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初日 ②

「えーと、名前はレクト・マギステネル。年齢は25で、身長は184センチ、体重は79キロ。血液型はAB型だ」


 とりあえずの自己紹介ということで、レクトは自身のプロフィールを述べた。しかしながら、その内容について生徒たちがどうこう言う前に、クラウディアから辛辣な指摘が入る。


「それ、病院で問診表に書く内容じゃないの。誰も求めてないわよ、そんなもの」


 クラウディアの言う通り、生徒たちがレクトの身長や体重を知ったところで何がどうなるのか、ということである。実際、それを聞いた生徒たちも微妙な反応を見せていた。


「なら、お前らの方から質問はあるか?俺は基本NGは無いから、なんでも答えるぞ」


 面倒になったのか、反対にレクトはS組の生徒たちから質問をつのることにした。ここで何も質問がなければ本当に自己紹介の時間は終わりになってしまうのだが、レクトにとっては幸か不幸か、少女たちの頭の中は疑問だらけだ。


「あ、あの…」


 トップバッターとして、サラが手を挙げる。そんなサラが質問したい内容というのは、まさに数分前に彼女自身が口にしていた疑問だった。


「えっと、率直な質問なんですけど、本物ですか?」


「また随分ずいぶんと返答に困る質問だな」


「す、すいません…」


 質問に対し微妙な表情を浮かべているレクトを見て、サラが小さな声で謝罪する。もちろん質問そのものに対する答えはイエスかノーで済むのだが、それを本人が言ったところではたして本当に信用していいものかどうかも疑わしいものではある。

 なんとも言えない空気になってしまったが、ここはレクトの代わりにクラウディアが答える。


「あなたたちの言いたいこともわかるけど、彼は本物よ。西区育ちのあなたたちはあまり知らないでしょうけど、レクト・マギステネルといえば東区では有名な悪ガキで、その名前を聞いたらたたえるどころか嫌悪する人間もいるくらいよ」


「世界を救った英雄が嫌悪されるんですか?」


 クラウディアの話がにわかには信じがたい内容であったからか、アイリスは驚いた様子を見せている。もちろん、驚いているのは他のメンバーも同様であるが。


「そうよ。なにしろ、学生の頃から違法賭博を行っている地下闘技場に出入りしていたような人間だもの」


「なんで知ってんだよ」


 当然のように答えるクラウディアに、レクトが冷めた様子で指摘する。もう何年も前の話ではあるのだが、おそらくは国王や騎士団の誰かにでも聞いたのだろう。当然だがこれ以上掘り下げてもロクな話が出てくるとは思えないので、レクトはさっさと質問の内容を変えさせることにした。


「次。誰か質問ある奴いるか?」


 その問いかけに、今度はフィーネが手を挙げる。言ってみろ、という意味合いの合図で、レクトは無言で彼女のことを指差した。


「なぜ英雄とまで呼ばれるほどの方が、教師になろうとするのですか?」


 実際のところ、フィーネだけでなく皆が一番聞いてみたい質問だ。なにしろレクトは今、世間的には魔王を倒して世界を救った英雄である。それこそ言ってしまえば一国の王となったルークスや大神官に就任したカリダらと同じように、仮に働くにしてもそれ相応のポストが約束されるような立場だ。にもかかわらず、学校の教師という一般的な職業を選んだというのだから、誰がどう考えても不自然な話ではある。

 だが、レクトの反応は極めて淡白なものであった。


「んー、気まぐれかなぁ」


「え?」


 想定外の答えが返ってきたからであるか、フィーネは間の抜けたような声をらした。他の面々も呆気にとられたような表情を浮かべている。


「こ、答えになっていませんよ!」


 雑なレクトの返答に対し憤っているのか、フィーネの声が少し荒くなった。真面目な質問に対してあんな返答をされたのだから、怒るのも無理はないが。

 しかし、レクトはやれやれといった様子で肩をすくめている。


「仕方ないだろ。俺はコーヒーをブラックで飲むか、ミルクを入れるかをその時の気分で選ぶような奴なんだよ」


「話の内容がぜんぜん違いますよ!」


 側から見ればいい加減きわまりないレクトの返答に、フィーネの声がさらに大きくなる。もともとレクトの言動はいい加減なことも多いのだが、実際に会ってまだ1日しか経過していない彼女たちがそれを知る由もない。


「ほかー。なんか質問ある奴いるかぁ?」


 これ以上は無意味だと判断したのか、レクトはフィーネとのやり取りを切り上げて次の質問を募る。当然だが、適当にあしらわれたフィーネは不満そうな様子だ。

 そんな中、おもむろに手を挙げたのはルーチェであった。フィーネの時と同じように、レクトは指名の合図として彼女のことを指差す。


「それほどの力をお持ちなのに、どうして他の3名とパーティを組んだのですか?」


 ルーチェの言う3人とは、もちろん他の四英雄である勇者ルークス、魔術師カリダ、武闘家テラの3人のことである。もっとも、ベロニカだけはいまいちピンときていないようであったが。


「なに?俺ってそんなに協調性なさそう?」


 からかうようにレクトが言った。自虐じぎゃくのようにも聞こえるが、かといって十代の娘たちが英雄に向かって“見えます”と率直に言うのも難しい話ではある。実際のところ、ルーチェ自身が聞いてみたかったのもその点についてではない。


