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初日 ①

 時刻は朝の8時、S組の教室は昨日の話題で持ちきりであった。


「結局、昨日のアレはなんだったんだろうね」


 フィーネの言う昨日のアレとは、もちろん魔王を倒した四英雄レクト・マギステネルが学校にやって来たことだ。偶然にも彼が居合わせたことで突然のドラゴン襲来しゅうらいに関しても事なきを得たが、結局のところ、なぜ英雄がこの学校に来たのかは未だに謎のままである。


「率直に言ってさ、あの人、本物のレクト・マギステネルだと思う?」


 サラが根本的な部分に触れる。実際のところレクトという名前も本人が自分から名乗ったわけではないが、校長であるクラウディアは確かにその名前を口にしていた。


「正直、あんなセクハラ人間が魔王を倒した英雄だとは思いたくはないけど…なにしろあのグリーンドラゴンを一撃で倒してたからね」


 エレナとしてはできれば英雄と呼ばれる人間であるのなら、それ相応の人間性を持ち合わせておいてほしいという思いがあった。とはいえ実際に手合わせをしたエレナは自分の実力ではまったく歯が立たないということを体感しているので、彼がレクト本人であったこと自体については疑ってはいないようだ。


「でも、なんでその英雄がわざわざうちの学校に来たんでしょうか?」


 皆が考えているであろう疑問を、アイリスが口にする。仮に昨日の剣士が本物の英雄レクト・マギステネルだったとすると、その英雄が自分たちの学園にやって来た理由がまったくわからない。だがここで、ルーチェが私見を述べる。


「そうね…教師を下していい気になっている学生の鼻っ柱をへし折って、世界の広さを見せつけるために呼んだとか?」


 そう言って、ルーチェは朝から不機嫌そうな様子のリリアを見た。その視線に気づいたリリアは、不満そうな表情のまま逆にルーチェの方を見る。


「…なんであたしを見るのよ?」


「別に」


 これ以上とやかく言うのは得策ではないと判断したのか、ルーチェは呟くように答えると、そのままそっぽを向いた。だがルーチェが視線を逸らしたのとほぼ同時に、教室の扉が開かれた。


「あれ、ベロニカさん?」


 教室に入ってきた人物を見て、少しだけ驚いたようにアイリスが言った。もちろんベロニカもS組の生徒であるので、彼女が教室に入ってくること自体はなんらおかしなことではない。引っかかっているのは、今が始業前である、ということだ。


「今日はサボらずにホームルームに出るのね」


 嫌味を含んだ口調でリリアが言った。これに関しては普段からサボりぐせのあるベロニカにも問題はあるのだが、それ以上にリリアの機嫌が悪いというのも大きいのだろう。しかしベロニカは気にもめない様子で、自身の座席にカバンを置く。


「なんかよくわかんないけど、今日は朝早くに来たら面白いことがあるって校長に言われてさ」


 ぼやくように言いながら、ベロニカは自分のカバンの中から筆記用具や教科書その他をやや乱雑に取り出す。


「面白いことって?」


「だから、わかんないんだってば」


 エレナが質問したが、ベロニカも詳しい内容については知らないようで、肩をすくめている。他のメンバーたちにとっても気になる事項ではあったが、当のベロニカ本人が知らないのであればこれ以上はたずねても意味はなさそうだ。


「そうそう。昨日、色々ととんでもないことがあったの」


 サラが話題を変え、前日の件に触れる。しかし心当たりがあったのか、サラが説明する前にベロニカ自身が口を開いた。


「あぁ、話だけは聞いたよ。グリーンドラゴンが来たんだって?でも騎士団が退治して、死体も持って行っちゃったんだろ?」


 その場にいなかったから、というのもあるのだろう。あまり興味のなさそうな様子でベロニカが言った。


「ドラゴンの死骸しがいを片付けたのは確かに騎士団だけど、倒したのは騎士団じゃないの」


 話の間違いを、フィーネが訂正する。実際のところ、確かにあの後はドラゴンの死骸を回収するために騎士団が学園にやってきており、大きな荷車にドラゴンを乗せて持って行ってしまった。おそらく、国の研究機関で色々と調査しなければならないことがあるのだろう。

