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英雄 VS 優等生 ①

「ガキの…おままごと?」


 桃色の髪の少女…フィーネが信じられないといった様子でレクトの発言を繰り返す。もちろん発言の意味そのものはちゃんと理解しているが、なぜ自分たちがそのような言われ方をしなければならないのかがわからない、といったところだろうか。

 一方、レクトに対して明確に敵意を示してきたのは侯爵令嬢のリリアであった。


随分ずいぶんな言い方してくれるじゃない。あたしたち3人とも、どう見たって教師陣を圧倒してたのよ?それでもあんたにはおままごとにしか見えないって言うの?」


 もちろん、3人がいずれも教師を圧倒していたというのはレクトもしっかりと見ている。だが、レクトにとっては教師を圧倒しかたどうかなどはどうでもよかった。


「うん。おままごとにしか見えない」


「このっ…!」


 真顔で答えるレクトに、リリアは今にも飛びかかりそうな状態だ。そんな彼女の状態を察したのかはわからないが、それまでレクトの話を冷静な様子で聞いていたエレナが確認するように質問を投げかける。


「要するに、実戦経験の豊富なあなたから見れば、私たちのやっていることは所詮お遊びにすぎない、ということですか?」


「ま、大体そんな感じかな」


 レクトの返答を聞いて、質問をしたエレナだけでなく、6人全員が各々の反応を見せる。怒りに震える者、困惑する者など様々であったが、共通しているのはレクトの発言を素直に受け入れることができないというところか。

 ここで、冷静さを取り戻したフィーネが改めてレクトに対して反論する。


「お言葉ですが、先程リリアが口にしたように私たちは戦闘技術を教える立場である教師を実力で上回るほどの強さがあります。それに、私たちの中には過去に様々な大会で結果を残した人間もいます。明確な批評であればまだしも、何も知らないあなたにおままごと呼ばわりされる筋合いはないと思うのですが」


 本人の性格的な部分もあるのだろうか、フィーネはやや早口ながらも真っ当な理屈を述べる。生徒たちの中にも「よく言った、フィーネ」とでも言いたそうな表情をしている者がいるのは明らかであった。

 だがフィーネの発言の中の“強さ”や“何も知らない”といった言葉が、レクトの逆鱗に少しだけ触れてしまっていたようだった。


「命のやり取りもしたことのないようなガキが、生意気な口を叩くんじゃねえよ」


 急変したレクトの雰囲気に飲まれたのか、生徒たちの背筋に悪寒が走る。無論、十代の少女たちがレクトの言うような“命のやり取り”をしたことがないというのは当たり前のことではあるのだが、そんな反論をする気も失せるほどにレクトの言葉には何か言い知れない威圧感があった。


「別に悪ふざけで言ってるつもりはないぞ。俺は実際にお前らよりレベルの高い連中なんざ戦場でいくらでも見てきたし、それこそ掃いて捨てるほど斬ってきた」


 先程とは打って変わって、今度は冷静に私見を述べるレクト。もっとも、上から目線であるのは変わらないが。

 そんなレクトの言葉に触発されたのか、ここでエレナがあることを申し出る。


「そこまで言うのであれば、私たちよりもレベルの高い人間と戦ってきたというあなたの力、実際に見せていただけないでしょうか」


「エレナ?」


 思いもよらないエレナの提案に、それまで黙って事の成り行きを見守っていたサラが驚いたような声を上げる。驚いているのは他のメンバーも同様のようであるが。

 だがこの展開はレクトにとって想定内…むしろ、望んでいた流れであった。


「いいよ」


 エレナの提案を、レクトは承諾する。その表情は正に「待ってました」とでも言わんばかりに余裕に満ちていた。ところが、部外者と生徒が戦うということに対して、教師たちが難色を示す。


「あ、あの…。こう言うのもなんですが、教師以外の人物が生徒たちと戦うというのは…。ねえ、校長?」


 先程リリアと模擬戦を行っていた30歳前後と思わしき女教師が、校長であるクラウディアに同意を求めるように言った。口には出さないが、他の2人の教師も同意見のようだ。だが、それに対するクラウディアの答えは教師たちの予想を裏切るものであった。


「まぁ、いいでしょう」


「校長!?いいんですか!?」


 まさか校長が許可を出すとは思っていなかったのだろう、女教師の声が裏返ったようになる。もちろん予想していなかったのは他の教師たちも同じだったようで、絶句している。


「双方にとって、いい機会になると思うから」


 それでも、クラウディアの意見は変わらないようだった。信じられないといった様子の教師たちとは対照的に、レクトに小馬鹿こばかにされたからであろうか、一部の生徒たちはむしろやる気になっている。


(双方?)


