れ、アイザックは走り出した。

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