 だが、彼女たちにとって本当に重要なのはそこではない。


「そうなの?じゃあ誰が倒したの?」


「それが実は…」


 ベロニカの質問にアイリスが答えようとしたところで、唐突とうとつに教室の扉が開かれた。

 S組の担任は先月に辞めてしまったばかりであるので、現在は受け持ちのクラスのない教師数人が交代制でホームルームを行っている。今日もその数人の教師のうちの誰かが来るのだろうと思っていた生徒たちであったが、扉を開けて入ってきた人物を見て顔色が変わった。


「あれ、校長先生?」


 サラが口にした通り、教室に入ってきたのは校長であるクラウディアであった。校長がホームルームを行うなど彼女たちにとっては初めてのことであるので、教室の空気に少しばかり緊張が感じられる。


「全員、そろってるわね?」


 教室を見渡しながら、クラウディアが確認するように言った。


「今日は校長先生がホームルームを行うんですか?」


 皆が抱いているであろう疑問を、エレナが率先してクラウディアに尋ねた。質問されたクラウディアは意味有り気な笑みを浮かべると、教室の前方にある教壇きょうだんの前に立つ。


「まあ、半分正解かしら。それよりも、今日はみんなに重大な発表があるの」


「重大な発表?」


 クラウディアの発言を聞いて、リリアが首をかしげる。おそらく、ベロニカが口にしていた“面白いこと”にも関係しているのだろう。クラウディアはつい先程にも自分が入ってきた、開きっぱなしになっている教室の扉を見る。


「入って」


 クラウディアが声をかけるやいなや、扉の奥から1人の男が姿を現した。だがここにいる全員、つまりS組の生徒たちにはその男に見覚えがあった。


「なっ…!?」


「うそでしょ…」


「どうして?」


 反応自体は様々であったが、全員に共通しているのは“驚き”のようだ。なにしろ現れた男は、ほんの数分前まで彼女たちの会話の中で話題に挙がっていた人物なのだ。

 一体どういうことなのかと生徒たちが困惑している最中、7人の中で1人だけ少し違った反応を見せている者がいた。


「あーっ!お前、昨日のヘンタイ剣士!」


 ベロニカはレクトを指差しながら、大きな声を上げた。当然だが他の生徒たちはベロニカとレクトの間で何があったかなど知る由もないので、昨日あの場にいなかった彼女がなぜレクトのことを知っているのか疑問符を頭に浮かべている。

 一方でレクトの方も彼女がS組に在籍ざいせきしていることを知っていながら、わざとらしくたった今気付いたかのようなフリをする。


「何だよ、俺に惨敗して大泣きしてた小娘じゃねえか」


 レクトは軽くほくそ笑みながら言った。そんな挑発じみたレクトの言葉を聞いて、教室中が騒がしくなる。


「え、惨敗…?」


「ていうか、大泣きって…」


「かっこ悪ぅ」


 困惑、呆れなど、教室のあちこちから声が上がる。自分の敗北がまたたく間に噂話へと早変わりした事でベロニカは耳まで真っ赤になり、もう一度レクトを指差した。


「う、うるさい!次こそは絶対勝つからな!」


「はいはい」


 かなりの熱量のベロニカに対し、レクトはひどく冷めた様子だ。

 しかしながら、なぜこの場に英雄と呼ばれるほどの男がいるのか、それが生徒たちにとって大きな疑問であることには変わりない。だがその点について誰かが質問する前に、クラウディアが話を切り出した。


「今日からこのクラスは、彼に一任することになったの」


「一任?」


「冗談でしょ…?」


 クラウディアの説明を聞いて、教室が更に騒がしくなる。状況が飲み込めないのだろう。そんな生徒たちを代表するかのように、フィーネが手を挙げた。


「校長先生。一任ということは、つまりは担任になるということですか?」


「もちろんよ」


「ですが、話が見えません。理由をきちんと説明してください」


 質問に対してクラウディアは即答したが、フィーネはまだ納得していないようだった。もっとも、納得していない生徒は他にも数名いるようであるが。


「あら。S組は先月、担任だったエリアスが辞めちゃったでしょ?新しい担任が必要になるのは当然のことじゃないかしら」


 クラウディアは真っ当な理由を述べる。実際、彼女の言うように現在のS組は担任が不在の状態であり、早急に決める必要があったというのは事実だ。とはいえ、フィーネや他の生徒たちが気になっているのはそこではないのだが。


「それはわかっています。聞きたいのは、なぜ英雄と呼ばれるような人物が私たちの担任になるのか、ということです」


 そもそも彼女たちの中で今朝の話題に挙がっていたように、魔王を倒して世界を救った英雄がなぜこの学園にやって来たのかということ自体が大きな疑問なのだ。しかもその上、自分たちに圧倒的な力の差を見せつけた挙句、翌日には担任になると言われたのだから、彼女たちの中では情報が氾濫はんらんしてしまい、処理しきれないのも無理はない。