 そんな中、ただ1人ルーチェだけは先程の校長の言葉が少し引っかかっているようであった。だがルーチェの疑問などは関係なく、話はトントンと進んでいく。


「校長、この試合スペース使ってもいいか?」


「えぇ、いいわよ」


 レクトの要望を、クラウディアはあっさりと承諾する。教師陣も最早この流れを止めるのは不可能に近いとはわかっていたが、それでもまだ納得したわけではないようで、レクトに対して苦言を呈する。


「ですが、あなたの背中のそれ、本物の剣ですよね?流石にそれを使うのは…」


 指摘したのは、先程サラと模擬戦を行っていた背の高い女教師であった。確かに彼女の言う通り、レクトが背負っているのは彼が普段から愛用している本物の剣である。もちろん斬れ味の悪いナマクラということもなく、つい先日も巨大なゴーレムを粉砕した現役バリバリの武器だ。

 とはいえ、レクトも無知は人間ではない。それくらいのことは当然のように理解している。


「いや、俺は素手でいい。大剣こいつは使わない」


「えぇっ!?危ないですよ!」


 先刻のベロニカとの一件もあり、レクトにしてみれば別に素手でもどうということはないのだが、レクトの実力を知らない…というより、目の前にいるのが魔王を倒した英雄であるということすら知らない女教師は当然のように危険性を指摘した。だが、これ以上の問答を重ねても時間の無駄だと判断したのだろう、見かねたクラウディアが背の高い女教師に向かってピシャリと言い放つ。


「カロリーヌ、彼の実力なら問題ないわ」


「そ、そうですか…」


 校長がそう言うのなら、といった様子でカロリーヌと呼ばれた女教師はようやく引き下がった。もっとも、反論しないだけで部外者と生徒が戦うこと自体に対しては未だに納得がいかない部分があるというのは変わらないが。

 一方で周りからの意見がおさまったことを確認したレクトは、腰の高さほどの柵を乗り越えながら試合スペースの内側へと入っていく。


「そうだ校長、何か時間測れるモン持ってるか?」


 レクトは思い出したように振り返ると、クラウディアにたずねた。それを聞いたクラウディアはドレスの内ポケットをさぐり、何かを取り出す。


「これでいいかしら?」


 そう言ってクラウディアがレクトに見せたのは、見事な装飾の施された金の懐中時計であった。素人が見ても、相当な高級品であるということがわかる逸品いっぴんだ。


「また随分ずいぶんと芸術性の高い時計だな」


「それもめ言葉として受け取っておくわ」


 少しばかり皮肉にも聞こえるレクトの一言を、クラウディアは軽く受け流す。とはいえ、これで準備は整った。レクトはS組の生徒たちに対し、改めて勝負の内容を説明する。


「1人ずつ順番にかかってこい。1人あたり2分やるから、時間内に持ってる武器のどの部分でもいいから俺の胴体に当ててみろ。俺は守るだけで、基本的に自分から攻撃することはない。誰か1人でも当てられたら、その時点でお前ら全員の勝ちってことにしてやる」


 端的に言えば生徒たちは攻撃するだけ、レクトは防御するだけ、ということになる。勝負の内容自体は非常にシンプルなものであった。


「あたしたちが勝ったら?」


「さっきまでのことを土下座して謝ってやるよ」


「ふーん。いいじゃない、それ」


 レクトからの返答を聞いて、リリアは笑みを浮かべた。おそらく彼女としては、手っ取り早くレクトに謝罪をさせるには都合がいいと感じたのだろう。もちろん、レクトはそれを見越して勝負の内容を決めているのだが。


「反対にもし私たちが一撃も与えられなかった場合…要するに、あなたが勝った場合は?」


 やはりその点についても気になるのだろう、エレナが質問した。もっともこれはあくまでも授業の延長線上のようなものであるので、特にペナルティなどは無いのが当然ではあるのだが。ところがここで、レクトのいつもの悪い癖が出てしまう。


「そうだな…全員横一列に並んで、スカートめくってパンツでも見せてもらおうか?」


「パッ…!?」


 品の無いレクトの冗談を聞いて、生徒の半数が顔を真っ赤にする。反対に教師たちはドン引きしており、既にレクトの人となりをある程度理解しているクラウディアは彼のことを白い目で見ている。第一、彼女たちはブレザー制服ではなく上下セットの練習着姿なので、そもそもスカートどうこうという時点でおかしいのだが。