「そうではなくて、それほどの力をお持ちなのであれば、1人で魔王を倒すことも考えたのではないかと思いまして」


「あー、なるほどな。まぁ、最初は考えたんだけどな」


 ルーチェの質問の意味が理解できたレクトは、複雑そうな表情を浮かべながら左のこめかみをトントンと指で軽く叩く。その拍子に、左耳に付けているピアスが少しだけ揺れた。


「詳しく話すと長くなるから手短に説明するが、魔王はナントカっていう古代魔術の使い手でな。物理攻撃や魔法を無効化する特殊な防御術を常に張ってたんだ。だからどんなに重い一撃をブチ込もうとも、無効化されてオシマイ」


 質問の内容によるのだろうが、フィーネの時とは打って変わってまともな答えを述べている。しかしながら、肝心の魔術の名前をきちんと覚えていないところが彼のいい加減さを物語っているともいえるが。


「できれば、その“ナントカ”も教えていただきたいのですが」


「すまん。カリダの奴が説明してくれたことがあったんだが、なにしろ名前が古代語だったからな。発音が難しくって覚えてない」


「そ、そうですか…」


 魔法に精通しているルーチェとしては、魔王が使っていたという古代魔術がどういうものであるのか気になるようだったが、レクトにしてみれば思い出せないものは思い出せないのだ。ルーチェも仕方がないと納得したのか、少し残念そうにしつつもこれ以上の追求はしないことにした。


「話を戻すぞ。剣も魔法も効かない相手なんてどーすりゃいいんだ、ってなってた矢先に現れたのがルークスの野郎でな。あいつが持ってた『聖剣グラニ』は、そういった古代魔術でも容易に打ち破る聖なる力を宿していたってハナシ」


「それで、古代魔術を打ち破れるルークス様の旅に同行したんですね」


 レクトの説明を聞いて合点がいったのか、アイリスが頷きながら言った。ルークスが聖剣に選ばれた勇者であるというのは、世間的にも有名な話である。


「そうそう。それとアイツらに会った時、向こうは向こうでパーティ内に参謀役がいないって困っててな。それで俺の実力を見て仲間にならないかって向こうから誘ってきて、利害の一致ってことで俺も了承したワケだ」


 レクトは淡々と話を続ける。だが今の説明の中でレクト自身は特に気にした様子もなくさらっと語った、ある一点に驚いた生徒が数名いるようだった。


「さ、参謀役だったんですか!?」


 皆が言いたいことを、エレナが率先して口にする。もちろんレクトの分析能力や状況判断能力がどれほど優れているのかというのは彼女たちの知るところではないが、昨日の模擬戦を見た限りでは、とにかく“戦闘員”という印象が強過ぎるのだ。

 レクトも彼女たちの言いたいことを察してか、手をひらひらと振りながら話を続ける。


「ま、言いたいことはわかる。確かに俺自身も参謀ってガラじゃないんだけどな。ただ、他の3人は戦闘能力は高いくせに交渉とかけ引きは超が付くぐらいにド下手くそでなぁ。おまけに一般常識にもうとい部分があったから、行く先々で変な問題ばっか起こすし」


 レクトはなぜか呆れたような口調になっている。おそらく、魔王を倒す旅の途中で何かしらのトラブルがあったというのは想像に難くない。


「一般常識に疎かったんですか?」


 意外な事実に驚いたのか、元々高い方であるアイリスの声が更に一段高くなった。やはり魔王を倒した英雄ともなると、自然と神格化されてしまう部分があるのだろう。もっとも、レクトに関していえば既にある程度の人となりがわかってきてはいるが。


「そりゃそうだ。ド田舎から出てきたイモ野郎に、街の外に出たことがない礼儀知らずの箱入り神官見習い、ついでに山岳地帯に集落作って暮らしてるような種族の3人で組んだパーティだぞ?一般常識に精通してるって方がおかしいだろ」


「う、うーん…」


 レクトは当然のように語るが、素直に同意することに抵抗があるアイリスは小さく唸っている。レクトにとって他の3人は立場としては対等なのだろうが、それにしたってかつての仲間に対して無茶苦茶な言い方である。


「ちなみに信じてないだろうが、俺は一般常識は持ってる方だぞ。守らないってだけで」


「それも問題なのでは?」


「ま、一理あるかもな」


 エレナが軽く疑問を投げかけると、レクトは否定こそしないものの曖昧な答えを返す。

 少し話は脱線してしまったものの、なぜ1人で魔王と戦わなかったのか、と言うルーチェの疑問はとりあえず解決したことになる。そういうわけでレクトは次の質問を受け付けようとしたが、ここでどうやら時間が無くなってしまったようだった。


「ん?鐘?」


 学校中に鳴り響く鐘の音を聴いて、レクトは天井を見上げた。もちろん、クラウディアや生徒たちはこの音が何を意味しているのかは知っている。


「時間ね。ホームルームはここまでよ。この後は授業が始まるわ」


 金の懐中時計で時間を確認しながら、クラウディアが言った。彼女の言うようにこの後からは授業が始まるのだが、そのことに関してフィーネから質問が入る。


「校長先生。その…マギステネル先生が正式に授業を行うのはいつからですか?」


 唐突に現れた男を、しかも世界を救った英雄のことをいきなり先生と呼ぶのには違和感があるのだろうか、フィーネは少しだけ口ごもったように言った。


「もちろん、今日からよ」


「今日ですか!?いきなり!?」


 至極当然といった様子で答えるクラウディアであったが、フィーネにとっては何もかもがいきなり過ぎて思考が追いついていないのかもしれない。しかしレクトはその点については気にした様子もなく、1つだけ付け加えた。


「あと、レクトでいいぞ。マギステネルって、なんかみそうな名前だろ」


「自分の名前ですよね?」


「細かいことは気にすんなって」


 サラの指摘を、レクトは軽く受け流す。そしてそれだけ言い残すと、いつの間にか先に職員室へと向かったクラウディアの後を追うようにして教室を出て行った。

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