「いくつか理由はあるのだけれど、一番の理由は彼が“強い”からね。それはあなたたちも身をもって理解しているでしょう?」


「ですが…」


 困惑する生徒たちに構わず、クラウディアは淡々と説明を続ける。だが、それでもフィーネはまだ完全には納得がいっていない様子だ。

 そんな中、実は一人この話題にいまいちついて行くことができていなかったベロニカが、他のメンバーに小さな声で尋ねる。


「なぁ、“英雄”ってどういうこと?」


「えっ!?」


 ベロニカの質問に、アイリスが驚いたような声を上げた。当然だがこの驚きは「知らないの?」の驚きである。


「あの人の名前はレクト・マギステネル。1ヶ月前に魔王を倒した勇者ルークスのパーティメンバーの1人で、世間では『世界最強の傭兵』と言われているわ」


 驚きと呆れで固まるエレナの代わりに、ルーチェが冷静に答える。当たり前だが魔王を倒し、世界を救った四英雄の名前は新聞にも載ったほどの事であり、最早世間的に言えば一般常識と言っても過言ではない。だがその事実を知らなかったベロニカは、ある意味当然とも言える反応をする。


「ま、魔王を倒した!?」


 正に寝耳に水とでも言うべきか、ベロニカが驚愕の表情を浮かべる。それと同時に、自分が為す術もなく惨敗した理由にようやく合点がいったようだった。ベロニカは思わず立ち上がると、教室の前方に立っているレクトに不満をぶつける。


「ふざけんな!卑怯ひきょうだぞ!魔王を倒した英雄相手に学生のアタシが勝てる筈ないだろうが!」


 憤慨ふんがいするベロニカであったが、はたから見れば完全に逆ギレでしかない。周りが皆、呆れたような目で見守る中、レクトは的確な答えを返す。


「卑怯も何も、お前が勝手に挑んできただけだろうが」


「うっ、それは…!」


 レクトにもっともな事を言われてしまい、ベロニカは返す言葉がなくなる。とはいえ、昨日の一件についてはレクトの方もベロニカ自身が自分に向かってくるようにしっかりと挑発はしていたので、ある意味では確信犯であると言えなくもない。


「校長先生、もう1つ質問です。担任になるという話ですが、実際に担当する授業は戦闘技術に関するものだけということでしょうか?」


 ベロニカのやり取りは完全に無視して、フィーネが別の質問をクラウディアに投げかけた。


「いいえ。一部の専門的な教科はともかく、数学や科学、歴史といった一般教養は全て彼に任せるつもりよ」


 これまたクラウディアは即答する。ここでいう専門的な教科とは、美術や音楽といったような知識だけでなく、技術的な部分も重要になってくる教科のことだ。


「大丈夫なんですか?確かに戦闘の技術に関しては昨日の件で十分に理解していますが、座学となると話が変わってくると思うのですが」


 フィーネが口を開く前に、エレナが先に重要な部分について指摘した。特にエレナは実際にレクトと手合わせをした身であるので、彼の実力そのものは既に体感済みだ。だが当然のことながら、戦闘の技術に秀でた人間は座学に関しても一流、となるわけではない。

 クラウディアもその点についてはきちんと理解しており、皆をたしなめるように言った。


「まあ、あなたたちの心配もわかるわ。もし彼の授業を受けていて、なにか不満があるようだったら私に言ってちょうだい。その時は改めて検討するから」


「はい。わかりました」


 完全に納得したというわけではなさそうだが、フィーネは了承したということで返事をする。もっとも、一部の生徒はレクトが担任になること自体に対して少なからず不安や不満を抱いたままのようであるが。

 一通りの話が済んだところで、クラウディアは改めてレクトの方を見る。


「それでは、前置きが長くなってしまったけど、レクト。自己紹介を」


「今さら必要あるか?」


「こういうのは形から入るものよ」


 世間的なニュースにあまり興味のないベロニカだけは知らなかったようだが、そもそもレクトは超が付くほどの有名人である。今さら自己紹介など必要もなさそうなものではあるが、クラウディアにしてみれば校長という立場上、それを行わせる義務もあるのだろう。

 レクトは面倒くさそうに頭をかきながら、教卓の前に立った。

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