 ただレクト自身にもこの悪意ある冗談は完全にスベったという自覚はあったようで、すぐさまそれを撤回する。


「軽い冗談だ。何もいらねえ。100%勝てる勝負で相手に何かを要求するほど、俺はがめつい人間じゃないんでね」


 冗談は撤回したものの、レクトの態度は変わらず傲慢なままだ。だがやはり先程の言葉は少女たちにとっては看過できるようなものではなかったのか、特に拒否反応が強かったエレナが指摘する。


「冗談にしては、少し下劣な気がしますが」


「そうだな。お子様にはまだ早い冗談だった。反省するとしよう」


 指摘を受けてなお、レクトは生徒たちを小馬鹿にしたような態度を見せている。実際のところ、そうやって彼女たちをきつけているのもレクトの策の1つではあった。


「あぁ、そうだ」


 急に何かを思いついたように、レクトは左足で地面をなぞる。そうして数秒かけてできあがったのは、直径1メートルほどの小さな円であった。

 だが、レクトは自分で作った足元の円を指差しながらとんでもないことを口にする。


「ハンデとして、俺はこの円の中から一歩も出ないでやる。あと、そうだな…俺は右利きだから、右手は使わない。これでどうだ?」


 もはやハンデと呼べるかどうかも疑わしいほどに、レクトにとっては圧倒的に不利な条件であった。しかしそれでもなお、レクトは余裕の態度を見せている。当然のことながら、少女たちにとっては素直に受け入れられるような内容ではなかった。


「どこまであたしたちをバカにすれば気が済むの!?それで負けたからって、今度はハンデのせいだとか言い訳にするんじゃないでしょうね!?」


 明らかに敗北必至の条件を追加してきたレクトに、思わずリリアが怒号を飛ばす。確かに彼女たちにしてみれば、仮にこの条件下で勝ったとしても、それを“勝利”と呼べるかどうかは疑問が残る。


「しねえっての。このハンデの上でも尚、お前ら程度じゃ俺の足元にも及ばねえ」


「言わせておけば…!」


 レクトの発言に、リリアの我慢も限界に近づいているようだった。当然のことではあるが、彼の提案したハンデは決して敗北の際の言い訳作りのためというわけではない。足元にも及ばないというのも誇張ではなく、事実をそのまま言っているだけのつもりなのだ。


「それじゃあ、まずは誰から行くのかを決めてちょうだい」


 生徒たちに向かって、クラウディアが指示を出す。ルール説明の際にもレクトは1人ずつと言っただけで誰からという指定はなかったため、それは生徒たちで相談して決めてもらうということだ。

 順番を決めるようにクラウディアから指示された生徒たちは交互に目配せをするが、口に出して相談する間もなくリリアが前に出る。


「あたしが行くわ。2分もいらない、10秒で終わりよ!」


 先程からレクトにあれこれ言われて腹が立っているのだろう、強気な発言をしながらリリアは試合スペースの中へと入っていく。そうしてレクトの正面に立つと、威嚇いかくのつもりか手に持った練習用の木剣を勢いよく素振りしてみせた。

 いつものレクトであれば、そんなものを見せられたところで特に様子が変わることはないのだが、今回は何かあったのか顔色が少しだけ変わる。


「…ん」


「なによ、まさか今さら怖気付いたの?」


 レクトの様子が少しおかしいことに気づいたのか、リリアは挑発的な態度で尋ねた。しかし大したことではなかったのか、レクトは首筋を軽くかくと、リリアの質問を無視してクラウディアの方を見る。


「校長。開始と終了の合図よろしく」


「わかったわ」


 レクトに頼まれたクラウディアは、手にした懐中時計に目を落として少しの間だけ黙り込む。おそらくは秒針がゼロになるのを待っているのだろう。待っている間、レクトはリリアだけでなく観戦している他の生徒たちにも聞こえるように大きな声で話をする。


「ついでだ。お前ら全員の攻め方、俺が実際に採点してやるよ」


「なによ、偉そうに…!」


 無遠慮なレクトの発言を聞いて、対峙しているリリアは更に焚きつけられたようだ。先程の質問を無視されたことに対する不満も少なからずあるのかもしれない。

 だがこれ以上は口で言うよりも実力でわからせた方が早いと判断したのか、反論する代わりに剣の柄を強く握る。


「始め!」


 そうして、クラウディアの合図が訓練場に響き渡った。

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