ダイダラボッチの年に一度のお楽しみ
ここは⚪⚪村。五月の中旬に桜の満開を迎える山奥の村。日本にもまだこんな秘境があるんだなぁ。
世にも美しい夜に光る桜。ポッポッとピンク色に点滅して可愛い。携帯の電波は届かないけど温泉も最高だったしいい村だぁ。また地酒が旨いんだ!止まらない!大分酔ったなぁ。今夜は夜桜を見ながら村人達と朝まで宴会なんて洒落混もう……ってか……
「村長!本当に逃げなくて大丈夫なんですか!?」
「でえじょぶだ!おらを信じろぉ!」
『ダイダラボッチは実在した!?』特集の為に村に来たオカルト雑誌のカメラマンである私はダイダラボッチなど信じていなかったが、目の前に『タキシードを着た大巨人』がいるので信じるしかない。顔は思ったよりシンプルだ。『しょぼん』の顔文字みたいな。ああ。いつも通り適当にそれっぽい神社とかを撮影して『……遥か昔。ここにダイダラボッチがいたかもしれない』とか一言書くだけでいいと思ったのにぃ!
「拍手の準備はいいか?都会のねーちゃん」
「拍手?」
ダイダラボッチはシートの先端を慎重に摘まんだ。
「あっ!」
「気づいたかねーちゃん。このシートは巨大な一枚のシートなんだ。このシートの上に今。村人全員が乗っている。意味わかるかい?」
「ひぃ」
そのシートをあんなどう見てもパワー系の化け物が思い切り引っ張ったら……全員吹っ飛んで大怪我……
もしくは全員『死』!?
『ふぬぅぅ!』
「いやーーーっ!」
ダイダラボッチがシートを引っ張った。ジェットコースターで落下する時の10倍激しいあの感じが私を襲った。感覚的には100メートルぐらい飛んだ。
……が。私たちは全員『シートの下に敷いてあったシート』の上に座っていた。
「え?」
ウォォォと盛り上がり大拍手をする村人達と恥ずかしそうに笑うダイダラボッチ。状況が全く理解できない。村人達の大『大太』コールを聴きながらダイダラボッチは満足そうな笑顔を浮かべて消えてしまった。
「村人テーブルクロス引きが大太様の年に一回の楽しみでなぁ。毎年これだけで村を災害や疫病から守り豊作をもたらせてくれる。ありがてぇ神様じゃよ」
「……へー」
よくわからないけど省エネだなぁと私は思った。
「その昔。先代の大太様の時までは若い娘を生け贄に捧げてたんじゃがのぉ。村には若い女はいないので余所者の女を騙して村に連れ込んで酒に酔わせて差し出してた。いつ大太様の気分が変わるかもわからんから毎年一応『保険』はかけておるがな。今年も保険を使わず済んだわ。めでたい!」
「……はー」
「良かったの。大太様の機嫌が良くて」
「そっすねぇ」
「まぁ飲もうや」
「はーい」
村長の言葉の意味を知って私がゾッとしたのは雑誌が発売された後の事だ。私はデスクで今月号の自分の記事を読んでいた。
『ダイダラボッチは実在したのかもしれない!』
それっぽい煽り文句とそれっぽい山の写真。
あの夜の事は書く気になれなかった。大太様の笑顔が忘れられないんだよなぁ。
(´・c_・`)から(o・ω・o)に変わったあの顔が。